光学ドライブは、数あるパソコンのパーツの中でも特にその機構が複雑だ。トレイを出し入れするギア、ディスクを回転させるモーター、そしてディスクを読み取る光学部。光学ドライブが駆動するとき、その内部では運動エネルギーが荒れ狂い、風の流れが奔流し、その中で今にも暴れ出しそうなディスクを光学ピックアップが走査するという、恐ろしい事態が起こっているのだ。
だからこそ、光学ドライブの設計においては、今でも職人芸的なコダワリが息づいている。いかにディスクを安定させるのか、いかに騒音を抑えるのか、いかに記録品質を上げるのか。そんなコダワリの集大成ともいえるのが、パイオニアの最上位Blu-ray Discドライブである「BDR-S09J-X」だ。
2月初旬。パイオニアの開発陣にお話を聞かせてもらう機会を得た。「BDR-S09J-X」や、ワイヤレス接続のポータブル光学ドライブ、AV機器など、パイオニア独自の思想を反映した機器の説明のほか、社内の施設も見学することができた。伺った話の中で筆者は5つのコダワリを感じたので、ここでそのコダワリについて紹介していこう。
読み書きの精度を高めるコダワリ
パイオニアと言えば、1979年にLDプレイヤーを発表後、光学ドライブの分野では先駆者となったが、その歴史は意外なほど長い。前身となる会社は1938年に創立され、スピーカーの販売などを行なっていた。その後、スピーカーの商標として使用していた「パイオニア」を、1961年に社名とすることで電機メーカーとしての「パイオニア」が誕生したわけだ。当時、世界初のセパレートタイプのステレオ機器を発表し、オーディオブームの全盛期を作り上げた。現在ではBDドライブのほか、カーオーディオやカーステレオなどを製造している。
実は、パイオニアの本社がある新川崎建屋を訪問するのは2回目で、前回は「BDR-S09J」が発売された2014年2月頃に訪ねた。2年ぶりの訪問となるが、その間にBDR-S09Jをブラッシュアップして開発された「BDR-S09J-X」が発売されている。BDR-S09Jでさえも完成された感のあったBDドライブであったが、BDR-S09J-Xがどんな製品で、どのように新しくなっているのかを、開発の技術統轄部 第4技術部 1グループリーダー 田中 久生氏、技術統轄部 第3技術部 主事 大須賀 彰氏、技術統轄部 第3技術部 2グループ リーダー 小野寺 克博氏に伺った。
筆者はパイオニアのBlu-ray Discドライブを分解したことがあり、内部構造も知っているが、パイオニアのBDドライブのこだわりはすさまじく、品質を高めるためにあらゆる工夫がされている。そのひとつが、光学ドライブの本質的な性能である書き込み精度と読み出しの精度を高めるために、ドライブ内部の空気の流れを調整することだ。
光学ドライブ内部でメディアが回転すると、メディアを中心として外側に流れていく空気の流れが発生する。BDR-S09J-Xの場合、メディアは最大で10,000rpm(1分間に10,000回転)を超える速度で回転するが、ここまでの高速域でメディアを回転させると、発生する空気の流れはとても大きなものとなる。それによってメディアのブレやドライブ自体の振動が発生し、書き込みや読み出しの精度に大きな影響を及ぼすのだ。
パイオニアの光学ドライブでは、このブレや振動を制御するため、メディアの回転で発生する空気の流れを逆に利用している。回転で発生した空気の流れは、ドライブ内部にある柱上の部分やケースの突起やへこみなどの「ディスク共振スタビライザー」で整流され、最終的に上部からメディアを押さえつける力として働く。この押さえつける力によって、メディアの回転時に発生するブレを制御するわけだ。
また、光学ディスクの形状も問題となる。ディスクは見た目は真円(正円)だが、厳密に真円のメディアは存在していない。偏芯といって、メディアの重心自体が中心軸からずれているのが普通で、これも回転時の安定性を損なう原因となる。これを制御するのがケース上部に備えられた「クランパー」で、メディアを上から押さえつける部品だ。パイオニアではクランパーを高速回転に対応した特別なものを採用しており、こちらもメディアのブレを防ぐ工夫となっている。
光学ドライブ内部では空気の流れを制御するため、ボディは厳密にシーリング(密封)されている。シーリングするため、ドライブ内部のいたるところにパッドが貼り付けられており、BDR-S-09J-Xでは新たに、今までスポンジ状だったシーリングパーツの一部が防振ゴムに変更された。またトレイ部分は、閉じた状態のときにボディの奥で接触することはなかったが、トレイ自体を固定して振動を防ぐためのパッドも追加されている。
このほか、従来の製品から組み込まれている強いコダワリが、天板に見られるハチの巣上の模様だ。これはハニカム構造と呼ばれるもので、シャーシの強度を高めてボディの歪みを起きにくくするうえ、振動対策にもなっている。
読み書きの精度を高める工夫はほかにもある。それは、ドライブ本体に施されたマットブラックの塗装だ。
光学メディアはレーザーを当てて読み書きを行なうため、どうしても反射で起こる光の拡散が精度に影響を及ぼす。その対策としてドライブ内部の天板や底板に塗装を施し、レーザーの乱反射を低減している。また黒い塗装には熱の拡散性を高める効果もあるため、ドライブ内部の温度上昇を抑えることができ、書き込み精度が高まるという。
さらに、外装の塗装はディスク回転時の振動・騒音の低減に、トレイの塗装はディスクの挿入時や取り出し時に、メディア自体を傷つきにくくする効果があるという。
パーツ同士を接続する「FFC」と呼ばれるリボン状のケーブルも従来型から改良したポイントだ。これは従来のケーブルよりも抵抗値の低い高品質なもので、信号の読み取り精度を向上しているとのこと。このようにBDR-S09J-Xは、見た目はほぼ同じながらも、精度を高める工夫を積み重ねることで、信頼性の高い製品となっているわけだ。
ソフトウェア制御のコダワリ
パイオニアのBDドライブは、ソフトウェア面での工夫も枚挙にいとまがない。ハードウェア面の話に続き、ファームウェアの開発について、技術統轄部 第6技術部 1グループ リーダー 蓮沼喜高氏が解説した。
従来からパイオニアの光学ドライブでは、ファームウェアによって挿入されているディスクを検知し、そのMIDや品質を判断して自動的に書き込み速度を調整する「BD-R最適倍速記録機能」を備えている。MIDとは、メディアに記録されているマニュファクチャリングIDと呼ばれるものだ。
また同社は、独自に市場のメディア品質をチェックしており、それをデータベース化している。そのデータベースを元に、最適な記録速度を決めているのだ。データベースは、日々更新し、それを製品に反映しているということだ。
パイオニアでは年に数回程度、更新したファームウェアを配信しているという。市場のメディアは1つのメーカーに絞っても品質のばらつきが存在する。このように、メディアの品質に関する情報が更新され、ファームウェアとして配信されるのはユーザーにとって有益と言えるだろう。
なおこのデータベースは、パイオニアのWebサイトで公開されている。ここに記載されたメディアは、実際にパイオニアがテストした、いわばお墨付き。メディア購入時の参考になると思うので、購入前に確認してみるとよいだろう。
また、メディアを自動的に診断し、最大4倍速で記録することができる「最適記録ストラテジー予測アルゴリズム」機能を搭載している。この機能により、対応外(データベース上にないMID)のメディアが使えないといったトラブルを防止できるようになっている。
さらに、精度の高い記録性能を維持しつつ、記録後のメディアの記録面のムラを少なくすることができる「BD-R記録面重視モード」も見逃せない。光学メディアは書き込みを行なうことによって記録面にムラが出てくるものだが、このムラを極力少なくすることで、メディアの表面が鏡面のような状態を保ったまま記録することができる。読み書きの精度だけではなく、見た目にもこだわっていることがわかる機能だ。
ピュアな音へのコダワリ
品質へのこだわりは書き込みだけではなく、当然のように読み出し部分にも感じられる。その1つが従来の「PureRead」を進化させた「PureRead3+」だ。これは、音楽CD用の機能なのだが、記録された原音のまま、データを再生するためのものだ。
音楽CDは、ドライブに出し入れしているうちに指紋や傷が付いてしまう。このような見た目にもわからない傷が、音楽再生時の障害になる。しかも、CD固有のエラー訂正システムによって原音を損なった形のデータ補間が発生してしまう場合がある。パイオニアドライブ伝統のPureReadは、そうしたことを防ぐため、CDリッピング時にエラー補間を最小限にしつつ限りなく「原音」に近いCD読み取りを実現する機能だ。
最新版のPureRead3+では、新しいアルゴリズムが搭載され、これまでは読み込めなかったようなデータも読み取れるよう性能が向上している。さらに、「RealTime PureRead」も搭載。CDリッピング時だけでなく、CD再生中にもリアルタイムでPureReadの機能が利用できる。
ちなみに、PureRead用のユーティリティも新しく更新されており、「オーディオCDの再生品質チェック機能」というものが追加された。この機能をつかってメディアを調べれば、視覚的にどのあたりにエラーの発生源があるのかがわかるうえ、対策まで表示してくれる。
たとえば、メディアの状態が悪かった場合に、メディアのコピーの作成をすすめられる。PureRead3+を使ってメディアのコピーを作成することで、傷の少ない原音に近いメディアを作り出す。コピーした新しいメディアは、通常のCDプレイヤーなどPureRead機能が備わっていない機器で再生する場合にも、原音に近い音で再生できるようになるわけだ。
テスト現場に見るコダワリ
前述の通り、光学ドライブは可動部品や光学ピックアップなど、デリケートな部品が多い。製品としての信頼性を高めるために、メーカーが並々ならぬ努力をしているだろうことは想像にかたくない。そのために必要なのが、製品をあえて過酷な環境にさらして性能や耐久性をテストする試験室だ。
今回筆者は、そうした製品試験室のいくつかを見学する機会に恵まれた。
最初に訪れたのが「無響室」。無響室は音の反響が起きない構造の部屋で、製品から発生する音の大きさなどを正確に調査できる。壁一面に音を反射させつつ減衰させる突起物が設置されており、入ると全く音が響かない環境となる。その部屋に入ったほとんど人が、反射音がないことの違和感から、気分が落ち着かない様子で、実際筆者もそうだった。
筆者は無響室に入るのは初めてではなかったが、今まで入ったことのある無響室は壁と天井が突起物に覆われた部屋で、足元は平坦な部屋だった。これに対しパイオニアの無響室は、床にも突起物が張り巡らされ、床も音が反射しない構造になっている。部屋には5cm間隔ほどでワイヤーが張り巡らされており、そのワイヤーの上に立つようになっているという徹底ぶりだ。
無響室では、製品から発生する音の大きさを厳密に調査することが可能。製品の構造を変えつつ、何時間もこの部屋にこもって静音効果の高いボディや内部構造のデザインを研究したという。何時間もこの中に入りテストを繰り返す、開発者のメンタルの強さをうかがい知ることができるエピソードだ。
次に案内されたのが「塵埃試験室」。ここでは、電子レンジのような形状の箱の中で細かいチリやホコリを空気中に浮遊させ続け、製品の防塵性能を調べる。実際に中で製品を動作させてどれくらいのチリやホコリが内部に入るのかを検証するのだという。
「落下試験室」は、製品の耐落下性をテストするための部屋だ。製品の移動時などにかかる衝撃を想定して負荷をかけ、落下によるケースの破損などが起こらないかをチェックする。
最後に訪れたのが「振動試験室」。半畳ほどの鉄製の板の上に製品を固定して、上下左右に激しく揺さぶる。もちろん光学ドライブは駆動中で、激しい振動の中でも正確に読み書きが行なえるかどうかをチェックする。正直な話、机上や足元に固定して利用するデスクトップPC向けのドライブで、ここまで劣悪な環境を想定してテストしているということには、製品の信頼性を高めるという点において、一切妥協しないというパイオニアのコダワリを強く感じた。
コダワリが生んだコンセプトモデル
以上、最高峰Blu-ray Discドライブである「BDR-S09J-X」にかけられたこだわりを見てきた。その性能はもちろん、内蔵型/ポータブル型を通して全パイオニアドライブラインアップの中でも間違いなく最強であり、BDR-S09J-XをノートPCやタブレットPCなどでも使いたいというユーザーも多いだろう。
そんな人のために、PC周辺機器メーカーであるラトックの高品質な光学ドライブ外付けケースと、BDR-S09J-Xをセットにしたパッケージが近日発売される。「外付けでも最高品質」を望むユーザーにとっては、待望の商品となりそうだ。詳細は、記事末尾のお知らせを確認してほしい。
また、ここからは余談となるが、取材の最後にとある試作品を見せてもらった。それが、究極のコダワリを詰め込んだBDドライブのコンセプトモデル。アルミ削り出しと思われる土台に、防振性能の高そうなインシュレーターを取り付け、その上に約幅25cm、奥行き25cm、高さ8cmほどの黒い金属製のボックスが乗っている。これはコストや採算を度外視して、コダワリのすべてを詰め込んだ究極のBDドライブということだった。メディアの読み書きの精度のほか、音質などにもこだわったという。
コストがかかりすぎていて現状の仕様で製品化は難しいということだが、至る所にパイオニアの技術の高さをうかがえる逸品。是非、製品化に期待したいところだ。
現在、BDドライブは随分安くなってきたが、パイオニアのドライブはそれらの製品と比べると高価ではある。さらに、BDR-S09J-Xはその中でも最高品質のフラッグシップということもあり、3万円を超える市場価格だ。しかし、パイオニアの技術の粋を詰め込んだだけあり、その性能と信頼性はほかに類を見ない。それは、パイオニアの製品を支持するユーザーがいて、実際に売れ続けているという結果を見ても明らかだ。今回紹介した内容を見ていただければ、BDR-S09J-Xがいかにコダワリを詰め込んで作られているのかがわかるだろう。最高品質のBDドライブを求めるのなら、パイオニア製がオススメだ。
製品に対する姿勢へのコダワリ
パイオニアは「より多くの人と感動を」をモットーに、製品を作っているという。パイオニアの星野氏によると、昔は「より多くの人に感動を」だったそうだ。しかし、ユーザーの声を取り入れ、それを製品に反映していくことが大事だと考え、ある時を境に現在のモットーに変わったという。
パイオニアは、ユーザーの声を製品に反映して信頼を勝ち取ってきたメーカーだ。BDドライブ部門でも、その姿勢は貫かれており、PureReadなどの機能が実装されたのはその結果だという。今回もアンケートを用意しているので、要望がある人はぜひ書いてみてほしい。開発者たちもユーザーの要望を心待ちにしている。
最後に見せていただいたコンセプトモデルは筆者も興味深かったが、それよりも印象的だったのがこのコンセプトモデルの説明をする開発陣だ。その魅力を語る目は輝いており、彼らが製品に対していかに強い愛情とコダワリ、プライドを持っているのかがひしひしと伝わってきた。このようなパイオニアスピリットに支えられ、パイオニアDNAが社員に脈々と受け継がれていることがわかる、充実した取材となった。
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