岩井俊二ワールドといえば少女漫画との親和性が高い。以前、プリンツ21という雑誌では「岩井俊二は少女である。」というテーマで特集が組まれたほどだ。たとえば岩井作品の中でもっとも少女漫画度の高い『Love Letter』では、図書館で柏原崇が本を読むシーンなど最たるもの。風に揺れるカーテンの狭間で、たたずむ伏し目がちの少年……これはもはや、お約束すぎるほどお約束な少女漫画的な構図だ。そうでなくても、登場人物の内面を過剰なほど投影して映像化する作風は、具体的な事象を中心に描く少年漫画より、モノローグの多い少女漫画に近いと言えよう。

 今回の『リリイ・シュシュのすべて』でも、観ているうちに「あぁこのシーンはあの作品だ」と思い出してしまう少女漫画作家・作品がいくつかあったので紹介してみたい。監督自身がこれらの作品から影響を受けているかどうかは不明だ(読んでない可能性は高い)が、興味のある方は手にとっていただけると嬉しい。


■吉野朔実

 '85~'87年に連載された初期の代表作「少年は荒野をめざす」(集英社刊)は、少年少女期のとらえどころのない不安感や危うげな自我を、鮮やかに描いた傑作である。女であることを受け入れられない少女・狩野と、複雑な出生から自分を解放できない少年・黄味島を中心に、現実に所属している世界と自分自身の中に内在する世界とのギャップに葛藤する少年少女の姿が切なくも美しく、叙情的に映し出される。

 『リリイ……』の中で、他者を排除しお互いの存在だけが救いとなっていく「フィリア」と「青猫」のあやうい関係は、思わずこの狩野と黄味島を彷彿とさせた。桜吹雪の卒業式シーンなどはまるで『四月物語』のオープニングだったりもする。

 

 

■望月花梨

 中学生という大人と子供の狭間の時期に特有の関係性を描かせたら、この作家の右に出るものはない。大人になりかけの微妙なエロス、子供ならではの容赦ない残酷さ、支配と服従の関係や過剰な自意識などが丁寧に描かれ、美化され過ぎずセンチメンタルに陥らないリアルがある。大人が読んでも充分に読み応えのある学園モノだ。

 映画『リリイ……』よりは男女の恋愛に関するエピソードが多いものの、中学生の抱える痛みや自意識を描いている点では共通項が多い。

 一番のおすすめは、とある地方の中学校における人間模様を描いた「純粋培養閲覧図」。他にも中学生を主人公とした物語では「欲望バス」、「コナコナチョウチョウ」(いずれも白泉社刊)などがある。

■おかざき真里

 近年は前向きでポジティブな作風に移行しつつあるが、初期作品は現実を受け入れられず逃避願望が色濃い、救いのない作品を多く描いていた。

 岩井作品でいうと『undo』や『PICNIC』あたりが好きな人なら、きっと気に入る作家なのではないかと思うので、「バスルーム寓話」(飛鳥新社刊)「冬虫花草」(ラポート刊)という単行本をおすすめしたい。なお、彼女の絵には顕著な特徴があり、なぜか細かい草を一本一本丁寧に描き込んでいることが多い。他にも水滴や魚の鱗や紙テープや無数の手などをこれでもかと言わんばかりに描写したりするのだが、中でも多いのはやはり「草原」である。とにかく執拗に草を書き続けるのだ。

 『リリイ……』も田園風景の果てしなく広がる若草色が印象にのこる映画だったが、私は思わずこの人の描く草原を思い出していた。絵(映像)のディテールにこだわる点で相通じるものがあると思う。

 





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