本作では、主演のジョディ・フォスターの名演と並んで、当時は米国での知名度が低かったアンソニー・ホプキンスが見せた怪演にことさら注目が集まった。人を舐め回すような視線、見開かれた瞳から放たれる鋭い眼光、まとわりつくような湿った口調。これらを自在に操って、品格と知性、そして狂気を湛えたレクター博士という人物を雄弁に物語る演技は、俳優としてすでにこの時、成熟しきっていたことを示している。だが、それに反して、ホプキンスという役者はどうにも素顔が見えにくい。演技があまりにもリアルで、彼の人物像が浮かび上がってこないということもあるのだが、それだけではない。演技をしていない時の印象があまりにもまちまちなのである。
以前、日本の某自動車メーカーのCMに出演した際の話。広告業界にいる知人から撮影秘話を聞いたのだが、スタッフたちは本人に会うまで「サー・アンソニーと呼ばないと失礼にあたるからね」としつこく言い聞かされていたそうだ。だが実際に会ってみると本人から「コール・ミー・トニー(トニーはアンソニーの愛称)」と言われ、「なんて気さくな人なんだ!」と感激したらしい。そんなエピソードもあるかと思えば今年、『ハンニバル』のPRのため来日した際、記者会見の席でなんだか面倒くさそうに質問に答えていた気難しい爺さんという印象も拭い去れない。だが、NHKで放映されていた番組、「アンソニー・ホプキンス、自らを語る」では、後輩に向けて丁寧に質問に答えていた素晴らしい大先輩という一面も忘れるわけにはいなかい。果たしてどれが本当の素顔なのか。
それではメイキング映像で仕事に取り組む姿でも見てみれば、カメラを意識しない素の彼が見えてくるかもしれないと、今回はいつにも増して興味津々で特典映像に臨んだ。さて、メイキングやドキュメンタリー映像、NGシーン集などで私が目にしたホプキンスの素顔とは…と、いろいろと書き連ねたいところだが、ここで明かしてしまうとDVD特典を観る楽しみが半減してしまうのであえて言及するのは避けておこう。ただ、緊張感漂う撮影の合間に、血まみれメイクのまま無邪気に笑顔を見せるシーンや、スタッフの証言から垣間見えてくるものが多いことだけは伝えておこう。また、当時実際にホプキンスが使用していたと思われる留守番電話のメッセージも収録されているので、彼のユーモアのセンスに触れることもできる。とにかくこのDVDには、サー・アンソニーの人となりを知る素材が詰まっているのである。
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