2001年12月
『スナッチ』

『ターミネーター』

『グリンチ』

2001年11月
『キャスト・アウェイ』

『スター・ウォーズ エピソードI ファントム・メナス』

『ショコラ』

『ゴッドファーザー』

スタンド・バイ・ミー』
2001年10月
『明日に向かって撃て!』

『羊たちの沈黙』

『バトル・ロワイアル』

アンブレイカブル』
2001年9月
『アラビアのロレンス』

『初恋のきた道』

『ペイ・フォワード』

クリムゾン・リバー』
2001年8月
『コヨーテ・アグリー』

『リトル・ダンサー 』

『ザ・セル 特別プレミアム版』

『火垂るの墓 -ほたるのはか-』

『17歳のカルテ コレクターズ・エディション』

2001年7月
『ダイナソー』

『宮廷料理人ヴァテール』

『グリーン・デスティニー』

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』


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原題:『DANCER IN THE DARK』
監督・脚本:ラース・フォン・トリアー
音楽:ビョーク
製作:ヴィベケ・ウィンデロフ
出演:ビョーク、カトリーヌ・ドヌーブ、デビッド・モース、ピーター・ストーメア ほか

発売元:松竹株式会社ビデオ事業部
販売価格:5,220円(税別)
定価:5,800円(税別)
映像の魔術師、ラース・ファン・トリアーのこだわり

 賛否両論を巻き起こした話題の映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のDVDがついに発売された。そこにはラース・フォン・トリアー監督の飽くなき挑戦とこだわりが結集している。

 劇場で観た際、監督の才能を最も感じたのは冒頭数分間のシーンだった。荘厳な音楽が流れ始めると、これから始まる物語の予感に鳥肌を立てた。冒頭わずか数分で感じさせる強いメッセージ性に恐ろしささえ感じたものだ。ところが、DVDでは違うスタイルで映画は幕を開ける。パッケージにはただ「監督の意向により、オープニング映像が劇場公開時と異なります」とだけ記してある。初めはどういうことか皆目見当もつかなかったのだが映像を見て納得した。なるほど、これが監督の強いこだわりの現れなのだと。劇場でご覧になった方ならお分かりだろうが、公開時に流れていたオープニング映像は劇場という密で閉ざされた空間だからこそ圧倒的な迫力で人の心に響いてくる演出だ。手軽に家庭に持ち込めるDVDにおいては、むしろ違った手法での表現が効果的なのだ。劇場とは異なるもう一つのオープニングを体験することで、監督のこだわりに触れることができる。

 以前からミュージカルを撮ってみたかったという監督は、楽しいはずのミュージカルと悲劇とを融合させた。これは大きな挑戦である。現実と白昼夢とを行ったり来たりする内に観客の心をどちらかの世界に取り残してしまう恐れがあるからだ。そうなれば主人公セルマへの感情移入はなされず、この物語は単なる妄想癖のある奇妙な女の物語として片付けられかねない。だが、それを巧妙に防いだのがハンディカムによる視覚効果だ。観客を出演者たちの目線に近づけ、彼らの身に起こることをより身近に感じさせてしまうことで観客は心をかき乱される。作品に対する賛否は結局それを許すかどうかの賛否でもあったのだろう。
BEHIND THE SCENE(製作現場から)

 チェコからの移民であるセルマは、女手ひとつで息子のジーンを育てている。つつましく暮らしながらも、友人、知人の温かい思いやりに包まれ幸せそうな彼女だったが、実は誰にも打ち明けられない秘密があった。遺伝性の病により失明する運命にあったのだ。そして息子のジーンも手術を受けない限り、母親と同じ運命を辿ることになる...。

 監督は4歳の時に読んだ童話からこの物語の構想を得た。童話のタイトルは「黄金の心という名の少女」。困っている少年に持てる全てを与える少女を描いた物語だ。「献身は美徳」と監督は言う。ドキュメンタリー映像では、どのような思いでセルマを生み出し、どんな風にレンズに捉えていったかが監督自身の言葉で紹介されてゆく。特に、物語を語る上で、セルマの夢の世界、つまりミュージカルのシーンにかなりの注意を払ったとのことだ。それが彼女の世界観であり、現実とのコントラストを映し出す重要な部分であるからだ。彼がそこに求めたのは自然。監督が提唱する「ドグマ95」の理念にも通じるものである。これはデンマークの映像作家たちが掲げる信念で、オールロケ、手持ちカメラ、自然光によるシンプルな撮影方法に戻ろうというもの。俳優にカメラを意識させず自由に演技してもらおうと、ダンスシーンでは無人のカメラを設置。その数なんと100台。1度の撮影ですべてを取りこぼしなくカメラに収めたかったのと、手持ちカメラと同じ効果を狙ったということだが、どうやら1万台を設置して細部まで収めたいというのが本音だったらしい。それにしても、この大掛かりな撮影がドグマ95の理念に見合ったものであるかどうかにつては、少々疑問は残るのだが...。
ビョークの圧倒的な存在感

 2000年カンヌ国際映画祭でのパルムドール、主演女優賞のダブル受賞の立役者はなんといってもビョークだろう。いかにも感受性の強そうな彼女の個性と主人公セルマの持つ危うさには共通するものがある。彼女の起用はこの作品における最大の成功であったことは言うまでもなく、その存在感は観るものを圧倒する。監督が惚れ込んだという歌唱力も存分に発揮されている。見せ場の一つは、走る列車の上で、“アイヴ・シーン・イット・オール”を歌い上げる場面。独特の歌唱法でセルマの希望とも絶望ともつかない思いを放出し、見る者の心を揺さぶる。セルマは不幸な境遇の中で生きているため、些細な喜びにも大きく反応する。そしてその結果として理想とする幸福に少しでも近づこうとミュージカルの世界に浸ってしまう。歌に生きる二人の女性の生き様は監督の手によって繋げられ、ビョークの歌声によってセルマは息を吹き込まれたのである。役を超えた二人の女性の関係に注目してみるのも面白い。

 ビョークはセルマと同化している。徐々に目が見えなくなってゆく様子は、驚くほどリアルだ。歌も演技も体を媒体に表現するという意味では彼女にとって同じなのかもしれない。独特の解釈をもって情報を租借、消化し、自分の体から放出する。実際、歌も演技も「出所は同じ」と彼女は言う。セルマ役をどのようにして育んでいったかは彼女自身のインタビュー映像でじっくりと聞いてほしい。カリスマシンガーとしての表情だけでなく、素顔のビョークも映し出され、監督と交わしたやりとりの数々も告白されていて興味深い。だが、ビョークにまつわる撮影裏話としては本人の口から語られる話よりも、ドキュメンタリーに収められている彼女の失踪騒動の方が愉快だ。嫌いな衣装を破り捨て、撮影途中で姿を消してしまった主演女優。別の主役を立てて撮り直すか、ビョークマスクをつけた別人に続きを演じさせるかなど突飛な案が出される中で、ひたすら明るく振舞おうとする監督の姿が印象的だ。ことの顛末をここで語るのはよそう。だが、最後に監督がカトリーヌ・ドヌーヴに語る言葉は、作品からは想像できないほど気が利いている。


■片面2層
■画面サイズ
本編:シネマスコープ(16:9)
特典:スタンダード(4:3)
■収録時間
本編:140分/特典:約126分
■音声仕様
本編:[1]オリジナル(英語)5.1ch dtsサラウンド、[2]オリジナル(英語)5.1ch ドルビーサラウンド、[3]日本語4.0ch ドルビーサラウンド/特典:オリジナル(英語)2.0ch ドルビーステレオ(一部リニアPCM)
 
■プロフィール(キャスト・スタッフ)
■セルマ・マニフェスト
■予告篇(日本版・オリジナル版)
■テレビCM
■ドキュメンタリー
■ビョーク インタビュー
■パブリシティ
■セルマソングス+ビョーク作品紹介スポット
■セルマソングス・アンコール


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