2001年12月

vol.23『オーシャンズ11』

vol.22『プリティ・プリンセス』

vol.21『ピアニスト』

vol.20『アモーレス・ペロス』

2001年11月

vol.19『ハリー・ポッターと賢者の石』

vol.18『殺し屋1』

vol.17『ムッシュ・カステラの恋』

vol.16『インティマシー』

2001年10月

vol.15『Short6』

vol.14『メメント』

vol.13『GO』

vol.12『赤ずきんの森』

vol.11『ドラキュリア』

2001年9月

vol.10『陰陽師

vol.9『サイアム・サンセット』

vol.8『ブロウ』

vol.7『ブリジットジョーンズの日記』

2001年8月
vol.6『おいしい生活』

vol.4『キス・オブ・ザ・ドラゴン』

2001年7月
vol.3『まぶだち』

vol.2『がんばれ、リアム』

vol.1『眺めのいい部屋』


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  性的倒錯者である厳格な女性ピアノ教師と若く美しい青年との恋の行方は?

 

  エリカ(イザベル・ユペール)は中年のピアノ教師。幼い頃からピアニストになるために母親(アニー・ジラルド)に厳しく教育され、恋人を作ることも、流行の洋服を着ることさえ許されない生活を送ってきた。しかし、結局ピアニストとして成功することが出来なかった彼女は、名門ウィーン国立音楽院のピアノ教授の職に就き、たまにサロンコンサートに出演するといった暮らしをしていた。いまだ独身であり、過干渉の母親のもとで暮らすエリカには“歪んだ性癖を持つ”という誰にも言えない秘密があった。そんなある日、とあるコンサートで才能ある若者のワルター(ブノワ・マジメル)に見初められたエリカは、彼の情熱的なアプローチに次第に心を許し、誰にも語ったことのない自分の性的願望を打ち明けようと決意するが・・・。



  2001年カンヌ国際映画祭で主要3部門を総ナメした本作は、生半可な気持で観ると痛い目に会う、一筋縄ではいかないグロテスクな愛を描いた問題作

 

 「ぼくはあなたがどんな哀しい秘密を持っていても愛しています」これは本作『ピアニスト』の映画宣伝用のチラシに刷られた文章であるが、これを読んで涙で画面がぼやけるような純愛ストーリーを期待して『ピアニスト』を観にいくと、かなり痛い目に会う。っていうか、この宣伝文句はひょっとして詐欺??(笑)。いや、この映画がロマンス映画のパロディ作品と考えれば、この宣伝文句も人を食っているという意味では非常に正しいのである。

 2001年カンヌ国際映画祭「グランプリ」「最優秀主演女優賞」「最優秀主演男優賞」3部門受賞という快挙を成し遂げ、海外の各メディアから聞こえる賞賛の嵐に加えて断片的な映像から受ける印象は、どう考えても文芸大作といった感じの『ピアニスト』。原作を未読だった筆者もてっきり音楽に人生を捧げた中年ピアニストが(最後は悲恋の結末を迎えるにせよ)、美しい年下男と激しい恋に落ち、自分の中で眠っていた“女”の部分に目覚め、めくるめく官能の日々を過ごす・・・といった展開を予想していた。ところがどっこい、さすが『ファニー・ゲーム』など一筋縄ではいかない作品を監督し、日本でも昨今急速に脚光を浴びているオーストリアの鬼才、ミヒャエル・ハネケ。本作『ピアニスト』も常軌を逸脱した母親の束縛や抑圧された制度の中で歪められたヒロインの異常な性を描き、生ぬるい男女の恋愛映画とは完全に一線を画したものとなっている。しかしそれもそのはず、この映画の原作者であるエルフリーデ・イェリネックは一貫して社会的抑圧や差別を題材にした作品を執筆している現代ドイツを代表する女流作家。エルフリーデ自身、この映画のヒロインのエリカと同様に、母親にコンサート奏者としての将来を嘱望されてスパルタ教育を受け、また父親を精神病院で亡くすというバックグラウンドを持っている。そんな彼女の実体験を活かした小説「ピアニスト」は露骨な性表現から、一部の保守派からはポルノ小説であると揶揄されているが、非常にジェンダー的作品なのである。 なるほどインタビューで映画を娯楽と定義する人たちにとって自分の映画は無意味であると語り、観客を挑発し、心理的に追いつめ、問題定義を投げかけているのだと自負するハネケにとって、エルフリーデの「ピアニスト」は魅力的な題材であったに違いない。


  観る者を不安に陥れる、不気味で可笑しい『ピアニスト』の世界

 

 映画『ピアニスト』は前述した通り、一見古典的なロマンス映画の手法で作られた、非常にブラックな作品だ。クラシック音楽に例えれば、この映画を彩っているショパン、シューベルト、バッハといった古典・ロマン主義音楽の中に突如として不協和音バリバリのシュールで意味不明な現代音楽が挿入するような違和感と戸惑いを観客に与える。エリカに恋をする美しい青年ワルターにはブノワ・マジメルが扮しているが、さすがジュリエット・ビノシュを孕ませただけあると感心してしまう(?)年上キラーの実力発揮。本作でも母性本能をくすぐるフェロモンを大いに放っており、女性観客の心をとりこにすることは必至だろう。特にワルターがトイレに閉じこもっているエリカを引っ張り出して抱きしめ、キスをする場面は、映画史に残るくらい印象的なラブシーンである。

 そうした芸術的と言える演出で魅せる美しい和声的場面と、性的に歪んだエリカがとる、のぞき行為をはじめとするキテレツな行動(不協和音)との落差。エリカの行動は痛ましいと同時に気色悪いのだが、思わず吹き出してしまうくらい滑稽でもある。もちろん映画の中で描かれる母との確執などのシーンは非常に重苦しいのであるが、エリカという女性の救われなさはアキ・カウリスマキの『マッチ工場の女』のヒロイン並みである。存在がイタすぎて、もう笑うしかないのだ。映画はエリカの正体を知ったワルターのエリカに対する残酷な仕打ち、そして衝撃のラストへと一気に進んでいくが、時々不協和音が鳴りつつも、美しいメロディを奏でていた前半部分に比べ、後半は完全に音程が狂っていき、最後などもう音楽は鳴らなくなってしまう。そう、この映画、エンドロールが無音なのだが、エリカの辿る悲惨な結末をとても効果的に印象付けていた。主役のイザベル・ユペールはワルターと口づけを交わすまではまったくのスッピンで神経症のエリカを熱演。また、処女喪失シーンなどは「最優秀主演女優賞」も当然だろうといった迫真の演技だ。彼女の演技はハネケの演出と見事に融合し「私だって抑圧的な生活を強いられればエリカになってしまうかもしれない」と、女性観客を不安に陥れる事に成功している。また、この映画を観終わった時、多くの女性は自分達が置かれている社会的な立場の弱さを痛感するだろう。ラスト近くでワルターが言うあるセリフに、筆者は非常に憤懣やる方なしといった気分にさせられた。ラストの後味の悪さはハネケ監督の真骨頂といったところか? 男性よりも女性にお勧めしたい映画である。

2001年カンヌ国際映画祭3部門受賞
・グランプリ
・最優秀主演女優賞(イザベル・ユペール)
・最優秀主演男優賞(ブノワ・マジメル)


(谷本 桐子)

2002年正月第2弾 シネスイッチ銀座他ロードショー

監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ
原作:エルフリーデ・イェリネク(鳥影社「ピアニスト」)
エグゼクティヴ・プロデューサー:ミヒャエル・カッツ、イヴォン・クレン
プロデューサー:ナタリー・クリュテール、クリスティーヌ・ゴズラン
撮影:クリスティアン・ベアガー
編集:モニカ・ヴィッリ
音楽監修:マルティン・アッシェンバッハ
衣装:アンネッテ・ボーファイス
美術:クリストフ・カンター
出演:イザベル・ユペール、ブノワ・マジメル、アニー・ジラルド、アンナ・ジーガレヴィッチ、スザンネ・ローター、ウド・ザーメル他

2001年/フランス=オーストリア合作/ヴィスタ/ドルビーSRD/132分

配給:日本ヘラルド映画

□OFFICIAL SITE(仏)
http://www.mk2.fr/pianiste/home.html

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