vol.23『オーシャンズ11』 vol.22『プリティ・プリンセス』 vol.21『ピアニスト』 vol.20『アモーレス・ペロス』
vol.19『ハリー・ポッターと賢者の石』
vol.18『殺し屋1』
vol.17『ムッシュ・カステラの恋』
vol.16『インティマシー』
vol.15『Short6』
vol.14『メメント』
vol.13『GO』
vol.12『赤ずきんの森』
vol.11『ドラキュリア』
vol.10『陰陽師』
vol.9『サイアム・サンセット』
保険の外交員として働いていたレナード(ガイ・ピアース)は、ある日彼の自宅に侵入した男に妻をレイプされ、殺された。レナードは事件のショックから10分しか記憶を保てない前向性健忘という記憶障害になってしまう。しかし、妻を殺した犯人に復讐を遂げるため、ポラロイド写真にメモを書き込むなどして、事件解決のため奔走する。彼の周囲にいて、彼に助言をする人々は本当に信用できるのか? 犯人とされるジョン・Gとは一体どんな人物なのか? そしてレナードは犯人に辿り着くことが出来るのだろうか!?
人間は記憶によって形作られている。いろんな出来事を経験していくことで、性格が形成され、知恵もついてくるし、そうした「思い出=記憶」の積み重ねがその人の人生そのものだといってもいい。しかしもし、人間が記憶を蓄積する能力を失ってしまったら一体どうなってしまうのか・・・? 『メメント』は妻をレイプされた末、殺されてしまったショックで前向性健忘という記憶障害に陥っていってしまった男の物語である。彼は10分しか記憶を保てず、起こった出来事はきれいさっぱり忘れてしまう。ただし発病前の記憶はあり、自分がどこで生まれて何をしてきたのかは認識している。よって、妻を殺された辛い辛い記憶を忘れることはできない。ストーリーはこの想像しただけでもゾっとするような病気にかかってしまった男が、ポラロイド写真にメモを書きこんだり、体に刺青を彫ったりと、いろんな苦労をしながら、妻殺しの犯人を探すというもの。この作品、前評判も大変高かったのだが、私はまずこの「10分しか記憶を保てない男+妻殺しの犯人探し」という興味深いプロットを聞いただけで、もうこの映画が観たくて観たくてたまらなかった。そして実際、本作は私の期待をまったく裏切らない、緻密でスリリング、また人間という存在に対して深く考えさせられる作品だった。まず、映画全体の構成が斬新。この映画の登場人物は少なく、ストーリーも妻を殺された男の犯人探しという非常にシンプルなもの。その素材の上に、複雑な時間の構成が展開されていくのだ。普通、どんなに奇抜な内容の映画でも、映画の始まりから終わりへ向かって時間は一定に流れていくものだろう。 しかし『メメント』は違う。この作品では時間は終わりから遡っていったり、中断して繰り返されたり、前後が入れ替わったりするのだ。観ているこちらはその度毎にビデオテープを細切れに巻き戻して観させられているような気分になったり、あたかも記憶喪失者の視点を疑似体験させられているかのような、不思議な感覚に陥る。こう書くと、なんだか非常に難解で面倒臭そうな映画に感じられるかもしれないが、この作品は所謂自主映画作品等にありがちな、独り善がりなものではまったくない。むしろ、観客をどう楽しませるかを考え抜いた、観客参加型の映画といっていいだろう。映画が始まる前に、「これは皆さんの記憶への挑戦です」とのクリストファー・ノーラン監督からのメッセージが流れたのだが、まさに、ちょっと目を離したら、何がどうなったかわからなくなってしまう気の抜けない作品であり、リピーターが続出というのもうなずける、観客と映画そのものに対して挑戦的・意欲的な一本だと言える。
また、この映画全体の暗く乾いた色彩や、主人公レナードの体に彫られたイレズミの書体など、渋谷系の若者等に受け入れられそうな(笑)、アートフィルム的なムードが映画をさらに盛り上げている。大体、この映画の時代設定がいつかは定かではないが、普通、現代に記憶障害だったとして、自分の考えをテープレコーダーに録音するとか、パソコンを使ってメモを整理するとか、いくらでも方法はあるわけで、例えば「電話に出るな」といったメモを体に刺青するなんて現実的にはあり得ないし、周囲の人間をポラロイドカメラに写してその人に関するメモを書いておく、というやり方はあまりにアナログである。でも、そういった不自然さをモノともしない、圧倒的な迫力と説得力がこの作品にはあるのだ。映画というのはフィクションの世界であるから、どんなに現実的にはあり得ないことでも、観客を納得させてしまう勢いがあればそれでいいわけであるが、陰影のある映像と周到に計算された脚本と共に、その説得力に一役も二役もかっているのが主人公レナードを演じている、ガイ・ピアースだ。記憶障害という病と妻を殺された暗い過去を背負うレナードを非常に渋~く演じている。映画が半分位にさしかかるまで、私は主人公の男が『L.A.コンフィデンシャル』で野心家のエド・エクスリー警部補を演じていた俳優と同一人物とはぜ~んぜん気がつかなかった。大したモンである。関係ないけど、ガイ・ピアース、金髪の方が似合います♪ 最後に、この映画の最大の魅力は実験映画的な時間軸の組み方でもなく、記憶を保てない男の犯人探しという物珍しさでもなく、“人間という存在の底知れぬ恐ろしさ”について考えさせられる点だ。私たちは無意識のうちに、過去の記憶を自分の都合の良いように改ざんしたりする。実際、人間の記憶は曖昧で、人の数だけ違う記憶が存在しているといってもいい。また、よく私たちは「他人は騙せても、自分の心は騙せない」といったことを口にしたりするが、記憶という能力がなければ、自分で自分を騙すことだって可能なわけだ。私がこの映画を観て心底ぞっとしたのは、そうした、人間の生きていくための巧みなずるさや残酷さを改めて垣間見せられたような気がしたからである。この映画の主人公が陥ってしまった無間地獄のような世界。あなたには耐えられるだろうか?
11月3日より、渋谷シネクイントにてロードショー
監督:クリストファー・ノーラン 製作:スザンヌ・トッド、ジェニファー・トッド 共同製作:エレイン・ダイシンジャー 共同製作総指揮:ウィリアム・タイラー、クリス・J・ボール 撮影監督:ウォリー・フィスター プロダクション・デザイン:パティ・ポデスタ 衣装デザイン:シンディ・エヴァンス 編集:ドディ・ドーン キャスティング:ジョン・パプシデラ・C.S.A 音楽:デイヴィッド・ジュルヤン スクリーンプレイ:クリストファー・ノーラン 原案:ジョナサン・ノーラン キャスト:ガイ・ピアース、キャリー・アン・モス、ジョー・パントリアーノ、ブーン・ジュニア、ラス・フェガ、ジョージャ・フォックス、スティーブン・トボロウスキー他 2000年/アメリカ映画/カラー・モノクロ/113分/シネスコ/SDR □OFFICIAL SITE http://www.amuse-pictures.com/otnemem/index.html