CINEMA PREVIEW『眺めのいい部屋』

　'86年の公開当初から大ヒットを記録し、米アカデミー賞など数々の賞に輝いたジェイムス・アイヴォリー監督の代表作「眺めのいい部屋」がノーカット、ニュープリント、改訂字幕で15年ぶりに今秋公開される。原作は文豪E.M.フォースターの同名小説。

　舞台は20世紀初頭。イギリスの良家の令嬢ルーシーと従妹シャーロット（マギー・スミス）が旅行でフィレンツェを訪れるところから物語は始まる。宿泊しているペンションでふとしたことから風変わりなエマソン父子に出会ったルーシーは、ハンサムで知的だが、いつも憂鬱を抱えているエマソン氏の息子ジョージ（ジュリアン・サンズ）と一時のロマンスにおちいる。しかし、自由恋愛に無縁の世界で生きてきたルーシーは、彼を振り切るようにイギリスへ帰国し、貴族的で教養の高い青年セシル（ダニエル・デイ＝ルイス）と婚約するのだが・・・・。

金髪の美青年、イギリスの田園風景、フィレンツェでのロマンスという一見現実離れした空間で描かれる、女性の普遍的な自立の物語

　実は私が「眺めのいい部屋」を観たのは今回が初めてである。当時かなり評判になっていた作品だったので、観たい観たいと思いながらも、なんとなく観ずに今日を迎えてしまっていたのだが、正直びっくりした。これはまるで往年の少女漫画の世界（または昼メロ）そのものではないか。旅先のイタリアで出逢ったハンサムな金髪青年との麦畑での情熱的なキスに始まり、調度品で飾られた豪華な屋敷に住み、広い庭園でテニスを楽しみむルーシーの優雅な日常。登場する男性はジョージの父親や牧師を除いて全員美青年だし（ルーシーの弟役には『モーリス』でゲイ青年を演じたルパート・グレイヴスが扮している）、BGMはプッチーニのオペラ。そしてこれまた贅沢なことにルーシーは婚約者セシルと不思議な美青年ジョージとの間で揺れ動いたりする。なんだかまるで萩尾望都の漫画が実写映画になったみたいだ。こういう作品を観て男性はどういう感想を持つのか興味が湧くくらい、女性が楽しむ女性のための作品と言っていいだろう。

人生とは自分にとっての「眺めのいい部屋」を見つけることなのかもしれない

　だからといって、この映画が現実味のない夢物語だというわけでは決してない。この作品で描かれるルーシーの成長の記録は、現代の女性にも共通する普遍的なものである。主人公のルーシーは、何不自由ない暮らしの中で自分の心の奥底に潜む「情熱」のやり場に困っているが、まだ年若い彼女はそれに気がついていない。そしてベートーベンを演奏するひと時だけが彼女が自己を開放する瞬間なのだ。そんな彼女を変えたジョージとの一時のロマンス。世の中には「覚醒する人間」と「覚醒しない人間」との2種類がある。そして恋愛は得てして女性が本当の自己に目覚めるきっかけとなるものだ。誰かによってもたらされた部屋は自分にとっての眺めのいい部屋ではない。自己と誠実に対峙して生きる人間だけに、眺めのいい部屋は与えられるものなのだ。

　今の自分の生き方は本当に自分が望んでいるものなのか。世間体や年齢などの価値観に縛られてしまってはいないだろうか。そんな「？」が浮かんでいるあなたにお奨めしたい作品だ。

□2001年8月14日、ルテアトル銀座にて公開

（谷本　桐子）

監督：ジェイムズ・アイヴォリー
製作：イスマイル・マーチャント
脚本：ルース・プラーヴァー・ジャブヴァーラ／原作：E.M.フォースター
撮影：トニー・ピアーズ＝ロバーツ
音楽：リチャード・ロビンズ
衣装：ジェニー・ヘヴァン、ジョン・ブライト
美術：ジャンニ・クアランタ
出演：へレナ・ボナム・カーター、ジュリアン・サンズ、ダニエル・デイ・ルイス、マギー・スミス、ジュディ・デンチ、ルパート・グレイブス他

1985年/イギリス映画/117分/ステレオ/1:1.66
配給：クレストインターナショナル

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