こどもとIT
【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第23回
生徒も教師も実社会とICTでつながり、自身をアップデートし続けられる学校へ
〜聖徳学園中学・高等学校 品田健教諭がめざす学びのアップデート⑤
2021年3月3日 13:00
ICTを活用した学習の経験値は、新たな課題解決のアイデアにつながる
「先生たちは“ぶっつけ本番”で授業をしている」
これは、高校2年の総合の授業で実施した「国際協力プロジェクト」の中間発表会で、あるグループが発表したスライドに書かれていた言葉です。教員としては、一瞬自分のことを言われているのかと驚きましたが、これは本校のことではなく、グアテマラの教育問題について述べています。
グアテマラでは生徒の生活も大変で、学校に通うにも不便がありますが、先生の生活も苦労があり、教材研究や授業準備に時間が取れず、どうしてもぶっつけ本番で授業をしてしまう、そのことが教育の質の低下を招いているという指摘です。
生徒たちは、改善方法のひとつとして「単元の学び方や教え方、単元の面白いところなどを挙げた講義ビデオを作る」ことを提案しました。
このような取り組みでは、本当にその国や地域で実践できるものなのか、机上の空論にならないことが大事なところです。実際に、ゲストとして招いたJICAの方や大学の先生、起業家の方々からは、「講義動画を現地の先生はどうやって作るのか?」「撮影や編集の機材はどうすればいいの?」「その国で使われている言語でサンプル動画を作ってみた?」といった質問や意見をいただきました。
ただ、この提案をしたグループには自分たちの経験から見えているものがありました。STEAMの授業で取り組んできた「外国語のレッスンムービーを作る」ことや「教科のワンポイントレッスンムービーを作る」ことを組み合わせれば、iPadひとつで現地の言葉で学習ムービーのサンプルを作ることもできるし、現地の先生や生徒がiPadを手にすれば、同じ取り組みが可能であろうという見込みです。最終発表会までにサンプルを作成して、実際にこういうプロセスを辿れば実現可能だという道筋が見えていました。
この国際協力プロジェクトを始めた頃は、「モノを送って解決」という提案や実践がほとんどでした。現地に出向くことも難しく、国内でできることは、現地で必要そうな文房具や衣服・靴などを集めて送るという活動に帰着しがちです。
しかし続けていくうちに、これはその場限りのことであって、本当に協力・支援するのであれば現地で継続して取り組める、「持続可能な」ものが必要だということに生徒も気づいてきました。そんな中で、現地の先生や生徒がiPadで学習動画を作ることで、教育の課題をひとつクリアできるのではないか、という新しい提案にたどり着いたのです。
学校がむずかしい「実世界との関わり」、ICTがつながりの糸口に
私はSTEAM教育の開発を行なう上で、『Elements of Learning』という書籍を参考にしています。同書では、「コミュニケーションと創造力」「パーソナライズな学び」「チームワーク」「批判的思考力」「実世界との関わり」という5つの学びの要素が示されており、開発したプロジェクトがどの要素を実現できているのかを評価し、足りない要素は何か、どのようにしたら組み込めるかを考えています。
STEAMの授業に取り組んでいて特に困ったのが「実世界との関わり」でした。プロジェクトとしては面白くても、授業の中だけ、学校の中だけの取り組みになりがちで、どうすれば実世界につなげられるかが課題でした。「火星ゲーム」でNASAの長官だったらどうするかと考えるのもいいのですが、生徒たちと実社会の問題に向き合い、何ができるのか、どんなことを改善できるのか、やってみたいという気持ちもありました。
そこで前年度から、総合の授業での国際協力プロジェクトを進める上で、情報の授業でもサポートしていくという形でのコラボレーションを始めました。もともと総合と情報は別の授業で、別の課題に取り組んでいましたが、総合の問題解決にSTEAMで取り組んでいるプロジェクトが役に立っていたり、逆にSTEAMのプロジェクトとして取り上げたいような取り組みが総合でなされていることがわかってきたためです。
担当する国や地域について調査する時期には、情報検索や情報の信憑性を確認する方法を学び、中間発表に向けてポスタープレゼンを作成する時期には、ポスター作成の技術的なことだけでなくデザインについても学びます。最終のプレゼンテーションや動画の撮影ではクオリティを高めるためにテクニカルな指導もしますし、プレゼンテーションでの声の使い方や仕草や態度に関するレクチャーも取り入れています。
それぞれの授業で違うプロジェクトに取り組むよりも、同じプロジェクトに取り組む方が指導も効率化でき、生徒が実際に議論や検討、作成する時間を増やすことができました。そしてSTEAMとしても総合だけで実践していたときに比べて、実世界と関わりのあるプロジェクトに取り組むことができています。来年度は学校全体のSTEAMプロジェクトの一環として国際協力プロジェクトを実践する予定で、より他教科とのコラボレーションもやりやすくなりそうです。
憧れの先生の「劣化コピー」に留まらない、アップデート版の教師になる
実世界と関わるプロジェクトを開発していくには、先生も校内に留まってはいられません。先生が社会や世界と関わりを持っていく、学外の人とつながることが求められます。
しかし、先生は自分だけで授業を作り上げたいと考えてしまいがちです。自分が生徒の面倒を全てみるのだという使命感もありますが、最近は先生の働き方も問題視されており、学外とつながる時間を作ることが難しい現状もあります。それでもSNSの普及によって、物理的に学校を出なくとも、バーチャルな形で学外に出てつながりを作れるようになってきました。
私自身も学外で企業の方々や先生方とつながりを持つようにしています。情報を発信すればするだけ自分にも情報が返ってきますし、授業やプロジェクトで行き詰まった時にちょっとしたヒントやアドバイスをいただいて救われたこともあります。学外のつながりには、教育に関係する企業の方や、映画監督、料理研究家の方などさまざまで、実際に聖徳学園では中学で映画を作るプロジェクトがありますし、今後は料理を取り入れたプロジェクトを行うために意見交換をしながら準備を進めています。
また、STEAM教育に取り組む先生方と研究会の活動も進めています。STEAM教育に取り組んでいて困ることは、まだまだ実践が少ないことです。発表されていて目に留まるものは少なく、表に出ていない取り組みもあれば、そもそもSTEAM教育と認識されていない場合もあるでしょう。またSTEAM教育に興味はあってもどう取り組めばいいのかわからない方もいるはずです。
その研究会では、「STEAM教育とはこうでなければならない、こうあらねばならない」という話をしたいわけではありません。生徒のために何か面白い学びをしてみたい、でもどうしたらいいのか、気軽に話ができて助け合える仲間を増やしたいというのを目的としています。
私もそうでしたが、教師になる方は「憧れの先生」がいることが多いようです。自分が児童や生徒だった時に出会った先生の素晴らしい授業や指導に心を動かされ、自分もあんな先生のようになりたいと考えて教職を目指します。私も何人かの尊敬できる先生方にお会いできましたし、ある塾の先生の授業に憧れて国語科の教員を目指しました。
しかし、憧れの先生のようになるだけでは「劣化コピー」でしかないと思います。教育もアップデートされていき、自分が受けたのと同じ授業や指導ができるだけでは足りないのです。憧れの先生のさらにアップデート版の教師にならなくてはいけません。
教材研究や授業準備を行ない良い授業をすることはもちろん大事ですが、自分ならではの強みを持つために教師自身も学び、積極的に学外ともつながりを持ち、そしてその姿勢を生徒に見せる。そこまで含めて自分も誰かの「憧れの先生」になることが出来たら嬉しいことです。
生徒に「それはすごい」「これは敵わないな」と思うこともしばしばあり、そんな瞬間に十分幸せを感じてはいるのですけれど。
The Teachers' Voice 目次
- 生徒たちが使う端末に制限はかけさせない。こだわり続けた自由度の高いiPad導入〜近畿大学附属高等学校 乾武司教諭(全5回)
- 読み書き計算に困難のある子の学びを支える"オーダーメイド”の支援 〜つくば市立学園の森義務教育学校 山口禎恵教諭(全3回)
- へき地が抱えるICT環境の課題と、教員の世界を広げるSNS活用 〜青森県 つがる市立育成小学校 前多昌顕教諭(全2回)
- コロナ禍で見えた新しい学びのカタチ「Face to Face の教育から、学びのSide by Sideへ」 〜東京学芸大学附属小金井小学校 鈴木秀樹教諭(全5回)
- 英語を学ぶだけではない、ICTで生徒が自己発見できる学びとは? 〜工学院大学附属中学校・高等学校 中川千穂教諭(全3回)
- ICT活用が進まない本当の理由は、教師の中に潜む“使命感”にある 〜聖徳学園中学・高等学校 品田健教諭(全5回)
- 教育版マインクラフトの学習に初挑戦。授業に落とし込む前に考えたこと〜大森学園高等学校 杉村譲二教諭(全3回)