こどもとIT
【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第17回
電子図書館で洋書を読み、クラウドで小説を執筆。生徒の表現力を伸ばす英語教育×ICT
〜工学院大学附属中学校・高等学校 中川千穂教諭がめざす学びのアップデート②
2021年1月20日 06:45
ICTを活用して、自分のアイデアや世界を表現できる英語力を身につける
英語の授業で「書く」と聞くと、和文の英訳や、決められたテーマや文法で書くような学習をイメージされる方が多いのではないでしょうか。
実際、そういった学習が多いのも事実ですが、私は英語で「書く」ときも、生徒たちには自分の考えや伝えたいことを表現できるようになってほしいと考えています。そのため、授業ではメッセージやメールを活用して英語での意思疎通の楽しさを体験し、相手に自分の思いを伝える練習をしています。
しかし、自分の伝えたいことをメッセージやメールに書くだけでは、内容も単純になりがちです。そこで授業に取り入れたのが、英文小説の執筆活動でした。
小説はメッセージに比べて内容も長く、論理展開が必要です。生徒たちの英語力だけではなく、考える力をさらに伸ばすために、最適な活動だと考えました。利用したのは、無償の教育向け執筆活動プログラム「National Novel Writing Month Young Writers Program」(通称NaNoWriMo、ナノライモ)。毎年11月1日からアメリカで開催されている、30日間で1本の小説を書き上げるという執筆プログラムです。
英語の本を読むことから始めるのですが、生徒たちは本よりも面白いものに囲まれており、本に触れる機会すら少ないのが現状です。そこで、まずは図書室に行き、本に親しむことからスタートします。
ある程度本に興味を持ったところで、電子図書館を利用して読む形に切り替えました。本校は、電子図書館サービス「OverDrive」を導入しており、生徒全員が利用できるようになっています。いつでもどこでも、180万冊を超える洋書をオンラインで借りて読むことができるのです。図書室で本を借りるとなると、部活や委員会活動が忙しいといった理由で足が遠のきがちです。電子図書館のおかげで、ほとんどの生徒がオンラインで読書に勤しみました。
本を読んだ後は、お気に入りの本を紹介し合う「ビブリオバトル」です。ビブリオバトルとは、1人5分間の持ち時間を使い切って本を紹介し、発表後に参加者全員でディスカッションを2~3分行ない、最後に一番読みたくなった本を参加者全員で投票して「チャンプ本」を決めるというものです。
友達の中で1番を獲得した本への関心は高く、読書に対する興味や意欲が刺激されたことを感じました。また授業では、登場人物やあらすじ、クライマックスなど内容の分析を行ない、このあと執筆する小説のための下地作りにも取り組んでいます。
「ビブリオバトル」で興味と意欲をかきたて、いざ小説の執筆へ
さあ、ここからが生徒たちの番です。オリジナル英文小説の執筆活動が始まりました。最初は主人公の性格や生い立ちなどキャラクターを設定し、英語で主人公について発表し合います。また、主人公になりきって参加する英語の討論会も実施。生徒一人ひとりが考えた誰も読んだことのない小説の内容に、全員が熱心に耳を傾け、ビブリオバトルを上回る盛り上がりをみせました。
論理力を鍛えるために、「あらすじパズルゲーム」も実施しました。これは、小説の場面ごとにカードを作成してばらばらに机に並べ、友達がそれをあらすじ通りになるように並べ直すというものです。もちろん、本人が考えていたものとは違う、新たなあらすじが作られてしまうこともあります。その時、「なぜ違うあらすじになったのか」を考えることにより、論理的でない展開の問題点が見えるようになります。
こうして小説のアイデアやストーリーの構成を考え、執筆活動に入りました。生徒たちはWordのファイルをクラウドで共有、辞書や翻訳ツールを活用して知らない単語や表現を調べながら、5000~1万語くらいの文章量を目指して執筆していきます。
もちろん、全員がワクワクしながら順調に取り組めたわけではありません。「出だしがわからない」と言って、1時間の授業時間中に何も書けない生徒や、中盤になってアイデアが出なくなって行き詰まる生徒もいました。
しかし、取り組んでいるのは答えの用意されたテストではなく、生徒自身が物語を紡ぐ小説です。私は、本を読むようアドバイスをしたり、少人数の相談会を開くなど、問題にぶつからないようレールを敷くのではなく、問題にぶつかった時に生徒たちがアクションを取れるようなサポートに努めました。
執筆した小説はEPUBにして、校内の電子図書館で公開
こうして最終的にできあがった作品は、ペンギンの冒険、探偵小説、魔法を使う少女、宇宙冒険旅行など実に多様で、なかには2万語以上書いた生徒もいました。そして、Wordで書いた原稿はEPUB(電子書籍のファイル形式)に変換してデジタル出版ができるサービス「Romancer」でデジタル書籍に仕上げ、本校の電子図書館にアップロードし、互いの作品を鑑賞しました。
学校の電子図書館で作品を公開するということは、先輩や後輩、友達の誰もが自分の作品を読むことができるということです。これがいい刺激となり、いい加減な作品ではいけないと自分自身の表現に責任を持つ姿が見られたことも良かったと思っています。そして活動終了後に取ったアンケートでも、「語彙が増えた」という感想が多く、表現を通して言葉の意味が身についたことも分かりました。
ICTを活用した小説執筆活動では、クラウドを利用することで、学校や授業中だけでなく、通学途中や家庭の時間などを利用して、いつでも書こうとする生徒の姿が見られました。やはり、身近にICTがあることは大切だと改めて実感しました。
また友達の作品をいつでも読めるようにクラウド上に公開していたので、行き詰った時に、友達の作品を読むことで助けられていた生徒も多かったようです。また、ナノライモのサイト上では、世界中で小説を執筆している若者と繋がり、さまざまな作例を見ることもできます。生徒はナノライモのサイトに自分の執筆中の小説の語数を入力し、進捗状況を他者と比較することで、意欲向上に役立ちました。
ICTでいつでも創作できる環境を築き、友達や世界の若者とつながることで、生徒たちは課題解決のヒントを得るようになり、語彙力や表現力、創造性ややりきる力を伸ばしていきました。また、多くの洋書や他者の作品に触れるとともに、表現や内容が似通わないような注意も払うことで、どれも独自性にあふれる作品ができたと思っています。
創造性は、誰かが教えて身につくものではありません。小説執筆、ポスター制作や映像制作、レゴやマインクラフトの活用など、学習者が自分で決め、責任を持ち、完成させる、創造的な活動や表現活動の中で培われます。アウトプットを多様にするICTを使って、今までの学びを創造的にし、生徒たちを自立した学習者へ導いていきたいと考えています。
第3回目は海外交流についてお話したいと思います。
The Teachers' Voice 目次
- 生徒たちが使う端末に制限はかけさせない。こだわり続けた自由度の高いiPad導入〜近畿大学附属高等学校 乾武司教諭(全5回)
- 読み書き計算に困難のある子の学びを支える"オーダーメイド”の支援 〜つくば市立学園の森義務教育学校 山口禎恵教諭(全3回)
- へき地が抱えるICT環境の課題と、教員の世界を広げるSNS活用 〜青森県 つがる市立育成小学校 前多昌顕教諭(全2回)
- コロナ禍で見えた新しい学びのカタチ「Face to Face の教育から、学びのSide by Sideへ」 〜東京学芸大学附属小金井小学校 鈴木秀樹教諭(全5回)
- 英語を学ぶだけではない、ICTで生徒が自己発見できる学びとは? 〜工学院大学附属中学校・高等学校 中川千穂教諭(全3回)
- ICT活用が進まない本当の理由は、教師の中に潜む“使命感”にある 〜聖徳学園中学・高等学校 品田健教諭(全5回)
- 教育版マインクラフトの学習に初挑戦。授業に落とし込む前に考えたこと〜大森学園高等学校 杉村譲二教諭(全3回)