こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第15回

ICTは「いつも・近くで・助けになる」、学びの困難を超える可能性に懸けてみたい

〜東京学芸大学附属小金井小学校 鈴木秀樹教諭がめざす学びのアップデート⑤

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先⽣⾃⾝の⾔葉をお伝えしていく。子どもたちが抱える学びの困難さを救う、インクルーシブ教育。同分野の実践・研究に取り組む東京学芸大学附属小金井小学校・鈴木秀樹教諭の想いとは。
学びに対する困難に向き合い、子どもたちが生き生き学べる場をICTで実現したい

「そうだったんだ!」、ひとつの方法に縛られない子どもたちの姿を見て

「ICT」は、何の略かご存じですか? そう、「Information and Communication Technology」の略ですが、私はICTが「(I)いつも・(C)近くで・(T)助けになる」といいなと思っています。

たとえば国語で物語や説明文などの「全文を読む」時、いくつか方法はありますが、正直どれも一長一短です。例えば、「まる読み」で児童に読ませると、速く読む子もいれば、ゆっくり読む子もいて一定しません。声の大きさも様々で、聞きやすかったり、聞きにくかったり。読み間違える子がいて、教師が訂正することもあります。

では教師の範読はどうでしょう。スピードや声の大きさ、正確さは問題ないように思うかもしれませんが、本当に全ての子が満足しているでしょうか。もっと速く読んでほしい子や、「先生、ちょっと速いよ」と思っている子がいるかもしれません。また「え、今のってどういうこと? 読み返したいな」と思っている子がいても、先生はどんどん先に読み進めてしまいますから、立ち止まることはできません。

こうした「自分のペースで読めない」ことが理解を妨げたり、意欲を削いだりすることは往々にして起こります。

私の授業では、子どもが自分で選択する形を取っています。まず、教科書は紙でもデジタルでも構いません。デジタルの場合、自分で読んでも構いませんし、ヘッドフォンをつけて音声読み上げを聞きながら読んでも構いません。音声読み上げを聞く場合、自分に合ったスピードを選べるようにしています。

インクルーシブ教育の研究として、クラスの児童は学習者用デジタル教科書を使用

その結果、どういうことになるか。子どもたちの姿はさまざまです。紙の教科書のページを繰る子もいれば、腕組したままじっと読み上げに耳を傾けている子もいる。同じところを何度も読んだり、最後まで読んでから前に戻って読み直している子もいる。

その光景を最初に見た時は、私自身「そうだったんだ!」と驚いたものです。これまで何の疑問も持たず範読にしろ、まる読みにしろ、ひとつの方法だけに限定して読ませていたのは何だったのだろうか、と思わずにはいられませんでした。考えてみれば当たり前の話ですが、どんな読み方をするのが合っているのかは、子どもによって違って当然です。ですから、「選ぶことができる」のであれば、子どもたちは自分に合った方法で読むのです。

自分の足で学びの入り口に立てるように。ICTは学びを救う可能性がある

学びに困難を抱えている子どもたちは、実はかなりの数います。その困りごとは多岐にわたりますが、例えば「読みに対する困難」ひとつを取っても、その実態は様々です。白い紙に黒い字で印刷された教科書は見にくい、文字が細いと読みづらい、読んでいるうちにどこを読んでいるのかわからなくなってしまう、漢字の読み方がわからない、文章を読むことに最後まで集中できない……

実に様々な理由から「教科書を読むことが難しい」と感じる子は少なくありませんが、国語でテキストを読むことができなかったら学習になりません。これを何とか解消させてあげたい。学習の入り口に立つことができずに、つまずいてきた子どもたちを、何とか学びの世界に誘ってあげたい。そんな思いから私はICTを活用したインクルーシブ教育の実践・研究を進めています。

学習者用デジタル教科書を使えば、学びに対する意欲を駆り立てることもできる

学習者用デジタル教科書を活用するのはその手立てのひとつです。「白い紙に黒い字で印刷された教科書は見にくい」なら、背景色と文字色を自分に合ったものに変えればいい。「文字が細いと読みづらい」なら、フォントを変えればいい。「読んでいるうちにどこを読んでいるのかわからなくなってしまう」のなら、ハイライト表示すればいい。「漢字の読み方がわからない」ならルビをふればいい。「文章を読むことに最後まで集中できない」なら、ヘッドフォンをかけて読み上げを聞けばいい。完璧ではないかもしれませんが、紙の教科書に比べたらデジタル教科書は相当程度、自分に合った形にカスタマイズすることが可能です。

こうした機能を活かすことで、学びの入り口に立てない子が自分の足でそこに立てるようになるのなら、ICTには学びを救う可能性がある。その可能性を追求することは、意味があるのではないか。そんな想いから「ICT×インクルーシブ教育」の実践、研究を進めています。

かつては、自分も子どもの困りごとに気づけなかった

こんな風に偉そうなことを書いていますが、私が今、「ICT×インクルーシブ教育」に取り組んでいるのは、私の教師としての業によるのだということを告白しないわけにはいきません。

もう30年近くこの仕事をやっていますが、その間、受け持った子どもの中にも学びに困難を抱えた子は何人もいました。でも、かつての私は「インクルーシブ」という発想そのものを持っていませんでした。「読む」ことに困難を抱えている子は「読めない子」として、「書く」ことに困難を抱えている子は「書けない子」として、真正面から教科指導だけで何とかしようとしていました。何とかならない子に対して「この子は努力が足りない」と思っていたことすらありました。

でも、数年前に衝撃的なことがありました。私の卒業生にONE OK ROCKというバンドのボーカルをやっている男がいます。私自身は彼にとってそんなにいい先生ではなかったと思うのですが、なぜか彼は私を慕ってくれていて、ライブに招待してくれることもあります。

その彼が遊びに来た時のことです。昔の文集を引っ張り出して「お前、こんなの書いていたんだぞ」と彼に渡しました。すると、彼は「ええっ!」と喜んでページを開いたのですが、すぐにその文集を隣にいた同級生に渡してこう言ったのです。

  「悪い。これ、読んでくれない?  俺、縦書きって目に入ってこないんだよ」

 耳を疑いました。そして、慌てて彼の小学生時代の様子を思い出します。たしかに教科書を読ませると上手に読めなかったり、つっかかったりすることがありましたが、彼は演劇部で長い台詞を淀みなく話していましたし、「読み」に問題があるようには私は思っていなかったのです。

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 「縦書きが目に入ってこないって・・・どうしていたの?」
 「うーん、聞けば覚えちゃうから、それで何とか。学級通信は横書きだったし、先生、読んでくれたからよかったんですよね。国語で授業中にあてられるのが一番やばかったかな」

我ながらひどい先生だったな、と思います。子どもの困りごとに全然気づいてやれなかったわけですから。それでも彼との思い出を書けるのは、彼が今、自分の人生の目標を見つけてしっかりと歩んでいけているからです。しかし、そんな子ばかりではないでしょう。かつての教え子で連絡を取っていない子は何人もいます。その中には、その子の抱える困難に私が目を向けられなかったがために、辛い思い出を抱えている子もいるかもしれません。

そのことを思う時、私は教壇に立つことが心底、怖くなります。自分はこの仕事をするに相応しい人間なのか。自分にこの仕事をする資格はあるのか。自分がここに立つことで、辛い人生を歩む子を生むことになるのではないか。

それでも、そんな恐怖心を振り払って私がこの仕事をしているのは、なぜか。学びに困難を抱えた子どもたちの苦しみに Side by Side で寄り添いたい。そうした子どもたちが一人でも多く学びの入り口に立てるようにしてあげたい。そのために日本中の多くの先生方と連携していきたい。昔の自分には無理だけれど、今の自分になら出来るかもしれない、いや、やらねばならない、と思うからです。それは私にとっては教師としての「業」なのです。

業を背負った私の強い味方がICTです。確かにICTは色々と困ったことも多い技術で、「いつも・ちょっと・トラブルになる」の略語と言われても仕方のないようなところもあります。でも、私はICTの持つ可能性に懸けてみたいのです。ICTが、「いつも・近くで・助けになる」ならば、学びに困難を抱えた子も、教室で仲間と学び合うことができるかもしれない。むしろ、そうした子の発想が教室全体を活気づかせることがあるかもしれない。

フロアプロジェクション機器「WizeFloor」を使った、コミュニケーションの活性化にICTを活かす取り組み。子どもたちが1年生向けにゲームを作り、試しに遊んでいるところ。新しいICT活用にもどんどん挑戦していきたい

そのICTが、GIGAスクール構想で子どもたちの手元に届きます。「いつも・近くで」は、かなり実現に近づいてきました。それを「トラブルになる」もので終わらせるか、それとも「助けになる」ものにすることができるか。課題は多く、やらねばならないことも山積しています。しかし、そこを乗り越えた先には、子どもたちが自分に合った学び方を自分で選択して学んでいける未来が待っている。そう信じて、私たちのICT×インクルーシブ教育への挑戦は、まだまだ続くのです。

東京学芸大学附属小金井小学校(東京都小金井市)

国立大学法人東京学芸大学の4校ある附属小学校のひとつ。大学と同じ小金井キャンパスの一角に位置している。伝統的に教科教育研究が盛んで、全教科で授業を公開する3年に一度の研究発表会には、全国から1,000人を超える教員が集まり、熱い議論を繰り広げる。近年はICT×インクルーシブ教育の研究・実践を盛んに進めており、コロナ禍でもオンラインセミナーやYouTubeチャンネルを通じて積極的に情報発信を行なっている。

鈴木秀樹(東京学芸大学附属小金井小学校教諭)

東京学芸大学附属小金井小学校教諭・東京学芸大学非常勤講師。慶應義塾大学大学院社会学研究科教育学専攻修士課程修了。マイクロソフト認定教育イノベーター。トランペット、CAI、村井実、I・イリイチ、サウンド・エデュケーション、対話型鑑賞、学級内SNS等々、これまでに関心を持って行ってきた全ての経験を、勤務校に着任してからの「ICT×インクルーシブ教育」に繋げて研究と実践に取り組んでいる。LINEスタンプクリエーターの顔も持つが、総売上高は5,315円。