こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第13回

「お金がないからと諦めていませんか?」私立校と国立大附属校の経験から考える

〜東京学芸大学附属小金井小学校 鈴木秀樹教諭がめざす学びのアップデート③

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先⽣⾃⾝の⾔葉をお伝えしていく。東京学芸大学附属小金井小学校の鈴木秀樹教諭は、予算に恵まれた私立校と、そうでない国立大附属校、両方の学校を経験している。予算によって教育の質は変わるのか、自身の経験を綴ってもらった。
小学1年生のクラスで、学級内SNSに挑戦

「ICTはお金がかかる」
ええ、そうです。間違いありません。では、お金=予算がなかったら「ICT活用なんて無理だ」と諦めますか?

私は、前任校で「予算の潤沢な私立小」の経験を、現在の勤務校では「予算の極めて少ない国立大附属小」の経験を積ませてもらっています。現場の教員が語ることはタブー視されていますが、今回は教育とお金の話について考えてみたいと思います。

予算が潤沢な私立小学校で、Wikiサーバーを活用した美術鑑賞の音声ガイドの取り組み

前任校の私立小学校で、2012年にメトロポリタン美術館展を舞台にした実践を行ないました。この「メトロポリタン美術館展 」は東京都美術館のリニューアル後の最初の展覧会で、規模も質も実に力の入った大展覧会でしたが、そこを舞台にして行なった私の実践も(自分で書くのもなんですが)相当に充実したものでした。

実践の大まかな流れをご紹介しましょう。まず、東京都美術館の教育プログラム「スクール・マンデー」(現在は「スペシャル・マンデー」)を利用して貸し切りで鑑賞します。学校に戻り、各自の気に入った絵について1分間で紹介できる原稿をクラス専用Wikiに書き込み、友達にコメントをつけてもらいながら推敲。原稿が出来上がったら、録音して音声ガイドを作成し、それを聞きながら再度鑑賞する、というものです。さすがに2012年だと、まだ1人1台という時代ではなかったので、子どもたちは学校のコンピューター教室や、クラス教室に置いてあったPCからWikiにアクセスしました。また、自宅からアクセスして書き込む子も多くいました。

気に入った作品を紹介する原稿をクラス専用Wikiに書き込み

前任校での実践ですが、何ともはや贅沢な実践でした。この実践の肝は、自分でWikiサーバーを立ち上げたことなのですが、当時の学校ではiMacとMac OSX Server を導入して簡単に作れたのです。自前でサーバーがあることは非常に便利でした。自分の授業にピッタリ合った形でWikiサーバーを構築できましたし、巷のWikiサービスと違って広告は入らないし。

そうやって作り上げたWiki上で、子供たちがやり取りする姿は非常に刺激的でした。ちょっと小難しい音声ガイドの原稿をアップするとたちまちこんなコメントがつきます。

「パソコンなどで調べれば、この絵がどこで描かれたかとかはわかっちゃうよ」
「絵についての説明より、自分の気に入ったところ、見どころ、見方とかを詳しく書いた方がいいのでは?」
「よくわからないけれど…でも、自分で思ったことの方が優先だよね。」

Wiki上で展開されるそんなやり取りに対して、私はスムーズに進んでいる時は入らず、議論が暗礁に乗り上げそうになったら助け舟を出して……などとやっていたのですが、今思えばあれは「学びのSide by Side」の原形だったと言えるかもしれません。

出来上がった原稿は、友達と共有して、互いにコメントを書き込みながら推敲

結果、出来上がった音声ガイドは、「凄い」の一言に尽きます。ゴッホの『糸杉』を見て金子みすゞを思い起こす子がいるかと思えば、ドッソ・ドッシの名画をつかまえて「僕にはいやらしい絵に見えます」と言う子がいる。子どもの感性が最大限、自由に発揮されたような音声ガイドのオンパレードになりました。

音声ガイドもクラス専用Wikiで共有

後日、ふたたび美術館に行き、出来上がった36人分の音声ガイドを聞きながら、もう一度鑑賞したのですが、これがまた良かったのです。既に一度見ている絵なのに、友達の音声ガイドを聞きながら見ると、全然違った絵に見えてくる。どの子もかなりの時間をかけて、二度目の鑑賞を楽しんでいました。

※どんな音声ガイドができあがったのか聴きたい方は、YouTubeにムービーを公開していますのでご覧ください。東京都美術館の「とびらプロジェクト」サイトにもアーカイブがあります。

予算が限られた国立大附属小学校で、私立校と同じ学びにチャレンジ

現任校でも何とか同様の授業を実施できないかな、と考えて行なったのが、2016年の「ゴッホとゴーギャン展」を舞台にした実践でした。2012年の時とは違って、今度はお金の無い国立大学の附属小での挑戦です。

美術鑑賞に行く前の事前学習の様子。気づいたことをメモしたり、自画像を描くことにも挑戦

ICT環境は厳しいものでした。何しろ学校中、どこを探したってWikiサーバーを構築できそうなPCなんて、影も形もありません。児童に使わせるパソコンだって、コンピューター室に壊れかかったWindowsタブレットがあるだけ。教室にあるのは廃棄寸前の電子黒板くらい。八方塞がりに思われました。

しかし、この時には私がマイクロソフト認定教育イノベーター(以下、MIEE)になっていたので、期間限定ではありましたがPCをマイクロソフトからレンタルすることができました。また、Wikiサーバーはありませんでしたが、無料で使える学校向けSNSサービス「Edmodo」を利用することで同じような環境を整えることができました。

小学1年生がSNSで互いの鑑賞文を読み合う

前回は6年生、今回は1年生だったので、実践の設えはずいぶんと変えましたし、タイピングはまだ難しかったので手書きの活動を多く取り入れたものにはなりましたが、「全員が全員の文章を読んで“いいね”を押したり、可能なら感想を書いたりする」という、教室では実現の難しい学習を進めることができました。

※こちらの詳細については、実践をまとめたMicrosoft Swayのページをご覧ください。

目的を持ち、さまざまな方面の協力を得ることで、めざす教育の道は開ける

私が美術館を巡る2つの実践でお伝えしたかったのは、「いい教育をできるかどうかは金の有る無しによるのではない」ということです。

2つの実践の間には4年の開きがありますし、学年が違うので単純に比べることはできませんが、潤沢に予算のあった私立小で行なった実践と、笑うしかないくらい予算のない国立大附属小で行なった実践に質的な差はなかったと考えています。お金はあるに越したことはありませんが、明確な目的があり、その目的を達成する手段を確保するために各方面に協力を依頼すれば、お金はなくても道は開けるのです。

こう書くと、「それは国立大の附属の教員だからだ」という声がどこかから飛んできそうですが、では、そういうあなたはMIEEに応募しましたか? Apple Teacherの資格を取得しましたか? Google認定教育者(GCE)レベル1を受験しましたか?

あるいは自分が行なった実践をどこかで発表しましたか? 論文投稿までいかずとも、学会の口頭発表でも構いません。学校や教育委員会の紀要でも構いません。「自分はこんな実践を行ないました」と見せられるような実績をいくつ持っていますか?

はたまたEDIXでも、New Education Expoでも、なんでも構いません。多くの教育系企業が集まるような展示会に行き、企業ブースを回って担当者と話をし、自分が行ないたい実践についてのプランを語り名刺交換をする。そうやって得た名刺を何枚持っていますか? 交換した名刺のアドレスにメールを送ったこと、何回ありますか?

私はそういうことを山ほどやってきました。

今、私の教室にSurface Goがあったり、大型ディスプレイが2台あったりするのは、そうした活動の結果、獲得した研究費や委託事業費によるものです。「何もしなくても学校が用意してくれた」「元々学校にあった」というようなものはひとつもありません。確かに「東京学芸大学附属」という看板は目立つかもしれません。でも、何もしなかったらその看板も埃がたまり、汚れて使い物にならなくなります。だったら、汚い看板を磨けばいい。そして、看板がなければ作ればいいのです。

マイクロソフト認定教育イノベーターの募集が始まったころ、Facebookにこんな投稿をしました。

もし、あなたが学校の先生で、以下の条件に当てはまるなら絶対、応募した方がいい。

1.ICTを活用してより良い教育をできたらいいな、と思っている。
2.学校外での活動を積極的に行なっているわけではない。
3.メールの送受信ができる。

「いや、そんなの無理」
「自分には出来ない」
そういった何もしないための言い訳を探す人には、何もしないための言い訳を探すような児童・生徒を育てることしかできません。

これからの教師人生、ずっと言い訳を探し続けるか。扉を開けて新しい世界へ一歩を踏み出すか。

後者の道を選ぶ人にとってMIEEは間違いなく最高の選択肢の一つでしょう。

鈴木教諭のFacebook投稿より引用

我ながら偉そうですね。でも、「国立大の附属校だからできるんだろ」とおっしゃる方は、たとえここに来ても何もできないと思います。逆に、自分で扉を開けられる方は、どこにいたとしても輝くことができます。「予算がないから」とあなたが諦めた時、担当している子どもたちの学びは、どんなリスクを負うことになるのか。それを考えた時、あなたはどちらの道を進みますか?

次回は、学校でのICT活用が進まない理由について、さらに深く考えてみたいと思います(第4回に続く)。

東京学芸大学附属小金井小学校(東京都小金井市)
国立大学法人東京学芸大学の4校ある附属小学校のひとつ。大学と同じ小金井キャンパスの一角に位置している。伝統的に教科教育研究が盛んで、全教科で授業を公開する3年に一度の研究発表会には、全国から1,000人を超える教員が集まり、熱い議論を繰り広げる。近年はICT×インクルーシブ教育の研究・実践を盛んに進めており、コロナ禍でもオンラインセミナーやYouTubeチャンネルを通じて積極的に情報発信を行なっている。
鈴木秀樹(東京学芸大学附属小金井小学校教諭)

東京学芸大学附属小金井小学校教諭・東京学芸大学非常勤講師。慶應義塾大学大学院社会学研究科教育学専攻修士課程修了。マイクロソフト認定教育イノベーター。トランペット、CAI、村井実、I・イリイチ、サウンド・エデュケーション、対話型鑑賞、学級内SNS等々、これまでに関心を持って行ってきた全ての経験を、勤務校に着任してからの「ICT×インクルーシブ教育」に繋げて研究と実践に取り組んでいる。LINEスタンプクリエーターの顔も持つが、総売上高は5,315円。