こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第12回

学びは学校から与えられるものではない。学校が担う本当の役割とは?

〜東京学芸大学附属小金井小学校 鈴木秀樹教諭がめざす学びのアップデート②

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先⽣⾃⾝の⾔葉をお伝えしていく。⼦どもたちの学びに“Side by Side”で寄り添うのがめざすべきカタチと語る東京学芸大学附属小金井小学校の鈴木秀樹教諭。その考えに至った根底には、2人の巨匠の思想があった。
児童が先生役になって教える授業で、学びの"当たり前″を変えていく

教師人生にインパクトを与えてくれた2人の巨匠

コロナ禍のオンライン授業をきっかけに、“Face to Faceの教育から、学びのSide by Sideへ”がテーマになった私ですが、この考えにたどり着いたのは、若い頃に出会った2人の巨匠の思想が影響していると思っています。

一人目は大学院時代に出会った教育学者の村井実氏です。私は当時、「教育とは何か」「学校はどうあるべきか」「そこでコンピューターは何ができるのか」を追い求めていたのですが、「教育とは何か」については、あまりに問題が大き過ぎたので、偉い人の考えた枠組みを借りてくることにしました。その「偉い人」が村井実氏です。日本のインターネットの父と呼ばれた「あの村井純氏のお父さん」と言った方が、通りがいいかもしれません。

村井氏は、哲学や教育の歴史を紐解きながら「人はみな善くなろうとしている」と訴えます。そして、この善くなろうとする人を助ける営み、人を善くしようとする営みを総称して「教育」と言うのだと主張しています(嗚呼、こんな乱暴なまとめ方しているのがばれたら絶対、叱られる……)。

大学4年、恩師である沼野一男先生の勧めで村井哲学に出会う

そもそも「教育とは何か」という大きな問いは、どのように答えても、異論反論は返ってきます。だったら、「自分はこう考える」という確固たるものを持っておけば、それでいいのではないか、と当時の私は考えたのでした。その結果、選択したのが村井哲学だったわけですが、今に至るまでこの選択は間違っていなかったと思いますし、今も変わらず村井哲学が私の中で確固たる地位を占めています。

次に「学校はどうあるべきか」について、私に大きな影響を与えたのがイヴァン・イリイチでした。イリイチが1971年に著した『Deschooling Society(邦題「脱学校の社会」)』は衝撃的な内容で、最初に題名を聞いた時は「え、脱学校?学校なくなっちゃうの?俺、学校の先生、目指してるんだけど……」と思ったのを覚えています。

イリイチが主張したのは、「学びは学校で受けるもの」「人は学校でしか学ぶことができない」といった思い込みを捨てて、「学び」を自分の手に取り戻すことが大切だ、ということでした。そう、確かに私たちは「学び」とは「学校で与えられるもの」と思いがちです。あるいは「学校で先生に教えてもらう」からこそ「学び」が実現されるのだと。それが進んで「学びは学校でしかできない」と思い込んでしまっている場合もあるでしょう。

教育観に大きな影響を与えた、村井実氏とイヴァン・イリイチ氏の書籍

実際、学校は「学び」が実現するように実にシステマティックに様々な仕掛けが施されています。何しろ学校は「いつ」「どこで」「誰が」「誰から」「何を」「どのように」学ぶか全て定められているのです。そして工業製品の大量生産よろしく、日々大量の「学び」が生成されるように設計されたのが学校なのですから。

でも、よく考えてみたら「学び」って与えられるものではなくて、もっと自律的なもののはずです。「知りたい」「わかりたい」という自分の内なる欲求に従って進められるべきです。そうやって獲得されたものこそ本当の意味での「知識」でしょうし、そのための活動こそ「学び」と呼ばれるべきです。

学校の役割は、教え込むことではなく、学習者と世界をつなぐこと

では、学校の役割は何でしょうか。先ほど書いたように、「いつ」「どこで」「誰が」「誰から」「何を」「どのように」学ぶかが決められているのが学校です。そうした枠を持った学校が、自律的な学びのためにできることはあるのでしょうか。

イリイチは学校が果たすべき役割を、教え込むことではなく学習者と世界を繋ぐことだと考えました。そこで「Learning Web(学習のウェブ)」や「Opportunity Web(機会のウェブ)」という概念を提唱しています。

かつて自分が学んだ村井哲学やイリイチを、今は大学生に向けて語っている

このLearning WebやOpportunity Webですが、当時は正直、よくわかりませんでした。何しろ時は1990年。Windows95もまだ世に出ていない頃で、ようやく世界初のWebページが公開された年です。「コンピューターでそれを実現できるか」と問われても「パソコン通信みたいなもの?」という浅い理解しかできていませんでした。

もちろん、今はわかっています。1人1台時代が始まって、子どもたちの手にはネットと繋がったタブレットPCがあります。読み物教材の初発の感想をクラウドのフォームに打ち込む、整数÷整数が分数で表わせる理由を図に書いてグループのスレッドに書き込む、「これからの自動車に求められること」をスライドにまとめてプレゼンするなど、タブレットPCを使って、学びをどんどんつなげていくことができます。

Learning Webの考えを元に、子どもたちの思考を“つなぐ”ことを意識した授業を実践している

また、コロナ禍で休校になってもネットワークに繋がったタブレットPCさえあれば大丈夫。同期型と非同期型を組み合わせてどんな授業だってできますし、子どもたちは自分の学びを自分で進めることができます。そう、タブレットPCを自由に使いこなせるスキルと使える環境さえあれば、子どもたちは自分で、自分の学びを進めることができるのです。イリイチが構想したLearning WebやOpportunity Webの実現は、すぐそこまで来ているのです。

自律的な学びをめざして。最初のステップは、子ども同士の教え合い

いや、ちょっと先走ったかもしれません。

「いつ」「どこで」「誰が」「誰から」「何を」「どのように」学ぶかが決められている学校で教育を受けてきた子どもたちが、タブレットPCを渡されたからって、すぐに自律的な学びを獲得できるかと言えば、それは無理でしょう。やはりそこはステップが必要ではないか、というのが私の考えです。

そのステップを上がっていくために、私が試みたことを紹介しましょう。5年生の社会科で自動車産業を学習していた時のことです。単元の終わりの方に「完成した自動車のゆくえ」「これからの自動車に求められること」という学習内容があるのですが、ここの学習を始める時に、私は子どもたちにこんな話をしました。

「これまで自動車産業について勉強してきました。教科書や資料集だけでなく、自動車会社のWebサイトを見るなど、様々な資料を見てきましたね。みんなに紹介する色々な資料を探してきたり、それをわかりやすいようにスライドにまとめたり、色々するのが、もう面倒くさいです。ということで、次の『完成した自動車のゆくえ』は君たちに授業をしてもらいます」

学習内容をまとめる子どもたち

ここまでで教室はもう阿鼻叫喚ですが、私は構わず続けました。「授業するのは全員です。グループに分かれて交代で授業をしてもらいます。各グループで一番わかりやすい授業をするのは誰だったか決めてもらいます。その人に全員の前で授業をしてもらいますから」

相変わらず教室は大変な騒ぎでしたが、それだけ⾔って後ろの席に座ってしまった私を見て、子供たちは「ヤバい、マジだ」と悟ったのでしょう。そこから各自、猛然と授業準備を始めました。

数日後、グループ毎に授業をさせました。この活動の目的は、一つはもちろん「完成した自動車はどこへどのように運搬されるのか。その時にどのような工夫があるかを知る」ということですが、それとは別に「自分で調べて友達の前で授業をするという経験から感じて欲しいこと」がありました。

子どもたちが授業で教えることを経験し、学びの概念を変えていく

そう、「いつ」「どこで」「誰が」「誰から」「何を」「どのように」学ぶかが決められている学校だけれど、そのいくつかを変えたって学ぶことはできたでしょう?ということを実感して欲しかったのです。この授業で言えば「誰から」「どのように」はいつもとかなり違いました。「自分が授業をするのは微妙だけれど、友達の授業を受けるのはいい!」という感想が出てきたのは、ステップを踏めた一つの証かな、と思いました。

もちろん、この後には、いつもと違う「いつ」「どこで」「誰が」「誰から」「何を」「どのように」を体験するだけでなく、自ら「いつ」「どこで」「誰が」「誰から」「何を」「どのように」を決めて学びを実現する体験をさせねばなりません。ですが、そこに到達するまでには踏むべきステップは他にもあるし、上手にステップを上がっていけない子どもには、教師が適切にサポートしてあげる必要があるでしょう。と考えると……ほら。やはりこれからの時代、教師に必要なのは「学びのSide by Sideに寄り添う」ことではありませんか?

前回から私が訴えてきた「Face to Faceの教育から、学びのSide by Sideへ」が実現した時こそ、学校はイリイチが言うところの「教え込むことではなく学習者と世界を繋ぐこと」に注力する場になれる可能性があるといえるのではないでしょうか。

次回は、少し話題を変えて「教育とお金」について語ってみたいと思います(第3回に続く)。

東京学芸大学附属小金井小学校(東京都小金井市)
国立大学法人東京学芸大学の4校ある附属小学校のひとつ。大学と同じ小金井キャンパスの一角に位置している。伝統的に教科教育研究が盛んで、全教科で授業を公開する3年に一度の研究発表会には、全国から1,000人を超える教員が集まり、熱い議論を繰り広げる。近年はICT×インクルーシブ教育の研究・実践を盛んに進めており、コロナ禍でもオンラインセミナーやYouTubeチャンネルを通じて積極的に情報発信を行なっている。
鈴木秀樹(東京学芸大学附属小金井小学校教諭)

東京学芸大学附属小金井小学校教諭・東京学芸大学非常勤講師。慶應義塾大学大学院社会学研究科教育学専攻修士課程修了。マイクロソフト認定教育イノベーター。トランペット、CAI、村井実、I・イリイチ、サウンド・エデュケーション、対話型鑑賞、学級内SNS等々、これまでに関心を持って行ってきた全ての経験を、勤務校に着任してからの「ICT×インクルーシブ教育」に繋げて研究と実践に取り組んでいる。LINEスタンプクリエーターの顔も持つが、総売上高は5,315円。