こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第11回

コロナ禍で見えた新しい学びのカタチ「Face to Face の教育から、学びのSide by Sideへ」

〜東京学芸大学附属小金井小学校 鈴木秀樹教諭がめざす学びのアップデート①

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先⽣⾃⾝の⾔葉をお伝えしていく。ICTを活用したインクルーシブ教育やデジタル教科書の研究などで数多くの実践を発信する東京学芸大学附属小金井小学校の鈴木秀樹教諭。対面授業から子どもたちに寄り添う学びへ、どのように転換したのか。全5回にわたってお届けする。
東京学芸大学附属小金井小学校、誰もいないコロナ禍の教室

求められているのは、教師の変化。学びに対する価値観を変えるタイミング

GIGAスクール構想によって、1人1台タブレット環境が実現しようとしています。これにより教育現場に大きな変革が訪れるのは間違いありません。

そんな中、「これは重要だな」と私が感じるキーワードが「個別最適化」です。ただし、重要であると感じると共に、「これは一筋縄ではいかない」とも思います。「AIが学習履歴を分析してその子に合ったドリルをタブレットに送って勉強させればOK」とはいかないし、そういうことでOKにしてはいけないと考えています。

鈴木教諭の授業風景

個別最適化というと、何か学校や教師が「その子にあった学習環境を提供する」ことのように思われるかもしれません。しかし、子どもたちが1人1台のタブレットを手にして自由に学びを進めていこうとする時代に、相変わらず「学校や教師の方が子どもたちに働きかけていくのだ」というスタンスでいいのでしょうか。

発想の転換が求められている。そう感じた私が、コロナ禍の休校という経験を経て辿り着いたのが「Face to Face の教育から、学びのSide by Sideへ」という言葉でした。「Side by Side」という新しい学びのカタチ、まずはそこから紐解いていきたいと思います。

コロナ禍の危機感、「我々にICTを『使わない』選択肢はない」

コロナ禍の学校は、どこも同じだと思いますが、東京学芸大学附属小金井小学校(以下、小金井小)もかなりドタバタしました。家庭にメールで連絡するシステムはありましたが、課題を送ることもなく、3月は学校としては何もできなかったのです。

この「何もできなかった3月」の苦い経験から、私の元には管理職から「4月以後も休校は続くだろう。ICTを活用して何かできないか、考えてほしい」という指示がありました。そこで提案したのが、Microsoft Office A1ライセンスの取得です。「これがあれば、Microsoft Teamsを使って学校と家庭を繋ぐことができます。これで学習指導を行ないましょう。無料です!」と伝えました。

管理職から了承を得たものの、アカウント発行を一手に引き受けてくれるだろうと思っていた大学はは対応が間に合わないことが判明。そこで、Microsoftに申請してA1ライセンスを大学とは別個に小金井小独自で取得、全児童および全教職員分のアカウントを発行した上で、Teamsを核とする学習支援の実施を職員会議で提案したのです。その後、職員向け研修会を開催し、保護者向けにTeamsの利用マニュアルを作成、それを始業式の日に児童を通じて配布し、Teams活用に本格開始に漕ぎつけました。これら全てを3日で終わらせる強行スケジュールでした。

小金井小で使用しているTeams

このスピード感のせいで私は、少しおかしくなっていたのかもしれません。

Teams活用を説明する研修会で、Teamsを使った経験のない先生方を相手に「『わからないから使えない』『やりたいことを実現できないから使わない』はダメです。我々にICTを『使わない』という選択肢はありません!」と叫んでいました。こんな暴論に本校の教員はよく文句も言わずに付き合ってくれましたが、「状況に合わせて柔軟に変化していく力」は、これからの教師に必須のものかもしれません。

こうしてTeams活用が始まるのですが、取り組みを通して、私の中に浮かび上がってきたのが「Face to Face の教育から、学びのSide by Sideへ」というキーワードでした。現場はコロナ禍で大変な状況でしたが、むしろ、ICT活用に長年取り組んできた私には、めざすべき教育の姿が見えつつあったのです。

さまざまな学びの姿が見えたオンライン授業、学びの主導権は子どもにある

教室における教師の存在は、何だかんだ言って非常に大きいです。教師が話をすれば、子どもたちは聞きますし、黒板に何か書けばとりあえずは見ます。この関係を生かして教師は子どもたちに様々な働きかけを行なって、クラスをまとめ、目標達成へと誘っていきます。ところが、長期休校になり、子どもたちと学校でFace to Faceで向き合うことはできなくなってしまいました。

子どもたちを強引に画面に集める同期型オンライン授業は、「Face to Faceの教育」を再現しようというものでしょう。しかし、画面の中に集めたようでいても、実際の子どもたちは教室のように一か所にいるのではなく、家庭にいるので、教師の存在感は相対的に小さくなっていることは認めざるを得ません。つまり、オンライン授業における教師と子どもたちとの関係は、教室と同じではないのです。

コロナ禍のオンライン授業もTeamsで実施

例えば、オンライン上で国語の物語文を教えているとき、課題を提示した後の子どもの姿は様々でした。本文を読んでいる子、考えている子、自分の考えを書いている子、色々なことをしている子が同時に存在しています。一方、教室で同じ活動をすると、教師が「はい、じゃあ今日は第2段落の要約をするよ」と言えば、子どもたちはみな教師に指示されたことを行ないます。オンラインにおいては、何を学ぶか、どうやって学ぶか、いつ学ぶか、といったことは子どもに委ねられていたのです。つまり、学びの主導権は子どもにあったわけですね。

そうした中にあって教師はどう振る舞うべきでしょうか。ある時は、意見交換をしているところに入って話し合いをファシリテートします。また、ある時は、考えあぐねている子にヒントを出したり、何もしていない子に声をかけにいったりもします。これが教室で、子どもたちがバラバラなことをしていたら、教師は対応しきれません。でも、Teamsを活用した非同期のオンライン環境では、教師は時間をずらすことで子どもたちに関わっていくことができたのです。

普段の学校で行なっていたこと、或いは同期型のオンライン授業で行なっていたことは、教師が目の前の子供たちに語り掛ける「Face to Face」の教育でした。それに対して非同期型を中心としたオンライン教育では、個々の子どもたちの学びに寄り添う「Side by Side」が大切だと考えるようになりました。

「Side by Side」の着想は、外国人カップルの会話から

そう思った時、私の脳裏に数年前の欧州某国での経験が蘇りました。鉄道の切符を買おうと列に並んでいた時のことです。私の前にいたのは若いカップルでした。いや、カップル未満だったかもしれません。男性の方が女性にぞっこん惚れているのは傍目にも明らかでしたが、女性の方は穏やかに冷静さを保っているような、そんな二人でした。切符を買う段になって彼の方が駅員に言いました。

 “Our seats should be side-by-side, not face-to-face.”

「Side by Side」の着想を異国の地の鉄道で得るとは、このときは思いもしなかった

そして、私はうっかり、その二人と離れた席にしてくれと駅員に頼むのを忘れました。特急列車に乗ってみると、4席が向かい合わせになっているシートでした。もちろん回転なんてできません。目の前にはべた惚れなのを隠そうともしない彼とそれをにこやかに受け流す彼女。そこから1時間半。私の目の前で、彼のありとあらゆる口説き攻撃が展開されました。

やれやれ、とその時は思ったのです。思ったのですが、Teams活用を経た私は、“Our seats should be side-by-side, not face-to-face.”という彼のセリフを頭の中で唱えて「待てよ」と思いました。今こそ我々教師は彼のように子どもたちに寄り添っていくべきではないだろうか。突然の休校、学校に行けない、友達にも会えない。そんな子どもたちに、今こそ寄り添わないでどうする。教室みたいなFace to Faceの関係を再現しようなんて、そんなことを考えている場合ではない。今、目指すべきはSide by Sideであろうとすることなのではないのか?

実際、本校の教員の多くは、子どもたちの心に寄り添うようなことを積み重ねていました。私は全体の運用を担当する立場から全学級のチームに入っているのですが、どのクラスの担任も子どもたちが投稿するちょっとしたつぶやきを拾って、共感を示したり、褒めたり、慰めたり、笑い合ったり、非常に温かいやり取りを展開していました。「これだ。今、我々が目指すべきは『Face to Face の教育から、学びのSide by Sideへ』という発想の転換だ」と思いました。

児童とTeams上でのやり取り

このように“Face to Face の教育から、学びのSide by Sideへ”というテーマにたどり着いた私ですが、当初は意識もしていませんでした。しかし、改めて振り返ってみると、これまでの教員人生で積み重ねがあったからこそだと思いますし、私のライフワークである「ICT×インクルーシブ教育」というテーマとも深く結びついたものだったのです。

次回は、もう少しこの辺りを深掘りしてみましょう。“Face to Face の教育から、学びのSide by Sideへ”というテーマの根底には、意外な思想がありました(第2回に続く)。

東京学芸大学附属小金井小学校(東京都小金井市)
国立大学法人東京学芸大学の4校ある附属小学校のひとつ。大学と同じ小金井キャンパスの一角に位置している。伝統的に教科教育研究が盛んで、全教科で授業を公開する3年に一度の研究発表会には、全国から1,000人を超える教員が集まり、熱い議論を繰り広げる。近年はICT×インクルーシブ教育の研究・実践を盛んに進めており、コロナ禍でもオンラインセミナーやYouTubeチャンネルを通じて積極的に情報発信を行なっている。
鈴木秀樹(東京学芸大学附属小金井小学校教諭)

東京学芸大学附属小金井小学校教諭・東京学芸大学非常勤講師。慶應義塾大学大学院社会学研究科教育学専攻修士課程修了。マイクロソフト認定教育イノベーター。トランペット、CAI、村井実、I・イリイチ、サウンド・エデュケーション、対話型鑑賞、学級内SNS等々、これまでに関心を持って行ってきた全ての経験を、勤務校に着任してからの「ICT×インクルーシブ教育」に繋げて研究と実践に取り組んでいる。LINEスタンプクリエーターの顔も持つが、総売上高は5,315円。