こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第9回

へき地が抱えるICT環境の課題と、教員の世界を広げるSNS活用

〜青森県 つがる市立育成小学校 前多昌顕教諭がめざす学びのアップデート①

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先⽣⾃⾝の⾔葉をお伝えしていく。青森県つがる市立育成小学校の前多昌顕教諭は、へき地性を有する学校でICT活用に取り組んでいる。人口減少が進む地域で、教育の質を向上させる秘訣はなにか。前多教諭の取り組みを2回にわたってお届けする。
つがる市立育成小学校を撮影した航空写真

テクノロジーで生活が便利になっても、学校だけが取り残されたまま

私が勤務する、つがる市立育成小学校は“へき地校”ではないのですが、”へき地性”を有しています。1年生から6年生まで、児童は全員でたった32名。私が現在、受け持っている5〜6年生の複式学級(2つ以上の学年を1つにした学級)も、クラスには10名しかいません。

これくらいの人数になると、同じ日本の学校といっても他の地域とはずいぶん異なります。運動会は地域住民を巻き込んで開催したり、昼休みは全員で遊んだりと、みんなが家族のように学校で過ごしています。

つがる市立育成小学校、複式学級の様子

私は教員生活のほとんどを、このようなへき地校や複式校で勤務してきました。みなさんの中には、へき地と聞くと、生活が大変で不便なイメージを持たれるかもしれませんが、今はそうでもありません。交通機関や病院までの距離によって、へき地と認定された地域であっても、ネットの普及やテクノロジーの恩恵を受けて、それなりに便利で快適な生活が送れています。

また子どもたちも、へき地に住んでいるからといって不便な生活をしているわけではありません。個人のスマートフォンを所有している子は都会に比べて少ないですが、ゲーム機やタブレットなどで、当たり前にネットを活用しています。

しかし、学校は違います。いくら、へき地の生活がテクノロジーで変わろうとも、学校だけがまだその恩恵を十分に受けていません。学校のICT活用は遅れており、失われつつある“へき地性”も、学校の中だけ依然として残っています。

地域にICT先進校がない、積極的にICTを使う人がいない地方校の課題

ICTを活用した教育がなかなか進まないのは、都会でも地方でも同様だと思いますが、地方の場合はその傾向がより顕著です。

地方と都会の大きな違いは、地域内にICTを積極的に活用している私立校があるかないかだと、私は考えています。青森県には私立の小学校がひとつもなく、弘前大学附属小学校を除けば全て公立小学校です。つまり、どこの学校も予算に大差はなく、先進的なICT設備が整っている学校は皆無なのです。

このような環境の中で、ICTを授業で積極的に活用できるのは、県の指定を受けて機材が貸与されている教員か、ICTに強い興味と関心を持つ教員のどちらかでしょう。後者の場合、いくら教育を良くしたいと思ってICTを活用しても、周りからはICTの活用が目的だと誤解されることも多く、優れた活用例が、他には真似できない個人芸として葬り去られることもしばしばあります。

また、地方に限ったことではありませんが、財政的に恵まれていない自治体の多くは、一度導入された端末や機材が更新されないこともよくあります。リースで導入したものでも、期間が過ぎても機種の入れ替えがなされずに、同じものを再リースして使い続けることも多いです。端末はなんとかなっても、ソフトウェアのアップデート費用がないため、時代にそぐわないものを使い続けなければなりません。

パソコン室の様子

私は青森県内の他校にICTの研究講師として招かれることが多いのですが、パソコン室を常時、施錠している学校が多いことも気になっています。施錠されたパソコン室の多くは、廊下で履物を脱ぎ、整理して並べなければ中に入れず、あまり使われていません。小学校にパソコンが導入され始めた平成初期の頃ならまだ理解できますが、令和の時代になってもパソコン室は上履きで入れない特別な部屋のまま。生活の中でICT活用が日常化しているのに、学校ではパソコンを使うことが未だに「特別なこと」なのです。

これには、教育者や保護者のICTに対する意識の違いも影響しているでしょう。たとえば、私の住む地域では、都市部では当たり前の交通系ICカードの利用が全く見られません。電車やバスの乗り降りも現金決済オンリーで、コンビニやスーパーマーケットでのキャッシュレス決済もまだまだ少ないと感じます。

教員も同様に、テクノロジーを使うことが当たり前ではありません。教材の注文は未だに電話注文が主流で、メールやメッセンジャーを使った方が、注文履歴も残るし、時間の節約にもなるのですが、多くの教員は忙しい合間に職員室に降りてきて、業者に電話をしています。テクノロジーは身近なところまでやってきているのに、積極的に使おうとする人はまだ少ないのです。

田舎者こそSNSを活用!物理的な距離を超え、教育の幅を広げていく

このようなICT環境や、ICTに対する意識を変えていくにはどうすればいいでしょうか。おそらく、個人ひとりの力で克服することは、不可能です。個人がどれだけ努力しようとも、個人でやっているうちは点でしかなく、いかに目立とうが点は点であり、ICT活用は広がらないからです。

だからこそ広げていくためには、教師が人と繋がり、理解者や協力者を作ることが大切になります。人とつながることで点が線になり、やがて面になっていく。そこで互いに実践を共有して、積み上げていくことで深みが生じ、質量を伴うことになります。最初は小さな面でも、多くの教員が情報を発信し合うことで、教員の繋がりが広がっていき、やがて世界中を覆い尽くす大きな教員ネットワークになるでしょう。

では、どうやって人と繋がれば良いでしょうか。私の場合はSNSのFacebookを活用し、日本の実践者だけでなく世界中の実践者と繋がるようにしました。学校や教育委員会によっては、SNSへの投稿ができない場合もあるでしょうが、許されているのであれば、地方在住者こそSNSを使うべきです。

SNSは距離の壁を取り払い、地方に住んでいても最新の教育実践に触れられます。1人1台環境が始まってから動くのではなく、今のうちから全国の実践者と繋がり、さまざまな実践を知っておくのもいいでしょう。

SNSでつながったロンドン在住のクリエイターとつがる市立育成小学校をつなぎ、遠隔で交流学習

ただし、黙って投稿を眺めていても外部の実践者と繋がることはできません。大切なのは、自分の実践などを発信することです。なぜなら、情報を発信する人に有益な情報が集まってくるからです。なかには、“自分の実践など必要としてくれる人がいるだろうか”と心配する人もいるでしょうが、安心してください。どのようなレベルの実践でも、必ず誰かの役に立ちます。

また実践者のコミュニティに積極的に参加することも必要です。外部と繋がることで、地元では触れられない実践に出会うことができるからです。そこで得た知識や体験を日々の授業に生かすことで、まず子どもたちが変わり、子どもたちが変われば保護者が変わり、同僚や周囲の同業者の見る目も変わってきます。

ほかにも、企業や団体とつながりを持つことで環境を整えられる場合もあります。私の場合、機材の貸与を受けたり、モニターになったりすることで、期間限定ながら快適な環境を子どもたちに体験させることができました。また、たくさんの人に協力してもらうことで型落ちのタブレット端末をかき集め、いち早く1人1台環境を構築しています。

企業から教材提供を受けて実施した「embot」を活用したプログラミング授業

テクノロジーは子どもたちを惹きつける魅力がある

私は初任の時からICTを活用した授業に取り組んできました。当時はワープロ専用機の全盛期で、もちろん学校にパソコンはなかったのですが、研究授業でパソコンを活用した授業をやりたくて、先輩方の私物デスクトップパソコンを借りて授業を実施したことがあります。当時は、5人グループに1台で、4年生の面積を教えたのですが、パソコンを触った子どもたちの輝いた表情は今でもはっきり覚えています。

思い起こせば私自身も小学4年生の頃、担任の先生が、当時の新築校舎の視聴覚室で自分が撮影したフィルムを上映したり、他の学級では使われていなかったOHPを使ってくれたことに、ワクワクした経験があります。あの感覚を今の子どもたちも味わってほしい。テクノロジーには子どもたちを惹きつける魅力があると思っています。

GIGAスクールによって1人1台環境が整ったら、各自の机の上でICTを活用できます。机の上から日本だけでなく、世界中の学校と繋がることができ、学校からも“へき地性”がなくなるでしょう。逆に、GIGAスクール後のへき地というのは、地理的な条件ではなく、ICTの活用状況によって生まれるのかもしれません。

少人数であっても、日常的にICTを活用した授業を実施

できることなら、今の知識や経験を持ったままで20代前半に戻り、教員生活をもう一度スタートさせたいと思うことがあります。そうすれば、これから30年以上も、ICTを使った授業ができるではないですか。こんな風に50歳にもなっても、ラノベのネタのようなことを夢想してしまいますが、それぐらいGIGAスクールで実現する1人1台環境は、私が夢に描いてきたものなのです。

あとは、願わくは、施錠されたパソコン室が、施錠された保管庫にならないことを祈るばかりです。次回は、決して恵まれている環境とは言えない勤務校で、私がどのようにICTを授業に取り入れたかをご紹介していきます(第2回に続く)。

つがる市立育成小学校(青森県つがる市)
学校が位置するつがる市森田町相野地区は、つがる市の南側に位置している。校舎の東側には広々と田んぼや畑が続く。近年、児童数の減少が続き、令和元年度までは、学級編制の一部が複式学級であったが、令和2年度は完全複式となった。へき地には指定されていないが、地区内には公共施設や商店が少なくへき地性が見られる。令和3年3月をもって134年間の歴史に終止符を打ち、閉校することが決定している。
前多昌顕(つがる市立育成小学校教諭)

つがる市立育成小学校教諭。東京学芸大学教育学部卒。初任時からコンピュータの教育活用に取り組む。MIEE(マイクロソフト認定教育イノベーターエキスパート)のプログラムでBest Learnig Activity Awardを受賞。日本初のFlipgrid認定教育者レベル3。他にGoogle、Apple、emBotなどからも認定を受ける。NPO法人学修デザイナー協会理事で学修デザインシート開発者。