こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第3回

自由なiPadで生徒が主体性を発揮し、自分で知識を取りに行く「知識発掘型」の授業へ

〜近畿大学附属高等学校 乾武司教諭がめざす学びのアップデート③

学校現場は今、これまでの学びの価値観が揺らいでいる。学校が果たす役割は何か、今までの学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先生自身の言葉をお伝えしていく。コロナ禍もオンライン授業によって学習を継続させた近大附属高等学校で、学びの変化はいかにして生まれたのか。第3回目の本稿では、同校のICT活用に取り組んできた乾武司教諭に、学びを変える起点について綴ってもらった。
近大附属高校は、1人1台をきっかけに学校行事の運営を生徒に任せるように。写真は生徒が企画したオープンスクールの様子

タブレットを“学習のためだけの道具”にしない

タブレットは生徒の学力向上のために導入するものでしょうか?

「⽣徒の学⼒向上のためにタブレットを導⼊しました!」という言葉を、私はいろいろな方とお話をする中で何度も聞きます。タブレットを導入する当たり前の前提条件として語られることが多いのですが、私はこれにものすごく違和感を感じます。

学力向上を目的にタブレットを導入すると、勉強に関係のないアプリや機能は、生徒たちが遊んでしまうのではないかと制限されがちです。

私が過去に見た最も極端な生徒用iPadの設定は、学習用アプリのアイコンが数個だけデスクトップ上にあり、「設定」や「カメラ」など、それ以外のアイコンはすべて削除されていました。もちろん、アプリのインストールもできません。そのiPadを使っている学校で「生徒はこれで学習に専念できます」と説明を受けましたが、私はむしろ、心の中で「iPadの制限ってここまで厳しく設定できるんだ」と思いました。

確かに、高額な端末を保護者に負担してもらうのですから、学校として学力向上を考えないわけにはいかないでしょう。しかし、こんなに多彩で楽しい道具を「学習のためだけ」に使うのはもったいないと思いませんか。

iPadに限らず、タブレット端末は汎用性の高さが魅力です。私自身、2011年からiPadをプライベートで使い始めましたが、情報や音楽を大量に持ち運ぶことができ、分からないことをすぐに調べたり、スケジュールが管理できたりと、端末1台で自分のライフスタイルが変わるのを実感しました。また持ち物が減ったことで、外出するのが身軽で楽しくなりましたし、ノートPCとは違った自由な感覚がとても新鮮でした。

このようなタブレット端末のメリットを生徒たちも享受できれば、学習の質だけでなく、生徒たちの生活の質を変えられます。私は学校のタブレット導入やICT活用には、生活の場面で使えることが非常に大切だと考えていて、本校の場合は、生徒たちの荷物を減らせることや、教室や学校以外の場所でも、わからないことを即座に自分で解決できるのが良いと考えました。

そのため近大附属高校ではiPad導入当初から「生徒の生活利便性の向上」と「自由なネットの活用」を重視して利活用を進めてきたのですが、こうした環境での学びが、結果として、後から大きな学びの改革につながっていくことを、ICT活用に取り組んでみて体験しました。要するに、最初から学習だけを目的にしなくとも、当たり前に使っていけば、学びを変えるきっかけに遭遇するのです。

ネットの広大な海に生徒を放つことで見えた、ポテンシャルの高さ

生徒がiPadを1人1台で持つようになり、教室でネットも自由に使える環境になると、授業中に生徒が自分のわからないことを自由に調べている姿を目にするようになりました。

それを見て私は、今までの授業がいかに生徒たちにとって窮屈だったのかを痛感しました。学びの空間であるはずの教室が、「自分の疑問を自分で調べて解決する」という、最も基本的な作業が難しい空間であったことを、改めて思い知らされたからです。

それと同時に生徒たちがネットを自由に利活用することで、「教員が教えなくても、生徒が自分で学んでいけるんじゃないか?」と考えるようになりました。ただし、これは、今までの授業の在り方や教室での知識のヒエラルキーを覆す考え方で、教員にとっては受け入れるのがむずかしいかもしれません。今まで「知識」は「教員が生徒に伝えるもの」であり、それを放棄することは教員の存在意義に関わるからです。しかし、これからの教員はこの考えを変えていく必要があります。

学校教育法が定めている「学校教育において重視すべき三要素」として、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「主体的に学習に取り組む態度」が挙げられていますが、今までの学校教育は「知識・技能」にかなり偏った学習を行っていました。

本校の場合も、ほぼ100%の生徒が大学に進学するため、入試に対応できる「知識・技能」の習得は、何を置いても絶対必要でした。授業も一から十まで教員が喋り教え込むスタイルで、授業時間をできるだけ多く確保し、足りなければ放課後に補習、それでも足りなければ夏休みなどの長期休暇にも特別講習を実施していました。生徒の学習時間を拘束し、入試に必要な知識の全てを生徒に注入することに教員は全精力をかけ、内容を充実しようとすればするほど、時間的な拘束が増えて教員生徒共に追い込まれるという事態になっていました。

しかし、生徒たちが学習で自由にネットを使うようになると、教員の役割を変えていく必然性を感じるようになります。生徒自身がネットという広大な海の中で、自分が必要とする知識を取りに行ける環境は、もはや教員が全てを教える必要がないことを意味しています。教員が一方的に知識を与えなくても、検索すれば生徒自ら知識を探し出せるからです。こうした気づきがあったので、それまでの「知識注入型」の授業から、生徒主導の「知識発掘型」の授業へシフトしていくことが可能になりました。

教師が教えるのではなく、生徒たちが情報を収集し、教え合う授業へ。写真の生物の授業では、地質時代をテーマに、12ある時代区分をグループごとに割り当て、生徒たちが教科書やネットで収集した知識を発表してクラスで共有。
情報収集し発表をした後、最終的に、クラスでひとつの図鑑をつくる。この学習では敢えてデジタルではなく紙にまとめた

一方で、教員の役割がなくなったかというとそうではありません。むしろ、生徒が興味を持って主体的に調べるに足る「問い」を投げかけることが教員の役目として重要になってきました。そして、調べた知識を生徒自身の中で完結させず、伝わる言葉でアウトプットし、みんなの知識として共有できるのかも重要です。調べる段階でも、一人で調べるのではなく生徒同士で協力することで、より充実した内容の成果物ができあがる様子を数多く見てきました。

生徒が主体性を持つことで、学校と教員にも変化が生まれた

もちろん、最初からこのような学びの変化が生まれることを想定してICTを導入したのではありません。先にも述べたように、あくまでも当初は、生徒の生活の利便性向上が目的でした。

ところが、実際にICTの取り組みを進めていくと、生徒が自由にiPad 使う姿の中にさまざまな気づきがありました。そして、生徒たちの使い方を見ながら試行錯誤した結果、少しずつ学びを変えていけると感じましたし、少しずつ生徒に任せることで、生徒のポテンシャルにも気づきました。正直、今まで、生徒に任せることをせず、いかに生徒の能力を過小評価していたのかを痛感しました。このような過程を経ながら、先ほど挙げた「学校教育において重視すべき三要素」の、「主体的に学習に取り組む態度」を育てていくことの意味と重要性を私たち教員が学んだのです。

ちなみに、よく「近大附属だから自由にできたんでしょ」と言われることもありますが、確かに、そうした側面もあるかもしれません。しかし、以前の本校の校則は非常に細かく決められていて、生徒に自由度を与えないで管理するという風潮がありました。1学年1000人の大規模校ですから、教員の立場からすれば管理して統制する方が望ましいという考えになるのも無理はなく、またそれが当たり前だと信じて長い間運営されてきた空気感がありました。このような管理重視だった学校で、iPad活用を行ううちに新しい学びに徐々に変化してきたのです。

iPadの導入以降、オープンスクールなどの学校行事を生徒主体で任せることが多くなりました。「生徒に任せても大丈夫だ。生徒たちはちゃんとやってくれる」と信頼できるようになってきたからです。それまでの、教員が管理統制するのが当たり前だった本校のスタイルから考えると、これは大きな変革です。

写真左)生徒主体のオープンスクール。学校の魅力を伝える生徒たち。写真右)今年のオープンスクールの案内。今回はオンラインで開催される

そしてありがたいことに、生徒主体のオープンスクールは、入学希望の生徒や保護者の皆さんから非常に高い評価をいただけるようになりました。「自分もあんなふうに活動してみたい!」「自分の子どもにもあのような発表ができるようになって欲しい」という感想は、とても嬉しいですし、そのような活動ができる生徒と、それを許容できるようになった学校をとても誇らしく思います。

そして改めて、生徒1人1台のiPadを、単なる勉強道具・副教材と決めつけなくて良かったと心から思うのでした(第4回へつづく)。

近畿大学附属高等学校(大阪府東大阪市)
2013年度に高校1年生1048名に対して、iPadによる1人1台環境を実現。アプリのダウンロードやウェブサイト、SNSへのアクセスに制限を設けず、生徒による自由な使い方を認めるiPadの運用ポリシーで注目を集めた。現在は、中学・高校合わせて約4000台のiPadが稼働する。2014年から3期連続で、アップルが認定する先進的な学びに取り組む教育機関「Apple Distinguished School」にも選ばれている。
乾 武司(近畿大学附属高等学校 教育改革推進室室長)

高等学校、塾、予備校等の講師を経験後、平成14年より理科専任教員として近畿大学附属高等学校に勤務。電算室主任として校務学績管理システムの構築や教科「情報」の設置に携わる。学内情報のデータベース化・ペーパーレス化とともに、 lCT教育環境のアウトラインデザインに取り組む。 平成31年度から教育改革推進室室長。Apple Distinguished Educator 2015。