こどもとIT - 教員のICT活用
「教室の授業を再現しない」ウィズ コロナ時代のみんながバテない学びの場とは
――立命館小学校 オンライン学習実践レポート
2020年6月1日 08:00
新型コロナウイルス感染拡大防止のための休校措置は、5月末で丸3ヶ月が経過。6月からは、さらに分散登校などの工夫が求められる日々が新たに始まる。学校のオンライン化が進まない一方で、4月からいちはやくオンライン学習を取り入れ試行錯誤しながら授業を進めている学校もある。今年開校15年目を迎える立命館小学校では、新学期からオンラインでの学習活動を進めてきた。
同校でICT活用を牽引する教頭の六車(むぐるま)陽一教諭とICT教育部長の正頭(しょうとう)英和教諭が、オンライン学習の枠組みを作った経緯をセミナーで語った。5月6日に開催されたJapan EduDay「児童と教職員を守る、ポスト・コロナの学校運営」から、そのポイントを紹介する。
3月の卒業式対応から4月以降の長期戦に備える
同校では3月3日より休校をスタートし、卒業式への対応にむけて協議をする中で、子どもたちの命を守る必要性から、保護者の出席なしで卒業式を行う判断をした(詳細は『時間と距離を超えてICTが家族をつないだ卒業式と、教員たちの想い』参照)。この過程で「日本一安全な学校を目指す」というビジョンを掲げ、4月以降も大切な基準にしている。例えば在宅勤務の教員から出勤したいという要望があっても、教員の安全のために認めていない。
3月に学年末の対応をする一方で、4月以降も学校の再開が難しいということを視野にいれ、六車教頭と正頭教諭は対策に動いた。私立小学校の場合、児童の多くが異なる地域から電車通学をするため、安全に対して見るべき範囲が公立校より広い。先が見えない中、対応が年単位で長期戦になることを覚悟し、備えすぎて不要になるくらいで良いと考えたという。
立命館小学校では2011年頃から校内でのICT活用を時間をかけて進めてきた背景があるとはいえ、児童全員が個人端末を所有していたわけではない。5、6年生と教員が1人1台のPCを所有していたが、他の学年は家庭の端末を使う前提で、用意できない家庭向けには校内の端末を貸出機として整備した。実は、今夏から3、4年生も1人1台体制を整えSurfaceを持つことが決まっていたが、残念ながら4月の時点では間に合わなかった。
高学年ではこれまでパソコンを様々な学習場面で活用してきたものの、家庭にいる子どもたちと学校とのやりとりを前提とした使い方をしてきたわけではなかった。教員も、この3~4月にグループワークツールであるMicrosoft Teams(以下Teams)を活用する取り組みが始まったばかりで、現場では大きな戸惑いが広がったという。つまり、もともと全員がオンラインコミュニケーションに慣れていたわけではなく、 教室で行う授業や対面の関係が重視されていたところからのスタートだった。
「休校のガイドライン」を決めることからスタート
六車教頭がまず着手したのは休校のガイドラインを作ることだった。これまでもインフルエンザによる学級閉鎖など、学校には突然の休校が存在したが、「期間が決まっていたので正直オンライン授業など考えていなかった」という。そこで、休校の際に学習をオンラインで進める枠組みを整備した。目の前の課題としては今回の新型コロナ対応があるため、「短距離走ではなくマラソンで」走らせられることが条件だ。
具体案を検討した正頭教諭は、当初国内には情報がなく、動きの早かったヨーロッパなど海外の情報を参考にしたという。正頭教諭は教育のノーベル賞と呼ばれるグローバルティーチャー賞の2019年トップ10ファイナリストに選ばれており、世界中の先生とのつながりがあるので、実際に連絡をして情報交換もした。中でも、多くの先生が学習面よりも、子どもたちの心のつながり、体の健康について話していたことが印象的だったという。
正頭教諭が原則として定めたのは次の3点だ。
(1)心の健康:子どもたちの心のつながりを確保する
(2)体の健康:運動の機会が減った子どもたちの体の健康に配慮する
(3)先生がバテないこと:長期化しても先生が倒れない仕組みにする
以上がそろってこそ子どもたちの学習が成立すると考え、これを原則にガイドラインを設計した。フェーズが変わり具体的な実施内容が変化したとしても、これらの原則は変わらず立ち返る大切なベースとなっている。
同期と非同期の使い分けと、適材適所で複数のツールを組み合わせる
4月からのオンライン学習化で正頭教諭が一番気をつけたのは、「教室の授業」を再現しないことだ。教室を再現しようとする限り、子どもたちが「やっぱり学校に行った方がわかりやすい」と思うような内容になってしまう。そうではなく、オンラインでしかできない学びに切り替えていかなければならないと考えた。オンラインの良さである「いつでも」「どこでも」「なんどでも」を実現できる学びを設計するために、すべてをリアルタイムで行なっているわけではない。
現在リアルタイムで画面越しに対面で行うのは朝の会で、4月は週2回、5月からは週3回行なっている。学習は各自のペースで進められるように、各教員が作成した授業動画とTeamsによるコミュニケーションを中心に行なう。同期的な活動では心のつながりを重視し、学習は、非同期の良さを重視して進めているわけだ。また、5、6年生の算数では個人の進度と苦手感に合わせて学習ができるQubenaを利用するなど、学習サービスやアプリの活用にも積極的で、複数のツールを適材適所で組み合わせていることがわかる。
なお、休校中は保護者とのコミュニケーションも重要となる。そこで連絡帳ツールのClasstingを導入して、双方向の連絡を可能にしている。一斉メールとは全く違うレベルで保護者と学校がつながることができるので、家庭には大きな安心感があるだろう。
短期間でオンライン化をすすめられた秘訣とは
立命館小学校にはこれまでの蓄積があったとはいえ、学校現場のあの混乱の中で4月に向けて全ての先生を巻き込んで授業のオンライン化を進めることは、簡単ではない。どうしてこのスピードでベースを作り、各先生が自走できる体制を整えられたのだろうか。
正頭教諭はその秘訣のひとつを「権限移譲」と表現する。管理職である六車教頭とICT教育部長の正頭教諭には、これまで学内のICT化を進めてきた信頼関係があり、具体的な策定や推進の多くは正頭教諭に任された。正頭教諭の具体策を受け止める六車教頭の動きも早く「秒の決断」だったという。
六車教頭は管理職としてICT推進に関しての責任を負っている。「学校という空間は閉じられていても時間は止まらないので、学びは止めない」と掲げオンライン化を進めたが、教員にはICTの得意不得意があり、自分達の慣れたやりやすいやり方でやりたいという声もあったという。しかし、「子どもたちの安全、先生方の安全のために新しいやり方を考えていきましょう」と当初の理念に立ち返って推進した。「決めたら責任を取ると決めて腹をくくる」という六車教頭のバックアップの元に、正頭教諭が具体策を組み上げるという連携でこのスピードが実現した。
さらに、正頭教諭が他の教員にオンライン授業についての原則を示す際も、授業のプロであるそれぞれの先生が自由に動ける余白を大切にしたという。細かく詳細なルールを設けてしまうといずれ先生にストレスがたまり、「先生がバテない」というベースから外れてしまうからだ。
例えば授業動画を作るルールとして示したのは以下の3つだけだという。
(1)顔を出す:子どもたちにわかるように先生が顔を出す
(2)著作権・プライバシーに配慮:動画出見せる資料の著作権に注意し(※)、YouTubeの限定公開を利用するので個人情報の扱いに十分気をつける
(3)動画の長さは短く:子どもの視聴限界時間は、ある研究では6分ほど。慣れるまでまずは15分程度を目指す
※4月28日に著作権法改正(授業目的公衆送信補償金制度)が早期施行されたため、現在はオンライン授業で教科書等を示しやすくなった。
以上の基本ルールだけを示して、各教員の裁量で進めている。教員間の連絡にTeamsを活用しているため、意見交換は常に行われており、相互に授業動画を見ることもあり切磋琢磨の機会になっているということだ。
先生・保護者・子ども全員が「バテない」持続可能な仕組み作りが今後の課題
すでに今後の課題もいくつか見えてきている。小学生の場合、家庭での学習はサポートする保護者の負担が大きい。特に低学年ならばオンラインといっても親がPCやタブレット端末の操作をしているのが実情で、子ども同士のつながりや意見交換もしづらい。動画を基本にした学習は低学年では難しい側面もある。家庭の環境差に対する不安の声や、長い休校で保護者自身のストレスが高まっているという声も無視できないという。
今後、分散登校などの段階を経ると想定すると、教室とオンラインをそれぞれどのような位置付けで組み合わせるかという学習の再設計も必要になる。まだ今後変化し続ける状況に対応するには、子どもの心と体の健康を最優先にしながら、先生も保護者も子どもも全員が「バテない」持続可能な仕組み作りが必要だろう。その大切な原則を立命館小学校のガイドラインは示している。これからオンライン学習に挑戦する学校にとって大いに参考になるだろう。
3月に同校の卒業式の取材をした際に、正頭教諭がこんな話をしていたのが印象に残っている。当時6年生の担任として、突然の休校を経て卒業生を送り出した日のことだ。「結局、子どもたちにとって一番重要なのは、校舎でも授業のクオリティでもなく、“誰と一緒に学ぶか”っていうことなんだろうな、と気づきました」。
子どもたち同士のつながりは学ぶ環境に欠かせない。それをどうやってオンラインで実現するのかが、工夫のしどころになるのだろう。知識や課題の球を投げる一方では子どもたちの学びは必ず停滞する。この6月以降も、オンラインの良さを発揮した学びの設計が各地で進んでいくことを期待したい。