こどもとIT - 教員のICT活用

教育ICTで悩み孤軍奮闘する先生たちをつなぎ、地域の学びを前進させる教員コミュニティ

――マイクロソフト認定教育イノベーター「MIEE」インタビュー⑤

学校現場でICTを担当する教員は孤軍奮闘になりがちだ。ICTに詳しい・興味があるというだけで一人に負担が集中し、同僚や管理職はICTには疎く相談もできない、という悩みを抱えている現場の教員は少なくないと聞く。

そんな悩みを、「MIEE(マイクロソフト認定教育イノベーター)」でできたつながりで解消した教育者たちが栃木県にいる。MIEEとは、教育現場でICT活用に取り組む教育者を認定し、その活動を支援するマイクロソフトの教育者向け無償プログラム。そのメリットや魅力については、『地域や校種、教科や立場を越えた教育者の“つながり”が教育を変える力になる!』でも紹介した通りだ。

MIEEは“教育者同士のつながり”がメリットであるが、なかでも同じ地域に住む教育者同士のつながりは、地域の教育ICTを広げる一助になる。どのようにつながり、地域で連携しているのか。本稿では、栃木県で活動する4名のMIEE教育者を紹介しよう。

(写真上段左から)那須町教育委員会 学校教育課 プログラミング教育推進スーパーバイザー 星野尚氏、大田原市立大田原小学校 黒田充教諭、(写真下段左から)同校 大高伸吾教諭、日光市立三依小中学校 渡部諒教諭

同じ地域の教育者がMIEEでつながり、地域のICT活用推進に貢献する!

MIEEは、校種や地域、教科や立場を越えて教育者たちがつながりを築けるのが魅力のひとつである。なかでも、同じ地域に住む教育者同士がつながるケースは多く、想いを共有したり、悩みを相談したりと、良き仲間として交流を深めている。やはり、その地域の特性や事情を知る者同士、理解し合える部分が多いようだ。

今回、紹介する栃木県の4名の教育者たちも、MIEEでつながりを持ったという。ただ、この4名の場合は、単に“つながる”だけにとどまらず、地元の教員向けに研修会を行ったり、互いの学校を遠隔でつないで協同学習をしたりと、地域のICT活用推進に貢献しているのが特徴だ。研修会を開催する際には、MIEEの教育者らが講師を務め、研修会に必要な機材はマイクロソフトが支援。プログラミングのワークショップなどを実施したという。

4名とも年齢や立場は異なるが、いい意味でカジュアルにつながっている。MIEE全体にも言えることだが、学校組織にあるような上下関係はここでは存在せず、皆がフラットにつながっているのが特徴だ。

星野尚氏(那須町教育委員会 学校教育課 プログラミング教育推進スーパーバイザー)

2017年、4名の中で最初のMIEEに認定されたのが星野氏だ。同氏は学校の教員ではないが、持ち前のICTスキルを活かし、以前から地元でプログラミング教室を運営したり、小学校でプログラミング講師としてボランティア活動に携わるなど地域に貢献してきた。現在は、那須町教育委員会の学校教育課の立場で、学校現場のICT活用を支援する一方で、マインクラフトやVRといった子どもたちが楽しみながらICTに触れる学びの場作りを通じて、地域全体のICT活用やプログラミング教育の推進に取り組んでいる。

那須町立那須中学校で実施されたAR/VRを活用した防災学習は、CANVASによるVR教育実証プロジェクトの一環で実施された

黒田充教諭(大田原市立大田原小学校)

2018年にMIEEに認定された黒田教諭は、校内のICT活用を推進する一方で、必修化前の早い段階からプログラミング教育に取り組んできた。普段の教科学習から探究ベースを重視する黒田教諭は、プログラミングにおいても総合的な学習の時間で求められるSDGsや福祉をテーマにした課題解決に絡めた実践が多い。またドローンやロボット教材「embot(エムボット)」など、新しい教材にもチャレンジしている。

「embot」を活用し、段差を上る車椅子を考案した子どもたちの作品
社会に役立つ自動販売機の機能を考え、そのアイデアをScratchでシミュレーションした作品では、災害時は液晶画面がニュース番組に切り替わるアイデアを表現している

大高伸吾教諭(大田原市立大田原小学校)

黒田教諭と同じ小学校の大高教諭は、2018年にMIEEに認定された。以前は複式学級の小規模校に勤務しており、新学習指導要領の実施に向けての準備をしていたが、プログラミング教育の情報が少なく課題を抱えていたという。そんな時に研修会を通して黒田教諭に出逢い、“こんな実践もあるのか”と刺激を受けMIEEに挑戦。今ではプログラミング教育の普及・啓発に努めている。

小学4年生の外国語活動でのmicro:bitを活用した授業では、プログラミングツール「MakeCodeエディター」を英語モードで使用し、さまざまなクリスマスに関する単語を表示するプログラムを作成。その後、友達同士で英語で交流する活動に取り組んだという

渡部諒教諭(日光市立三依小中学校)

2019年にMIEEに認定された渡部教諭は、児童生徒7名の僻地校で英語とプログラミングを担当している。僻地校のため、近隣の小学校とSkypeを活用した遠隔授業を日常的に実施。また星野氏がいる那須町とは、教育版マインクラフトを活用して「災害にも耐えられるスポーツタウン」をテーマに、Teamsを使って遠隔での協同学習にも挑戦した。僻地校とICTは親和性が高いと述べ、そのメリットを活かした学びを子どもたちに届けている。

教育版マインクラフトで那須町と共同制作に取り組んだ際には、子どもたちがリアルタイムでコミュニケーションできる環境を構築。会ったこともない子どもたち同士、マインクラフトを通して積極的に会話を重ねながら制作に取り組めたという

それぞれの教育者が抱える課題に応えてくれるMIEEの魅力

年齢も立場も異なる4名が、なぜMIEEに応募しようと思ったのか。その理由について聞いた。

星野氏と大高教諭は「機材提供や製品ライセンスが借りられることに魅力を感じました」と話す。マイクロソフトはMIEEの教育者に対して、Office 365 Educationの利用や教育版マインクラフトの利用、さらにはタブレットPC端末の貸与(※期間や台数に規定あり)など、多くの教育者のICT活用を支援している。“学校内でこんなことをやってみたい”といった際に、機材貸与や製品ライセンスの貸出などのサポートを受けられるのは大きいというのだ。

黒田教諭は、MIEEという肩書きの力に助けられたという。「子どもたちがICTの恩恵を受けられるよう、自分の長けた部分で貢献したいと思っているのですが、現場の一教員では耳を傾けてもらえない時も正直あります。そうした時にMIEEの肩書きがあることで、違う視点からコミュニケーションできるのはありがたいです」と語る。確かにICTには詳しくなくても、マイクロソフトの名前を知らない教育者はいないだろう。“マイクロソフトが認定した教育者”というネームバリューは、時には現場を動かす武器にもなる。

MIEEに認定されるとロゴ入りの名刺がマイクロソフトから提供される

一方で、自身の学びの機会を求めてMIEEに応募したのは渡部教諭。「システムエンジニアの道をめざす生徒との関わり、私自身、あまり詳しくないので勉強できる機会を求めてMIEEに応募しました。マイクロソフトは多くの公立学校で使っている製品で、親しみもあり抵抗なく応募できました」という。最初はマイクロソフトが開催したマインクラフトのイベントに参加するところから始め、徐々にMIEEの教育者らと交流を増やしたという。

地域のICT活用を広げていくためにできること

続いては、ICT活用の取り組みをどのように広げているのかについて聞いた。学校現場でICTを担当する教員は孤軍奮闘になりがちであるが、MIEEでつながる栃木の教育者たちは、どのように活動しているのだろうか。

星野氏は、「那須町では、以前から“広げなければ意味がない”と言い続けてきましたし、それに理解を示してくださる教育委員会の方がいます。またプログラミングのイベントを開催したり、特別授業を実施したりと教育者や子どもたちが楽しめる取り組みもしてきました。栃木のMIEEで研修会を開催したときも、各市町村から先生方が集まってくれて、“楽しかった”と言ってもらえる研修会にできました。やはり“楽しい”という気持ちを持ち帰ってもらうことこそ、次の一歩につながるのではないかと考えています。MIEEのコミュニティは、良い意味で遊び心を持って学びを進めていこうとする人が多く、私もそんな気持ちで関わっています」と語る。

昨年に開催された「プログラミング教育キックオフフォーラム@栃木」には、各市町村の教員らが参加し、プログラミング教材に触れる機会が設けられた(今年4月にも県内の教員を対象に研修会を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった)

「MIEEに入ったとき、先に星野さんがいたのは大きいです。同じ地域にMIEEがいたことで、今までよりも大きく動けるようになったと思います」と語るのは黒田教諭。MIEEのつながり自体が、現場でのアクションを変えるきっかけになったというのだ。「教員であれば誰でも、子どもたちのために、同僚のためにと想いを持ち、何かしらアクションを起こしたいと思っている人はいるはずです。しかし、一教員では横のつながりも広がらない。そんなときにMIEEのつながりは力を与えてくれます」と自身の経験を振り返る。

また、ネット上での情報発信に力を入れているのは、大高教諭と渡部教諭だ。「Facebookでさまざまな方とつながり、積極的に情報発信しています。それを見て、“同じことをやってみたい”、“興味があります”と声をかけてもらうこともあります」と大高教諭。また渡部教諭は自身の「note」に実践を公開している。「“簡単にできるよ”ということが伝わるように発信しています。現場では、マイクロソフトから借りた機材を他の先生と一緒に使ったりもしますね」と述べた。

どんなに一人の教員がICTを使いこなそうとも、多くの子どもたちがICTの恩恵を受けるためには、取り組む教員を増やすことが重要だ。“つながる”だけでなく“広げる”ことも大切、それを栃木のMIEE教育者はそれぞれの信念を持って実践していることがわかる。

一人でどうしたらいいか分からないときも、光をあててくれる人が必ずいる

最後にMIEEになって変わったことは何だろうか。学校組織だけでは得られないMIEEとのつながりを持ったことで、教員人生にどんなインパクトを与えたのかを聞いてみた。

星野氏:「MIEEのコミュニティは、自分が知っていることを持ち寄り、そこで互いに学び、それぞれが成長できるつながりだと思っています。また行動に移せる人も多くて、自分も思いついたら、迷うよりも先に動くようになってきました。もともとそういう性格だったと思いますが、MIEEにいると感化されてしまいますね。もしMIEEに興味のある方がいたら、とにかく一度イベントに来てほしいです。参加してもらって、お互いに話すと、意外に気軽なコミュニティであることは分かってもらえると思いますし、“自分もやってみよう”という気持ちになってもらえると思います」

黒田教諭:「以前は、“こんな授業をやってみたい”と思っても、どこかで諦めてしまうときがありました。しかし今は、できないと思ってもMIEEの誰かに相談したり、互いの取り組みを知ったりすることでやってみようと思えるようになりました。FacebookコミュニティでMIEEのグループがあるのですが、そこで皆が実践を投稿したり、分からないことを質問し合ったりして、そのやり取りを見るだけでも、いろんな方法があることを学びます。自分でゴールが描けなくても、誰かに投げかけてみるだけで新しい授業案をカタチにしていけるし、居心地の良いコミュニティだと思います」

大高教諭:「以前、小規模校にいた時は新学習指導要領にどう対応していくべきか、“プログラミングって何やればいいの?”と一人で苦しんでいました。それが黒田先生と出逢ったおかげで救われ、目の前がパッと明るくなったような気がしました。今はMIEEになり、県内外の先生方とコミュニケーションやネットワークを築くことでさらに自分の価値観を広げていけると実感しています。迷うことや、悩むことも多いですが、その度にMIEEの先生方にたくさん相談させていただいています。以前の私のように悩んでいる先生方は全国にたくさんいると思いますが、ぜひMIEEに参加してください。光をあててくれる人が必ずいると思います」

渡部教諭:「私自身、すごくICTに詳しいわけではありませんが、MIEEに入ってから、ICTスキルがすごく伸びたと実感しています。他の先生からよく質問されるようになりましたし、それに答えるために自分でも勉強したり、分からないときはMIEEの先生に聞いたりと、MIEEのおかげで仕事の幅が広がりました。1年前の自分とは全然違うな、と思います。MIEEに入ってからは、多くの先生方の実践を学べるのが自分の成長につながっています。分からないこともオンラインでMIEEの先生に質問したりできますし、直接会ったことがなくてもとても話しやすく接してくれるのが良いところです」

一人ひとりの語る言葉は違うものの、「ICT」という共通言語を持つ教員同士がMIEEを通じてつながることで、得られるメリットは大きい。誰しも、最初は新しいコミュニティの扉を叩くのは勇気がいることだが、教育者の成長は間違いなく、子どもたちに還元されるはずだ。もし今、教育ICTの活用で悩みを抱えている教育者は、一緒に考える仲間を得るために、そして自分が見えている世界を広げるために、最初の一歩を踏み出してほしい。

2020-2021年度 マイクロソフト認定教育イノベーター募集概要
対象者日本国内の初等中等教育 および 特別支援教育を行う学校にて ICT 活用の実践を行っている教育関係者
参加費用無料
申込締切2020年7月15日(結果連絡は同8月31日)
支援内容認定教育イノベーターへの登録(Web掲載)と名刺の提供
Office 365 Education の利用
Minecraft:Education Edition の利用
認定者を対象にした研修の提供
認定者登壇のセミナーやイベントの周知や弊社オフィス内セミナールームの貸与
タブレットPC端末の貸与(期間や台数に規定あり)
※変更する可能性有り
応募方法 マイクロソフト認定教育イノベーター2020-2021年度プログラムの手順に則って登録

[制作協力:日本マイクロソフト株式会社]

神谷加代

こどもとIT編集記者。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。