教員のICT活用 - こどもとIT
読み書きの困難さに気づかれない子も救われる、通常学級での1人1台のICT環境
――「東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナー」レポート①
2019年8月2日 06:00
読むことや書くことに特別な困難さをかかえる子どもたちがいる。そんな子どもたちがICTの力で授業内容を理解しやすくなったり、自分の考えを表現しやすくなる可能性を考えたことがあるだろうか? 視力を補うメガネのように、読み書きの困難さをICTの力で補うことでインクルーシブ教育の可能性を探っている学校がある。その公開授業を含むセミナー「ICTに学びを救われる子はあなたのそばにいる 東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナー VOL.2」が2019年7月13日、マイクロソフト品川本社にて開催された。
午前に東京学芸大学附属小金井小学校(以下、附属小金井小学校)の2つの公開授業と協議会、午後は学習困難の解消に日々取り組む教育者たちによるセミナーとパネルディスカッションが行われ、インクルーシブ教育のひとつの形を掘り下げる大変貴重な時間となった。このレポートでは、2回にわたってその内容を紹介していく。
アセスメントで子どもたちの状況を把握
まず、附属小金井小学校におけるインクルーシブ教育とICT活用の取り組みを確認しておこう。
同校では、東京都教育委員会の「読み書きアセスメント」(詳細は「子どもたちの読み書きスキルの困難さを見つけるには?」参照)を活用して、2~3年生頃の児童の特性を把握している。養護教諭兼特別支援コーディネーターの佐藤牧子教諭によれば、アセスメントを実施してみると、困難さのある児童がどの学年にもある程度はいることがわかったという。そこで、全員が1人1台のパソコンを使用できる環境を整え、困難さの度合いや特性に応じて適宜快適な方法を選べるように目指したのが今回の公開授業のスタイルだ。
なお、困難さが強く支援の条件が整った児童には、別途サポートの時間を設けているが、1人1台のパソコン環境になる前は、教室で「自分だけ」が特別にパソコンを使うことへの不安が強かった。「ずるいと思われそう」「障害があると思われそう」といった類の不安は、全員が等しくパソコンを使用することで解消されたそうだ。実際に全員にパソコンを導入してみると、他にも特定の機能を使う方が快適に感じる児童もいて、アセスメントで把握できる範囲を越えてすべての子どもたちにとって、価値のある選択肢だったということがわかったという。
このような背景のある1人1台のパソコン環境で、どのような「普通の授業」が行われているのだろうか。4年生と6年生の国語で行われた公開授業の様子を、授業後の協議会での解説を交えて紹介しよう。
デジタル教科書の機能が個人の苦手感をサポートする、4年生の公開授業
4年生の国語の授業は大塚健太郎教諭が担当した。
児童が使うのはLenovoの2-in-1 PCで、光村図書の学習者用デジタル教科書を活用する。扱った単元は「ウナギのなぞを追って」という説明文で、各自の視点で要約を紹介するのがゴール。今回は、すでに各自で作った「構成メモ」をもとに、視点が似ている人同士、違う人同士で見せ合い、意見交換をして修正を加える時間だ。
まずは教科書の本文で自分の着目した箇所を確認する時間が設けられた。紙の教科書ならば黙読で行うところだが、大塚教諭は「見たり聞いたりしてみましょう」と呼びかける。デジタル教科書には音声読み上げ機能がついているので、読むよりも聞く方が快適ならば、文字を目で追いながら音声で確認しても構わないのだ。イヤホンを使って読み上げ機能を使う児童も複数いて、その選択は常に各自の自由とされていることがわかる。
「構成メモ」を作るといってもノートに書くのではなく、デジタル教科書に備えられた「マイ黒板」機能を活用してまとめる。マイ黒板は、自分の考えを自由に書き留めておけるノート機能で、意見や引用を自由に配置できる。テキスト入力か、ペンの手書き文字で登録し、引用は本文を選択するだけで手軽にできる。本文への書き込みもやり直しがきくので手軽だし、書き込み用に3つのレイヤーが用意されている。
アナログな手段と圧倒的に違うのは、書いたものを移動させるのが楽なこと。引用や自分の意見をどんどん仮置きしてから、改めて配置してさらに要素を追加しながら思考の整理ができる。手で書いたり消しゴムで消したり作図したりすることが苦手な子どもが、これを紙の上でやろうと思ってもまず意欲が続かないだろう。やり直しが楽なデジタルツールはそうしたストレスを圧倒的に下げてくれる。
デジタルツールを使うと画一的になるというイメージを持っている方もいるかもしれないが、むしろそれは逆で、子どもたちのメモをのぞいてみると、誰ひとりとして同じではなく自由に自分なりの工夫で考えをまとめていた。
個人でメモを完成させた後はクラスメイトと意見交換をしたが、自分の端末をさっと持って好きな場所に移動する様子は、ノートを持って移動するのと何ら変わりない。意見交換もお互いの画面をのぞき込み合いながらごく普通の雰囲気で行われていた。
大塚教諭によると、書字が苦手な子どもはノートを見せ合うような交流を嫌がる傾向があるという。ノートをきれいに書くのは難しいので、積極的に見せたいとは思えないのだろう。その点、マイ黒板の機能を使うと、引用は簡単だしタイプした文字で自分の考えを整理できるので、自信をもって交流したり発表したりできるようになるそうだ。書字が苦手な子どもたちにとって、デジタルツールがインクルーシブな手段になっていることの表れだ。
絵画から感じること気づいたことをレポートにする、6年生公開授業
6年生の国語の授業は鈴木秀樹教諭が担当した。
「『鳥獣戯画』を読む」の単元の発展として、本物の絵画を見て、感じたことを書いてまとめる時間となった。児童の使用するパソコンはMicrosoftのSurface Go。4年生同様に普段はデジタル教科書を使用しているが、今回の授業では汎用的なアプリケーションを使ってまとめや意見交換を行った。すでに教科書に登場する鳥獣戯画や絵画資料を題材にPowerPointで考えをまとめる活動をしてきた6年生だが、この公開授業で鈴木教諭は児童にサプライズを用意していた。
児童たちの前方に並ぶ布に覆われた3つオブジェ、布を開けるとそこには3つの絵画が現れた。動物であることが見て取れるが、どこか抽象的で印象深い作品だ。鈴木教諭は先入観を与えないよう絵についての情報はいっさいコメントしない。本物の絵画作品の質感や、色、大きさなどを感じられるよう、まずは子どもたちが前に集まってじっくり鑑賞する。
席に戻るとまずは3つの絵について「気になったこと」をメモする時間になった。鈴木教諭が子どもたちにMicrosoft Formsを使ったオンラインフォームを公開し、子どもたちは自分の意見をそれぞれ送信していく。自分の考えをノートにメモするのではなく、リアルタイムで送信して先生が瞬時に集約するのだ。4年生の授業ではキーボードよりもペンを使う子どもたちが多かったが、6年生のこのクラスでは日常的にパソコンを使う機会を増やしていることもあり、全員がキーボード入力に慣れている様子だ。
まずは皆のファーストインプレッションを概観するために、鈴木教諭は絵画ごとに全意見をコピーして、株式会社ユーザーローカルが無料で提供しているAIテキストマイニングのツールを通してワードクラウドで表示した。すると、全体で多く使われている単語が大きく表示され、全体的な傾向が可視化できる。それと同時に、周囲に小さく表示される言葉のバリエーションにも注目していくと、独自性のある考えや自分と違う意見が多数あることにも思いを寄せられる。
こうして全体で最初の気づきの傾向を確認した上で、各自作品をひとつ選び、PowerPointでその作品について感じたり考えたりしたことをまとめる時間となった。指定は縦書きを使うということだけで、各自自由に感想を書いていく。
終わりが近づいたところで、鈴木教諭はできたPowerPointの文書を画像で保存して共有するよう指示をした。共有にはMicrosoft Teamsのグループチャット機能を使う。画像化されたPowerPointの感想文が次々に共有されると同時に、児童全員が自分の端末上で全員の感想文に見を通し、目が止まったものに対して互いにコメントをつけていく。
グループチャットにLINEのようなカジュアルなイメージを持つ人もいるかもしれないが、今やビジネスの世界ではプロジェクトを進めるためのツールとして使われている。複数の人が場所や時間の都合を越えて容易に意見交換できるのが強みだが、このように同じ空間と時間を共有する授業の場であっても、短時間で大勢の意見を効率よく共有しコメントまで書き込めるというメリットを生かすことで、コミュニケーションの密度を上げられる手段だといえそうだ。
また、こうした書き込み方式にすることで、皆の前で意見を言うのが苦手だった子どもがとても積極的に発言するという効果があるそうだ。コメントも全員の目に触れるのでオープンなコミュニケーションなのだが、手段が違うだけで発言力に明らかな違いが出るというのは興味深い。もちろん人前でプレゼンテーションする力も必要であることは言うまでもないが、「発言する」よりも「書き込み」をする方が快適な子どもにとっては、オンラインフォームやグループチャットで意見を書けることがインクルーシブな手段となっていることがわかる。
鈴木教諭は、当初、著名な絵を見ても「何も思わない、感じない」と言う児童がいたことを明かし、同じ絵を見ても皆が異なることを考えているということを知って欲しいと思い、授業を設計したそうだ。絵を見て、全員が違った考えを持ち、それらを互いに受け入れ認め合うということ自体が「インクルーシブ」だと鈴木教諭は捉える。この日までの表現の積み重ねで、全員が豊かに感想を書きとめられるようになったという。
絵に関する感想の違いが「優劣」になるのではなく、違いを違いのまま捉えられるようにしたいという思いは、困難さを抱えている側とその周りの人との関係性にも同様に言えることだろう。佐藤養護教諭も、障害は当事者だけの問題ではなく、周りの人たちの対応や周りの人との関係で形成される側面があることを指摘している。
ICTの可能性を掘り下げるパネルディスカッション
さまざまな次元でのインクルーシブな試みがあった2つの授業をふまえ、読み書き困難に関する通常学級でのICT活用についてパネルディスカッションで意見が交わされた。
藤野氏は、ユニバーサルデザインには誰もが使いやすいように普遍性を目指す方向性(例:黒板に文字を大きく書く)と、テクノロジーを使って個別化を目指す方向性(例:視力が低い人がメガネを使う)があることを紹介し、特に後者の個別化は、日本の教育ではまだ本格的に議論されていないと指摘する。
平林氏は、まさにその「メガネ」として、読み書きに困難さのある子どもたちがICT機器を活用するサポートをしているが、「機器を使う=障害がある」というイメージを定着させないことの重要性に触れ、当事者の側だけでなく、学校の文化側にあるバリアが同時に解消される必要を示した。
現在は特別な福祉機器ではなく、誰もが普通に使うスマートフォンやタブレットに備わっているアクセシビリティを高める機能を使えるのでイメージは変化しているというが、学校の文化側にあるバリアの解消には、今回の授業スタイルのように誰がどの手段を使っているかが特別視されない状況や空気が必要というわけだ。これには、1人1台のパソコン環境がキーになりそうだ。中川氏は、ICTの力で個別化を目指すには、まずパソコンなどのICT機器の台数が十分にそろっている必要があり、これを実現するのは自治体や国の課題だと指摘した。
公開授業については、電子教科書や、汎用アプリケーション、分析サービスなどのICTを活用した場面を振り返り、それらの利点だけでなく、技術を使うこと自体が目的化しないようにするポイントが整理された。さらに、例えばパソコンで入力したり読み上げ機能を使いたいという選択肢と同様に、逆にパソコンを使わずに手書きをしたいという選択肢も保証されるべきだという指摘が複数の発言者から出たことが印象的だった。
子どもに選択を委ねるというわけだが、これについては平林氏が、子どもには自分の認知特性に合う手段を選ぶ力があるということを、ある研究を紹介して説明した。さらに中川氏は、こうした子どもたちの選択は、ICT機器やアプリケーションの各種機能を子ども自身が十分使いこなすことによって実現すると補足する。ICTが万能であるということでもなく、ICTを使わないことも含めて、多様な選択肢が保証されることがインクルーシブな教育環境を作り出すというところまで話が及んだ価値は大きい。とはいえICTの導入と活用自体がいまだ不十分であることも同時に忘れてはいけないだろう。
まとめとして、中川氏がICTがどのような「つまずき」を救うかというポイントを整理したが、特に「見通し」や「意欲」のつまずきに対して効果的だと指摘したのが印象的だ。読み書きに困難のある子どもたちの苦手な手段をサポートすることは、そのまま学ぶ上での「見通し」や「意欲」につながる。これらを失わないでいられることは、学習を続ける大切な要素だ。
通常学級でのICT活用が開く、インクルーシブの可能性
これまで主に注目され実施されてきたのは、困難さの強い子どもたちに対する特別な個別サポートだ。その必要性も重要性も変わらないが、それに加え、なかなか認知されにくい「マイルドな困難さ」を抱えている子どもたちも多数いることにも目を向ける必要がある。
今回の公開授業で示された、通常学級でのインクルーシブ教育を意識したICT活用は、そうした特性の幅広いグラデーションの中にいる子どもたち全体をやわらかく包み込む、ひとつのヒントになったことは間違いない。困難さが強い子どもたちがクラスで学びやすくなり、困難さにすら気づかれなかった子どもたちもクラスで学びやすくなる可能性がある。
ICTを活用することで、ひとりでも多くの子どもが「学びやすくなる」可能性があるなら、それらの導入を躊躇する理由はないだろう。もっと多くの実践が生まれ、効果が共有されていくことを期待したい。