教員のICT活用 - こどもとIT

特別支援の子にもタブレットを届けたい、女性教員たちの想いを支えた教員コミュニティ

――マイクロソフト認定教育イノベーター「MIEE」インタビュー③

マイクロソフトが提供する教員向けプログラム「MIEE(マイクロソフト認定教育イノベーター)」について、これまで2回にわたって、さまざまな立場や地域、課題意識を持って取り組んでいる教育者たちを紹介してきた(詳しくは、『現役教師に聞く、海外研修で受けた衝撃と授業へのICT活用実践』、『教師に求められるのはICTスキルではなく、授業に対する課題意識と手段としてのICT活用』を参照)。

3回目となる今回は、「女性」「特別支援」「教育版マインクラフト」のキーワードで共通項を持つ、MIEEの教育者に話を聞いた。一般的に教育版マインクラフトのようなコンテンツを授業に取り入れるのは男性の教育者が多いと思われがちだが、女性にも同じように取り組む教育者がいる。本稿では彼女たちが語るMIEEの魅力をお伝えしたい。

写真左から、今回話を伺ったつくば市立学園の森義務教育学校 山口禎恵教諭、東京都大田区立大森東小学校 鍔田マリ教諭

そもそもMIEEのメリットとは何か

そもそも、MIEEに認定されると何がメリットなのかをおさらいしておこう。これまでのMIEEのインタビューでも異口同音に語られたように、一番は教師同士がつながるネットワークだ。教科や校種を越えて、また年齢や地域、それぞれの立場を越えて教師同士がつながる経験は、教師人生を間違いなく変える。ここに、多くの教育者が価値を感じているのだ。

もちろん、MIEEのメリットはそれだけではない。マイクロソフトでは、MIEEに認定されると、それぞれの教育者がめざすICTの取り組みに対して、実践機材や製品ライセンスの貸出、また各種勉強会、公開授業の支援、発表登壇の機会提供など、さまざまな支援を行っている。教師ひとりでICT活用を進めるのは負担が大きいが、同社では教育者らが相談をもちかける体制も整えており、サポート体制は非常に手厚いといえる。

MIEEの認定教育者のいる学校は、認定校に向けたICT活用実践のさまざまな支援を受けられる

こうしたMIEEのプログラムを利用して、自身の取り組みを広げてきたのが、今回紹介するつくば市立学園の森義務教育学校の山口禎恵教諭と、東京都大田区立大森東小学校の鍔田マリ教諭だ。2人は「女性」「特別支援」「マインクラフト」という共通点に加えて、「そもそもICTは得意ではなかった」と話すところも似ている。どのように取り組みを広げてきたのか。またMIEEになって変わったことはなにか、話を聞いた。

良い実践を目の当たりにしながら、自分の考えもアクティブになった

つくば市立学園の森義務教育学校の山口禎恵教諭は、同校の小中学生が通う支援学級を受け持っている。MIEEを知ったきっかけは、ある特別支援のプログラムでマイクロソフトのスタッフに出会い、その際に応募を勧められたことだった。当時の山口教諭は、読み書き支援のICT活用以外に、特別なことは何もしていなかったというが、2016年度のMIEEに認定された。

「本当に、特別なことは何もしていなくて……」、そう語る山口教諭。しかし、MIEEに入れば、ICT機器を借りられることに魅力を感じ、応募を決意したという。山口教諭は、「当時、通常学級にはタブレットが導入されたのですが、特別支援までまわってこない状況でした。自分たちの方から“やりたい”と声をあげても買ってもらえないですし、ならば、自分でなんとかできないかと思いMIEEに応募しました」と語る。学校でICTを使いたいのであれば、自分から動いて、支援をもらうしかない。そんな想いでMIEEに応募したというのだ。

つくば市立学園の森義務教育学校 山口禎恵教諭

ところが、晴れて2016年度のMIEEに認定された山口教諭であるが、最初の1年は、何をどう動いていいのか分からず、MIEEとしての活動も積極的ではなかったという。マイクロソフトが提供する教育コミュニティMEC(Microsoft Educator Community)に、自分の実践をアウトプットすることもできず、「細々と自分のことをやっていました」と山口教諭は当時を振り返る。しかし、次第に、他のMIEEからイベントに誘われるなど交流も生まれ、横のつながりが出来始めた。それを機に、さまざまな教師たちとの交流が活発になり、新しい取り組みやイベントへの参加も増えたという。昨年と今年は、品川の日本マイクロソフト本社で開催された教育イベント「Microsoft Education Day」で、教育版マインクラフト活用した音楽のワークショップを担当するなど、MIEEとして活躍の幅を広げている。

2019年2月に開催された「Microsoft Education Day 2019」、山口教諭が担当した教育版マインクラフトをワークショップの様子

「MIEEに入って一番良かったのは、他の先生たちとつながりを持てたことでした。なかでも、素晴らしい取り組みをされている、自分にとっては雲の上のような先生と交流ができ、良い実践を目の当たりにできたことは大きかったです。おそらく、私は、MIEEに入っていなくても、それなりにICTを活用していたと思うのですが、その場合は、単にICTを使う先生で終わっていたと思います。やはり、MIEEのすごい先生の取り組みを間近で見て、“自分の場合はこうすればできるかな”とか、“こんな形でやってみるのはどうだろう?”とアイデアを得られる環境が良かったです。いい刺激も受けて、“まずはやってみよう”と思えるようにもなりました。考え方がアクティブになったと感じます」と山口教諭はMIEEのメリットを語ってくれた。

山口教諭が、現在取り組んでいる「Flipgrid」を活用した動画による自己表現

現在、山口教諭は動画ベースの学習プラットフォーム「Flipgrid」を活用して、動画を用いた自己表現に力を入れているという。具体的には、教育版マインクラフトを活用して作った作品について、その中身を説明するプレゼンを動画にまとめ、Flipgridに蓄積して振り返りを行う。この活動は、「Minecraftカップ 2019 全国大会」に向けた取り組みで、同コンテストでも評価対象となるプレゼン動画の作成を通して、子どもたちの表現力を伸ばす学習に挑戦しているというのだ。

「最初はボソボソとしか話せなかった子どもたちも、回数を重ねるにつれて、YouTuberのように話せるようになってきました。手軽にICTを使って、その子に合わせて使えるようになりたいですね」と山口教諭は想いを語ってくれた。

教師も遊び心を持たなければ、子どもたちに良い学びを還元できない

東京都大田区立大森東小学校の鍔田マリ教諭は、特別支援の巡回指導員として、発達障害や情緒障害を抱える子どもたちの支援を受け持っている。一般的に、こうした子どもたちはこれまで通級指導学級に通っていたが、東京都では、子どもたちが在籍校で指導を受けられるように特別支援教室を設置し、教師が巡回する指導が導入された。

そんな鍔田教諭であるが、MIEEに認定されたのは2017年のこと。たまたま特別支援の研修で知り合ったMIEEの教育者と意気投合し、その存在を知ったという。鍔田教諭は、知り合ったMIEEの教育者と特別支援を盛り上げていきたいとう想いを持ち、とりあえず自分も受けてみることにしたというのだ。

東京都大田区立大森東小学校 鍔田マリ教諭

「それまでICT活用といっても、学校のタブレットを学習補助に使っていたくらいですし、パソコンもWordくらいしか使っていませんでした。MIEEに選ばれてから、初めてマイクロソフトで開催された研修会に参加した時も、“場違いなところに来てしまった”と思いました」と鍔田教諭は当時を振り返る。前出の山口教諭同様、MIEEになってからも、何をすればいいのか分からなかったという。

ところが、他のMIEEとつながるうちに、やることが見えてきたと鍔田教諭。加えて、MIEEの教育者たちのICTに対する取り組み方にも大いに共感できたという。鍔田教諭は、「MIEEの先生たちの実践を聞いていくうちに、“もっと自由でいいんだ”、“もっと遊び心を持ってもいいんだ”と思いました。MIEEの先生たちは、きちんと目的を持ちつつも、遊び心を忘れておらず、みんな、“自分がやりたいからやっている”という姿勢でMIEEの活動をやっていました。そんな姿を見て、自分もMIEEとしてやれるかもしれないと思いました」と語ってくれた。

ICTを活用して子供たちのより良い学びを実践するMIEEの教育者たち

鍔田教諭はMIEEになったメリットとして、マイクロソフトやMIEEの仲間から得られるサポートを挙げた。マイクロソフトからは機材提供や、教育版マインクラフトのライセンス提供など、やりたい授業の実現に向けて、多くのサポートを受けることができたという。鍔田教諭は「マイクロソフトの方は、いつも本当に親切に相談にのってくれました。授業で困ったことを相談した時も、きちんと対応してくれて、フットワークの軽さを感じました」と話す。またMIEEのコミュニティについても、分からないことを教えてくれたり、相談にのってくれるメンバーが多いと鍔田教諭。「私はおそらく、MIEEの中で一番の機械オンチで、何をやるにしても質問ばかりしているのですが、みなさん、いつも丁寧に教えてくれます。しかも“ちょっとずつ覚えていけばいいよ”と励ましてくれたりして、自分にとっては重要なコミュニティです。こういう雰囲気だからMIEEを続けられていると思います」と鍔田教諭は話してくれた。

鍔田教諭は現在、教育版マインクラフトを使って、子どもたちが観光地を作るプロジェクトに取り組んでいるという。完成すれば、離れた学校とスカイプでつなぎ、作成した作品を説明する遠隔の交流学習を行う予定だ。鍔田教諭は、「マインクラフトを活用する学習では、子どもたちから主体的に学ぶ姿が見られます。“こういうことが分からないから、どうやって調べればいい?”といった質問なども出るようになり、発言が増えたと思います」とマインクラフトのメリットを語った。

鍔田教諭が取り組む教育版マインクラフトを活用した授業の風景

最後に、MIEEのプログラムが鍔田教諭自身の教師人生に、どう影響を与えたのかについて語ってくれた。「以前は、“教育はこうでなければならない”という価値観が、私は特に強くありました。ところが、MIEEの先生たちと出会ったことで、学習のめあては大事だけど、それに縛られる授業ではなく、もっと遊び心を持っていいと思えました。MIEEの先生同士で話していると、授業案がどんどん出てきて、“あれもやりたい”、“これもやってみたい”と思えるんですよね」と振り返り、同じような経験を多くの教育者も持ってほしいと同教諭は述べる。

山口教諭と鍔田教諭、2人ともMIEEになる前からICT活用に取り組んでいたとはいえ、MIEEになってからも「どうしていいのか分からなかった」と話す。しかし、MIEEのコミュニティで横のつながりが得られたことで、活動がさらに活発になったことがよく分かる。ICTの取り組みは教師ひとりでは限界がある。

マイクロソフトの教員向けプログラム「MIEE」の2019~2020年度募集締切は、7月13日までとなっている。これからの教育を有意義なものにするためにも、ぜひ教育者の方々はMIEEに参加して、ICT教育で同じ取り組みを進める仲間を作り、互いに助け合う環境を築くことで、次の一歩につなげてほしい。

2019-2020年度 マイクロソフト認定教育イノベーター募集概要
対象者日本国内の初等中等教育 および 特別支援教育を行う学校にて ICT 活用の実践を行っている教育関係者
申込締切2019年7月13日(結果連絡は同8月21日)
応募方法Microsoft Educator Communityへの参加
②活動内容をSwayにまとめたものか、代用できるWebページのURL
ビデオ(動画)形式の資料(授業風景でなくとも、今まで撮った写真をつないだものなどでOK)が必要
支援内容実践機材の貸出、製品ライセンスの貸出、各種勉強会、公開授業の支援、発表登壇の機会提供など

神谷加代

教育ITライター。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。