教員のICT活用 - こどもとIT
子どもたちの読み書きスキルの困難さを見つけるには?
――アセスメントツールによる現状把握とICTの活用で効果的な支援を
2019年6月14日 06:00
1学期も半ばをすぎ、4月から始まった新しい環境に慣れつつある子どもたち。でもその中に、読み書きスキルに困難さがあり、過ごしづらさを感じている子どもたちがいる可能性を考えたことはあるだろうか。
読み書きスキルは子どもの学びからは切り離し難く、困難さが潜んでいる場合はその影響は多方面わたる。最近では、パソコンなどのICT機器を活用して読み書きの困難さをいかに補うかという事例も少しずつ知られるようになり、昨年度、東京学芸大学附属小金井小学校ではICTを活用したインクルーシブ教育の報告がされている。今年も7月13日に「ICTに学びを救われる子はあなたのそばにいる ICT×インクルーシブ教育セミナー VOL.2」が開催される予定だ。こうした実践報告や関心の盛り上がりの一方で、そもそも読み書きの困難さとはどんな状況で、どのようにして見つかるのか、ということは、まだあまり知られていない。
ICTの力で困難さをサポートできる可能性があるという側面からも、読み書きの困難さに関する知識が「こどもとIT」に関心のある人、教育に関心のある人に広く知られることが大切だ。本稿では、読み書きスキルの困難さに関する基本的な情報と、すぐにでも活用できるアセスメントツールについてご紹介したい。
「読み書きスキルの困難さ」とは
読んだり書いたりすることに特別不自由を感じない人にとっては想像がつきにくく不思議なことだろうが、生まれつき「読む」ことや「書く」ことに特別な困難さを持つ人がいる。脳機能にかたよりがあるために起きる困難さだと考えられていて、本人の努力不足などのせいではない。表出の仕方は人によって様々で、「読む」と「書く」のどちらにどの程度の困難さとして出るか、そのグラデーションの幅は大きい。
こうした困難さがあると、例えば、音読が極端に苦手とか、漢字がちっとも覚えられないとか、誤字脱字がいっこうに減らないとか、ノートを取るのが非常に遅い、などといった状況を生み出す。そして、読み書きは「反復すれば誰にでも出来ること」と思われがちなので、こうした状況に陥る子どもは「努力不足」「不真面目」と評価されてしまいがちだ。
しかも、音読や漢字、九九などの反復練習は今でも宿題の定番なので、困難さのある子どもたちは、いくらやっても結果が出せない未達成感と日々向き合うことになる。周りからの低評価で自己肯定感が下がったり、やる気がないと誤解されクラスメイトや先生との関係が悪化したりする可能性は十分にある。
どうしたら困難さに気づけるか
仮に「読み書き」に困難さを持っていたとしても、特に子どものうちは、それを自分の特徴として自覚できるタイミングがなかなか無い。本人にとっては自分の感覚がすべてであり、他の人の感覚とは比較しようがないので、知識のある近しい大人が気づくしかきっかけが無いだろう。
まずは、「読み書き」がスムーズに処理できないということを見つけることが大切だ。困難さが見つけられれば、その子の特徴にあった別の手法で、理解や定着をサポートすることができる。困難さに応じて有効な手段はさまざまだが、ICT機器を使う方法もある。
では、どうしたら困っている子どもたちを見つけることができるのだろうか? 客観的な指標があると、経験則や直感に頼らずに済む。一例として、東京都教育委員会では、客観的な指標として活用できる「『読めた』『わかった』『できた』読み書きアセスメント」(以下「読み書きアセスメント」)を都内の公立小中学校に提供している。
小学校版は平成28年度(29年3月公開)、中学校版は平成29年度(30年3月公開)に、委託を受けた東京学芸大学 教授(現在、尚絅学院大学 教授)の小池敏英氏の研究室で開発された。マニュアルと説明DVD、アプリケーションCDが配布されているとのことだが、仮に現場の先生の手元まで届いていないとしても、東京都教育委員会のウェブサイトでマニュアルのPDFが、東京学芸大学のウェブサイトで付属のアプリケーション(『平成28・29年度東京都委託研究「読めた・わかった・できた」小学校・中学校・読み書きアセスメント(ソフト・マニュアル)』からダウンロード可能)が、それぞれ公開されている。
「読み書きアセスメント」は、読み書きのスキルが年齢相当かどうかを把握することができるアセスメントツール。Windowsの実行ファイル(.exe)で提供されるアプリケーションから、検査用紙や支援教材はPDFで表示、印刷して利用し、集計は同アプリケーションに結果を入力することで得られる。
WISC(※)のような知的発達の状態を把握する知能検査とは違い、読み書きに特化してそのスキルを細かく把握するためのものだ。専門家でなくても実施できるため、例えば担任の先生が通常のテスト同様にクラスで実施するなど大変活用しやすく、いい意味で手軽だ。
※WISC:子ども向けの知能検査のひとつ。専門的な知識のある検査者によって被験者の子どもと1対1で時間をかけて実施される。何らかの特別支援教育を受ける際の判断材料するケースが多い。
なお、検査自体をWindowsパソコン・タブレット上で実施することができて結果が自動集計される「PC・タブレット版」(小学校向けのみ)が、平成30年度に文部科学省の「学習上の支援機器等教材活用評価研究事業」の一環で追加開発されており、こちらも東京学芸大学のウェブサイトからダウンロードできる。PDF版にはない項目も含まれていて、より詳細に特徴を見ることができる。実際の活用事例として、昨年度、東京学芸大学附属小金井小学校では、この「PC・タブレット版」(東京学芸大学のウェブサイトの『PCタブレット アセスメント』からダウンロード可能)でアセスメントを実施した上で通常教室でのICTを活用したインクルーシブ教育に取り組んだ。
開発者に聞く、アセスメントの活かし方
この「読み書きアセスメント」を、どのような視点で活用したらよいのか戸惑いを感じる先生も多いだろう。アセスメントの位置付けや考え方について、開発者の小池敏英氏にお話を聞いた。
———「読み書きアセスメント」のマニュアルの表紙には「児童の学習の『つまずき』の状況を把握し、支援するためのもの」で、「障害の有無を判断することはできません」と記載されています。このアセスメントと、医師がLD(学習障害)と診断をすることは何が違うのでしょうか?
小池氏 医療では、通常のメカニズムと違う機能的な障害としてLDを診断します。医師がLDと診断しないケースでも、教育現場では読み書きの困難が起こります。例えば、不登校や貧困などの理由で学習機会が十分に得られないケース、母語が日本語ではないケースなどでも読み書きに困難さを抱える可能性がありますよね。教育の現場では、何らかの理由で通常の授業でついてこられない子にはサポートが必要ですから、医師が障害として診断するというモデルだけではうまくまわりません。
———機能的な障害であるかどうかを判断するのではなく、理由が何であれ困難であるという状態を見つけることが重要なのですね。一般に、医師の診断を受けた上で支援を受けるというイメージを持っている方が多いと思いますが、そうではないということでしょうか。
小池氏 医師の診断を待っているとサポートは遅れます。教育の場で読み書きの困難さが見つかれば、まずはその困難さを減らすために何らかのサポートをスタートしようというのが今の考え方です。その中にさまざまな要因の子どもがいて構いません。通常の教室の中でサポートを続けた結果、サポートが不要になる子どももいれば、通級などの特別支援教育、医師の診察につないだ方がよい子どもも見つかるでしょう。
———なるほど。ですが、何らかの機能的な違いを抱えているケースと、学習機会の損失や第二言語としての困難さを同列に扱って構わないのでしょうか?
小池氏 このアセスメントでは、単に読み書きが苦手かどうかということだけではなく、どの部分が苦手なのかということも調べます。例えば「順唱」という項目では、ワーキングメモリ(短期的な記憶)をチェックすることができます。この力が弱い場合と問題がない場合とでは効果的なサポート方法は違いますから、自ずと個々の特性を見ることになります。困っている子どもたちには読み書きを習得していく上での「妨げ」があるわけですから、その「妨げ」がどこにあるのかを理解することが、適切な指導、サポートにつながります。
———学校の先生方は、深刻なケースを見つけるためにアセスメントを実施すると思いがちかもしれません。どのように捉えたら良いでしょうか。
小池氏 クラスワイドの支援と考えると良いでしょう。どんなクラスにも、ひと手間かけてあげる必要のある子はいるものです。その中には、実は読み書きの習得でつまずいている子どもがいる可能性があります。
クラスの中に読み書きで困っている子が1人いるのか5人いるのかでは、授業の組み立てや進め方、声のかけ方は変わってくるでしょう。「読み書きアセスメント」を活用すれば、クラスの全体像をつかむことができるので、授業の質を高められます。そして、それぞれの「妨げ」に効果のある支援教材を用意するなどの個別サポートがしやすくなります。
ひらがなや漢字に関する指導は、教えるべきタイミングで教えたら、その後長期にわたってチェックをする習慣がありません。例えば2年生や3年生でひらがなを教えることにはなっていないので、読み書きに困難のある子ども達は、「妨げ」のある状態のまま学習を続けていることになります。
————たしかに、教えたタイミングで覚える前提でその先の学習は進みますね。過去に習った漢字のテストはありますが、点数が取れなければ勉強不足の評価を受けるだけです。また、読み書き自体が苦手だと、学習内容のそのものがわかっていないと評価されることも多いようです。
小池氏 読み書きが苦手な子どもが学習の中身を理解できないということはありません。読み書きスキルを完全にするまで学習の中身に入れないというのではなく、読み書きの「妨げ」を減らしながら、学習の内容に入れるようにすることが重要です。
————例えば、九九を暗記できなくても掛け算の意味は理解できるし、九九表を見ながらならば割り算もできる、というような状況と同じですね。これからの時代、無理に暗記をしたり漢字を覚えたりしなくても困らないのではないか、という極端な意見を聞くこともありますが、この点はどう考えたらよいでしょうか。
小池氏 想像してみてください。隣の人が1〜2回ですぐ覚えられることを、自分は何度やっても覚えられないというのは悲しいことですよね。機能的には習得できる量が少なくても、こうしたら自分は覚えられるという方法がわかることは大切です。ただ漠然とうまくいかないという状態でいるのとはまったく違います。
年齢や特徴によって、どんな対策をしたら読み書きの「妨げ」を取り除けるかは違いますが、「読み書きアセスメント」で困難さを見つけて、それぞれにあったサポートをするきっかけに欲しいと思います。
「読み書きアセスメント」の活用で開かれる世界がある
小池氏のお話からは、読み書きのスキルがあらゆる学習や生活の入口、出口になることを改めて実感させられた。読み書きが苦手な子どもは、さまざまな場面で人一倍エネルギーと時間をかけているはずだ。理由が機能面の違いであれ、学習機会の著しい欠如であれ、困っているのは子ども本人。クラスワイドの支援で読み書きの苦手さを見つけサポートできたら大きな助けになるだろう。
実際には、子どもの特性に気づくのは学校の先生ばかりではなく、むしろ親が先に気づくケースも多い。このアセスメントを保護者が自分の子どもに対して実施しても構わないのか小池氏に尋ねたところ、特に制限はなく、保護者が活用しても構わないということだ。保護者の側から先生に相談をしたい場合にも、主観ではないひとつの指標として活用することができそうだ。
また、アセスメントは「通常の学級における支援」と「通級による指導における支援」に分かれていて、後者の方がより詳細に苦手な領域を見られるようになっているということだ。すでに通級を利用している場合、知識を持った先生が個別支援計画を元に指導する体制はあるが、さらに読み書きのスキルを詳細に評価して効果的な指導方法を見定めることができる。なお、「読み書きアセスメント」の実施に際しては、マニュアルを十分に参照し、その結果は学校の個人情報の取り扱い規定に沿って管理するなど十分注意して扱い、正しく活用して欲しい。
アセスメントで困難さに気づくことは、最初の一歩でしかないが、まずは「読み書きの困難さを抱えている子はどこにでもいる」ということが常識になることが重要だろう。すでに紹介されている事例からは、通常の教室に個別の手法を取り入れ許容していくことで、その困難さをサポートができることが報告されている。ICT機器が有効なケースならば進んでテクノロジーの力を活用して欲しい。
本稿ではアセスメントに注目してご紹介したが、実際にどのようなケースにどのようなサポートが有効か、読み書きの「妨げ」をICTの力でどのように解消することができるのかについて、引き続き注目していきたい。