こどもとIT
ICT機器の活用で自ら考え発表する児童生徒、10年間の活用がもたらした小中学校の姿
――熊本県山江村 ICT教育10年の軌跡(中編)
- 提供:
- ダイワボウ情報システム株式会社
2021年12月14日 06:45
2011年、3台の電⼦⿊板からICT教育をスタートさせた熊本県⼭江村。1⼈1台環境やICT活⽤の事例もほとんどなかった10年前から、同村では産官学で連携しながらICT教育の実践・研究に取り組んできた。
その結果、2015年には学力⽇本⼀を達成。本シリーズの前編では、そこに⾄るまでの経緯や取り組みについて、教育長と指導主事からお話を伺った。
では、実際に山江村ではICTを活⽤してどのような授業を実施しているのだろうか。本稿では、2021年10⽉に開催された「⼭江村⼩中学校『教育の情報化』研究発表会」の公開授業の様⼦をレポートする。
個人の意見をしっかりと持ってグループ活動へ
山江村の「教育の情報化」研究発表会は毎年、全国各地から多くの教育関係者が集まる。しかし、コロナ禍の今年は密を避けての開催となり、現地の小中学校とオンライン配信のハイブリッド型で実施された。当日は山江村にある小学校2校、中学校1校が公開授業を同時に開催し、各学校からYouTubeでライブ配信された。
現地で見学したのは、村の中心部にある山江村立山田小学校の公開授業だ。この日は、6年社会「戦国の世から天下統一へ」という単元の最後の授業だった。
授業の課題は、「今からの世のリーダーにふさわしいのは、織田信長と豊臣秀吉のどちらだろうか」という、大人から見ても興味深いテーマ。児童たちはこれまでの授業で、戦国時代の世の中や2人の武将の業績について学んでおり、その知識を元にどちらのリーダーがふさわしいかを考える、という活動が行なわれた。
授業を担当した中村彰良教諭は、児童たちにテンポよく質問しながら、その回答を板書していく。山江村では、ICT活用だけでなく、板書やノート指導などアナログの部分も大事にしており、デジタルとアナログ、両方の使い分けを重視している。
グループ活動では、児童たちが1人1台のタブレット端末を相⼿に⾒せながら、プレゼンテーションの話し合いに取り組んだ。
「コロナ禍の今は経済発展が必要だから、楽市・楽座で商工業を盛んにした織田信長がリーダーにふさわしい」という意見や、「農民から天下人になった豊臣秀吉の方が日本に希望を与えてくれる」という意見、さらには「商工業を発展させた織田信長と、検地で収入を確かなものにした豊臣秀吉、両方の良いところを持つリーダーが必要だ」など、さまざまな意見が飛び出した。
児童たちの発表を聞いていると、どの児童も2人の武将の業績についてよく理解し、それらを比較・関連付けながら、どちらがリーダーにふさわしいか、自分なりに考えた様子が伝わってくる。また、自分が一生懸命に考えた課題だからこそ、他の友だちの考えも知りたいという気持ちも芽生えるのだろうか、熱心に友だちの意見に耳を傾ける姿が印象的だ。山江村教育長の藤本誠一氏が「授業の中ではしっかりと個人の意見を持ち、それを元にグループで思考する時間を大切にしている」と話していたが、児童たちの姿に納得である。
友だちの意見や発表を聞いて、自分の考えを振り返る
グループ内での話し合いが終わると、⾃分たちが決めた代表者のプレゼンテーションがもっと良くなるように、イラストの⼤きさやテキストの修正、伝え⽅についてアドバイスし合う。ちなみに、プレゼンテーションは授業支援ソフト「SkyMENU Cloud」の発表ノートを用いており、画像や資料は、教師があらかじめ準備した資料やインターネット上から切り取って使っているようだ。
続いて、各グループで決めた代表者が前に出てプレゼンテーション。発表する児童は電子黒板を自分で操作しながら、どちらのリーダーがふさわしいか、業績だけでなく、現代社会の政治や経済にも結びつけて、自分の意見を主張した。こうして児童が前を向いて、堂々と根拠を持って話す姿に、これだけのプレゼンテーションスキルが身についていれば、どこに出ても通用するだろうと頼もしさを感じさせてくれた。
プレゼンテーションの後は、学習課題に対する⾃分の考えをまとめる時間に当てられた。友だちが発表した内容を聞いて、⾃分はどう思ったのか、最終的な⾃分の考えを⼊⼒していく。それぞれの考えを記⼊する中には、この学習を通して「今の政治について調べてみたい」という意⾒も⾒られ、興味・関⼼が広がっている様⼦も分かる。このように児童が⼊⼒している様⼦は、授業支援ソフトを通じて電⼦⿊板にも⼀覧表⽰されており、中村教諭は児童の進捗具合を確認しながら、アドバイスの必要な児童に寄り添っていく。
また児童たちも、授業支援ソフト上でリアルタイムに友だちの意見を見ることができ、「その考えはいいですね」などコメントを送り合いながら相互評価も行なった。みんな、黙々と入力をしているので、一見、児童同士の交流がないように見えてしまうが、タブレット端末の画面をのぞき込むと、4~5人からコメントをもらっていて、ICT機器を通して活発なやり取りが行なわれていることが分かる。
デバイスの不具合で入力できないなどのトラブルが起きた時も、児童は静かに手をあげて予備のタブレット端末に交換していた。この辺りも、普段から使用しているからこそ、スムーズに対応ができていた。
複式学級でもICT機器をフル活用
山江村のもうひとつの小学校、山江村立万江小学校では5・6年複式学級で算数の授業が公開された。5年生は「平均」を使って米の収穫量を予測する課題、6年生は山江村のさまざまな資料からリサイクル率を算出し、自分にできることを考えるという課題に取り組んだ。
複式学級は6年生が1名、5年生が10名の計11名。大きな学習スペースを二手に分けて授業が行なわれた。担当する橋本龍之介教諭のほか、学習支援員もサポートに入っている。
複式学級の授業は、教員が教える直接指導と、教員が教えられない間接指導の時間が存在するが、万江小学校では間接指導の時間は、児童が先生役になって進める学習リーダーを設けている。公開授業の際も、5年生が計算問題やグループ活動に取り組む時間は、学習リーダーが進行していた。
万江小学校でもICT機器の活用において、山田小学校と同様にしっかり授業で使われている。
5年生の場合は、授業支援ソフトで橋本教諭が問題を配信。それを元に自分たちでグループ学習し、表計算ソフトを使って平均を求めたり、話し合った計算式をホワイトボードに書き込んだりして全体で共有した。また一人で収穫量の計算式を考える場面では、表計算ソフトで考える児童やノートを使う児童などさまざま。授業の最後は Google スプレッドシート™ に振り返りを書き、AIテキストマイニングで学んだ内容を可視化。橋本教諭は「グループという言葉が出てきているのが嬉しい」と取り上げ、グループ学習のメリットを授業の最後で触れた。
一方、6年生の授業は1名であるが、授業支援ソフト上にワークシートが作られており、児童はそこにリサイクル率の計算を書きこんだり、環境問題に対する気づきや出来ることをまとめていった。プレゼンテーションでは5年生にも学んだ内容を伝え、家庭から出るゴミを減らすことや分別する大切さを伝えた。
個人の思考時間が、グループ活動を充実させる
山江村立山江中学校では中2理科「気象のしくみと天気の変化」という単元の授業が公開された。生徒たちはこれまで学んだ知識をもとに、自らが目標とする気象予報士になって週末の天気を予測し、お天気コーナーとしてプレゼンテーションにまとめる。日常生活に役立つ情報や、命を守るための安心・安全な情報が届けられるか、相手を意識して表現できることがねらいだ。
授業は基礎知識の確認からスタート。上村典子教諭は生徒たちのタブレット端末に当日の天気図や気象情報を提示し、生徒たちはそれらを見ながら、気圧配置や天気図記号を描きこんでいく。
続いて、授業の目的である「週末の天気を予測して、目標の気象予報士になろう」をテーマにグループ活動に取り掛かった。誰に対して、どのような気象情報を伝えるのか、お天気コーナーはどのような役割分担で進めるのかなど、グループで話し合う。
しばらくすると、生徒たちから「学生に伝える気象予報」「お母さんの家事に役立つ天気予報」など、さまざまなアイデアが出され、グループの考えをホワイトボードに書いてクラス全員で共有した。
その後、上村教諭は授業支援ソフト上で、お天気コーナーで使用する発表シートを生徒のタブレット端末に配布した。この発表シートをグループで仕上げれば、今日の課題は達成できるが、上村教諭はいきなりグループ活動から始めるのではなく、個人準備の時間を確保した。グループのメンバー全員が週末の天気予報を考え、どのような発表シートに仕上げるのが良いか、手を動かして個人で試行錯誤できる時間を設けた。
こうして、個人で考える時間を取った後に、グループ活動を開始。それぞれが考えたアイデアや発表シートを見せ合い、グループで修正点を話し合いながら完成をめざした。そして、実際に3分間のお天気コーナーの練習にも挑戦。授業の振り返りでは、「相手にわかりやすく伝えるために、資料や工夫を考えるのが大変だった」「ニュースキャスターの大変さがわかった」と言った意見が聞かれ、学んだ知識をどのように表現するのが良いか、生徒たちなりに向き合っている様子が伺えた。
山江村教職員が自らYouTubeライブ配信を行なう
このように山田小学校、万江小学校、山江中学校と3校の公開授業を紹介したが、授業以外のことにも触れておきたい。前出にも記した通り、今回の公開授業を含む研究発表会は、現地小中学校とYouTube配信によるハイブリッド型で開催された。そして驚いたのは、YouTube配信を現場の教員らが担当していたことだ。それも、3校すべてで。教育長の藤本氏に話を聞くと「この日に向けて、先生たちが何度も練習を重ねた」という。
現場では、三脚にセットされたカメラ数台に、教室内をカメラ付きのジンバル片手に歩き回りながら撮影をする教員、モニターを見ながらスイッチャーを切り替える教員など、動画配信を担当した教員らの仕事も見事であった。ライブ配信では児童生徒の会話や手元の動きも映し出され、授業におけるICT機器の活用の様子も臨場感を持って伝えられた。YouTubeのコメント欄にも視聴者から「どうやって撮影スキルを学んだのか教えてほしい」などのコメントもあった。
10年かけてICT教育に向き合ってきた、納得感のある授業内容
以上が、「山江村小中学校『教育の情報化』研究発表会」の公開授業の様子であるが、どの授業も見応えがあり充実していた。学んだ知識を日常生活や課題解決に発展的につなげることで、児童生徒に興味深い課題を与えており、授業を見ている方も、「子どもたちは、どんな答えを出すのだろう」とワクワク見入ってしまった。こうした問いに向き合うためには、児童生徒に深い思考、多様な視点が求められると思うが、学校や教員が時間をかけて育んでいる様子も伝わってくる。何より、児童生徒が自分の考えたことを堂々と表現している姿が頼もしかった。
どのような授業が子どもたちの思考力・判断力・表現力を伸ばし、そのためにICT機器をどのように活用していけばいいのか。この問いに明確な答えはない。ただ、日々の挑戦やICT機器の活用の積み重ねが成果をもたらすのは、山江村の授業を見ていて納得できる。教員の挑戦が⼦どもたちへ還元され、学びの楽しさにつながっていく。このスパイラルを、全国の小中学校で回せることを願ってやまない。
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