こどもとIT

米MS副社長も認める日本の教育者たちのICT実践と、「ICT化に遅れた日本のチャンス」とは?

ICTを活⽤する教育者は、⾃らの授業や学校に留まらず、活躍の場をどんどん開拓している。“日本全国でICTを活⽤した豊かな学びが広がってほしい”、そんな想いでアクションを起こし、多くの教育者や学習者を巻き込みながら、各地で学びを前進させている。

マイクロソフトが提供する、ICT活用に取り組む教育者を支援するプログラム「マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)」の中にも、そうした教育者は多数存在する。その中でも、ICTスキルやリーダーシップを発揮し、周りにもインパクトを与えられる教育者は「Microsoft Innovative Educator Fellow(以下、MIEフェロー)」として認定される。

MIEフェローに選ばれるのは、どのような教育者なのか。Microsoft 米国本社 教育部門 副社長アンソニー・サルシト氏と、日本を代表する6名のMIEフェローによるラウンドテーブルの様子を紹介しよう。

(写真左側)大阪府立堺聴覚支援学校 稲葉通太教諭、愛知県新城市立鳳来寺小学校 鈴木英之教諭、 (写真真ん中)青山学院中等部 安藤昇氏、愛知県江南市立西部中学校 岩田智文教諭、(写真右側)東京学芸大学附属小金井小学校 小池翔太教諭、埼玉県立特別支援学校さいたま桜高等学園 関口あさか教諭、Microsoft 米国本社 教育部門VPアンソニー・サルシト氏

情報発信、他者を巻き込む力に長けたMIEフェロー、日本からは6名が選出

マイクロソフトではICT活用に取り組む教育者を支援するプログラムとして、同社のトレーニングを受講した「マイクロソフト認定教員(MIE)」と、新しい学びを実践し、募集期間中に自己推薦フォームを提出して認定を受けた教育者が参加できる「マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)」、そしてさらにMIEEの中でも特に影響力が大きく、活躍する教育者を認定した「MIEフェロー」を設けている。

MIEフェローは、日本では6名が認定されており、優れたICTスキルを持っているほか、ICTの取り組みを通して、リーダーシップを発揮し、他者にインパクトを与えられる教育者が選ばれている。教育ICTの分野を盛り上げていくためには、現場で取り組む教育者を広げていくことが重要であり、マイクロソフトは教育者の“発信力”や“他者を巻き込む力”を高く評価しているのだ。

MIEフェローに選出された教育者には今回、Microsoft米国本社 教育部門 副社長であるアンソニー・サルシト氏と直接対話ができる機会が設けられた。サルシト氏は折に触れ、テクノロジーを活用した教育改革の意義や、その価値を全世界のMIEEや教育者に発信し続けてきた人物で、同氏の言葉に自らの想いを奮い立たせる教育者も多い。

埼⽟県⽴特別⽀援学校さいたま桜⾼等学園 関⼝あさか教諭:自身の得意とICTを活かして、3つの顔で活躍

埼玉県立特別支援学校さいたま桜高等学園 関口あさか教諭

埼玉県立特別支援学校さいたま桜高等学園 関口あさか教諭は教員として働きながら、イラストレーター、MIEEのメンバーらと立ち上げたグループ「MIEE Talks@Admin」の代表という3つの顔がある。

特別支援学校では、障がいの重い子どもたちと接する機会が多く、「大切にしているのは、彼らのできないことや障害により難しいことばかりに焦点を当ててできるように強いるのではなく、子どもたちの強みや興味関心に焦点を当て ることです。さらに、私はテクノロジーを彼らに活用することで、障害によって隠れてしまった能力を花開かせてきました」と関口教諭は語る。

その例のひとつが、担任したある男の子との関わりだ。彼は重度の知的障がいがあり、話しかけてもあまり理解できていないのではないかと思われていた。ところがWindows PCと視線入力ソフトを使うことで、コミュニケーションが可能になった。初めは簡単な質問から始め、「さらに何故?どうして?何?などの質問にも答えられるようになりました」と関口教諭。テクノロジーで可能性の扉が開くと想いを伝えた。

Windows PCと視線入力ソフトを使ってコミュニケーションが実現したエピソードを紹介

また、関口教諭は、教育者が無料で使えるイラストをまとめたウェブサイト「Atelier Funipo」を運営。学校現場の経験に根ざして描かれたイラストは教育関係者からも好評で、これまでの利⽤者数は10万⼈を超えるという。さらに関口教諭は自身が立ち上げたMIEEの教育コミュニティ「MIEE Talks@Admin」の活動も披露。MIEEのメンバーと協力してセミナーやワークショップを日本各地で行ない、約1万人以上の参加者を動員した。

関口教諭が描いたイラストをまとめたウェブサイト「Atelier Funipo」。サルシト氏も早速ブックマークしていた
MIEEのグループ「MIEE Talks@」は、日本全国でセミナーやワークショップを開催

愛知県新城市立鳳来寺小学校 鈴木英之教諭:Excel自作教材が5万ダウンロードを突破!

愛知県新城市立鳳来寺小学校 鈴木英之教諭

続いては、新城市立鳳来寺小学校 鈴木英之教諭が発表。鈴木教諭は長年、Microsoft Excelを活用して教材を作成し、多くの教育者が利用できるよう公開している。

2002年9月に公開した『Microsoft Excelで算数ドリルを作ろう』という教材は、現在までに累計5万7000ダウンロードを突破。さらに2004年7月に公開した『Microsoft Excelで中学数学ドリルを作ろう』もこれまでに累計5万3000ダウンロードを超えている。「特にコロナ禍では、学校が休校になったことも影響し、多くの先生、子どもたちに利用してもらいました。“あなたが作った教材が学習に大いに役立ちました”という連絡も多数届きました」と鈴木教諭は伝えた。

コンピューター雑誌『Mr.PC』の2017年8月号では「使える無料ソフト総選挙」という特集が組まれ、『Microsoft Excelで中学数学ドリルを作ろう』がスケジュール管理&学習部門で3位にランクインした

また鈴木教諭は、これまでMIEEで取り組んだ活動や作成した教材などをまとめた自身のホームページも紹介。外に向けて積極的に発信し、多くの教育者に有益な情報を届けている。

鈴木教諭の活動をまとめたホームページ

大阪府立堺聴覚支援学校 稲葉通太教諭:ICTを通して、障がい者も健常者も共に学ぶ

大阪府立堺聴覚支援学校 稲葉通太教諭

大阪府立堺聴覚支援学校 稲葉通太教諭は、自身も聴覚障がい者。教諭として働きながら、さらにはNPO法人「デフサポートおおさか」や、関西学院大学でも授業を受け持つなど精力的な活動を行なっている。また「Microsoft MVP for PowerPoint」にも認定されるほど、PowerPointに精通している。

稲葉教諭は2016年にPowerPointを授業に活用するための書籍を出版。この書籍がきっかけとなり、マイクロソフトからセミナーの機会を提供してもらったという。「障がい者が健常者から支援を受けるだけでなく、逆に障がい者が健常者をサポートし、協力し合える関係を築くことができました」と稲葉教諭はセミナーでの手応えを語った。

2014年にスペインで開催された「Microsoft in Education Global Forum」にも参加

さらに稲葉教諭は、子どもたちにもセミナーを実施。2019年には、障がいを持った子どもたちと、そうでない子どもたちが一緒にテクノロジーを学ぶセミナーも開催し、ICTを通して、多様な子どもたちが一緒に学ぶ機会の創出に挑戦した。

教育者も、子どもも、健常者と障がい者が共に学ぶ場をつくった

青山学院中等部 安藤昇氏:好きなゲームで学びを“本気で楽しむ”環境を構築

青山学院中等部 安藤昇氏

青山学院中等部 安藤昇氏は、自身のお気に入りのゲームを紹介しつつ、マイクロソフトの「教育版マインクラフト」を活用した実践を紹介した。

安藤氏はプログラミング教材として、教育版マインクラフトを選んでおり、オンライン授業で活用している。Microsoft Azure上に教育版マインクラフトのサーバーを立ち上げ、中等部の生徒たちが協働学習でプログラミングに取り組める環境を構築。ウィズコロナの世界をグループで考え、三密を意識した街づくりに挑んだ。

教育版マインクラフトを使って、プログラミングも学べる協働学習を実施

また自身が取り組んでいるYouTubeチャンネルも紹介。安藤氏は前任校の放送部で県大会14連覇、全国大会でも2度の準優勝を経験。動画撮影やオンライン配信のスキルも教育者の域を超えており、自分専用のスタジオを作ってしまうほど。ゲームや動画など、自分の好きを追究する安藤氏の姿に、教師も楽しみながらICT活用に取り組むことが大事だと学んだ教育者は多い。

安藤氏はYouTuberの顔も持つ

東京学芸大学附属小金井小学校 小池翔太教諭:コラボの経験を活かして、子どもが夢中になる学びをめざす

東京学芸大学附属小金井小学校 小池翔太教諭

続いては、東京学芸大学附属小金井小学校 小池翔太教諭。小池教諭は大学時代に企業のCSR活動として子どもたちに教育を提供するNPOの職員として働き、様々な企業と連携しながらキャリアデベロップメントに取り組んできたという。

小学校の教員になってからは、マイクロソフトと教育版マインクラフトを使って、日本の教育課程に合う授業づくりに取り組み、2019年に「Best Learning Course Award」を受賞。また2020年にはコロナ禍の休校中にオンライン授業にいち早く取り組み、Microsoft Teamsを使って600人の子どもの学びを継続、「Best Teams Learning Award」を受賞した。「この実践は、サティア・ナデラCEOにも評価していただいたと聞いて、とても光栄に思っています」と小池教諭は語った。

企業とのコラボの経験を活かし、さまざまな授業の開発にも挑戦、Awardを受賞

愛知県江南市立西部中学校 岩田智文教諭:ICTで理科の面白さと、将来に必要な力の育成をめざす

愛知県江南市立西部中学校 岩田智文教諭

ラストは、愛知県江南市立西部中学校 岩田智文教諭。岩田教諭はマイクロソフトが提供する「Hacking STEM」の教材、マインクラフト、Power BIを活用した3つの実践を紹介した。理科の授業を進めていく中で、こうしたICT活用は大きなメリットがあると話す。

まずHacking STEMでは、風力発電、ソーラーパネルといったものを手作りし、実感を持ちながら授業を進めているという。一方で、自分たちで作り出すことが難しい領域が理科の世界には存在し、そこで活用するのがマインクラフトだ。「マインクラフトの世界であれば、中学生でも花火を作るといった経験を味わうことができ、原子の世界も見ることができます」(岩田教諭)

また日本の中学校では、非常に稀な事例になるが、岩田教諭はPower BIも授業に活かす。「センサーから取得したデータの中から、学習者は自分が欲しいものを選び、それをPower BIでグラフ化する体験をします。Power BIを使ってデータサイエンスを学ぶことができるキットを自分で作り、学習できるようにしました」と語り、同じようにデータサイエンスを学びたいという教育関係者20組に貸し出しも⾏なったという。昨年はこうした成果が評価され、岩田教諭は表彰もされている。

Hacking STEM、マインクラフト、Power BIを理科の授業に活かす岩田氏

ICTが遅れた日本はこれからどのように進むべきか?

ラウンドテーブルでは、MIEフェローからサルシト氏に日本の教育ICTについてアドバイスを求める時間も設けられた。関口教諭は、「子どもたちにどんなスキルを身につけ、将来に備えるべきだと教えればいいか」という質問を投げかける。

Microsoft 米国本社 教育部門VPアンソニー・サルシト氏

この質問に対してサルシト⽒は、「⽣徒エージェンシー」と呼ばれる⼒を⾝につけることが⼤切だと述べる。「⼦どもたち⾃⾝が、⾃分は何に興味を持ち、どんなスキルを形成するべきなのかを⾃覚する必要があります。そして培ったスキルで、⾃分が関わるコミュニティ、社会、世界を変えていけるというパッションを持つことが⼤切です」とサルシト⽒は説明した。

基本的なスキルとしては、コミュニケーション、コラボレーション、クリティカルシンキングを強化していくことが求められるとサルシト氏。ただし、新しい力としては、計算論的思考、情報を精査する力、多様な文化への理解・配慮も重要になってきたという。

「さらに人間の根本的なものとして、リスクを受容できるレジリエンスを持つことや、人との関係を作るといった、人間としての基本的な要素も欠かすことはできません。テクノロジーとの関わりも重要ですが、テクノロジーを他の分野に応用していく、そういう意味でのテクノロジースキルが重要になってきます」と強調した。

その上で、テクノロジーのプロになることを目指すのであれば、コーディングを学ぶことが必要とサルシト氏は述べる。⼀⽅で、テクノロジーのプロを目指さない⽣徒は、「いかにテクノロジーを⾃分の興味のある分野に応⽤できるか」という視点を持たせることが重要だと指摘した。

ラウンドテーブルは日本時間の正午、アメリカは夜の23時であったが、サルシト氏は疲れも見せず熱のこもった意見が交わされた

小池教諭は、「日本でもようやく小中学校で1人1台環境が始まりました。現状では日本は遅れていると言われていますが、遅れを取り戻すために、私たちはどんな活動をしていけばよいのでしょうか」と率直な思いを投げかけた。

これに対してサルシト氏は「日本は遅れていることを、ネガティブに捉えるのではなく『チャンスだ!』と前向きに受け止めて欲しいと思います。つまり、まだ採用されているテクノロジーが少ないということは、先行して様々なトライアルをした国の失敗から学べるということです」と話す。

先進的に取り組んでいる国の中には、予算を間違ったところに使ったり、失敗して子どもたちやその両親からの信頼を失ってしまったというケースもある。そうした過去の失敗を活かすことが重要だという。

そして最も気をつけるべきは、「日本は遅れている!なんとかして追いつかなければ」と焦り、教育の内容を重視することなく、デバイスを導⼊することに注⼒してしまうことだとサルシト⽒は警鐘を鳴らす。

「日本は遅れていることを活かして、最高の選択ができる優位な立場にいるのだと考え、失敗例から学び、正解を選びだしていくことが必要です。他の人と同じような失敗をすることを恐れるのではなく、チャンスを捉え、質が高く、豊かな体験を提供するプラットフォームを作ることが重要です」と高い目標を持っていくべきだとアドバイスした。

1時間ほどの短いラウンドテーブルではあったが、MIEフェローの教育者たちの取り組みに、サルシト⽒から多くの感謝と称賛の声が贈られた。これから大きな変革期を迎える日本の教育現場において、MIEフェローのような活躍ができる教育者は、さらに求められるに違いない。

マイクロソフトでは、次年度のMIEEについて以下の日程で応募説明会を開催するという。学校現場でのICT活用に一人奮闘されている先生、自身のICT実践を多くの先生や現場の役に立てたいとお考えの教育者の方々は、ぜひ参加を検討いただきたい。
・第1回目:2021年6月19日(土)14:00-15:00
 参加URL : https://aka.ms/mieej2021_0619

・第2回目:2021年6月23日(水)19:00-20:00
 参加URL : https://aka.ms/mieej2021_0623

2021-2022年度 マイクロソフト認定教育イノベーター募集概要
対象者日本国内の初等中等教育 および 特別支援教育を行なう学校にて ICT 活用の実践を行なっている教育関係者
参加費用無料
申込締切2021年7月15日(結果連絡は同8月31日予定)
※7月8日までに応募すると、設問項目の一部でスコアが足りなかった場合も、7月15日までに再提出が可能です。早めの応募をお勧めします。
支援内容認定教育イノベーターへの登録(Web掲載)と名刺の提供
Office 365 Education の利用
Minecraft:Education Edition の利用
認定者を対象にした研修の提供
認定者登壇のセミナーやイベントの周知や弊社オフィス内セミナールームの貸与
タブレットPC端末の貸与(期間や台数に規定あり)
※変更する可能性有り
応募方法 マイクロソフト認定教育イノベーター2020-2021年度プログラムの手順に則って登録
三浦優子

日本大学芸術学部映画学科卒業。2年間同校に勤務後、1990年、株式会社コンピュータ・ニュース社(現・株式会社BCN)に記者として勤務。2003年、同社を退社し、フリーランスライターに。PC Watch、クラウド WatchをはじめIT系媒体で執筆活動を行っている。