こどもとIT

無償の探究型教材「Hacking STEM」、1人1台端末とリアルなデータで授業にもっとワクワクを!

――『Japan EduDay: AI時代の教育に向けたSTEM教育の取り組みと探究型授業パッケージ「Hacking STEM」』セミナーレポート

2021年度、GIGAスクール端末の1人1台環境を活かして、どのような授業を実施していくか。学校現場でのさまざまな挑戦が始まるなか、日本マイクロソフトはGIGAスクール端末の本格活用の一助として、探究学習や課題解決型学習に使えるSTEM教材「Hacking STEM」日本語版の提供を2021年4月から開始する。

Hacking STEM日本語版サイトの公開に先立ち、教育関係者を対象にオンラインセミナー『Japan EduDay: AI時代の教育に向けたSTEM教育の取り組みと探究型授業パッケージ「Hacking STEM」』を開催。セミナーで語られた、Hacking STEMで育成できるスキルや、取り組むために必要な準備、実際の取り組みの様子などをお伝えしよう。

小学生もリアルなデータで学べる「Hacking STEM」の教材(つがる市立育成小学校 前多昌顕教諭の動画より)

マイクロソフトが開発したSTEM教材「Hacking STEM」

1人1台環境では、授業や学校生活において、子どもたちが端末を文具のように使える環境が求められている。教科のねらいを達成するための手段だけでなく、学校生活全般でICTを当たり前のツールとして活用していく。そんな環境が、子どもたちの情報活用能力の育成に必要だと言われている。

加えて、1人1台環境になると、今までの授業も変えていくことが大事だ。教員が一斉に教える授業から、児童生徒がより主体的に学べる授業へ。正解がひとつとは限らない問題に向き合いながら、自分で問題を発見し、課題を解決する学習が求められている。その具体的な学び方として、課題解決型学習や探究学習、STEM/STEAM教育への注目も高まっている。

そうしたなか、日本マイクロソフトは1人1台環境の本格活用に向けて、探究型授業パッケージ「Hacking STEM」の日本語サイトを公開した。Hacking STEMはマイクロソフトが開発したSTEM教材で、STEM教育をアップデートすることで、地球上のすべての子どもたちが、より多くのことを達成できるようにすることをミッションに掲げている。自然科学の事象を実際に探究しながら学ぶことで、21世紀型の技術スキルの育成をめざす。

「Hacking STEM」の日本語サイト
日本マイクロソフト 文教営業統括本部 インダストリーエグゼクティブ 島田 悠司氏

オンラインセミナーに登壇した日本マイクロソフト 文教営業統括本部 インダストリーエグゼクティブ 島田 悠司氏は「マイクロソフトでは、これからの社会に必要なスキルとして6つのC(Communication:コミュニケーション,Collaboration:コラボレーション, Critical Thinking:クリティカルシンキング, Creativity:クリエイティビティ, Curiosity:好奇心, Computational Thinking:計算的思考)の育成めざしており、Hacking STEMもこうしたスキルが養える教材になっている」と説明。1人1台環境で子どもたちがもっとテクノロジーに触れながら、将来必要とされるスキルを伸ばしてほしいと述べた。

マイクロソフトがめざすのは「Future-ready skills」の育成。これからの社会に必要な6つの「C」のスキル

技術として学ぶのではなく、社会の課題につながる学び

Hacking STEMの教材を詳しく見ていこう。Hacking STEMの特徴は、現実世界の問題に向き合いながら、リアルタイムのデータを取得・分析し、STEM教育を学べることだ。あらかじめ用意されたデータではなく、子どもたちが手を動かしてデータを収集し、エクセルで可視化された数値を見ながら分析・考察できる。教科横断型で探究的に学べるのも特徴のひとつだ。

たとえば「風力発電の発電量を計測し、効果的な風車の形状をデザインする」という教材では、子どもたちは風力タービンの模型用のローターブレードを設計し、その模型をエクセルに接続して、リアルタイムでデータを取得する。そして扇風機で風をあてて、集めたデータを分析しながら、発電量を増やすためにはどのような設計にするべきかを考える。この学習により、風車のタービンによる発電の仕組み、プロペラの形の違いによるエネルギーの変化、風力発電に適した地域など、理科や技術、地理など教科を超えた学びに挑戦できる。

風力タービンを用いた授業のイメージ

実際に、この教材を使って授業を実施した事例も発表されている。青森県つがる市立育成小学校の前多昌顕教諭(現:つがる市立森田小学校)は、6年生を対象に卒業前の特別実験として実施。当時はまだHacking STEMのサイトが日本語化されていなかったが、前多教諭はあえて英語のサイトを子どもたちに見せて、「なんかすごいことをやるぞ、という期待」を持たせたそうだ。

つがる市立育成小学校(現:つがる市立森田小学校) 前多昌顕教諭の動画より

授業では、Hacking STEMの動画を見て、興味・関心を引き出すところからスタート。6年生理科の既習事項も確認し、まずは風力発電機を組み立てて、風力と距離を変えるとどのように発電量が変わるのかを分析した。その後、プロペラのデザインを変えて、再度、発電量の変化を調べた。

前多教諭は、「実際にやってみると、すごく簡単」と動画の中で述べている。材料も、モーターとmicro:bit、抵抗器、そして4本のミノムシクリップと、ネット通販でも安価に揃えやすく、風力発電機の仕組み部分や、段ボールとペットボトルで仕上げた装置も、簡単に作れたようだ。

子どもたちは、プロペラの動きに合わせて発電される電力量を、エクセルに表示された数値で確認し、その違いを分析。授業を受けた子どもは「風車に羽の数や角度が関係していることがわかった。次は大きさや羽の数、角度をもっといろいろ試してみたい」と話している。前多教諭は「とにかく楽しい。子どもたちがすごく喜ぶので、みなさんもやってみてほしい」と述べた。

モーターとmicro:bit、抵抗器、4本のミノムシクリップで仕組みづくり
仕組みを作った後は、風力発電に仕上げ、コンピューターに接続
風力発電機で出力された発電量がエクセルにリアルタイムで記録される
その後、どんなプロペラが多く発電するのかをデザインを変えて挑戦した

このようにHacking STEMの教材は、身近にあるものを使って取り組めるのが特徴で、現在は10パターンの教材が公開されている。ほかにも、自分の手とロボットの手の動きが連動する「ロボットハンドで人間の手の構造を解析」という教材や、画像認識AIを活用した「地球の衛星写真を分析し、気候変動を予測する」教材、衝撃センサーを取り付けた人間の脳のモデルを活用して防護用ヘルメットの開発をめざす「脳損傷を理解し軽減するためのモデルを構築」という教材もある。

「Hacking Stem」は10パターンが用意されている

またHacking STEMの教材は、小学校高学年から中学生向けに開発されたものであるが、授業デザインによっては高校生も利用可能だ。ひとつの教材には、「授業用のテキスト」「指導案」「データ分析用のエクセルワークブック」「実験用道具リスト」「サンプルコード」の5点がパッケージになっており、いずれも無料で使用できる。パーツの組み立て手順など、写真入りの丁寧な解説が用意されているうえ、指導案にはISTE(International Society for Technology in Education、教育に関する情報技術の指標化を進めるアメリカの非営利組織)に準拠したルーブリックも用意されている。

日本語の教材も用意されている

島田氏は、社会は急激に変化しており、テクノロジーを活用できるスキルはますます求められていると言及。「Hacking STEMは、仕組みを学べるのが大きな特徴。技術を技術として学ぶのではなく、社会はどうなっているのか、現実問題につなげながら、教科を超えた学びを実現してほしい」と述べた。

つくる部分を簡略化して実験に集中できる、「Hacking STEM」対応キット

このように身の回りのものを使用して取り組めるのがHacking STEMの魅力であるが、日本の学校現場においては、授業時間数が限られていたり、教員の働き方改革も影響し、STEM教育に取り組むこと自体がむずかしいケースもある。

そこで日本マイクロソフトと連携し、アーテックロボシリーズでSTEM教育実践事例の豊富な株式会社アーテックが、Hacking STEMの対応キットを今春より発売開始。

アーテックの「風力発電測定キット」は、風車の軸部分はパーツを組み立てる仕様であるが、風車の羽の部分は同社のホームページから型をダウンロードし、紙で作るようになっている。効率の良い羽根をつくるためには、どのようなデザインにすればいいか、児童生徒が試行錯誤できる部分もある。

Hacking STEMキットでは、アーテックロボ1.0用マイコンボード「Studuino」が使用される

宮城教育大学 情報教育講座 情報活用能力育成機構 副機構長の安藤明神氏は、同大学の附属中学校で「風力発電測定キット」を活用した実践に取り組んだ。授業ではストーリー性を大事にし、風力発電のプロペラ開発企業の社員として、プロペラの製作と評価を行なうという設定で実施。生徒なりの仮説に基づいて、材質を選び、プロペラをデザインする活動を行なった。

安藤教授は「たった2時間の授業だったが、生徒も肯定的な意見が多く、理科実験だけでは得られない考察の広がりが見られた。STEM教育にハードルを感じてしまう教員は多いが、『風力発電測定キット』は作ることを簡略化して、実験の方に集中できる。試す価値があるのではないか」と述べた。

Hacking STEMでどのような未来を描き、どのようなスキルを身につけるか

マイクロソフト米国本社 教育部門担当 副社長 アンソニー・サルシト氏

オンラインセミナーには、マイクロソフト米国本社 教育部門担当 副社長 アンソニー・サルシト氏も登壇し、日本の教育者に向けて激励のメッセージを送った。島田氏によると、「一般的にICT活用が進んでいると言われるアメリカでさえ、端末整備率は70%くらいだと言われ、ヨーロッパにおいては、その数字を下回る。日本はコロナ禍のGIGAスクール構想で一気に端末整備率が世界のトップに踊り出て、海外諸国も日本の教育分野を注目している」と語る。

アンソニー・サルシト氏は、テクノロジーを活用した学びは、もはや私たちが受け入れるべき学習基盤だと述べた。コロナ禍で学びを継続させるために、テクノロジーの活用は増えているが、単に使うだけでなく、今は学校や教育がこれまでの境界線を超えていくことが求められている。

それは、教育分野だけでなく、他の分野も同様である。今の仕事は新しい価値を生み出すために業界を横断し、チームワークを活かしてコラボレーションする機会が増えている。そのため、子どもたちもコラボレーション、コミュニケーション、コンピューター的思考を理解する能力を身につけることが大切であり、マイクロソフトはそれらのスキルを育成できるという。

「テクノロジーを使える生徒を育てることは、日本の未来、世界の未来にとっても重要だ。子どもたちはこのような未来に備える必要があり、現実世界の問題に向き合いながら、新しい方法でさまざまな問題を解決できるように、テクノロジーの活用に対して情熱を与えてほしい」と述べた。

1人1台環境で求められているのは、日々のICT活用だけではない。子どもたちが未来の社会で通用するスキルの育成をめざしてこそ、1人1台環境の価値は高まるといえる。

※本稿で紹介したHacking STEM実践動画のほかにも、1人1台環境の本格活用をサポートするために、ICT活用に先進的に取り組むマイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)の実践事例の動画が200本以上公開されています。ご興味ある方はEmpowered JAPANのサイトも是非ご覧ください。

神谷加代

こどもとIT副編集長。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。