こどもとIT

子どもが自ら考える情報モラル教材、LINEみらい財団と自治体が共同開発

――「SNSノートおおさか」活用授業レポート

小中学校で1人1台環境が本格的に始まると、子どもたちの情報モラルやネットリテラシーに対する理解向上が大きな課題となってくる。学校によっては、“危険だから”、“トラブルが起きるから”という理由で端末やネットの利用を厳しく制限してしまうところもあるが、果たして、その対応は本当に子どもたちのためになるのだろうか。

情報モラルやネットリテラシーの向上をめざす取り組みのひとつとして、情報モラル教育教材「SNSノートおおさか」を活用した実践を紹介しよう。同教材は、一般財団法人LINEみらい財団が、大阪府の松原市、泉南市、守口市で組成する「SNSノートおおさか」作成委員会と共同で開発したもので、2021年度から3つの市の全小中学校で導入されている。どのような教材なのか、今年2月、松原市立河合小学校で実施されたオンライン公開授業の様子も合わせてお伝えする。

情報モラル教育教材「SNSノートおおさか」を一部抜粋

「1人1台」で大きな転機を迎えた情報モラル教育

「SNSノートおおさか」は、小学校の「低学年」・「中学年」・「高学年」と「中学校」と、学齢にあわせた4種類の教材と、教員用の指導書となる「活用の手引き」が用意されている。ベースとなっているのは、国立大学法人静岡大学教育学部准教授の塩田真吾氏の研究室とLINE株式会社が、2014年から共同で開発していたカード型の情報モラル教育教材だ。

2017年にリリースした「SNS東京ノート」は、東京都とLINE株式会社が協定を結びカード型教材をもとに共同開発したもの。現在、東京都のすべての小中高、特別支援学校に配布されている。その後、2018年に各自治体で活用できる「SNSノート」を展開。2019年には長崎の事例を盛り込んだ「SNSノート・ながさき」をリリースするなど、全国の自治体に広がっていった。

国立大学法人静岡大学教育学部准教授の塩田真吾氏

塩田准教授によると、「SNSノートおおさか」を開発した大きなきっかけが、GIGAスクール構想への対応だったという。「1人1台端末の環境によって、情報モラル教育は大きな転機を迎えた。デジタル機器の活用を前提とし、今後は家庭だけの問題ではなく、広く学校で扱うべき問題になった」と、塩田氏。

学校現場で起こりうるトラブルとして、IDやパスワードの紛失のほか、端末の破損、授業の内容以外のサイト閲覧、長時間の利用、さらにテキストコミュニケーションによるトラブルも予想される。

そこで、GIGAスクール構想に対応した情報モラル教育として、松原市、泉南市、守口市で組織した「SNSノートおおさか」作成委員会と、静岡大学、LINEみらい財団が「SNSノートおおさか」を共同開発するに至った。

「SNSノートおおさか」の特徴としては、“~してはいけない”という禁止事項を覚えるのではなく、子どもたちが“自分ならどうするか”を考える教材であること。「Society 5.0はどんな社会かを考える」、「起きそうなトラブルについて考える」、「上手に活用するためのルールを自ら考える」など、ICTの活用を前提として、様々なリスクを想像し、児童生徒が考える内容になっている。

子どもたちが身につけたい情報モラルやリテラシー内容が、成長段階に合わせてまとめられている

「さらに、『SNSノートおおさか』では、プログラミング教育やキャッシュレス決済などの新しい教育課題についても対応している」と、塩田氏は紹介。LINEみらい財団が提供するプログラミング教材「LINE entry」が体験できるなど、従来のSNSノートにはない新しいコンテンツが追加されているのも特徴だ。

プログラミングだけでなく、これからの時代に必須となるキャッシュレス決済についても学ぶことができる

夜遅くまで続くグループトーク。終わりたいときは何といえばいい?

このような「SNSノートおおさか」であるが、学校の授業では実際にどのように使われているのだろうか。今年2月、松原市立河合小学校で実施された6年生の情報モラル教育のオンライン公開授業を紹介しよう。

6年生担任の高橋倫久教諭は最初に、前時で学んだ「写真の公開」について振り返った。様々なシーンの写真を例にあげて、子どもたちは公開してもよいと思える写真の順に並び替え、その理由について話し合う。

松原市立河合小学校で実施された6年生の情報モラル教育の公開授業の様子。外部向けにはオンラインで実施された

教材はすべてPDFファイルで子どもたちの端末にそれぞれ配布されており、画面上でカード教材を並び替える。並び変えた順番は人によって異なるが、高橋教諭は「同じ写真でも人それぞれ考え方や捉え方が違う」ことを伝えた。

それを受けて、今回の授業の課題でもある「夜おそくまでのグループトーク」へ。高橋教諭は、子どもたちに就寝時間を尋ねるアンケートをロイロノート・スクールで実施し、結果を全員で共有。もっとも多かったのが11時で、12時以降と回答も1/4ほどあった。

この就寝時間はそのあとの布石となっており、続いて、「夜おそくまでのグループトーク」がテーマの教材を使って話し合う活動に移った。教材は、「グループトークを終わりにしたいが、なかなか終わりそうにない。こんな時はどのように返信するのがよいか」を考える内容で、子どもたちのテキストによるやりとりや、スタンプ、既読マークなど、リアルにイラストで再現されている。

「SNSノートおおさか」の教材はカード型のものだけでなく、ストーリー仕立てになっているものもあり、この課題ではSNSでクラスの友だち4人が寝る前に雑談をしているというストーリーに沿って進めていく形だ。

クラスの4人でグループトークをしている画面。やり取りがリアルに近く、子どもたちにとっても馴染みやすいものになっている

まず、このトーク画面について、高橋教諭が気づいたことを聞くと、「みんなが『おやすみ』と言ったのに、ひとりがずっとしゃべっている」といった意見があがった。

その後、高橋教諭は「あなたならどうするか」という問いを投げかけ、子どもたちは自分の考えを記述で回答。ロイロノート・スクールに書き込んだ全員の意見がリアルタイムで共有され、他の子の意見を参考にする時間も設けられた。

子どもたちの回答。「放っておく」「未読無視」といった放置する態度のほか、「寝かして」と素直に伝える回答も多かった

全員の意見が出そろったところで、高橋教諭はそれぞれ回答について理由を聞いていく。「無視」と答えた子どもたちの多くは「めんどう」という意見が多かったが、「一度返したら、また返さないといけないから放っておく」と答える子もいた。

一方、「通知をオフにする」「画面を見ない」といった方法で、会話の流れを切る工夫も見られた。さらに、「話してくれるのはうれしいけど、寝たい」といったほか、「何か言わないと、なんで返してくれないのかなと思う」「返さないと申し訳ない」「ほかのメンバーに迷惑がかかるかも」など、相手のことを考える意見も多数出ていた。

これらの意見をふまえて、どんな返信や行動がよいのか、これまでに出た意見の中から、改めて子どもたちが各自で考え、意見を投稿した。結果、何人かは友だちの意見を聞いて、「無視と思ったけれど、ちゃんと説明したほうが気まずくない」と自分の考えを変更していた。

授業では「自分ならどうするか」だけでなく、「おやすみ」と言った後も一人で話し続けている友だちの気持ちを全員で考えて、意見を出し合う場面もあった。話し合いでは、隣の席と友だちと話しあったり、ロイロノート・スクールの機能を使ってほかの友だちの意見を参照にしたりと、様々な意見を取り入れながら考えていく授業になっていたのが印象的だった。

最後に、今日のふりかえりとして「文字だけのコミュニケーションをするときには、どんなことに気をつけていけばいいだろう?」について考え、記述したものをロイロノート・スクールで提出した。

このふりかえりでは、授業開始よりも「文字だけでは、きつく感じてしまうかもしれない」「相手がどう思うか考える」といった、自分のことだけではなく、相手の立場や気持ちに立って考える意見が増え、子どもたちが45分のなかで、自ら考え学んでいく姿を目にすることができた。

最後のふりかえりでの回答。各自が、授業で学んだことをふまえて、自分の考えをまとめていった

相手の立場や気持ちを考える気づきが生まれた

授業後に、子どもたちに話を聞くと、「自分が眠たいときは無視していたけれど、相手にも事情があるから、もっと相手のことを理解しないといけない」といった意見のほか、「授業で友だちの意見を聞いて、無視だけでは伝わらないことに気づいた。無視をすると、相手が嫌な気持ちになるから、素直に伝えなければいけない」といった気づきもあった。

また、1人1台の環境でみんなの意見を共有できるICT活用のスタイルについては、「手元の画面でみんなの意見が見られるから、黒板より楽」「あまり普段話をしない子のことも知ることができる」と、子どもたちにとってはメリットが大きいようだ。

松原市立河合小学校6年生担任の高橋倫久教諭

授業を担当した高橋教諭は、「感じ方は人それぞれ異なり、相手の立場にとって、どう自分がしていけばいいのかを考えてほしい」という気持ちで、授業に臨んだと話した。

さらに、「『SNSノートおおさか』の良さは、これまでの道徳教材よりも、これから出会うであろうリアルな場面で伝えてくれるので、子どもたちが自分事として考えやすい」と述べた。一方で、「授業では、もっと子どもたちの言葉で進められるよう促していきたい。子どもたちは正解をさがしてしまうので、色々な意見があって良いことをわかってほしい」と、これからの課題を語った。

1人1台環境によって、子どもたちの学びの環境が大きく変わっていくなか、それに合わせて教育も変わっていく必要がある。「SNSノートおおさか」は、子どもたちにとっては身近な例でわかりやすく、教員にとっても「活用の手引き」の指導例を使って実践に導入しやすい、これからのICT活用における必須の教材といえるだろう。

端末の整備が先決で、情報モラル教育についてはこれからという自治体や学校も少なくない。後手にまわすことなく、こうした教材をうまく活用して、早期からの情報モラル教育の実施を期待したい。

相川いずみ

教育ライター/編集者。ICT教育から中学受験まで、教育関連の取材・執筆を担当し、親子向けのプログラミング教室などのワークショップなども手掛けている。プライベートでは、小学生の母としてデジタル教育やスマートトイ育児、ICTを活用したPTA活動の時短術を実践している。