こどもとIT

VR授業は現代の「テレホーダイ」? 普及前夜のワクワク感と重さの疲労感の先にある未来

――N高「普通科プレミアム」VR教材体験会レポート

角川ドワンゴ学園が運営するN高等学校(N高)とS高等学校(S高、4月開設)が、4月に開設する「普通科プレミアム」コースでVR(バーチャルリアリティー)授業を導入する。3月中旬にN高教員向けに行われた教材体験会に筆者も参加し、その世界に触れてみた。

VR教材体験会に参加する角川ドワンゴ学園の教員。外からは各々が何を見て、何をしているのかは、全く分からないが……

コロンブスをつかんで地球儀に乗せると?

体験会では、VRヘッドセット「Oculus Quest 2」を装着し、世界史の授業を受けた。VR空間の教室に自分が着席し、右を向くと制服姿の2人の高校生(アバター)が、一緒に授業を受けている。前方の教壇では教師が「大航海時代」を解説し、目の前にはテキスト、地球儀、そして「大航海時代」に重要な功績を挙げたコロンブス、マゼラン、バスコ・ダ・ガマのミニチュア模型のようなものが並んでいる。

世界史のVR授業では、新大陸を発見した歴史上の人物をつかんで地球儀に乗せると、航海ルートが示される(画像提供:角川ドワンゴ学園)

両手に握っているスティックを操作することで、テキストを開いたり、あるいは3人を手に取って引き寄せることができる。引き寄せるだけでは何の意味もないが、彼らを地球儀に乗せると、ヨーロッパを出立してアメリカ大陸を見つけたり、世界一周を果たした航路が示される。

地学の授業では、古代生物を手に取って観察することができ、英語の授業ではアバター教師の英語の問いに回答しながら、単語や文章を勉強できる。

N高(4月からはS高も)は高校卒業資格の取得に必要な必須授業と、「大学入試」「中学復習」「プログラミング」など生徒のニーズ・希望進路に対応した課外授業を、動画教材として計6600本配信している。このうち2021年4月時点で約2400本、同年度中には半数以上がVRに対応、N高・S高で普通科プレミアムコースに在籍する生徒はヘッドセットを提供され、VR授業を受講できる。

……とここまで読んで、イメージは沸くだろうか?

教材開発責任者で、株式会社ドワンゴ教育事業本部コンテンツ開発部部長の甲野純正氏は、今回教員向けに体験会を開いた理由を、「VR授業のイメージを動画で配信してきましたが、反応が今一つでどうしても伝わらないんです。実際に体験してもらわないと、どういうものか理解が進みません」と説明した。この取材を依頼してきたS編集長も「原稿を頼んでおいてアレですが……VRは仮想空間に入り込んで体験するという性質上、テキストはもちろん、写真や動画でもなかなか“世界観”が伝わらないんですよねぇ」とぼやいていた。

地学のVR授業でデモンストレーションを行う甲野氏。教材開発責任者とあって、操作も慣れた様子だ

よって、筆者がVRの世界で体験した内容は、どれほど言葉を尽くし、画像や動画を掲載しても伝えきれそうもないので、これくらいにしておく。代わりに、日本と海外で教員経験のある立場から、感じたことをシェアしたい。

授業を聞くから「場面に居合わせる」へ

VR教材は通常授業の「オプション」であり、普通科プレミアムの生徒は授業ごとに通常教材かVR教材を選択する。教師の解説やテキストは通常授業と共通で、理解を深めたり復習のために、地球儀や古代生物のような触れる「オブジェクト」が用意されているイメージだ。通常授業を受けている生徒の方が多いので、教師が「じゃあここで、地球儀を触ってみましょう」と促すこともない。操作に慣れていない筆者は、オブジェクトを扱いだすとそちらに気を取られ、教師の話が全く耳に入ってこなかった。

今はVRと言えども授業を受ける場所は「仮想の教室」だし、一方向だ。しかし技術が進展しVR授業が標準になったら、全てが変わるだろう。

VR教室には一緒に授業を受ける同級生もいるが、交流はできない(画像提供:角川ドワンゴ学園)

例えば、教師とコロンブスと一緒に船に乗り、解説を聞きながらアメリカ大陸に航海する。つまりディズニーランドの「ジャングルクルーズ」のような体験もできうるし、平安時代の書斎にお邪魔して、AI清少納言にインタビューするなんて授業も考えられる。海外で日本語教育に携わっていた筆者は、「これが進展すれば、コロナ禍や経済的事情で留学できない学生を、京都や北海道に修学旅行に連れていける」と想像した。

甲野氏は、「コロナ禍でオンライン授業が普及したが、動画やオンラインは、デバイスの画面から目をそらせば、その世界から離れてしまいます。VRは、外界と完全に遮断されるところに可能性を感じます」と語っていた。リアルな教室やオンラインで受ける授業は、「視聴」の域を超えるのは容易ではない。一方でVRは、「居合わせる」「目撃者になる」体験ができる。多くの子どもにとって義務感を伴う勉強が、「エンターテイメント」にぐっと近づく可能性もある。

頑張らなくても「体系的に学ぶ」方法

第二次ベビーブーマーの筆者は、ガリガリの暗記で受験を乗り越えてきた。大学入試の日本史の出題で、今も忘れられないものがある。

・米騒動後、米の価格はいくらになったか
・天草四郎の享年を数え年で答えよ

当然、山川の教科書だけでは足りず、一問一答も用語集も全部潰していった。「その問いにどんな意味があるのか」は脇に置き、暗記で対抗するしかなかった。

おかげでセンター試験の日本史は満点だったが、40代で通訳案内士の資格を取るために四半世紀ぶりに地理・歴史を勉強したとき、「用語」「固有名詞」に覚えはあっても、その建築物がどんな姿で、なぜ造られたかなどはきれいさっぱり忘れていた。脳のあちこちに、知識の破片が散らばっていてホコリをかぶっているような感じだった。

英会話のVR授業では、教師や外国人のアバターから質問をされ、適切な文章を選んで回答する(画像提供:角川ドワンゴ学園)

通訳案内士は外国人に日本文化を説明する仕事なので、知識の丸暗記では対応できない。だから行ったことのない観光地を訪問し、地図を見て歩いたり、気になったことを調べて地理や歴史を学ぶようになったが、そうすると「覚えよう」と頑張らなくても体系化された知識として定着する。これは、日本の教育が目指している学びの姿でもあり、大学入試改革の趣旨でもある。

筆者は教科書という二次元に描かれた数学の立体図形を脳内で再現することが苦手だったが、立体で見て触ることができたら、もっと楽しく勉強を続けられたかもしれない。と考えると、VRで「触れる」「行ける」「体験できる」のは、どんな学力の子どもたちにとっても事象を理解する助けになる。

VRは「テレホーダイ」か? 新しい学びにアクセスする手段の進化に期待

ただ、VR授業に先進的なイメージを持ちすぎると、人によっては「こんだけ大々的にアピールしといて、この程度なの?」とがっかりするかもしれない。

体験会では、「こういう世界でこんな動きをしている」という映像がスクリーンに表示される。正直これでは伝わらないのだが、伝える素材として画像や映像が必要、というジレンマ

筆者は1時間前後の体験会では機器の操作に慣れるには至らず(若い教師の方々はすぐに使いこなしていた。年齢の影響を認めざるを得ない)、複数のスタッフにヘッドセットの位置を調整してもらったりスティックを正しい位置で握らせてもらったりと、ほとんど介護を受けている状態だった。ヘッドセットは重たいわ、思い通りに操作できず変な力が入るわで、物理的な異物感が気にならなくなるまでは、ちょっと時間がかかりそうだ。この点については、個人的にVR機器を使いこなしている同世代のS編集長も、「私も最近はヘッドセットを着けていられるのは30分くらいが限界です」と明かしている。

また、現時点ではN高・S高のVR授業は「双方向型」ではないので、自宅で学習するなら、クラスメートや教師とリアルタイムで交流できるZoom授業の方を好む人もいるだろう。それでも、VRを「将来の教育」を見据えたツールと捉え、技術や機器が進化する前提でどう使っていくかを想像するのは意義があるし、インターネットや携帯電話の進展を見る限り、私たちが今想像するよりも技術の進化は速いはずだ。

Oculus Quest 2の登場で、性能的にも価格的にもVRヘッドセットはかなり身近になったとはいえ、まだ「異物感」はぬぐえない

筆者が大学2年生だった1995年、「インターネットを見せてあげる」と後輩に自宅に招かれた。彼は誇らしげにPCを起動し、ホワイトハウスのホームページに接続して見せたが、当時の回線は大変重く、ジワジワと画面に表示されたホワイトハウスの画像とわずかな英文を前に、筆者を含む仲間たちは正直、「で?」「だから?」という反応だった。

しかしその2年後、大学の1つ上の先輩が、就活生が情報交換できるネット掲示板を立ち上げ、瞬く間に全国の学生と人事部が使うようになった。先輩は掲示板をIT企業に数億円で売却した後、自ら起業して上場の鐘を鳴らした。

どう化けるか分からない技術は、ユーザーが使うことで驚異的な進化を遂げる。同校は2020年12月時点で16,641人の生徒が在籍し、2021年4月には7000人の新入生を迎える。甲野氏によると全生徒の2割ほどがVR機器を使う予定だという。

長く装着していると肩が凝り、焦点を合わせるのもコツがいる「Oculus Quest 2」は、筆者の世代で言うところの「テレホーダイ」のようなものかもしれない。「ピーゴゴゴゴゴゴ」という大げさな接続音、そしてつながるまでの時間の長さ……今振り返るととんでもない労力だったが、その世界の楽しさの前には大した問題ではなかった。その後、ISDN、ADSL、WiFi、さらにはスマートフォンが登場し、当たり前にネットにつながる常時接続時代が到来して久しい。VR機器もコンテンツも同様かもしれない。

余談になるが、筆者は大航海時代のVR授業を体験した後、「バスコ・ダ・ガマって結局何をした人だっけ?」と気になり、帰りの電車で調べた。その流れで改めてコロンブスやマゼランのことも調べ、「アメリカ大陸を発見した人」「卵のことわざの人」くらいしか知らなかったコロンブスの、教科書には書かれていなかったダークサイドを知り、衝撃を受けた。そういう意味では、おぼつかないながらもVR授業を体験した筆者にも、確実に「学び」をもたらしたと言える。

数年後にはリビングでバラエティー番組を見るように、家庭にVR教材を置いて「学び」を共有できる時代が訪れているかもしれない。

【お詫びと訂正】初出時、「N高・S高は7000人の新入生を迎え、その2割ほどがVR機器を使う」としておりましたが、「全生徒の2割」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。

浦上早苗

経済ジャーナリスト。法政大学イノベーションマネジメント研究科(MBA)兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に小学生の息子を連れて国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。日本語教師と通訳案内士の資格も保有。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。