こどもとIT
プログラミング教育はどうなったのか? その成果は? ひたむきに実践を続ける小学校教員からの報告と現状
――オンラインセミナー「2020年コロナ禍、小学校で始まったプログラミング教育の実際」レポート
2021年2月12日 06:45
小学校におけるプログラミング教育が必修化された2020年は、コロナの影響や、前倒しされたGIGAスクール構想が重なり、現場の教員は苦労が多かったはずだ。そんな小学校の教員たちが、プログラミング教育の取り組みを発表するセミナー「2020年コロナ禍、小学校で始まったプログラミング教育の実際」が2020年12月13日にオンラインで開催された。
プログラミング教育の普及啓蒙と教員支援に取り組むNPO法人みんなのコードと、Type_T(とにかくやってみる プログラミング教育 ティーチャーズ)の共催で行なわれた本セミナー。みんなのコード代表の利根川裕太氏によると、この2020年は、突然の休校措置やコロナ対策もあり、プログラミング教育支援で学校現場に出向く機会は激減してしまったそうだ。その一方で、オンラインで開催するイベントやセミナー、みんなのコードが提供する無料のプログラミング教材「プログル」の利用者は急増しており、利根川氏は教育関係者らの取り組みに確かな手応えを感じているようだった。
今回発表された日本各地の小学校教員によるプログラミング授業実践事例は、いずれも内容が濃く、オンラインにもかかわらず不思議と熱気が伝わってくるものだった。プログラミング教育で成長する児童たちの姿と合わせて、5つの事例を順番にご紹介しよう。
Scratch、Viscuit、マインクラフトなど多様な実践事例
「コロナ禍におけるプログラミング授業の実践事例」発表は、ライトニングトーク形式で進められた。教員たちもそれぞれZoomを使ったリモートでの登壇である。
情報共有からプログラミングまで、ICTを当たり前の文具にする小学生たち(栃木県小山市立東城南小学校 小島寛義教諭)
トップバッターは、栃木県小山市立東城南小学校の小島寛義教諭。小島教諭は、前任校の小山城北小学校で2018年に取材させていただいたことがある(kintoneを使った国語の授業「新聞作りのアンケートに挑戦」)。昨年度から新設された現在の小山市立東城南小学校に赴任され、新しい環境でいろいろと奮闘されてきたようだ。
新設校でICT環境は整っており、その活用について模索していった。2020年度からは、当初のGIGAスクール構想を見据え、5年生6年生に1人1台のタブレットを配置した。
小島教諭は以前から、子どもたち自身が自分事としてICTを当たり前に使う環境作りに取り組んでおり、今回の発表の中でもその様子が伝わってきた。たとえば、AIのできることやできないことを知って、暮らしに役立つアプリを考えたり、キャリア教育の一環としてゲームプログラマーの仕事を取り上げたり、さらには、そこから子どもたちが大好きなポケモンの素材を使ってScratchでゲームプログラミングが体験できる学習を実施した。
これを踏まえて、コロナ過でイベントが多く中止される中、児童たちが学校でプログラミング教室やゲーム展を企画して実施。イベントの相談はコミュニケーションツールであるMicrosoft TeamsやデジタルノートブックのOneNoteを当たり前のように使って進めたという。さらに、ビジュアルプログラミング言語のScratchで抽選プログラムを作ったり、ゲーム展では、入場者をカウントするならプログラムを作った方がいいことに気づき、得意な児童が作ってしまったというから驚きだ。
とはいえ、まだまだ小学生なので不適切な使い方も見られると小島教諭。「ナイフの正しい使い方を教える」ことを引き合いに、体系だった指導の大切さを指摘した。
このように、情報共有はもちろん課題解決として、児童自らの手でプログラミングを含めたICTの活用が自然に行なわれている。小島教諭は、ICTが当たり前になればどの学校でもこういった様子が見られるはず、と全国の教員にエールを送っていた。
Viscuitで線香花火をつくる、身近なものにつながるプログラミング(兵庫県尼崎市立園田小学校の林孝茂教諭)
続いての登壇は、兵庫県尼崎市立園田小学校の林孝茂教諭。小学校のプログラミングでもよく利用される「Viscuit(ビスケット)」を使った身近なプログラムの実践例が詳しく紹介された。
Viscuitといえば、比較的低学年の児童から利用でき「コンピュータを粘土のように使える」プログラミング教材として人気がある。林教諭が紹介した課題は「線香花火をつくる」。これだけ聞くと、児童たちが描いた線香花火の絵を動かすのかなと想像したが、内容はかなり深いものだった。Viscuitそのものの説明を踏まえて取り上げてみたい。
Viscuitでは、自分で描いた絵を「メガネ」というツールの、左右2カ所に描いた絵を当てはめることで、プログラミングを行なう。とてもシンプルな方法だが、当てはめたことで具体的にどのようなことが起きるのか、理解しやすい工夫として、数字を使う方法が紹介された。例えば、「1」が「2」に、「2」が「3」にと順に変わっていき、また「1」に戻るといったプログラムをメガネを使うとこのような表現になる。
この説明は、筆者にとって、目から鱗だった。Viscuitはなんとなく理解はしていて、作例を作ったりしたこともあったのだが、この説明でとても腑に落ちた。実際、児童たちも順次処理や繰り返しの理解が進んだようだ。一度、流れが理解できると、次は数字の部分を線香花火の様子に置き換えていく。こうすることで、線香花火の規則的な動きを実現できる。さらに発展してランダムな変化や場合分けも表現することができるという。
こうしてViscuitで作られたプログラムは、暮らしの中にある身近な設備や機械の働きにつながっていく。例えば、信号機ひとつとっても、青から黄色、黄色から赤、そして赤から青へと順に変わっていく。さきほど見たViscuitによるプログラムと基本的な流れは同じだ。そこから関心をもって、探究的な学習に進めばなおよいだろう。
Viscuitといえば、2020年末のFlashの終了にあわせてWeb版の新アプリが既にリリースされ、学校向けの新サービスの申し込みもはじまっている。低料金で学校単位、または自治体単位で利用できるので、利用を検討してみてはいかがだろうか。林教諭の指導案は、動画で公開されているので試してみたい方は是非やってみほしい。
Minecraft カップに挑戦するオンラインプログラミングクラブ(八王子市立第八小学校 川上尚司教諭)
次に登壇されたのは、八王子市立第八小学校の特別支援教室の担任をされている川上尚司教諭。コロナ過での地域のICT環境についてや、2020年度のプログラミング教育の実際について「多くの現場ではなかなかできていない」という声を紹介されたのち、ひとつの事例としてMinecraftカップへの取り組みを紹介した。
2020年度のMinecraftカップは、昨年度のチーム戦からコロナによる影響もあってか、個人戦へと変更された。なかなか集まってわいわいする活動も難しい中、オンラインの放課後クラブ活動としてTeamsを利用し、毎週決まった時間にオンラインで実施したのだとか。
TeamsとMinecraft教育版の組合せは、例えば録画機能を使ってあとからの振り返りができたり、自分のペースで進められるなど有効な点が多々あったそうだ。なにより楽しくプログラミング活動をする児童の様子は見守る保護者からも好意的な反応があったという。
Minecraftと「プログラミング」は、Makecodeといったブロックプログラミングの環境だけでなく、あらかじめ用意されているコマンドも人気だったそうだ。子どもたちの中では、ブロックの集まりを出現させるものや、一度作った構築物をそのまま別の場所に複製するコマンドが人気だったとか。
Minecraftカップといえば、2020年のテーマ「未来の学校」の一次予選、二次予選が終わり、ファイナリストも決定した。ファイナリストたちの作品は、こちらに紹介されているので、興味がある方はご覧になっていただきたい。最終審査会・表彰式は2021年2月21日(日)にオンラインで開催される。
一人ひとりがプログラミングで自己表現する(茨城県つくば市立学園の森義務教育学校 山口禎恵教諭)
4人目の登壇は、茨城県つくば市立学園の森義務教育学校で自閉症・情緒障害特別支援学級を受け持つ山口禎恵教諭。特別支援におけるプログラミング教育の取り組みが紹介された。
山口教諭は今まで、ViscuitやMinecraftなど全員が同じツールを使ってプログラミング作品を作っていたが、現在は児童が表現したい内容によって、それぞれがツールを選んでいるのだという。
実際に紹介された児童たちの作品はまさに多様そのもの。プログラミングを使った表現の可能性は、我々大人が想像している範疇より本当ははるかに広いのかもしれないと感じさせられた。このような実践を踏まえて、支援学級の児童たちにとって、自己表現は自己承認へつながると山口先生は語る。この視点は支援学級に限らず、多くの子どもたちはもちろん、我々大人世代にとっても必要な考え方かもしれない。
小学校におけるコンピュータサイエンス教育に挑戦(宮城教育大学附属小学校 上杉泰貴教諭)
最後の登壇は、宮城教育大学附属小学校の上杉泰貴教諭。ここまで4つの事例は「プログラミング」が主な内容だったが、上杉教諭の発表した事例はさらにCS(コンピュータサイエンス)教育へと踏み込むものだ。同校では、プログラミング教育に加えて2020年度からCS科として教科化し、本格的に取り組んでいるという。
たとえば、小学5年生で実施したScratchを活用した「アルファベットゲームをつくろう」という学習は、3年生に向けてアルファベットを楽しく学べるゲームを作るものだが、その中でデジタルデータの加工についても、あわせて体験できるようにしている点が面白い。これは、Scratchのサウンド機能をうまく使って興味をもたせる事例である。小学2年生では、「絵と写真の大へんしん」をテーマに、写真の撮影・編集やドット絵の作成を体験して、デジタル化された情報の特徴を捉える学習に挑戦。CS科の体系の一部も紹介された。
上杉教諭は、デジタル時代になった今、子どもたちは教養としてコンピュータやプログラミングを学ぶことが必要であり、そこから何かを課題解決しようとする意識を育みたいと発表を締めくくった。
2020年コロナ禍、小学校ではじまったプログラミング教育の実際を一言で表現すると?
ところで、5つの事例発表の中では、登壇者全員に「『2020年コロナ過、小学校ではじまったプログラミング教育の実際』を一言で表現すると?」というお題が出されていた。
小島教諭『子どもたちの手で広がってきた!』
林教諭『どんどん取り組む 必修化すらしらない 二極化』
川上教諭『「やっと現場が一歩前に進んだか、と思ったが。」現場はそれどころではないそうです。残念。』
山口教諭『やってる学校は、ちゃんとやってる!一方、コロナを言い訳に…計画的に進めてます!?』
上杉教諭『プログラミングを含むコンピュータを活用する力に注目が集まった。「自覚なきユーザー」でいいのか?デジタル社会をどう生きるのか』
5人のうち、3人の教員が言い方は違うものの、取り組みを進めた学校と手が回らなかった学校の二極化が顕著になったのでは、と述べていたのが印象的だった。大変な状況の中で進みたくても進めない現場の様子が伝わってくるようだ。
その一方で、講演のトップバッターを務めた小島教諭の「子どもたちの手で広がってきた」という答えは希望が持てるものだ。このような状況が日本中の小学校現場に広がればよいのにと素直に思った。最後の上杉教諭の答え「自覚なきユーザーでいいのか」という問いかけは、プログラミングに加えてコンピュータ活用の力を伸ばすことが必要だというメッセージであり、これからの小学校におけるプログラミング教育、ICT活用を考える上で非常に重要な視点ではないかと思う。これを受けて、CS教育の要素は小学校の中でいるのかどうか、いるならどうやっていけばいいのかという先の議論が必要になってくる。
次の学習指導要領も見据えて、これからの4年間で何ができるかが重要
みんなのコードと宮城教育大学附属小学校では、国内初の「コンピュータサイエンス教育」のカリキュラム開発に向けて実証研究を2020年秋にスタートしている。このプロジェクトの状況や展望について、宮城教育大学の安藤明伸教授と利根川氏による対談が行なわれた。
いろいろな話の中で、筆者が一番印象に残ったのは、変化が激しく技術的なこともどんどん知識が陳腐化していく時代に、コンピュータという人工的な世界の原理を、小学校の段階でどこまでやっておくべきなのかという視点だ。「小学校6年間が終わる段階で児童がどうなっていたらいいのか」という問いかけがあり、これがプロジェクトの土台である大きなテーマなのではないかと思った。
また安藤教授からは、学校の中だけでコンピュータサイエンス教育やプログラミングを教育を行なうのは限界があり、地域社会との交流もまた大切であると指摘。例として、PCN仙台のような課外活動としてのプログラミングにも言及されていたのが印象的だった。
最後に、みんなのコード利根川氏から「これからの4年間なにができるでしょうか」と問いかけがあった。ようやく新しい学習指導要領が始まったばかりだが、次の指導要領改訂への検討がはじまろうとしている。それを考慮していくと、今から4年間でプログラミング教育をどこまで充実させられるかが非常に大事だというのだ。
コロナ禍という未曾有の危機にさらされる中、ようやく船出した小学校のプログラミング教育。当初3か年計画だったGIGAスクール構想は大幅に前倒しされ、来年度から小中学校に1人1台端末が整う。このタイミングを無駄にすることなく、日本全国の教員と子どもたちにプログラミング教育が広がっていくことを願ってやまない。