こどもとIT
71,000台のWindows環境が始まる北九州市、ICT先進校が考える1人1台の活用とは
――福岡県北九州市立高見中学校レポート
2020年12月23日 06:45
GIGAスクール構想によって、小中学校におけるICT環境整備は進み、現場では今、子どもたちの手にその端末が渡り始めている。これから、どの学校でも1人1台環境が本格的にスタートするが、現場は今、この状況をどのように受け止めているのだろうか。
今回は全国に20ある政令指定都市のひとつ、福岡県北九州市の取り組みを紹介する。70,000名もの児童生徒が学ぶ同市は、GIGAスクール構想で71,000台ものWindows端末を導入。どのようなカタチでスタートを切ったのか、今回GIGAスクール端末のセットアップと活用を取材させてもらった北九州市立高見中学校の様子をレポートしよう。
自分のタブレットPCがやってきた! 技術の授業でセットアップに挑戦
北九州市ではICT活用を先進的に取り組むモデル校「ICTリーディングスクール」を4校指定しており、今回はそのひとつである高見中学校を訪れた。同校には、モデル校として先行してパソコン教室に導入されたタブレットPC 40台と、全中学校に昨年度導入されたSurface Go 12台が整備されており、日々の学習においてICT活用に取り組んでいる。
訪れた日はちょうど、GIGAスクール構想で整備された端末が1年生に手渡される日で、技術の授業で生徒たちがセットアップする様子を見学することができた。中学生たちが学校の授業でタブレットPCをセットアップする時代が来るとは、まさに1人1台時代の到来を感じる瞬間だ。
技術室に入ると、タブレットPCが入っていた段ボールが、あちこちに積まれていた。その、いつもとは違う雰囲気の技術室に生徒たちも気づき、そわそわした様子が伝わってくる。"どんなコンピューターが渡されるんだろう″、興味津々で授業が始まった。
この時間に配布されるタブレットPCは、すでに教室の棚に並べられてあり、生徒たちは列に並んで、一人ひとり順番に端末を受け取った。教師から配られるときは、耳元でユーザー名とパスワードの一部になる“秘密の番号”を教えてもらい、いざセットアップへ。
生徒たちは端末を受け取ると、最初に自分の名前が記入されたシールを端末に貼った。すべての持ち物に名前を記入するのは学校では当たり前であるが、ことコンピューターに名前のシールを貼るのは1人1台ならでは。“自分のもの”としての愛着もわくだろう。その後、キーボードとタブレットの着脱を試して、電源を入れた。
電源を入れるとログインの画面へ。事前に教師から教えてもらった秘密の番号と、黒板に書かれた番号などを組み合わせながら、ユーザー名とパスワードを入力して立ち上げた。「ログインがうまくいったら自動的にいろいろ始まるので、何もしないで待ってて!」と教師が生徒たちに説明し、セットアップが始まった。中学生になるとキーボード操作も慣れているのか、ログインもスムーズ。生徒たちは互いの画面の進捗具合を確認したり、家のコンピューターで何をしているのかを談笑したり、楽しい雰囲気でセットアップが進んでいく。
その後は、Microsoft Officeなどの設定を行ない、高見中学校のホームページにアクセスして初期設定を終えた。いよいよ、これから自分の端末を使った1人1台の学習環境が本格的にスタートするわけだが、生徒たちはこの状況をとても自然に受け入れていたように感じる。大人はどうしても心配が先に来てしまうが、生徒たちは互いに教え合う姿も見られ、和やかな雰囲気でスタートしたのが印象的だった。
記憶ではなく、記録を活かす学びへ。ICTのメリットに学びを広げる生徒たち
2年生の体育では、ダンスの授業でタブレットPCを活用していた。自分がダンスをする際に気をつけるポイントを事前に考え、実際にできたかどうかを動画に撮影して確認する、という使い方だ。動画撮影は、二手に分かれてペアを組み、それぞれの端末で動画を撮影し合った。1人1台の端末があるので、自分だけにフォーカスした動画を撮ってもらえるのが良い。
その後は、撮ってもらった動画を見ながら、自分の動きを確認する。大きく動けているか、リズムを感じ取って踊っているかなど、自分が気をつけるべきポイントができているかを客観視した。生徒たちは動画を止めて何度も見たり、友だちの動画と見比べたり。“もっと大きく動いたほうがいいよ”とアドバイスし合う会話も聞こえてきた。コミュニケーションが活性化されているのが、非常によくわかる場面だ。
続いて、撮ってもらった動画を、授業支援ツールの発表ノートに貼り付けてレポートに仕上げた。生徒たちは「全体的に大きく動く」「ひとつひとつの動きを大きくする」など、自分の改善点を書き込んで、ひとつのレポートに仕上げ、教師に提出。テキストの入力を見ていると、ソフトキーボードを使う生徒もいれば、物理キーボードを使う生徒、またフリック入力を使う生徒がいるなどさまざま。自分のやりやすい方法でタブレットPCを使っている姿も見られた。
このようなタブレットPCを使う授業について、生徒のひとりは「自分が踊っている動画と見本の動画を比較し、自分の改善点を見つけられるのが良いと思います。コンピューターは将来、必要になると思うので、学校で早いうちから触れて嬉しいです」と話してくれた。また別の生徒は「自分の好きなようにまとめたり、わからない時に、いつでも見返せたりできるところが良いと思います」とICTを使うメリットを教えてくれた。生徒たちはタブレットPCを使いながらICTの特性を知り、自分の学びに活かすポイントを見つけられているようだ。
体育を担当する本山竜次教諭は、1人1台環境にはまだまだ慣れていない状況であると話したうえで、「記憶ではなく、記録を元に学習を進められるようになった」と手応えを語る。動画などで、自分たちの活動を記録しやすくなり、振り返りも記録を見ながら言語化できるようになってきた。次の授業にもつなげやすくなったと話してくれた。
そして、この日は体育の授業の途中に、Microsoft Teamsを使って日本マイクロソフト株式会社 社長の吉田仁志氏とつなぎ、交流会も行なわれた。生徒たちは体育の授業で作成したばかりのダンスのレポートを吉田氏に披露し、授業でどのようにICTを活用しているのか、その様子を伝えた。吉田氏は授業の様子を聞いて「すばらしい。動画を比較するだけでなく、友だちと共有できるのもいいですね」と生徒たちの活動を称賛した。
また生徒からの質問コーナーも設けられ、「社長になって一番大変なことは何ですか?」「マイクロソフトは海外にいくつ会社がありますか?」「失敗したときは、どのように乗り越えてきましたか」といった質問が投げかけられた。吉田氏はこれについて、丁寧に回答し、中学生と和やかな交流が行なわれた。
最後に吉田氏は中学生に向けて、「今、勉強していること、体験していることは、社会人になるための準備ではありません。社会を変えていくための準備です。これからも一生懸命に勉強して、遊んで、こんなことが起きればいいなを実現できるような、新しいテクノロジーに触れて創造できる人になってください」とエールを送った。
71,000台のタブレットPCを導入、現場の教員が抵抗感なく使えるWindowsを選択
このようにICTリーディングスクールとして先進的に取り組んでいる高見中学校であるが、北九州市はGIGAスクール構想をどのように進めてきたのだろうか。同市は、約93万人が住む政令指定都市で、市内には小学校が129校、中学校が62校、高等学校が1校、特別支援学校も8校ある。70,000名もの児童生徒が学ぶ大規模な自治体だ。
北九州市はGIGAスクール構想の前から、「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画」を進めており、ネットワーク環境や指導者用コンピューター、パソコン教室などのICT環境を段階的に整備を進めていた。市内の小学校2校、中学校2校を「ICTリーディングスクール」に指定してICT活用の実践も開始。また2019年度からはパソコン教室とは別に、普通教室で使う端末としてSurface Goを800台導入し、市内の全中学校に対して12台ずつ配備、2020年度は小学校に同様の整備を展開しようとしていた。
そうした矢先、GIGAスクール構想が前倒しされ、1人1台環境の整備に舵を切ることに。北九州市のような大きな自治体は、その準備も大変であっただろうが、同市教育委員会 指導主事の濵村大輔氏は「GIGAスクールについては、全く新しいことをするのではなく、今まで培ってきたことにICTを活かす、と考えています。今の子どもたちはタブレットPCにも慣れており、気兼ねなく、文房具として使える環境を作っていきたい」と語ってくれた。同市では1人1台環境の良さを引き出すためにも、個別最適化学習の充実に力を入れていく考えだ。
北九州市はGIGAスクール構想の端末としてWindowsを選択、機種は「Lenovo IdeaPad D330」を70,000台導入した。マイクロソフト365 A3のライセンスを包括契約し、児童生徒にも1人1アカウントを実現した。
Windowsを選んだ理由として濵村氏は、「現場の先生はマイクロソフトの製品に慣れ親しんでおり、抵抗感なく使ってもらえると考えました。これまで培った資産やノウハウも生かせますし、1人1台をスムーズに始めるためにはWindowsが最適だと判断しました」と語る。
70,000台もの端末は、「Microsoft Intune」を使って教育委員会で一括管理をしている。現在は、小学校と中学校に分けて管理しているが、いずれは使いたいアプリなども学校ごとに変わってくることを想定し、Intuneの権限を各学校に委ねることも視野にいれているという。
文房具としての“自由に使える範囲”を広げていくことが課題
このように北九州市のICTリーディングスクールとして取り組みを進める高見中学校。同校の赤瀬正信校長にも、ここまでの手応えや課題について話を聞いた。
1人1台環境については、「まだ始まったばかりであり成果を言える段階ではありません。しかし、子どもたちはタブレットPCに対する愛着は高まったと思います。今まではグループに1台しか使えませんでしたが、1人1台で“自分専用のものなんだ”と思って使ってもらいたいですね」と率直な感想を語ってくれた。
一方で、これから文房具として活用していくにあたり課題もあると話す。「1人1台のタブレットPCをどこまで自由に使えるようにしていくのか、それが課題です。本来は、子どもたちが何かを調べたいと思ったとき、自分の端末で自由に調べられるのが理想ですが、ICTスキルの異なる子どもたちや教員が混在する中で、そうした環境をつくるためには、情報モラルやリテラシーを同時に育てていくことも大切です。子どもたちの実態に合わせて、進めていきたいと考えています」と赤瀬校長は述べた。
また、文房具としての活用を進めていくためには、「教員の意識も変わっていかなければならない」と指摘する。今は生徒がタブレットPCを使うことに葛藤がある教員もいるだろうが、授業の中で子どもたちが自由に使えるような環境をつくらないと活用は広がらない。赤瀬校長は「教師自身がICTのメリットを感じることができれば、“もっと使ってみよう”と思える。こういう教師が増えてほしい」と語った。
そして、教師のICTスキルを向上させ、マインドを変えていくには教員研修が欠かせないが、これについて赤瀬校長は「座学で学ぶよりも、教師は子どもたちがICTを使う場面を見るのが一番早い」と語る。高見中学校では昨年、公開授業を実施したが、参加した教師らの反響は大きかったようだ。やはり、子どもたちが生き生きと使う姿を教師が目の当たりにすることが大事だといえる。
高見中学校だけに限らず、どの学校においても、これまで教室に存在しなかったタブレットPCを文房具として扱うことは、容易いことではないだろう。しかし、忘れてはならないのは、子どもたちにとっては生活に必要な当たり前のツールであり、それらを活用できるスキルは、間違いなくこれからの社会を生きていくために必要だ。1人1台の最初は、予想もしないトラブルも発生するだろうが、それを乗り越えていける学校をめざしてほしい。高見中学校の先進的な取り組みやノウハウが、同市の小中学校にも広がることを願っている。
[制作協力:日本マイクロソフト株式会社]