こどもとIT
N高生とプロがLoL対戦! N高とアドビが語るeスポーツの可能性とは
――「ESPORTS BEYOND SHIBUYA CUP 2020」レポート
2020年12月11日 12:00
「eスポーツ」という言葉を耳にする機会は増えたものの、一般的にはイメージがわきにくい世界だろう。ましてや子どもとゲームというと、多くの親にとっては「いいかげんもうやめなさい!」というバトルの入り口なのが実情。学校にeスポーツ部があると聞いても現実感は薄いかもしれない。
そんなeスポーツの世界を、クリエイティブや教育の視点から見つめたら何が見えてくるだろうか。11月15日に開催された「ESPORTS BEYOND SHIBUYA CUP 2020」では、学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校(以下、N高)とアドビ株式会社(以下、アドビ)によるトークセッションと、人気ゲームタイトル「リーグ・オブ・レジェンド」のN高生eスポーツチーム対プロゲーマー&ストリーマーによるエキシビジョンマッチが行なわれた。
eスポーツの世界とビジュアルコミュニケーションの親和性とは
N高は2016年に開校された通信制高等学校で、ネットで授業を行なうなど独自のスタイルが話題だ。あらゆる子どもたちを生徒として受け入れる方針で、2020年10月時点で15,803人と日本一の生徒数を誇る。来年度からは、新たに同コンセプトのS高等学校が開校することが決まっている。
アドビは、クリエイティブ業界で広く使われる「Photoshop」や「Illustrator」といったアプリやサービスが有名なソフトウェア企業。教育機関向けのプランも充実させており、N高では全生徒にAdobe Creative Cloudのアカウントが付与され、アドビの豊富なアプリが利用できる環境だという。
個性を生かすカリキュラムを充実させるN高と、一人ひとりの異なるクリエイティブへの思いをサポートするアドビ。前半のトークセッションでは、N高等学校副校長で次年度からはS高等学校校長を務める吉村総一郎氏、アドビ株式会社教育市場部マーケティング マネージャー原渓太氏が「高校教育×eスポーツがもたらす可能性」をテーマに語った。
N高にはeスポーツ部があり、2018年の創部以来、2019年、2020年続けて高校生の大会で全国優勝の実績がある。アドビはeスポーツをクリエイティブの側面からサポートしており、現在は「飛び出せワイリフ! Adobe Students 学生コンテスト」を開催している。これは「リーグ・オブ・レジェンド:ワイルド・リフト」のキャラクター素材を使って、自由に自分の世界観でデジタル作品を作るコンテスト。TwitterやInstagramでハッシュタグをつけて応募するスタイルは、アドビが近年充実させている無料のモバイルアプリ群との親和性も高そうだ。
「N高生の間でも同人作品は非常にはやっていますね」と吉村氏。eスポーツの世界には、ゲームタイトルの世界観を生かした二次制作や、プレイ動画の配信、チームのロゴ作成などさまざまなクリエイティブ要素があるという。原氏は「おしゃれなカフェの写真をSNSにアップするのと同じように、今後、ゲームの話題をビジュアルで表現して発信することが増えるのではないでしょうか」と予測する。InstagramやTikTokなどによるビジュアルコミュニケーションはこの数年ですっかりメジャーになり、画像や短い動画を自分でさっと加工することは当たり前になっている。
吉村氏は、高校生が視聴する動画のうち、「ゲーム実況・ゲームプレイ」のジャンルは男子で1位、女子で2位という調査結果を紹介し、ゲームが観戦するものになっていることを指摘。「10年後には、eスポーツは日本で最大クラスの娯楽になっているでしょう」と話した。
eスポーツの世界は、対戦を行なうプロプレイヤーとは別に、ゲームプレイのライブ配信で人気の「ストリーマー」も注目されている。このことからも、ゲームはプレイするだけではなく、それを取り巻くクリエイティブな活動が、さまざまな広がりを見せていることがわかる。
N高eスポーツ部は「勝つことが目的ではない」
N高のeスポーツ部には850人もの部員がいて、グループチャットツールでつながりながら活動している。有名なプレイヤーから指導を受けられる強化選手の枠もあるが、初心者からトップ選手まで幅広く活動しているという。
「eスポーツ部の目的は、『勝つ』ことではなく、eスポーツでつながり、競い、成長することです」と吉村氏。今のゲームタイトルはオンラインでつながってチームで戦うものが多く、ひとりで孤独に取り組むというイメージとは変わってきている。特に高校生の大会では主にチーム戦を扱うので、好きなゲームを通じて個人が目標を立て、成果を出す経験を積むだけでなく、チームでのコミュニケーションスキルを伸ばすチャンスになるという。チーム力が必須なのだ。
eスポーツ部では、オンラインでコミュニティ運営や大会の企画運営などが行なわれるのも特徴的で、吉村氏は「大学のAO入試でも、eスポーツの大会運営や配信などの経験やスキルは実績として大いに語れるポイントです」と説明する。
原氏はさらに社会につながる視点で「eスポーツを通して身につけられるデジタルリテラシーやクリエイティブスキル、発信のための権利関係の知識などは、どんな業種に進んでも役立ちますね。今、多くの企業が注目するスキルです」と話した。例えば企業でもSNSアカウントを持っているのが当たり前の時代、ちょっとしたグラフィック制作や写真の加工、ショートムービー制作などを全てプロの制作会社に依頼するのは現実的ではない。スキルのある社員が社内で対応する方が効率のよいシーンが増えているということだ。
一般に、部活動で生徒たちが過ごす時間は、文化系か体育系かを問わず、その専門の技術を磨くことだけに留まらない。チームや組織の運営に関する種々雑多な課題解決や、仲間との関係性の構築にも注がれるものだろう。eスポーツ部も例外ではなく、ゲームプレイの技術力アップだけではなく、好きなことを入り口に多彩な経験をする「場」になっていることがわかる。
その「場」がN高の場合、オンライン上に特化している。今やオンライン上で構築されているコミュニティはたくさんあり、オンラインでの関係づくりやイベント運営を経験することはむしろ強みとも言えそうだ。
課題も見据えて生徒たちが「輝ける場」としての発展を
eスポーツがさまざまな可能性を持つ一方で、課題もある。吉村氏によれば、ネットゲームの世界ではチャットによる暴言や差別的な発言、煽りなどが多く、匿名性ゆえのネットマナーの悪さがしばしば問題になるという。
このような課題に対して、N高eスポーツ部では負けた時でも「ありがとうございました」や「GG(Good Game)」と言うように指導し、同じプレイヤーとして相手に敬意をもって接することを重視しているという。どのようなジャンルでも、競技、試合、対戦、コンテストなど技術を競う世界では、闘争心やライバル心に支えられる要素があるが、それぞれの世界には独自のマナーやカルチャーがあり、暴言や眉をひそめるような攻撃性が放置されることはないだろう。eスポーツが高校生や広く一般に競技として親しまれるためには、そうした暴言を是としないカルチャーを積極的に育てることが大切なポイントになるのかもしれない。
原氏はeスポーツが生まれたポジティブな面に注目し、「ゲームは“親に怒られる”というネガティブなイメージが強いですが、eスポーツが生まれたことで、ゲームを深く追求したいと思う子ども達が胸を張って活躍の場を広げられますね」と指摘。生徒たちには、自分たちが好きなゲームの世界をクリエイティブな手段で積極的に発信して世の中に伝えて欲しいと呼びかける。
吉村氏は、「ゲームで初めて輝ける場を手にした生徒たちは、人間的にも成長し、学校の代表として皆に応援されるというかげがえのない経験をします」と話し、eスポーツ部の存在がこれまで活躍の場を持てなかった生徒たちにも光を当て、大きな活躍と経験の場となっていることを紹介した。
一般的にはまだ捉えどころのないeスポーツの世界に、様々な要素があることが見えてくるトークセッションとなった。
N高チーム対ストリーマー&プロチームの華やかなエキシビジョンマッチ
トークセッションのあとは、いよいよN高チーム対ストリーマー&プロチームのエキシビジョンマッチ。「リーグ・オブ・レジェンド」はMOBA(Multiplayer Online Battle Arena)というジャンルのオンラインゲームで、5対5のチームで戦う。各自のポジション(レーン)やキャラクター(チャンピオン)の特性を生かしてフィールド上で協力し合い、相手の拠点を制圧することを目指すゲームだ。
全世界で1億人がプレイし、毎年開催される世界大会の同時配信視聴者数は4000万人規模だという。日本では2016年から公式リーグが行なわれている。今回は残念ながら無観客だったため、その熱量をお伝えすることができないが、通常は会場が歓声でどよめく盛り上がりを見せるという。
エキシビジョンマッチは、N高の全国優勝経験のあるチーム「KDG N1」とストリーマー&プロチームが対戦。その後、個人戦、メンバーをシャッフルしたチーム戦が行われた。
チーム戦にのぞむ高校生チームの様子を見ていると、黙々と画面に向かうイメージとは違い、声をかけあってチーム戦に挑んでいる。対戦自体はプロ&ストリーマーチームの勝利だったが、N高チームも非常に充実した様子。
続く個人戦ではN高の選手がストリーマー&プロチームの選手に勝つシーンもあれば、負けて悔しがる様子もあり、対等な個性が見えた。シャッフルマッチは、特にN高のチームメンバーにとっては、現役ストリーマーやプロ経験者と共にチームを組んで対戦できる貴重な時間となったようだ。何より、プロ仕様の華やかな会場でリアルに顔を合わせて対戦することは大きな経験だ。
対戦後のインタビューでは、N高チームの選手からは「オフラインでやる経験は本当に少なくて、今日もとても緊張しました」「格上だとわかっていても負けたのは悔しいです」などの声があり高校生らしい一面も見えた。また、N高側からもプロ&ストリーマー側からも共通して上がったエピソードで印象的だったのは、「もともとゲームをやっていたことを周りからあまりいい目でも見られていなかった」という実感だ。学校で大会に出るようになったことや、プロになったことがきっかけで、家族など周りが理解を示して応援してくれるようになったことをうれしくと感じているという。
「リーグ・オブ・レジェンド」は「アクションのあるチェス」と呼ばれるほど戦略性の高いゲームだという。eスポーツを「ただのゲームだ」と評する声もまだ多いと吉村氏は明かすが、そこで繰り広げられる思考や、判断力、チームのコミュニケーション力などを想像すると、見え方は変わるだろう。
また、本イベントの会場からのライブ配信の舞台裏では、通常の配信管理スタッフとは別に、ゲーム部分専門の配信チームが動いていた。10通りのプレイヤー視点があるチーム戦をライブ映像では俯瞰で見せていたが、どの部分にフォーカスして追うのかは常に先読みが必要で、ゲームタイトルの知識がなければ務まらない。eスポーツの発展は、ゲームの知識を生かした専門性の高い仕事の広がりも生んでいることがわかる。
今後のeスポーツ界は「ただのゲーム」に留まらない、社会的ポテンシャルを秘めている。そう感じさせるイベントだった。