こどもとIT
子どもたちの授業満足度にも影響をもたらす教員のICTスキル。研修のポイントは?
――EDIX東京2020・ICT CONNECT21 GIGAスクール構想推進委員会セミナーレポート①
2020年10月20日 12:17
毎年、教育関係者でにぎわう教育総合展「EDIX東京」。第11回目の今年は新型コロナの影響で時期が変わり、2020年9月16日〜18日に幕張メッセで開催された。
会場全体の規模や混雑状況は例年に比べると縮小したが、各ブースに立つ担当者の熱量は例年と変わらない。長期休校で課題となった遠隔授業関連と、国の計画が一気に前倒しとなったGIGAスクール構想関連の情報とソリューションなど、この半年近い教育現場の激動にこたえる展示が目立った。数ある出展社のうち、一般社団法人ICT CONNECT 21「GIGAスクール構想推進委員会」によるセミナーの様子を紹介しよう。
一般社団法人ICT CONNECT 21は、情報通信技術を活用する未来の教育のため、企業、教育委員会、各種団体などさまざまなステークホルダーが協働する場。特に現在は、GIGAスクール構想に関してGIGA HUB WEBを運営するなど情報発信に積極的だ。
同社団法人の「GIGAスクール構想推進委員会」によるセミナーは、3日間にわたってGIGAスクール構想に対応するハード等の調達から現場のリアルなICT活用実例まで幅広いテーマで実施され、会場のブースでの視聴かオンライン視聴に対応した。
本記事では、9月17日に行われた、長野市東部中学校 袖山賢治教諭による「データからみる:ICT利活用の進め方〜ICTを活用した学びで見えた授業満足度の向上と生徒と教員の信頼関係向上について〜」をレポートする。
研修は「かんたん」「短く」「繰り返し」がポイント
校内でICTの推進を進める袖山教諭は、研修を進めるためのコツを紹介する。ゼロの状態からICT活用を進めるには教員の研修は必須だ。しかし、多忙を極める教員の状況に加え働き方改革が叫ばれる中、研修の時間を確保するのは容易ではない。そこで、袖山教諭は「多忙感を感じさせない効果的な研修」を行なってきた。
<アイディア1:職員会議開始前の5分間研修>
職員会議は定期的に全員が集まる。このタイミングを利用して、会議スタート前の5分間だけICT活用の研修を行なう。ついでの5分間であれば確かに負担感は少なく、日々使えるちょっとした活用アイディアを共有するには十分な時間だろう。この習慣は、元々課題だった職員会議の集合状況を改善し、メリハリにつながったという。
<アイディア2:夜の職員室のダラダラ研修>
職員室の人目につく共有スペースで、夜の時間帯にお菓子や飲み物を用意して、ICT活用のちょっとした質問に答える時間を作った。大きな画面に映しながら話をしていると、なんとなく皆の目に入り、自然と興味のある人が集まってミニミニ研修のようになるそうだ。
いずれも、短時間で簡単な内容にした上で、回数は多く実施する。隙間時間で効果を上げる工夫だ。一度研修で説明したからといって活用してくれる先生はそういないので、同じ内容を何度も繰り返し行うこともポイントだそうだ。
具体的に授業でどう使うをイメージできることが重要
袖山教諭は、「教師が思い描いているわかりやすさと、今のデジタルネイティブ世代の子どもたちがわかりやすさとして求めているものが、大きくずれてきている」と指摘する。「タブレットやスマートフォンに幼い頃から親しんでいるため、ビジュアルや動きがないものには関心が向きづらい」傾向があり、「教師が板書するのを待てずに、瞬間に答えを出してあげないと興味がそれてしまう」様子が見られるというのだ。
一方で、教師は、寺子屋方式とも呼ばれるような知識を伝授するスタイルの授業を行ないがちだという。新型コロナの影響で変化も生まれているとはいうが、「とにかく先生が『教えたがる』形式の授業が非常に多く見受けられます。アクティブラーニングという言葉の裏で、実際には先生が主導してしまっていることも多く、ラーニングパートナーとして共に学ぶ授業は実践できてないのが実情です」と指摘する。
新型コロナ対策のオンライン授業やGIGAスクール構想でICT機器を導入しろと言われても、先生ごとに確立された授業の仕方があるので、ICTをどう使って良いかわからないという相談が多いそうだ。そこで「学びのテーマパーク」というスローガンを掲げ、各教科が様々な学びにICTを活用した体験型の授業を実施することを目指している。
研修では、先生が授業のどの部分でどんなふうにICTを活用できるのか、イメージを持てるように、具体的な利用シーンを紹介しているそうだ。機器の「使い方」ではなく実際の「活用アイディア」にフォーカスする。
「先生たちは『わかる授業』がしたいんですよね。それは、みんなが共通して持っている思いです。生徒たちに学力向上をもたらしたい、そういう思いはみんな一緒なんですよね」と袖山教諭は話す。だからこそ、生徒と教師が考えるわかりやすさのギャップを埋め、ICT活用で授業のスタイルを変えていくことが重要なのだろう。
実際に、小さな研修を続けていくと、校務のパソコンで指導者用のデジタル教科書を投影する使い方だけだったところから、教師が自分のタブレットやスマートフォンを併用してできる工夫が増えてきたという。少し使ってみて初めてその便利さに気づくという小さな積み重ねだ。
教師の教え方が変わると生徒はどう変わるのか?
教師の教え方が変わったことで生徒の受け止め方はどう変わったのだろうか。袖山教諭は前任校でICT活用を進めた平成25年〜平成28年の学校評価アンケートの結果を示した。
以上のいずれにおいても、年を追うごとに「とてもそう思う」の割合が増え、「あまり思わない」「思わない」の割合が減っている。
袖山教諭は、否定的な評価が減っていることに注目して欲しいと強調する。「授業に対して否定的な意見の子どもたちの多くは、学力の面でアシストが必要な子どもたちです。それらの子どもたちが特にICT活用と親和性が高く、活用の広がりと共に好評価に転じたことがアンケートの分析からわかりました」。学力の向上につながったデータはないというが、授業への満足度は上がった。
教師のICT活用スキルについては、文部科学省の「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」の結果を示し、「教師のICT活用と生徒の授業満足度の年次推移には相関関係がみられる」ことを示した。
生徒に自分の判断で使う自由と新しい技術に触れるチャンスを
現在、長野市東部中学校のICT機器整備状況は、パソコン室の持ち出し可能な40台のタブレットPCと、他に共用PC20数台、リースアップしたPC20数台。これらを学校全体で共用し、生徒が使いたいときに自由に使える環境にしているという。個人でもグループ学習でも、紙の代わりに使いたいときには使うことができる。GIGAスクール構想の1人1台環境が整うのは今年12月末の見込みだ。
教科書にうめこまれたAR情報を授業で見たり、VR体験など新しい技術の体験にも積極的だ。生徒が有志で3Dモデリングソフト「Blender」や、Microsoftのローコードアプリ開発環境「Power Apps」に取り組む姿もあるという。また、袖山教諭は不登校傾向生のサポートを30年来さまざまな形で続けてきたが、現在は最新テクノロジーを使って、360度カメラを生徒の席に設置し、VRで自宅や学校の別室で参加できる体制を整えているという。
テクノロジーの良さは2つあると袖山教諭は整理する。1点目は「従来では得られることのなかった上質な体験を普通の授業で取り入れられる」ことだ。2点目は「教室の外でも自宅でも学べる」こと。オンライン上でできることばかりになるので、教室でなければ学べないことがなくなる。不登校傾向生や家庭の事情で登校できない子どもへのサポートはもちろん、これからのニューノーマルな時代に必須の手段となる。
テクニカルな部分は専門家に協力を得て任せればよい。「われわれ教師が専門性を発揮しなければいけないのは授業デザイン、マネージメントです」と教師の役割についても触れた。
ICT機器も、さまざまなアプリなどのツールも、年を追うごとに使いやすさが向上している。今後も技術の側が磨かれていくことは間違いない。ICT機器の使い方の習熟の壁は低くなる一方だし、習熟の先にある「何にどう使うか」という新しい授業デザインが教師の力の見せどころとなる時代に入ろうとしている。
全てを把握してからようやく使うという発想ではなく、ほんの少しのアイディアを試しに使ってみるという発想で利用を積みかさねることは大切だろう。そんな気軽さを促す研修アイディアは、どの学校でもすぐに真似できそうだ。