こどもとIT
継続的なプログラミング活動が、子どもたちの自分事化を育てる!
ーーオンラインセミナー「いま、なぜプログラミング教育なのか?」レポート
2020年10月16日 12:00
「2020年4月から小学校で必修化されるプログラミング教育」。ここ数年、何度も書き綴ったこの言葉が、実際に始まった今年の春、コロナによる突然の休校措置により、学校の年間カリキュラムは大きな影響を受けてしまった。しかし、プログラミング教育に関しては、既に何年も前から取り組んでいる小学校も少なくない。
そうした中、改めて「プログラミング教育」について考えるオンラインセミナーが2020年8月20日に開催された。登壇したのは、長年プログラミング教育に取り組んできた加藤学園暁秀初等学校(以下、加藤学園/静岡県沼津市)の中原悟先生だ。
主催は、大阪にある増進堂・受験研究社。同社は1890年創業の老舗教育出版社で、「馬のマークの参考書」と言えば、お馴染みの方もいるかもしれない。従来型のドリルや参考書といった教材に加えて、最近ではプログラミング教育やSTEAMに代表される「作りながら学ぶ」教材開発にも力を入れている。
今回のセミナーは、同社のNEXT LEARNING Labs研究員でもある中原先生が、小学校の授業の中で取り組んできたプログラミング教育の事例や成果について紹介。子どもたちの様子が多く語られ、筆者にとってもプログラミング教育の意味や小学校で行なうことの価値について改めて考えるよい機会となった。
新学習指導要領、GIGAスクール構想、オンライン授業の狭間に揺れる小学校の現場
メインテーマである「プログラミング教育」に入る前に、学校現場の実情とプログラミング教育ついて、簡単に整理されていたので共有しておきたい。
小学校では今、コロナ対策をしながらの学校生活で大変なうえ、GIGAスクール構想への準備、さらには再び休校になった場合のオンライン授業やICT活用など、多肢に渡る課題に取り組んでいる。そうした中、今年4月から、小学校でプログラミング教育が始まった。学校現場は大変であるが、新しい取り組みを実践する教育者も多くいるようだ。
一方で、子どもたちや保護者らの習い事としてのプログラミングへの関心は高い。小学生たちも親しみやすいプログラミング教材は、ここ数年で随分と種類が増えてきた。学校外でも、民間のプログラミングスクールやCoderDojo、PCN(プログラミング クラブ ネットワーク)、総務省が進めてきた地域ICTクラブの活動など、子どもたちのプログラミング教育をサポートする動きが広がっている。程度の違いはあるものの、小学校のプログラミング教育は、2020年4月のタイミングにあわせて進めてきたところが多いようだ。
今年度、GIGAスクール構想が順調に進めば、大きな課題だった小中学校のICT環境は、一気に整備されるはずだ。その上で、子どもたち一人ひとりにあわせた個別学習をどう進めていくのか、プログラミング教育はどういう意味や役割があるのか。セミナーの内容を振り返りながら考えていきたい。
プログラミングやテクノロジーに親しむ加藤学園の子どもたち
舞台である加藤学園は、「壁のない学校」として知られ、独自の教育に取り組んでいる。そのひとつとして、1990年からコンピューター教育にも力を入れており、2018年からはICT/コンピューター専科を設置。プログラミング教育に関しても、1年生から6年生までの全児童に対して、週1回45分の専科授業を年間を通して実施している。この枠は週3コマある「総合的な学習の時間」の1コマを利用した時間割になっているそうだ。
ほかにも「ICTクラブ」というクラブ活動も実施。この専科授業とクラブ活動を一手に担当しているのが、今回登壇された中原先生である。
加藤学園におけるプログラミング教育の特徴は、6年間で体系的に学べるよう構成されていることだ。各学年ごとに取り組むカリキュラムも工夫されており、例えば、ビジュアルプログラミング環境とアーテック社製ロボットを使いながら、学期や学年ごとに取り組むテーマを変えて、子どもたちが主体的に学べるようになっている。
ご謙遜もあると思うが、中原先生自身が全てのツールに精通しているわけではなく、先生に聞いてもわからないことがあったら、子どもたちが自ら調べる文化ができあがっているという。中原先生曰く「子どもたちがすごいんです」という言葉は、実感がこもっていた。
このような専科授業だが、始めたばかりの頃はいろいろご苦労もあったようだ。例えば、ロボットプログラミングを子どもたちにやらせたところ、他の授業中のクラスから「うるさい」とクレームが入ったとか。そのため中原先生は、校内の空き教室を利用して自らロボット研究室を作ってしまったそうだ。
学びの可能性を広げるプログラミング
当セミナーでは、中原先生が取り組むプログラミング教育の事例がいくつか紹介されたが、ここでは、「AIプログラミング」、「Music Blocks」、「教育版マインクラフト」を使った子どもたちの学びの様子について重点的にとりあげてみたい。それぞれのツールについては、既に体験レポートや取材記事も公開されているので,是非、記事末の関連リンクからもご覧頂ければと思う。
AIを活用したプログラミングは、大人のエンジニアの世界でも人気のテーマのひとつ。これが小学生にできるのか?と疑問をお持ちの方も少なくないだろう。実は、昨年あたりから、AI技術のひとつである「機械学習」の機能が利用できるブロック式プログラミングの環境が、企業や有志によって開発され、ワークショップなどでも活用されているのだ。ベースになっているのは、ブロックプログラミングとして世界中で広く親しまれているScratch。本家のScratchにはない、AI用のブロックを追加して使えるようなっている。
加藤学園が利用したのは、TECH PARKが提供している「AIブロック」。利用している技術は、GoogleのTensorFlowである。(詳細は、『Googleの「TensorFLow」を子供が手軽に使えるツール ~AIを体感!画像を機械学習させてみよう(前編/後編)』を参照にされたい)
加藤学園の子どもたちは、実際にAIプログラミングを使って何を作ったのだろうか。同学園では、毎年学校のバザーを開催しているそうで、そこで利用するためのAIレジシステムを構築したのだとか。簡単に仕組みを説明すると、バザーに出品する商品の画像を機械学習させることで、値段がすぐにわかるようにしたのだ。テクノロジーを活用して、自分たちの身の回りを便利にする。これは、まさにプロジェクトをベースにした学びであり、PBL(Project Based Learning/課題解決型学習)のよい例と言えるだろう。
もうひとつ、筆者が特に興味を持ったのが「Music Blocks」の事例だ。実は、このMusic Blocksとは妙な縁がある。3年ほど前のあるイベント(創造的な学習「Creative Learning」に関心を持つ人たちが集まるものだった)に参加したところ、開発者のひとりであるDevin Ulibarri氏がデモを見せてくれたのだ。その場で「開発中だけど誰か欲しい人いますか?」と聞かれたので、「はい、はい、はーい!」と子どものように手をあげてプログラム入りのUSBメモリを頂いて帰ったのである。今回、実際に小学校の現場で活用され、子どもたちが楽しそうにこのツールに取り組んでいる様子を知ることができてよかった。
このMusic Blocksは、音楽と算数を通してプログラミングの理解が進められる教材として、学研プラスによってオフライン版とカリキュラムの開発が行なわれた。もともと学校関係者は無料で使用できるが、コロナ禍の一斉休校時から、関連する学習・教育コンテンツも無料で公開されている。興味のある先生方は是非試してみて欲しい。
「Minecraftカップ全国大会2019」への挑戦
多くの子どもたちが親しむサンドボックス型ゲーム「教育版マインクラフト(以下、マイクラ)」の取り組みも興味深く聞いた。
ただ、マイクラに関してはプログラミング教材よりもゲームのイメージが強く、学校の中でも、なかなか理解されにくかったようだ。実際、マイクラを学校の授業で活用したいと言っても、「ゲームで遊ばせるのか?」と反対意見もあったとか。先生だけでなく、保護者を含めた大人たちの素直な感覚が、まさにこれなのかなと思う。
また「教育版マインクラフト」は、残念ながら無料ではなく、学校の授業で導入するなら稟議が必要だ。そこで中原先生がとった作戦は、ちょうど開催されていた「Minecraftカップ全国大会2019」への挑戦だった。これは、マイクラの世界で課題に沿ったワールドを構築し、それを競い合うというデジタルものづくりコンテスト。2019年のテーマは、「スポーツ施設のある僕・私の街 ワクワクする『まち』をデザインしよう」だった。
このコンテストにエントリーすることで、参加者分の教育版マイクラのライセンスが無償で提供され、このライセンスを使って6年生2チームが課題に挑戦。そして、見事1チームが優勝を果たしたのだ。このときの詳しい様子とインタビュー記事は、『こどもとIT』でレポートされているので、是非ご覧頂きたい。
マインクラフトカップは、今年も既にエントリーがはじまっている。教育版のマインクラフトは、本稿執筆時点でWindows10、iPad、Chromebookに対応している。今年は個人単位での参加で、テーマは「未来の学校~ひとりひとりが可能性に挑戦できる場所~」である。こんな機会だからこそ、学校で子どもたちの背中を押してみたら面白いと思うのだが、いかがだろうか。
小学校での「プログラミング教育」を改めて考える好機
登壇の最後に、ある動画が紹介された。内容としては、ロボットプログラミングにいそしむ男子児童たちの様子である。
はじめ、四足歩行ロボットをどうすれば実現できるか試行錯誤をはじめた男子児童。やがて、興味の方向が四足から二足歩行に変わる。そこに友達が加わって、ロボットを使った試行錯誤がはじまるという流れ。これは、特に先生が指導したわけでなく、男子児童たちがごく自然に取り組みだしたという。中原先生曰く「プログラミングは知的好奇心を刺激し、創造性を育むツール」で、まさにその言葉を体現している様子がよくわかる。
「コンピューターやロボットを使ったプログラミングのよいところは、何度も失敗を積み重ねがら、たくさん試行錯誤できるところであり、その結果、自分でリスクをとって物事に取り組むリスクテイカーにつながることではないか」と中原先生は語る。またプログラミングの学習では、機材トラブルや故障がつきもので、どうすればそれらを解決できるかを調べて考えるのも良い学びだという。
1回限りのワークショップでは、これがなかなか難しく、ついつい運営する大人側が大きなお世話を焼いてしまうケースも少なくない。加藤学園のように、継続的に活動することが重要なのだと思った。
今回のこのセミナーで紹介された加藤学園の様子は、専科の先生が全学年/通年で対応されているという特殊な事例かもしれない。しかし、自分ごとしてプロジェクトに挑戦している子どもたちの姿勢を見ると、これこそが「プログラミング教育」の大きな狙いではないかと感じた。
プログラミングの教材は、ここ数年で実に様々なものが登場し、学校内での利用を前提に提供されている物も増えてきた。重要なのは、何を選択するかを含めて、主体的に児童・生徒たちが動き出し、それを継続していくためのテーマ設定や場の確保を含むカリキュラムマネジメントなのだ。
とはいえ、先生たち(そして多くの大人たち)にとっては、プログラミングの体験自体が未知のもの。不安や心配になるのは自然なことだと思う。このコロナ過の忙しい業務の中では、研修を受けて準備する時間もとることが難しいかもしれない。その分、学校や家庭の中で取り組む子どもたちを見守り、時には一緒に挑戦し、時には教えて貰うぐらいで実はちょうどよいのかもしれない。中原先生のお話から、そんなことを考えた。
GIGAスクール構想により、小中学校のICT環境は一気に整備が進むはずだ。その上で、小学校の中で「プログラミング教育」をうまく各教科の内容とリンクすることでより深い学びに通じるのではないか。
中原先生も、一例として、同じタイミングではじまる教科としての英語と、タイピングが必要なテキスト型のプログラミング言語を平行して学ぶことなどをあげられていた。「プログラミングを軸に教科を超えた学習」という学びのデザインは、新しい学習指導要領がかがげる「主体的で対話的な深い学び」につながる、ひとつのモデルになるのではないだろうか。
今回取り上げきれなかった加藤学園で学ぶ子どもたちの様子は、同校のWebサイトでも豊富に紹介されているので、あわせてご覧頂ければと思う。機会があれば、是非実際の様子を拝見しに行きたいものだ。