こどもとIT
サル・カーン氏「過剰なことをやろうとするな」、コロナ禍で変わる世界の教育
〜Googleのグローバルイベント「The Anywhere School」レポート
2020年9月7日 12:00
新型コロナウイルスの感染が世界中で拡大するなか、多くの国の教育現場ではオンライン授業に切り替わるなど大きな変化に直面している。世界各国の教育者は、このような状況をどのように乗り越えているのか。また、テクノロジーの力を用いて子どもたちの学習効果を今まで以上に引き上げるためには何が必要であるのか。
Googleは世界中の教育者が集い、教育とテクノロジーの未来を考えるグローバルイベント「The Anywhere School 」を2020年8月12日に開催した。本イベントは24 時間に渡り、世界19ヶ国の教育者によるセッションをリレー形式でつなぎ、ライブストリームで全世界に発信するというもの。各国の教育分野における取り組みや課題、教育指導者によるトークセッションなど、“世界中の教育の今”を知る貴重なイベントとなった。本稿では、その中からいくつかのセッションを紹介しよう。
Google Classroomの利用者は、この数ヶ月で5000万人から1億人突破へ
世界中の教育者が集うグローバルイベント「The Anywhere School」は、Google の教育部門で副社長を務める アヴニ・シャー氏の基調講演から始まった。教育熱心な家庭で育った同氏は、自身が受けた教育について言及。より良い教育を受けるために、父親の送迎で毎日1時間半かけて中学、高校に通っていた自分の境遇を「本当に幸運なことだった」と振り返った。それと同時に、誰もが質の高い教育を受けられるよう環境を提供していくべきであるが、コロナ禍の今は、学び続けること自体がむずかしい。今と未来の学びを継続していくために、テクノロジーが果たす役割は大きいと述べた。
また同氏は、コロナ禍の教育について「教育者らの新しい現実を受け入れる適応力や想像力に驚かされた」と話す。学びを継続するために、ゼロからオンライン授業に挑戦する教育者や、家庭でも新しい学び方に対応する保護者らに向けて称賛の声を送った。
そして、今後もユーザーとつながって現場の課題を解決する機能や製品を提供していきたいこと、Google MeetやGoogle Classroomについて現場から多く寄せられていたフィードバックを元に新機能を追加したことなどを紹介。なかでも、特別なケアを要する生徒への対応が求められており、Google MeetやGoogle Slideではオフラインでも使用できるライブキャプチャ機能を実装予定だという。聴覚障害や耳の不自由な生徒がオンラインで学びやすくなるようだ。
ちなみにアヴニ・シャー氏の話によると、Google for Educationのユーザーは1億4000万人を突破したそうだ。そのうち1億人がGoogle Classroomを利用しており、5000万人だった数ヶ月前のユーザー数から2倍に増えた。コロナ禍の教育現場において、Googleのサービスが広く浸透した様子が伺える。
最後に同氏は、これからの教育のあり方とテクノロジーについて言及した。「現在、テクノロジーが教育に変化をもたらしている渦中であり、ハイブリッド・ラーニングやバーチャル・ラーニングなどは、まだ全世界で普及しているとはいえない。しかしこれまで、場所に制約されない学びが実現できているのはテクノロジーの力であり、これからもテクノロジーを活用することが有効なソリューションのひとつになるであろう」と話す。
一方で、今後はオンライン授業におけるセキュリティの強化にも注力していくと同氏。「教育者が安心・安全にオンライン授業を実施できる環境や、授業を受ける子どもたちの健全な学習環境の実現をめざしたい」と同氏は講演を締めくくった。
自分の時間、自分のペースで学習できる環境が成長型マインドセットを育む
基調講演に続くセッションは、オンライン教育の草分け的存在である「Khan Academy(カーンアカデミー)」の創設者兼 CEO サル・カーン氏と、YouTubeラーニングコンテンツパートナーシップディレクターのケイティ・カーツ氏による対談だ。サル・カーン氏は、コロナ禍の休校中にYouTubeを活用して、有識者や専門家が自身の専門領域について語る「Daily Homeroom(デイリーホームルーム)」を実施。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏がウイルスやワクチンに関する講演を行うなど、コロナ禍の休校中においてもオンラインを活かした貴重な学びを提供した。
対談では、子どもたちのマインドセットについて多く語られた。モチベーションの維持がむずかしいオンライン教育において、教育者や保護者は何ができるのか。
カーン氏は、「マインドセットには2種類ある」と話す。ひとつが、固定型マインドセット(fixed mindset) で、自分の能力は決められており、変わらないという考え方。もうひとつは、成長型マインドセット (growth midset) で、自分をコンフォートゾーンから押し出し、自らの失敗から学び、自分のできることを広げていく考え方だ。同氏は、成長型マインドセットは創ることができると話す。
「脳は筋肉と似ていて、使えば使うほど強くできる。そのため、子どもが失敗をした時、その感情を考察させることで、脳神経の繋がりが生まれ、それを継続することで固定型マインドセットから成長型マインドセットへ転換することが可能である」と同氏は語った。そして、この成長型マインドセットはグリッド(やり抜く力)やレジリエンス (軌道修正する力)などにもつながると言及した。
ただ一方で、固定型マインドセットを成長型マインドセットに転換できると分かっていても、今の教育システムに落とし込むのはむずかしいと同氏は語る。なぜなら、全員で同じ内容を一律に学ぶ従来の教育システムでは、学習者の理解が80%であっても、それを90%、100%へと向上させる機会はなく、次の単元に学習が進んでしまうからだ。これが、学習者の成長型マインドセットを阻んでいると同氏は指摘する。「いったん成績表にCと記録されると、学習者は自分がCのレベルだと思い込む。これが固定型マインドセットの形成を助長している」(サル・カーン氏)。
だからこそ、成長型マインドセットを育むような学習が重要になる。具体的には、全員で同じ内容を学ぶのではなく、教育者は単元ごとに学ぶ時期と期間を固定し、習得すべき内容を提示して、あとは学習者が自分の時間とペースで取り組むようなスタイルだという。これは、マスタリーラーニング(完全習得学習)と呼ばれる学習にもつながり、「どんな教科でも学習成果を高めていける」と同氏は主張した。
最後に、これまで多くの困難に立ち向かってきた教育者らに対して、現場の負担を少しでも軽減するために何ができるかという質問が投げかけられた。サル・カーン氏はこれについて、「過剰なことをやろうとするな」と答えた。今まで学校はさまざまな行事やカリキュラムが詰め込まれていたが、それら全てをオンラインに置きかえようとするのではなく、この機会に、やらなくてもよい学習や学校活動を見直す必要があるというのだ。
そしてそれは、「数学、読み、書きの学習のことでもある」と主張する。数学はカーンアカデミーを活用して学習が可能。読み書きについても他のサービスやツールを用いたり、たくさん本を読んで家族と話したり、あるいは、子どもがブログに記事を書くなどの方法で伸ばしていける。「子どもたちは物理的な学校に通うことはできなくても、スキルを伸ばし、進歩し続けることができる」と語った。
デバイスに制限をかけるよりも、「ネット上の経験から学ぶ」教育を
続いては、英国から発信されたセッションのひとつ、「家族が自信を持って安全にインターネットを楽しむための支援」を紹介しよう。同セッションには、Google チャイルドセーフティポリシーの責任者である Almudena Lara氏と、安全なデジタルライフの教育・啓蒙に取り組む団体「Parent Zone」のCEOであるVicki Shotbolt氏が登壇し、オンライン活動の課題や必要なスキルについて語った。
Almudena Lara氏はセッション冒頭で、Parent ZoneとGoogleが提携して開発したオンライン安全教育プログラム「Be Internet Legends」を紹介。同プログラムは、オンラインの世界における振る舞い方を学べる教材で、子どもはもちろん、教育者や保護者も無料で使用できる。英国ではすでに、300万人の子どもたちが利用し、英国全土で70%の小学校に導入されているという。
Vicki Shotbolt氏は、コロナ禍において、オンラインでの活動やデジタルへの依存が増えたことで懸念すべき課題を3つ挙げた。
1つ目は、子どもたちのインターネットへのアクセスについて。今では、世界の人口の約59%の人々がインターネットを使用しているが、まだ多くの子どもたちが安定的に接続できる環境にいるわけではない。また多くの子どもたちは、家族など誰かと共有でデバイスを使用しているため、必要な時にいつでも使える状態ではないと話す。オンライン授業や宿題のためにスマートフォンを使用しているケースも多く、「このようなデバイスの使い方は集中するのが困難なため、適切ではない」と同氏は指摘する。
2つ目はスクリーンタイムの増加である。子どもたちは外出できる時間が減少した分、スマートフォンやタブレットを使って動画を視聴したり、ゲームをしたりすることが急激に増加していると警戒を促した。
そして3つ目となるのが、インターネットによる危険や被害に遭遇する子どもたちが増加していることだ。アメリカの「National Center for Missing and Exploited Children(全米行方不明・搾取児童センター)」のレポートによると、子どもたちがオンライン活動に潜んでいる危険性を理解していないがために起きてしまった事件が2019年4月は300万件だったのに対し、2020年4月は420万件に増加した。コロナ渦においてインターネット上での子どもたちの被害が激増していることを指摘した。
コロナ禍では、さまざまな混乱が生じたため、インターネットの安全教育に取り組む自分たちの活動は政府や政策立案者などから重要視されないと思っていた、と打ち明けるVicki Shotbolt氏。しかし、デジタルデバイスへの依存が増える今、前出の3つの課題が示すように、子どもたちがインターネット上で安全に活動できる環境を早急に整える必要性があると同氏は語る。
一方で、「デバイスの使用や規制を強化することばかりが最善策ではない」と同氏。もちろん技術的には可能であり、子どもたちをネット上の危険から守ることはできるが、それと同時に、ネットから受ける恩恵が減ってしまうことを危惧しなければならないと強調した。
こうしたメリットとデメリットが混在するインターネットの世界と安全に関わるために、子どもたちに何が必要か。Vicki Shotbolt氏は、「デジタルレジリエンスを身につけることが理想的な解決策だ」と主張する。デジタルレジリエンスのある子どもたちは、そうでない子に比べて、オンライン上で多くのチャンスを享受し、インターネット上の危険を経験することが少ないと同氏はいう。
では、デジタルレジリエンスを持った“レジリエントチャイルド”になるためには、どのようなことが必要なのか。4つの要素があるようだ。
1つ目は「リスクを知ること」だ。これは交通ルールを知るのと同様で、どうしたら危険に遭う可能性があるのかを知ることである。2つ目は「学習体験を自分で積み、経験から学ぶこと」。何か困ったことがあっても、大人から教えられるのを待つのではなく、自らの経験から学んでいくことが重要だ。3つ目は「助けを得る方法を知っていること」。予測できない状況に自分が置かれた時でも落ち着いて、助けを求める力が必要である。4つ目は「回復する力」。これは、ネット上で起きたネガティブな出来事に対して耐える力やタフさを手に入れることではない。ネガティブな状況から回復して、自らの経験を学びとして活かし、デジタルの世界でたくましく生きていく力が必要だというのだ。
コロナウイルス感染症をきっかけに、一気にオンライン学習が増えた世界の教育現場。この大きな変化に適応していくためには、超えなければならない課題も多い。しかし、それと同時に新たな学びに挑戦する機会でもあり、子どもたちの未来の学びにつながってほしい。