こどもとIT
eスポーツは教育になり得るのか。教育現場に参入し始めたゲーム、今のカタチ
――「第1回 CLARK NEXT Tokyo オンラインフォーラム」レポート
2020年9月3日 12:00
最近はニュースなどでもeスポーツの大会の様子などが紹介されるようになり、eスポーツを見聞きする機会も増えた。しかし、ゲームをよく知らない保護者から見れば、まだまだ“分からない世界”。そんなeスポーツであるが、教育現場への参入が始まっているようだ。
クラーク記念国際高等学校は2020年8月8日、『「eスポーツは教育か?」次世代型教育のあり方を考える 第1回 CLARK NEXT Tokyo オンラインフォーラム』と題したイベントを開催。同校では、3年前からeスポーツ専攻を設けるなど、同分野の人材育成に取り組んでいる。eスポーツにはどのような可能性や教育的価値があるのか。さまざまな知見をもつ有識者や学生らが語った。
eスポーツは「ソフトスキル」の向上に効果的との調査結果
最初に登壇したのは、北米教育eスポーツ連盟「NASEF(North America Scholastic Esports Federation/ナセフ)」のeスポーツ戦略室チーフを務める内藤裕志氏。
同団体は、アメリカを拠点にeスポーツを活用した教育機会を開発・提供するために設立されたNPO法人だ(日本支部は2019年に設立)。eスポーツ選手の育成やゲームの普及が目的ではなく、ゲームを通じて、学習や教育的価値を高め、人間的な成長を促進できる“教育的eスポーツ”をめざす団体となる。内藤氏は「コミュニケーション能力、課題解決力、情報発信力など、社会で生きていくための礎を、ゲームを通じて身につける」と説明する。
NASEFは教育的eスポーツの普及に向けて、どのようなことに取り組んでいるのか。内藤氏によると、アメリカの中学校や高校、地域の教育団体などを対象に、「コミュニティの形成」「カリキュラムの開発」「クラブ・部活動の支援」という、3つの領域で活動を展開している。
なかでも注目したいのは、eスポーツにおけるカリキュラム開発だ。そもそも、ゲームと学習は関連づけられるのか。どのような部分で教育的観点を見出し、カリキュラムに落とし込むのか。内藤氏は、集中力や課題解決スキル、言語学習などゲームと学習の関連性を示し、カリフォルニア大学アーバイン校の研究機関と提携してエビデンスを取りながら、ゲームと学習の関連性や効果などを研究していると説明した。
同氏は研究成果のひとつとして、eスポーツを始める前と後でどのような能力が向上するのかを調査した結果も紹介した。それによると、eスポーツによって協調性や自己管理力、自己認識や社会認識など、社会的感情学習と呼ばれる部分で効果があることが分かった。「これはソーシャル・エモーショナル・ラーニング(Social Emotional Learning)と呼ばれる分野で、近年、重要視され始めた対人スキルなどソフトスキルと呼ばれる部分。当初は、科学的な分野でeスポーツが効果的ではないかと仮説を持っていたが、ゲームをすることでソフトスキルの向上に有効であることが分かった」と内藤氏は説明した。
確かに、子どもたちがゲームで遊んでいるとき、コミュニケーションが活発になる。マルチプレイでゲームをする時は、敵を攻略するためにチームワークや協調性も求められるほか、強くなるためには、自分の力を認識し、相手の強さを分析する思考も必要だ。大人から見れば、単にゲームで遊んでいるように見えても、子どもたちは考えることでいっぱいなのかもしれない。
こうした研究結果を考慮しながら、カリキュラムを作成する段階では、さまざまな基準に合わせて作るという。たとえばカリフォルニア州の場合は、「California Common Core State Standards」と呼ばれる州の教育法に合わせたカリキュラムを作成したり、教科ごとのガイドラインも合わせながらカリキュラムを作っているという。
とはいえ、カリキュラムがあるからといって、全員がプロのeスポーツ選手になれるわけではない。自分の得意や不得意によって、さまざまなキャリアが選べるように「eスポーツの世界でどのような仕事があるのかを理解しながら学んでいく」と内藤氏は説明する。ほかにも、指導者に対するセミナーやゲーム依存症の対策、発達年齢に合わせたゲームの選び方なども支援。こうした活動を日本でも積極的に広げていきたい考えだ。
大学で広がるeスポーツサークル。学生たちの楽しみ方は?
続いては、慶應義塾大学のeスポーツサークル「TitanZz」のメンバーが登壇。同サークルは2017年に創立、現在は80名の部員が所属している。eスポーツを通して、学生同士の交流を深めるとともに、eスポーツにおける学生シーンを広げる活動に注力しているという。
井上氏の話によると、「現在700ある高等教育機関において115以上の団体が存在するのを確認できている」と話す。7校に1校の割合でeスポーツサークルが存在するようになり、大学生の間でも興味・関心の高い分野であることがわかる。大学に在籍しながらプロとして活躍する選手もいるようだ。
そもそも、なぜ大学生がeスポーツをやるのか。井上氏は「楽しいという一言に尽きる」と語った。ただ、楽しみ方は人それぞれで、同氏の話によると「遊ぶ」「観る」「競う」「配信する」「実況する」「企画する」の6つに大別できるという。たとえば、有名なeスポーツ大会の決勝をパブリックビューイングで観戦したり、試合の様子を実況するなど、スポーツと似たような形で楽しんでいるようだ。
eスポーツと教育とのつながりについてはどうか。井上氏はそれについても、さまざまなシーンで教育と絡んでいくこと示した。また慶應義塾大学では、KPMGコンサルティングと協力し、eスポーツにおけるマネジメント人材の育成やビジネス観点を学ぶ寄付講座「e-Sports論」も開講。学問として、eスポーツを取り上げる動きも始まっているようだ。
モチベーションの維持が課題、eスポーツを学ぶ高校生たち
「eスポーツ専攻を立ち上げた当初は、本当に学びにつながるのかと批判的な意見も多かった」
そう話すのは、クラーク記念国際高等学校 eスポーツコース責任者の笹原圭一郎 教諭だ。同校では3年前からeスポーツ専攻を立ち上げ、この分野の人材育成に取り組んでいるが、立ち上げ当初は、eスポーツに対する理解も得られず苦労したようだ。
eスポーツは高校の教育になり得るのか。これについて笹原氏は、「大切にしているのは人材育成と社会貢献の視点だ」と述べた。プロ選手の育成はもちろん、eスポーツ業界に欠かせない動画編集や実況、配信、イベント企画など専門スキルを養う人材育成、また同校だけが盛り上がるのではなく、地域や他の産業、業界全体が盛り上がるように「イメージを向上させ、健全なeスポーツを推進していきたい」と教育方針を語った。
また、ひとりでも楽しくプレイできるゲームを、学校の授業で、皆で集まって学ぶ価値はどこにあるのか。笹原氏は「学校教育だからこそできるeスポーツをめざしていきたい」語る。ゲームを通して、これから生きていくのに必要なスキルが身につけられるよう人間的な成長にも寄与していきたい考えだ。
なかでも同氏が力を入れているのは、生徒たちのモチベーションを維持することだ。eスポーツ専攻といえども、すべての生徒がモチベーションの高い状態で入学してくるわけではないため、入学後、意識の高い生徒とそうでない生徒の差が生まれてしまうという。そこで笹原氏は、大会の受賞や配信の視聴回数など、生徒たちが目的意識を持てるようにしたり、ゲームの楽しい瞬間やみんなで協力して取り組む良さに気づくなど、教員がゲームの価値を伝えるよう工夫しているようだ。
一方で、プロ選手をめざす生徒たちには厳しい姿勢を求めている。大会になぜ勝ちたいのか、どんな思いで取り組んでいるのか、目標を達成するために何をしなければならないのか、ミーティングを重ねて方向性や目標を決める。練習時間の遅刻も厳禁で、平日は個人戦で鍛え、週末にチーム戦で練習試合を行なうなど、プライベートの時間も犠牲になる覚悟で挑むよう伝えているというのだ。同校では、大会に出るのも校内のトライアウトを通過した者しか出場できないなど、厳しい基準を設けている。
その結果、クラーク記念国際高等学校は、「第2回 全国高校eスポーツ選手権」リーグ・オブ・レジェンド部門で準優勝を果たした。「まだまだこの分野は黎明期で、カリキュラムも手探りで進めている。それでも大会で結果が出始めており、生徒たちの実力も伸びてきている」と笹原氏は手応えを語った。
ゲームを知っているからこそ、できることがある
最後は「eスポーツエンタテイメント企業が教育に参入する理由」と題して、株式会社RIZeST代表取締役の古澤明仁氏が企業の立場から語った。同社は、eスポーツの番組制作や放送、大会・リーグ運営、プロモーションなどの業務を担っているが、CLARK NEXT Tokyoでは、eスポーツコースにおいて企画・放送・大会運営などのノウハウを座学・実技で学べる「RIZeSTアカデミー」を授業として展開する予定だという。
古澤氏は同社が教育分野に参入した理由について、ゲームそのものよりも、人間的なアナログな部分に魅力を感じたと述べた。「ゲームが好きでコミュニティに関わり、プロになり、生活が変わる選手のドラマにいくつも触れてきた。この魅力をもっと多くの人に伝えていきたい」と想いを語る。
また同社がこれまで、eスポーツ大会の運営や放送に関わり、積み上げてきたノウハウは教育事業としても成立すると同氏は話す。「制作会社の中で一番、血を流して失敗しながら進んできたことが強み。eスポーツ制作のノウハウは、別の分野でも応用が効き、特にコロナ禍では、企業セミナーのオンライン配信の需要も増えている」(古澤氏)。
ただし、教育分野に関わっていく以上、一過性のものであってはならない。そのため古澤氏は、「eスポーツを持続可能な文化的、経済的、社会的なものとする」ことをミッションに掲げている。
一方、eスポーツの裾野はこの数年で確実に広がっている。大会も増え、部活動として認める学校も増えた。また、あと10年もすれば、eスポーツがオリンピック種目になる可能性もある。さらに古澤氏は「eスポーツは将来、義務教育過程にも入っていくのではないか」との見方を示した。eスポーツには、コミュニケーションの活性化などポジティブな面も多く、体育の授業にダンスが入ったのと同じように、eスポーツも義務教育過程に入るかもしれない、というのだ。
ほかにもeスポーツの産業は、さまざまな可能性を秘めている。今、見えているものだけでなく、まだ市場予測には入っていないが、介護や保険の分野にもeスポーツが参入できる可能性もあり、これからの市場規模に期待できる成長産業であることを示した。
現時点の課題点については、「圧倒的にeスポーツに触れる機会が少ないことだ」と古澤氏は指摘する。eスポーツ制作を全国各地に広げていくには、専門知識を持つ人材が必要であり、教育事業を通して育成に力を入れていきたい考えだ。ゲームが好きでアルバイトから始めた者がスキルを身につけ、たった3年で国際大会のディレクターを任されるケースもあるという。やる気があればステージを登っていける世界だ。
「この世界では、ゲームが好きであることも重要で、ゲームをどうやって見せるか、どう編集するか、ゲームが好きな視点が生きてくる。今まで誰にも認められなかったゲームへの情熱も、この世界はちがう。ゲームを知っているからこそ、できることがある」と古澤氏は述べた。
今まで、漠然としか知らなかったeスポーツの世界であるが、フォーラムを通して、そこに関わる“人”や“想い”が見え、eスポーツの魅力が感じられた。またeスポーツがもつ可能性も大いに期待できるもので、ゲームが好きなことの延長線上に今までとは違う未来を描くこともできるだろう。まだまだ保護者や教育関係者の中には「ゲーム=悪」と決めつけてしまう風潮もあるが、そのイメージを打破して、ゲーム好きな子どもたちの未来の選択肢を広げてほしい。