こどもとIT

2021年度から様変わりする中学「技術」のプログラミングにどう対応するか?

——みんなのコード「プログル技術」リリースイベントレポート

今年度より小学校でプログラミングが必修となったが、2021年度から中学校もプログラミングに関する学習内容が変化する。「技術・家庭」の技術分野で学ぶ「D 情報の技術」の内容が再編されるのだ。これまでも中学校では「プログラムによる計測・制御」という内容でプログラミングを学習してきたが、新学習指導要領では、「計測・制御のプログラミングによる問題の解決」に加え、「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミングによる問題の解決」が追加される。

この新たに追加された「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミング」を学ぶための教材「プログル技術」を特定非営利活動法人みんなのコード(以下、みんなのコード)が開発した。2020年7月23日にオンラインで行なわれたリリースイベントの様子と共に、教材を紹介しよう。

みんなのコードが開発した、中学の技術・家庭で活用できるプログラミング教材「プログル技術」

すべての学校、すべての先生が使える教材をめざして

みんなのコードは、小学校のプログラミング教育分野で教材開発や教員研修を行なってきたが、今回あらたに中学校の教材「プログル技術」を開発。ウェブブラウザで利用できる無料の教材で、インターネットにつながる環境さえあれば利用できる。開発メンバーであるエンジニアの長尾恭太氏は「中学生にとって難しすぎたり、飽きたりしないように構成を工夫しています」と、細かくステージを分け、デザインの学習からスタートすることなどを説明した。指導案はもちろんのこと、授業で使えるスライド、生徒に配布するワークシートのデータも公開していて、指導に慣れていない先生にとっても安心だ。

プログル技術のウェブサイト、お試しレッスンは登録なしで一部体験することができる。最新版のMicrosoft Edge、Google Chrome、Safari(iPadを含む)に加え、学校現場では利用の多いInternet Exploler11にも対応した
左から、指導案、授業用スライド、ワークシート。プログル技術のウェブサイトからダウンロードできる

生徒自身のペースで進めやすく、先生の管理機能も充実

続いて、東京都公立中学校の元技術・家庭科教員で現在はみんなのコード学校教育⽀援部講師の千⽯⼀朗⽒が「プログル技術」を使ったデモ授業を⾏い、管理機能と学習内容の一部を紹介した。教材のゴールは、「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツ」としてチャットの仕組みを作ることだ。デモでは「お試しレッスン」を使用したが、本記事では、筆者が「先生」と「生徒」の登録をして実際に使ってみた操作感を元に紹介しよう。

管理者は「先生」として登録し、クラスを作成して生徒のIDを管理する。ユーザーである生徒は、クラスID、出席番号、初期パスワードで「生徒」として新規登録すればすぐに利用できる。登録の際に自分のパスワード設定をするが、ここでIDやパスワード管理のリテラシーを育てるねらいがあるという。

「先生」のクラス管理画面。ひとりの「先生」IDで複数のクラスの登録が可能。生徒に配布する初期パスワード等を印刷する機能がある

管理者の「先生」の側からは、生徒の学習進捗が記録され、各生徒の制作物を確認することもできる。評価等の際にも便利だ。

「先生」(管理者)からみた「生徒」(出席番号1/ニックネーム:ロボット)の学習進捗画面

教材は、5つのレッスンからなり、それぞれがさらに細かいステージに分かれている。ネットワークの概念を理解しながらチャットのプログラムを組むのだが、プログラムをイチから積み上げていくわけではない。中学生の学習段階や授業時間を考え、理解して欲しいところを絞り込んで教材化してある。プログラミングはブロック型のビジュアルプログラミング方式を使い、ネットワークなどの概念的な理解は図解でイメージを持たせるよう工夫されている。

<レッスンの内容>
レッスン1.チャット画面をデザインしよう!
レッスン2.サーバと通信しよう!
レッスン3.文字を送受信しよう!
レッスン4.画像を送受信しよう!
レッスン5.チャットを完成させよう!

5つのレッスンに分かれている

レッスンにデザインの工程を入れたのも特徴的だ。「レッスン1はユニバーサルデザインについて理解し、誰にとっても⾒やすい掲⽰板のデザインを作ることをめあてとします」と千⽯⽒は説明する。すでに必要な要素が配置されている画面に、操作パネルから変更を加えてデザインを修正していく。まずは指示通りにデザインを修正するステージで学んでから、最後に自分で自由にデザインするというていねいなステップだ。

自由にデザインを修正するステップ。左の画像が修正前で、右が修正後。サイズや余白、色の修正だけでも印象が大きく変化する

チャットの仕組みのプログラミングは?

肝心のチャットの仕組みのプログラミングを見ていこう。「ネットワークを使った双方向性」を学習するために、「コンピューター」と「サーバ」の通信の理解が必要だ。しかし、この通信の概念的な理解とチャットのプログラムを組むことを同時に行なうのは初学者にはハードルが高い。そこで、まずレッスン2でイラストを使いながら単純なプログラムを組み理解を促した。このステップは「お試しレッスン」では見えないが重要なステップだ。

サーバとの接続のイメージを持つためのレッスン。左上のイラストの動きでデータのやりとりをイメージする

レッスン3、4、5にかけてチャットの仕組みをプログラミングする。画面の右側がプログラムの編集エリアで、左側に作成中のチャットが表示されていて[実行する]ボタンを押せば、その都度チャットの機能として反映される。

レッスン3「文字を送受信しよう!」の最後のステップ。筆者が2名分の生徒のID(出席番号1:ロボット、出席番号2:ウシ)でテストしているところ。チャットのタイムラインには同じクラスの他の人の投稿が実際に流れてくる

画像の送受信では、送信画像の画像サイズや圧縮率をコントロールするプログラムを組み込むステップもあり、画像のデジタル化やデータ量についての学習とつなげられる。

学習した内容をもとにレッスン5でチャットを完成させたところ。テキストと画像の送受信ができる

なお、「先生」側の管理画面では、クラスのチャットに送信されたテキストや画像を一覧で確認できるので適宜メンテナンスできる。また、作成したチャット用の利用規約を編集できるようになっていて、ネットリテラシーの学習に活用することを想定しているということだ。

管理者である「先生」側の画面では、クラスのチャットにテスト送信された内容を確認できる

スタート地点に適した教材

模擬授業に続いて、宮城教育大学技術教育講座の安藤明伸教授が講評を行った。中学校の新学習指導要領に「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミングによる問題の解決」が新たに入った背景には、世の中の技術自体が、コンピューター1台ではなくネットワークを介した仕組みに変化していることがあり、学習内容の変化は必然であることを説明する。

また、新学習指導要領の記述を参照し、「なにかスキルだけを身につけることを重視するのではなく、ある程度技能も習熟していきながら、課題解決をして、技術の見方・考え方を働かせられるように授業設計することが重要です」と、学習過程が規定されていることを示した。

例えばプログラミングに関してこんな記述がある。「この学習では,プログラムの命令の意味を覚えさせるよりも,課題の解決のために処理の手順(アルゴリズム)を考えさせることに重点を置くなど,情報の技術によって課題を解決する力の育成を意識した実習となるよう配慮する。」(中学校新学習指導要領「技術・家庭科」編 p55)

安藤教授の資料より

技術をトレーニングするわけではないとはいえ、新しい学習指導要領の内容をひとつのツールだけでフォローできるかというと難しく、かといって現実のアプリを作るプログラミング言語で学習するのは相当ハードルが高く時間的にも難しいと安藤教授は指摘する。これまで教えたことのない分野のプログラミングを教えなければならず、先生の研修が追いついていないという指摘もある中、「『プログル技術』のようなワンパッケージの教材は扱いやすい」と評価した。

一方で、「今後、先生の研修も進み、入学してくる生徒が小学校で学んでくる内容も変化することが予想されます。『プログル技術』がゴールなのではなく、現状、どう実施するか困っている学校にとっての、スタート地点だと理解していただくと良いと思います」と話した。

安藤教授によれば、新学習指導要領には学習に使うプログラミング言語の規定はない。限られた時間の中で学習するには教育用にある程度抽象化された言語を使う必要があるものの、何が妥当かという正解はなく、各先生が自身の教育観や知識、生徒の実情に合わせて選択する必要があるということだ。また、「ネットワークを利用した双⽅向性」についても具体的な規定はなく、「プログル技術」では、クライアントサーバモデルでTCP/IPによるネットワークを使用していたが、ピア・ツー・ピアモデルでネットワークを利用するということでも構わないという。

中学校新学習指導要領の実施に向けて今から準備を

GIGAスクール構想により、全国の小中学生が1人1台のPC環境を手に入れられる日が徐々に近づいてきている。しかし、先生も子どもたちもICT機器を学校現場で活用する経験値が圧倒的に少ない。新型コロナ対策で混乱する現場で、新しいプログラミングの学習内容を技術の先生が教えるための準備はできているだろうか。いち早く公開された「プログル技術」はひとつの選択肢として、他の教材を比較検討する基準の役割を果たすことになりそうだ。

「プログル技術」は7月初旬にリリースされ、ブラウザでアクセスするだけですぐに無料で使用できる。みんなのコード代表の利根川裕太氏は、移行期間の今年もぜひ授業に使ってみてほしいと呼びかける。技術の先生に実際に触ってもらい、フィードバックを受けることで、引き続き教材を改善していきたいとのことだ。

ウェブサービスは使用されながらユーザーの声を聞いて日々ブラッシュアップされていくもので、新しいもの作りのスタイルだ。先生自身がフィードバックを寄せることは仕様の改善に貢献することになる。すぐに使えるので、まずは気軽に試すことから始めてみてはどうだろうか。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。