こどもとIT

楽しめるプログラミング教育をめざして大切にしたいポイントは? キーマン4名が語る

――「Programming Night 2020」イベントレポート

小学校でのプログラミング教育必修化を受け、同分野へ参入する企業も増えた。企業担当者は、プログラミング教育にどのように関わり、どのような課題を抱えているのだろうか。

2020年6月30日に開催されたオンラインライブイベント「Programming Night 2020」(リシード主催) では、民間企業の立場でプログラミング教育に関わる4名のキーマンが集結。「プログラミング教育の必修化」をテーマに、デジタルハリウッド大学教授の福岡俊弘氏がモデレータとなりリレー対談が行われた。それぞれの企業の取り組みやプログラミング教育に対する想いなどをレポートする。

(写真上段左より)デジタルハリウッド大学教授 兼 LINEみらい財団企画室の福岡俊弘氏、ソニー・インタラクティブエンタテインメント T事業企画室 課長の田中章愛氏、LINEみらい財団 事業推進部部長の西尾勇気氏、(写真下段左より)Makeblock Japanカントリーマネージャー 菊池裕史氏、ライフイズテック取締役 讃井康智氏

プログラミングの世界では“ズル”は評価される?本当のプログラミング的思考とは?

イベント冒頭は、モデレータを務める福岡俊弘氏の講演からスタートした。同氏は最初に、東洋大学などを例にあげ、大学のAO入試でプログミングが試験科目として採用され始めている事例を紹介。自身が教鞭をとるデジタルハリウッド大学も同様の試験を実施しており、2020年度の入試問題を解説した。福岡氏によると、2020年度はオセロゲーム、2019年度は3枚めくりの神経衰弱をJavaScriptで作成する問題を出題し、「3人が受験し、そのうち2名が満点だった」と話す。まだ受験者数としては少ないものの、プログラミングを学んだ子どもたちを評価する大学も出始めており、一部の高校生は、高いレベルのプログラミングスキルを持っていると同氏は語る。

デジタルハリウッド大学教授 兼 LINEみらい財団企画室の福岡俊弘氏。「週刊アスキー」の編集長、「秋葉原プログラミング教室」を運営するUEIエデュケーションズ代表などを経て、現在はデジタルハリウッド大学教授。LINEみらい財団でプログラミング教材「LINE entry」の企画に携わる
デジタルハリウッド大学の2020年度一般入試Bの問題。180分でJavaScriptを使ったオセロゲームを作成する

また福岡氏は、今年6月に文部科学省が公開した2022年度からの高校情報科「情報II」の教員研修用教材を紹介し、「高校生の情報I、情報IIともPython前提で書かれている。プログラミング教育を受けた小学生が、数年後にこれらを学ぶことを知ってほしい」と述べた。小学校、中学校、高校とつながりをもって体系的に学ぶことが重要だからだ。

一方で、プログラミング教育元年となる今、学校現場の盛り上がりはどうか。福岡氏はLINEみらい財団が小学校教員を対象に実施したアンケートを紹介。その結果によると、7割以上の教員がプログラミング教育に対して不安をもっており、なかでも若い年代の教員ほどその傾向が強いことが分かった。不安を感じる原因のひとつとして指導力が挙げられるが、福岡氏は「何のためにプログラミング教育を行うのか考えなければいけない。文部科学省は『プログラミング教育の手引き』などで概要を明示しているが、人によって解釈も異なっており、子どもたちの評価にも影響する」と語った。

2020年4月にLINEみらい財団が実施したプログラミング教育に関するアンケート。小学校での実施状況だけでなく、プログラミング教育に対する教員の不安が現れる結果となった

評価の一例として、マイクロソフトの創設者であるビル・ゲイツ氏のエピソードを披露した。マイクロソフトが小さな会社だったころ、ビル・ゲイツ氏は自分の席から移動したくないために、オフィス内にある自動販売機の売り切れを確かめるプログラムをつくった。「このエピソードを単なる笑い話ととるか、重要な意味が込められた話ととるかでプログラミングの評価も大きく変わる。これこそが、本当の”プログラミング的思考“といえるだろう」と福岡氏は語った。ほかにも、小金井市立前原小学校の公開授業では、micro:bitを使った宝探しゲームでハッキングのような工夫をした子どもが褒められた話も紹介。「昔の感覚であれば、“ズルをした”と怒られたが、今は違う。ここにプログラミング的思考ならではの評価がある気がする」と自らの考えを語った。

最後に福岡氏は、プログラミング教育に必要な3つのポイントとして、「テクノロジーの世界で起きていることに触れる」、「この世界で生きていくための十分な情報モラルを身に着ける」、「コンピュータと向き合う」ことを挙げた。そして、「プログラミング教育に携わる先生方は、小学校から高校まで無理のなくステップアップできる学びを考えてほしい」と講演をまとめた。

プログラミングのハードルを下げるLINE entry。親しみやすさで教師も楽しいを実感

リレー対談のトップバッターには、LINEみらい財団の西尾勇気氏が登場した。LINEでは、2013年からCSR活動として情報モラル教育の出前授業に取り組んでおり、2019年には、その数も2500校を突破。現在もオンラインで学校向けに出前授業を実施しているという。その中で現場の教員からプログラミング教育に対する不安の声を聞くようになり、2018年にLINEとしてプログラミング教育のサポートを行うため2018年からプロジェクトを始め、2019年に無料で学べるプログラミング学習環境「LINE entry」をリリースした。

LINEみらい財団 事業推進部部長の西尾勇気氏

西尾氏は、LINE entryに対する教員の反応について、「プログラミング教育に初めて触れる先生からは“むずかしいと思っていたけど、プログラミングは楽しい”という声や、“プログラミング教育のイメージが変わった”という声をいただきました」と述べた。LINEという身近なツールで親近感を持っている教員も多いようだ。しかし、その一方で「小学校のプログラミング教育においては、評価もつかず、時間数が確保されているわけではない。子どもたちがプログラミングを楽しいと感じても、実際にどれだけ時間を取れるのかは課題です」と指摘した。

「LINE entry」はブロック型のプログラミング学習教材で、公式サイトから無料で利用できる

福岡氏は、LINEが行うプログラミングの出前授業では、指導者がわざと間違えたプログラムを作る点が良いと話した。西尾氏はこれについて、現場の先生から指摘を受けて取り入れた部分であると説明。「プログラミングは子どもが適当にやってできてしまうケースがありますが、それで終わりにせず、なぜできたのかを理解するために間違ったプログラムを正す思考を取り入れています」と語る。LINEでは現場の教師の意見に耳を傾けながら、取り組みを進めている様子が伺えた。

LINE entryの公式ページでは、学校向けだけでなく、家庭で手軽に学習できる教材「みんなの学習」も公開されている

多様なものづくりができる機会も生み出すMakeblock。教育現場のサポートも開始

続いては、Makeblock Japan カントリーマネージャーの菊池裕史氏が登場した。Makeblockは2013年に中国の深センで設立した企業で、プログラミングロボットやドローン、3Dプリンター、レーザーカッターなどSTEAM領域に特化した教材や機器を開発・販売している。

Makeblock Japan カントリーマネージャーの菊池裕史氏

同社の代表的な製品はプログラミングロボット「mBot(エムボット)」で、ビジュアルプログラミングからArduino、JavaScriptまで対応しているほか、500以上の拡張パーツを用意。世界140か国に普及し、日本では高専や大学でも採用されている。「プログラミングとは別に、手軽なプロトタイピングの教材としても需要があり、大人の自由研究のツールにもなります」と菊池氏は語る。

プログラミングロボット「mBot」。学校だけでなく、民間のプログラミング教室などでも活用されている

福岡氏は、Makeblockの中国本社が開催している、ものづくりイベント「Makerフェア」が興味深いと取り上げた。同社では単に教材や機器を販売するだけでなく、数百人規模で好きなものを作り上げていく大規模ハッカソンや、ロボット大会を実施。「好きなキャラクターを作り、プログラミングで動かす人もいれば、3Dプリンターを使って自由にものを作る人もいる。さらには既存のものと組み合わせるなど、多様なものづくりができる機会を生み出している」と菊池氏は述べる。

MakeBlockでは、ロボット以外にも、ものづくりを支援する3Dプリンターやレーザーカッターなどを開発している

一方、日本国内でも「MakeX」というロボット大会を開催する予定だ。今年はオンラインで実施され、子どもたちが「未来の家」をテーマにいろいろな製品を使って作品を作り、プログラミングを競う。またMakeblock Japanでは、教員へのサポートや、東京大学でSTEAM教育の支援を始めるなど、教育現場へのアプローチも開始。「STEAMは教科統合なので取り組むのはむずかしいだろうが、学校現場でもうまく実践できるようサポートを行っていきたい」と菊池氏は語った。

あそびから始まるロボット・プログラミング「toio」で成功体験を

3人目の対談は、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの田中章愛氏だ。同氏は2019年に同社が発売したロボットトイ「toio(トイオ)」の開発者でもある。toioは、「コアキューブ」と呼ばれる3センチほどの小さなロボットで、光学センサーや、3軸加速度・3軸ジャイロの6軸検出システムが搭載されている。アンプラグド、ビジュアルプログラミング、JavaScriptと、経験や知識によって段階的にプログラミングを体験できるだけでなく、toioの絶対位置検出機能や複数のキューブを同時に動かすことができる機能により、本格的なロボット・プログラミングを手軽に楽しめる教材だ。

ソニー・インタラクティブエンタテインメント T事業企画室 課長の田中章愛氏。自身も学生時代にロボコンの国際大会へ出場したという経歴をもつ

田中氏は、toioの開発について「もともと自分たちが楽しめるものを作ったら、子どもたちも同じように楽しんでくれたことがきっかけです」と話す。toioは、簡単に触ることができるサイズ感でデザインも可愛らしく、レゴブロックや他のキャラクターを載せて遊ぶと、違う世界を楽しめる。「このようなギミックは、テレビゲームの世界では当たり前であるが、リアルの世界のロボットもそういう存在になれたらと思って作った」と同氏は語る。

またtoioのプログラミングについては、“あそび感覚”で学べることを大切にしている。自身もロボコン経験者の田中氏は、「ロボット・プログラミングでも、成功体験を知らないと何のためにロボットを作っているのか、プログラミングしているのかを見失いがちになる。toioはすでに完成系のロボットなので、専用タイトルで遊んだり、手軽にプログラミングしたりしながら、一瞬で成功感を味わう体験をたくさんしてほしい」と語った。

「toio」を使ったプログラミングの例。「あそび感覚」でプログラミングをステップアップしていくことができる

福岡氏は、toioについて「正確に動く」ことを評価した。toioは、絶対位置検出機能で、何度やっても同じアルゴリズムになり正確に動くというのだ。田中氏は、「私がロボット研究をしていたときは、作る人によって動きが違ったり、バグが取れなかったり大変でした。その経験から、アイデアを試すには“安定して動く”環境が重要であると考えており、toioもこの点にこだわっています」と語った。

「toio」は最新の技術を活用することで、現実世界のロボットで画面と同じことがでるきようになっている。学習指導要領に例示されている算数の「多角形を描く」場合でも、その「正確さ」が生かされる

ライフイズテック、先生が無理することのない教材を提案していきたい

対談の最後は、中高生向けのプログラミング教育事業を展開するライフイズテックの取締役 讃井康智氏が登壇した。同社は、アプリ開発や映像、デザインなどITでものづくりができる通学型スクール、短期集中型キャンプを毎年開催するほか、オンラインで毎週学べる講座などを実施している。自治体とも連携して公教育も支援しており、現時点で85の自治体と連携し、700校以上に教材提供などのサポートを行っている。中学の技術・家庭科(技術分野)の「ネットワーク利用・双方向性コンテンツ」にも対応した、オンラインプログラミング教材「Life is Tech ! Lesson」は、公立中学校向けに2020年度は無償で提供することを発表した。

ライフイズテック取締役 讃井康智氏。東京大学で学習科学や教育施策を研究し、ライフイズテックの創業時から携わる

福岡氏は「中学生のプログラミング教育が問題だと思っている。高校の『情報I』や『情報II』についていけるのか」と述べた。讃井氏はこれについて「小学生については熱心に取り組む自治体も増えていますが、高校の「情報I」でかなりレベルアップするため、中学でほとんどプログラミング教育にふれていない、あるいは小学生と同じぐらいのものをやっていた子たちは、高校生で心が折れてしまう可能性がある」と語る。ブロックプログミングからの梯子をかけるという意味でも、テキストコーディングの初歩として、課題解決の簡単な作品を短い時間でも作るのが良いと語った。

ライフイズテックでは、中高生でのプログラミング教育のギャップを埋めるべく、学校と連携し、カリキュラム作成やオンライン教材の提供などを行っている

プログラミング教育では、ブロックプログラミングから、テキストコーディングへの移行が課題になっているが、ライフイズテックでは、どのようなサポートをしているのだろうか。讃井氏はこれについて、学校と実証授業をやりながら研究を重ねていると述べた。「実は、思考力のレベル感としては、Scratchをやっている小学生のほうがすごいこともある。ただ、テキストコーディングへのステップアップとしては、まずはHTML/CSSでホームページを作るのが一番簡単で、初歩として向いている」というのだ。そのあとは、より高度なプログラミング言語として、ウェブ環境ならPython、Mac環境ならSwiftなどがあり、著作権についても教えながら、サンプルコードを変えていくのもひとつの教え方だという。

中高生のプログラミング教育ついて讃井氏は、「小学校でやったことが無駄にならないよう、高校までつなぐ部分を教育委員会は重視してほしい。プログラミング教育に携わる中で、作品を作ってアウトプットすることに意義を感じているので、その点にもこだわってほしいです。学校向け教材については、特別なスキルを必要とせず、今の先生ができることをめざしています」と語った。

今回の対談では、登壇者の立場は違えど、これからの未来に向けて“プログラミング教育”という形でアプローチしているキーマンの思いを知ることができた。この対談の中にちりばめられているヒントをもとに、プログラミング教育の多様な取り組み方について考え、ひとりひとりが実行していくターンであることを意識してほしい。

相川いずみ

教育ライター/編集者。ICT教育から中学受験まで、教育関連の取材・執筆を担当し、親子向けのプログラミング教室などのワークショップなども手掛けている。プライベートでは、小学生の母としてデジタル教育やスマートトイ育児、ICTを活用したPTA活動の時短術を実践している。