こどもとIT
コロナで浮き彫りになった教育行政と学校の課題と、GIGAスクール構想でめざす姿
——「Withコロナ×GIGAスクール構想における公教育の転機と課題」レポート
2020年7月27日 12:00
コロナ禍による休校とオンライン授業、GIGAスクール構想など、子どもたちの学び方が大きな転換期を迎えている学校現場。ICT活用の必要性も今まで以上にクローズアップされるようになり、一気に顕在化したICTに対する課題への対応も迫られている。
こうした状況をどのように乗り越えていくべきか。一般社団法人日本教育情報化振興会 教育ICT課題対策部会は2020年7月4日、「Withコロナ×GIGAスクール構想における公教育の転機と課題」と題したオンラインディスカッションを開催した。国際大学 GLOCOMの豊福晋平氏をファシリテーターに、8人のパネリストが揃い、2時間の熱いディスカッションが繰り広げられた。
学校と家庭のつながりが途絶えた休校期間。オンライン授業をめぐり課題が浮き彫りに
オンラインディスカッションに登壇したのは、行政担当者、現役の校長、地方議員、教育メディアなどの有識者で、自らも保護者の立場にいるなど多様な面々が集まった。
最初のテーマ「コロナ対策での休校が与えた影響」について、インプレスの神谷加代氏が保護者の立場から休校中を振り返った。
「娘は公立中学に通っているが、休校直後に学校から“今後の連絡は学校のホームページを見てください”と連絡が入った。ところが次に連絡が来たのは4月半ば。その後、クラス替えや教科書配布があり、ようやく担任から電話があった」と自身の経験を紹介、学校と家庭のつながりが数ヶ月ほど途絶え、親が不安を感じただけでなく、子どもにも影響が少なからずあったと明かす。「子どもは日常会話の中でふと不安を口にする。4月は子どもにとって人間関係を作る重要な時期で不安が重なったせいもあるだろう。学校を責めているわけではないが、あまりに連絡がなかった」と保護者としての率直な意見を述べた。
文部科学省の安彦広斉氏も同様に、公立中学と私立高校に通う自身の子どもについて語った。「1人1台を導入している私立高校ではオンライン授業がスムーズに行われたが、公立中学はオンライン授業の実施には至らなかった」と安彦氏。私立と公立で休校中の過ごし方に大きな差があったというのだ。
逗子市の丸山治章議員は、同市でもオンライン授業に関する試行錯誤が行われたものの、ICT環境によって受けられない家庭に配慮した結果、3か月間、子どもたちが放ったらかしになってしまったと反省した。「0円食堂で子どもたちへの食事の配布活動も行っていたが、食事に困っている子もかなりいた。自宅でオンライン授業が受けられる環境を自力で用意することが困難な家庭もあり、行政が早急に支援する必要がある」と強調した。
オンライン授業ついては、家庭のICT環境によって子どもたち全員に学習機会を平等に与えられないことが、実施の決断を阻んでいる。これについて日経BPの中野淳氏は、「文科省からは“非常時だから今までの考えを変えて、できることからやるべきだ”とメッセージが発信されたが、教育関係者は、平等にICT環境が揃っていない家庭を前に、オンライン授業はできる家庭から……とは言いづらいだろう。これが言えるのは政治家ではないか」という意見を述べた。これに対し逗子市の丸山議員は、「政治家としては平等の環境が揃わなくても、やっていくべきと伝えていきたい。教育委員会や先生方が言いづらいのは理解できる」と自身の考えを語った。
コロナ禍で顕在化した学校の3つの課題と、現場の実態
続いてファシリテーターの豊福氏は、コロナ禍で見えた課題をさらに深堀りすべく、学校問題に詳しい学校業務改善アドバイザーの妹尾昌俊氏に話を振った。妹尾氏によると、コロナ禍で見えた教育行政と学校の課題は「自律的な学習者を育てていないこと」「子どもたちと教職員の福祉、ウェルビーンング(幸福や良好性)に無関心であること」「思考力・問題解決力が弱いこと」の3つだという。いずれも、コロナ前から指摘されてきた問題であり、コロナの休校によって見える化されたと同氏は述べる。
まず、自律的な学習者を育てるという目標に対しては、キレイな言葉が並ぶが、決して実現していないのではないかと厳しい見方を示した。また教育行政や学校が、子どもたちと教職員の福祉、ウェルビーイングに相当無関心であり、「ステイホームがつらい子へのケアが薄く、土曜授業増、夏休み短縮など、授業時間を取り戻すことばかりに関心が持たれている」と指摘した。さらに、指示待ちの教育委員会、校長が多く、学校行事の中止に対しても代替案を考えようとしないなど厳しい意見を述べ、教育行政や学校の問題解決力に疑問を投げた。
一方で妹尾氏は、多くの学校が実施した休校中の宿題についても問題を投げかける。同氏が実施したアンケートでは休校中の家庭学習で、学校から出された宿題を子どもたちが嫌々取り組んでいたことが明らかになった。保護者も毎日子どもと一緒に過ごした中で、「仕事や家事が進みづらかった」、「ついイライラしたり、子どもに怒ったりする時もあった」などストレスが多いことも分かり、妹尾氏は「保護者は教師の代わりにはならないことがはっきりした」と述べた。「学習の遅れを取り戻すことも大切だが、他にも大切なことはたくさんある。現在の状態では、パソコン、Wi-Fiが揃ったとしても、あまり面白い授業ができないのではないか」と厳しい見方を示した。
では、休校期間中、学校の中はどのような状況だったのか。横浜市立南元宿小学校の西尾琢郎校長がその実態を語った。オンライン授業については、「現場は苦労しながら色々やろうと試みたものの、ICTに対するマインドセットを変えることができなかった」と振り返った。教員だけでなく保護者の中にも、ICTに対してネガティブなイメージがあり、今まで子どもたちが触れることを避けてきた。オンライン授業の実施は、こうした意識を変えることからスタートだったというのだ。「子どもたちの将来を考えると、ICTを遠ざけるのではなく、主体的に活用して生きていく力を伸ばすことが必要となる。教員もICT機器に対する考え方を変えていかなければならない」と話した。
文部科学省の安彦氏はオンライン授業に必要な、教師用コンピュータなどのICT環境整備について言及した。「以前から地方交付税が措置されていたのに、整備を怠ったツケがコロナ禍に明らかになった。先生方の研修も含め、予算がきちんと活用されてきたのかを見直す必要がある。自治体の役割はきちんとした機器整備や教員の研修に予算をとることであって、学校に何かやれと圧力をかけることではない」と語った。教育行政が果たす役割は何か、もう一度見直すことが必要だ。
GIGAスクール構想に取り組む行政と、現場で活用を進めるポイント
ここからは行政担当者にコロナ禍の取り組みやGIGAスクール構想について話が移った。
姫路市教育委員会の坂田怜輝氏は、「学校と家庭を結ぶやり取りを実現するためには、アカウント配布が大きな鍵となる」と指摘した。同市でも、昨年Chromebookを導入し、G Suiteのアカウントを児童生徒に配布。学校と家庭を結ぶ手段はできたが、全ての学校で活用が進んでいるわけではないという。その要因として「保護者が持っているデバイスは種類もOSのバージョンもさまざま。手順書を用意してアカウントを配布しても、教育委員会や学校に対して“ログインができない”という声が多く寄せられた」と語った。初めての試みだけに、いろいろな問い合わせが殺到した様子が伺える。一方で、学校によってはお試しでGoogle Meetを使った授業や、Classroomを活用した情報共有に取り組むケースもあり、少しずつ活用が広がっているという。
鴻巣市教育委員会の新井亮裕氏は、「GIGAスクールを端末整備という観点だけで考えてしまうと、導入しても利活用が進まないのではないか」と指摘する。「日常的に端末を利用し、常態化していないと非常時になってもうまく使えなくなってしまう」(新井氏)。そこで鴻巣市では、「Moonshot for Education」というプロジェクトを起ち上げ、先端技術を活用したICT環境の整備、人材の育成、学習形態の変革、子どもと向き合う時間の創出という4つをポイントに、2021年に学校教育変革実現に取り組み始めた。「GIGAスクールだけに特化するのではなく、うまく活用して市の教育情報化を進めていく」と、GIGAスクールを利用していく方針だ。
横浜市立南元宿小学校の西尾校長は、ICT活用が進むきっかけとなった自校の取り組みを紹介した。発端は、保護者が参加できなかった卒業式を動画配信したことだ。3台のカメラで撮影して、子どもたちの表情が見られるようし、保護者から多くの感謝の言葉をもらった。また新学期も同様に、教員から子どもたちへのメッセージを動画配信し、こちらも好評だったという。
「限定公開とはいえ、顔出しで動画配信することに抵抗がある教員はいた。しかし、子どもたちが楽しんで視聴してくれて、『先生、動画見たよ』と声をかけてもらえたことがひとつの突破口になった」と西尾校長は語る。これをきっかけに、動画でプリントの課題についてポイントを紹介する教員も出てきた。「学校再開直前には、毎日、動画配信するクラスもあった。教員が積極的に動画を利用するようになるためには、動画を作成することの動機付けと、制約を少なくすことの重要性を感じた」と話す。
GIGAスクール構想で何をめざす?1人1台環境で持ち帰り学習は認めるのか?
ファシリテーターの豊福氏は、GIGAスクール構想において端末選びやネットワーク整備についても触れた。なかでも議論が盛り上がったのは、端末の持ち帰りについてだ。鴻巣市教育委員会の新井氏が、「GIGAスクールのネットワーク整備でWi-Fiを選択したが、端末の持ち帰りを認めるようになれば、LTEが必要になるのではないか」と述べたことが発端となった。
インプレスの神谷氏は学校現場の取材を重ねる中で、「教育関係者の多くは持ち帰りに対して消極的だ」と述べた。理由のひとつは、家庭におけるWi-Fi環境の違い。平等に同じ環境でないなら持ち帰りをやらないという発想があるというのだ。また鴻巣市教育委員会の新井氏は「端末の持ち帰りについては、学習外の利用も可能にすべきではないか」と一歩踏み込んだ意見を述べた。「もちろん、やってはいけないことの教育はきちんと行う必要がある。学校でのICT利用と、学外でのICT利用に乖離が起こらないよう、デジタル・シティズンシップ教育をきちんと行う必要がある。そのうえで、持ち帰りを認めるのがあるべき姿ではないか」と新井氏は語る。さらに豊福氏は昨年6月、保護者を対象にしたアンケートで、1人1台環境には概ね好意的な意見が多いものの、「家に持ち帰るというイメージを持っていないようだ」と指摘。そのうえで「端末をどう活用していくのか、統一した見解を作っていくべきではないか」と問いかけた。
これに対し日経BPの中野氏は「家庭環境による差が問題であれば、ネットワークがない家庭にルーターを貸し出すといった措置をとればいい。環境が整わないから止めましょうと考えるのが一番良くない判断ではないか」と提案する。さらに前向きに変化が起こる要因として、「ランキングで隣町がランキング上位の市町村だとわかると、自治体、学校、住民が意識して自分たちも変化した方がいいのではないか?と考える機運が生まれる。端末持ち帰りについても、成功自治体などの情報を出すことで議論を始めるきっかけになるのでは?」と話す。
文部科学省の安彦氏は、「学習指導要領改定で、情報化教育に取り組むことは必須となっている。必要なものを整備しなければ逆にルール違反ということになる。きちんとデータで示すことも必要になるのではないか。例えば、PISAのデジタル読解力調査では、自宅にコンピュータがない子どもの読解力は明らかに低いという数字が出ている」と情報化に取り組むことは必須だと改めて強調する。
豊福氏はGIGAスクール構想がクラウドベースのシステム採用を前提としていることから、「これまではパソコンの整備状況について数値が明確に出ていたが、どの程度、活用しているのかを測るのはむずかしかった。しかし、クラウドを利用することで稼働状況が明確になるため、そこから見えてくるものはあるのではないか」とICT利活用の効果測定も変わるとの見方を指摘した。
今回のオンラインディスカッションでは、コロナ禍での休校によって子どもたちだけでなく、保護者にとっても大きな不安な時期が続いたことも明らかになった。教育委員会や学校、教員側に対してはさまざまな意見があがる一方、初めての事態で、正解もない状況のまま困難な状況にあったことも確かなようだ。さらに休校が終わった後でも、休校期間をどうカバーするのか、コロナ対策をどうとるのかなど、学校や教員が受けているプレッシャーが相当あることも間違いない。しかし、学校が過去の価値観を捨てなければ、この難局を乗り越えることはむずかしいだろう。