こどもとIT

N高×メルカリのコラボ授業、高校生が自分事として考える「20年後の価値交換ビジネス」

——N高等学校 プロジェクトN「Project 2040 - 20 年後の価値交換を考える」成果発表会レポート

「20年後の社会で価値交換を支えるビジネスやサービスを開発せよ」

この課題は、フリマアプリ「mercari」を運営する株式会社メルカリ(以下、メルカリ)から、インターネットで学べる通信制高校「N高等学校(以下、N高)」の生徒たちに投げかけられた問いだ。N高の通学コースに設けられた「プロジェクトN」と呼ばれる課題解決型学習の取り組みで、同コースの生徒たちが挑戦。その学習成果を披露する「Project 2040 - 20 年後の価値交換を考える」の成果発表会が、2020年6月26日にオンラインで開催された。

参加した31チーム150人の中から中間審査を通過した9チームのビジネスプランが発表された

世の中の商品やサービスは、その価値が時代によって変容し、最近では「ポイント」や「仮想通貨」など新たな概念も登場している。見知らぬ個人同士が直接取引する「mercari」もそのひとつであり、20年前には想像もつかなかったサービスだ。ゆえに、高校生が20年後に求められるサービスや価値交換を予測することは簡単ではない。しかし、想像を膨らませて、その未来を描こうとすることが重要だ。コロナ禍で“不確実な世の中”だと言われる今、高校生が思考と成長を止めず、自分たちが描く未来の社会を4分のプレゼンに落とし込んだ発表会は、生徒だけでなく視聴者側も得るものが多いタイムリーな企画だった。

N高の通学コースで学ぶ“アクティブラーナー生”が挑戦!

通信制高校として知られるN高であるが、同校は「通学コース」も設置しており、全国19ヶ所にキャンパスを構えている。通学コースでは、対面による学びも重視しており、実社会につながるテーマを扱う「プロジェクトN」と呼ばれる課題解決型学習に力を入れている。

日本の学校教育では、学習者が能動的に学ぶ「アクティブラーニング」が重視されるようになり、その一環として高校生や大学生を対象にしたビジネスプランコンテストも各所で開催されている。N高とメルカリの特別授業も、同校の課題解決型学習「プロジェクトN」の取り組みのひとつとして実施され、高校生ながらもビジネスプランの提案が求められた。

プロジェクトNの特徴(同校による教育関係者向け説明資料より)

N高によると、今回の特別授業に参加したのは、通学生のなかでも、明確な目標を持ち、時間割のカスタマイズやプロジェクトマネジメントのサポートが受けられる「AL(アクティブラーナー)生」が対象で、全キャンパスから31チーム150人になるという。5月中旬からプロジェクトを開始し、メルカリの社員が8コマの講義を担当したほか、中間発表の審査や質疑応答、全チームの企画に対する助言などを行った。

ちなみに、通常であれば、対面式で実施される「プロジェクトN」であるが、今回は新型コロナウイルスの影響を受け、特別授業の全行程がオンラインで実施された。N高生徒、教職員、メルカリの講師全員が自宅から参加し、講義やグループワーク、中間発表会、質疑応答など、すべてをオンラインで完結させた。生徒や教職員がITに習熟しているとはいえ、並々ならぬ苦労があったはずだ。

また同成果発表会自体も、教育関係者の関心が高く、多くの人が視聴したようだ。筆者も自宅からつないだが、途中、同じく在宅勤務中の家族が休憩がてら5分ほど隣で視聴し、「面白いねえ」と見入っていた。コロナ禍だったことも背景にあるが、対面が当たり前だと思われていた課題解決型学習をオンラインで実施されたことや、知名度の高いメルカリとのコラボ授業であったことも、教育関係者にとっては示唆深い取り組みだといえる。

N高生が考えた、20年後の社会で価値交換を支えるビジネスやサービスとは?

成果発表会は、中間発表を通過した9チームが登場した。プレゼンテーションでは、「20年後の社会課題」と「技術の進展速度」を示したうえで「価値交換」による解決策とビジネスプランを4分の持ち時間で発表する。審査員はメルカリの取締役CINO(チーフ・イノベーション・オフィサー)濱田優貴氏ら5人が務めた。

「20年後の社会で価値交換を支えるビジネスやサービスを開発せよ」という課題に対して、N高生はどのようなアイデアを発表したのだろうか。成果発表会で披露した9チームの内容を紹介しよう。

・7Dホログラムを活用したペットロス解消をめざすサービス(京都Bチーム)

空間投影技術が発展し、街中にホログラムが普及する未来を前提にペットロス解消サービスを考案。物を売るよりも、思い出や体験を売るサービスに需要があると考えたという

・ウェアラブル端末を活用し運動エネルギーを電気エネルギーに変化し蓄電するサービス(名古屋Aチーム)

運動不足と、エネルギー自給率の低さに注目し、それらを同時に解決できるサービスを考案。個人の課題解決が、社会の課題解決につながる視点を重視した

・ハプティクス(触力覚技術)を活用して商品の立体印刷用データを売買できるサービス(代々木Dチーム)

利用者に力や振動、動きを与えることで皮膚感覚フィードバックが得られるハプティクスの技術を用いたサービス。オンラインで“触れる”ショッピングをめざす

・BMI(Brain Machine Interface)を活用した体験のデータを取引できるプラットフォーム(心斎橋Bチーム)

脳とコンピューターをつなぐBMIの技術を活用し、人間の体験を動画のように編集できる未来を想定。体験の編集素材を取引できるプラットフォーム「Dreamer」を考案

・ARと電気味覚を用いて疑似ドリンクやお酒を楽しめるサービス(心斎橋Dチーム)

病気などが原因でお酒やソフトドリンクが飲めない人のために作ったサービス。微電流が流れるコップに水を入れて、ARグラスを装着して疑似ドリンクを楽しむ

・マグロの安定供給をめざして、マグロ漁の遠隔漁業化(横浜Bチーム)

マグロ漁師の減少、他国の漁参加による捕獲量の減少、マグロの乱獲による個体数の減少などの課題に注目し、マグロ漁の遠隔操作化を提案。マグロの安定共有をめざすビジネス

・何らかの事情で子どもが産めない人のためのShared Babyマッチングサイト(代々木Aチーム)

経済的理由、病気、LGBTなど、何らかの理由で子どもが欲しくても産めない人のためにShared Babyのマッチングサイトを考案。倫理的観点で扱いにくいテーマに挑戦した

・ホログラムを活用して記憶の立体投影し、実体験の再現を提供するサービス(代々木Cチーム)

2040年は、高齢化により死亡者が増加する多死社会であることを想定し、感情面をケアできるサービスを考案。過去の記憶をホログラムで実体験的に再現する

・VR上でアートコンテンツを展示できるサービス(江坂Aチーム)

アートコンテンツは個人の評価が得られにくい課題があるが、VR上で展示することで、共有機会を増やす。それを見た人の表情や感情をAIで読み取り評価に変えるというサービス

以上が、成果発表会で披露された9チームの発表内容だ。メルカリの審査員はN高生が考えたビジネスやサービスに対して、「課題設定の的確さ」「課題に対するソリューションの的確さ、インパクト」「独創性・新規性」「収益性・成長性(ビジネスモデルとしての評価)」という4つの基準で評価し、プレゼンの質なども加味して審査を行った。

最優秀賞はBMI技術を活用した体験素材の取引サービス、課題点へのアプローチも評価

最優秀賞に選ばれたのは、心斎橋Bチームによるクリエイターがクリエイターに体験のデータの利用契約を結べるサービス「Dreamer」の提案だ。同サービスは、「脳とコンピューターをつなぐ技術『BMI』の研究が進み、20年後にBMIがスマートフォンレベルで普及し、夢を含めた体験を出力できるようになっている」と技術の進展を設定。出力された体験を編集するクリエイターが生まれると仮説を立てた。

心斎橋Bチームは「リアル」を編集する今のYouTuberに対し、20年後の社会では、素材の対象が、現時点では本人しか体験できず、かつ目には見えない「夢」にまで広がり、新たな編集需要が生まれると予測。その素材の提供や、二次利用・三次利用まで含めたロイヤリティー契約を結ぶプラットフォームサービスを提案した。収益管理システムが、非中央集権的で改ざん不能、トレーサビリティーを保証する次世代技術「ブロックチェーン」上で管理されるという点もポイントだ。

インターネットやスマートフォン、アプリの普及によって、コンテンツ制作が大衆化するにつれ、無断引用やコピペの横行も問題化している。審査員は新しく生まれそうな産業で20年後も存在しているだろう課題を、ブロックチェーンという有望な技術で解決する説得力を高く評価したようだ。

続いて、優秀賞に選ばれたのは京都Bチームだ。同チームは「技術発展によって7Dホログラムが普及している」との仮説のもと、「ホログラムでペットロスを解決するサービス」を提案した。

ペットの脳にナノチップを埋め込み、AIがデータを分析し性格や姿形を学習する。ペットが死んだ後、収集したデータを基にホログラムでペットを再現し、飼い主のペットロスに寄り添うサービスだ。ペットが生きている間に、月額でデータ収集のための料金を徴収し、死後1年間は無償でホログラムサービスを提供する。ペットロスが癒えるまでの一般的な期間が「1年間」であることを示すデータも提示された。社会課題の設定では、同チームの「ペットロス」を始め、生と死をテーマにしたものが複数あった。確かにそれは人類が向き合い続けてきた普遍的な課題であり、20年後も変わらないだろう。

特別賞に選ばれたのは、横浜Bチーム。少子高齢化で漁師の担い手が減ることを想定し、「漁師が遠隔で操作できるマグロ漁船」を提案した。同プランは、人工知能(AI)の活用でマグロの乱獲を防ぐことも盛り込み、少子高齢化と生態系の維持という複数の課題解決を試みている。

N高×メルカリが作った「生徒を子ども扱いせず、未来を本気で考える授業」の価値

特別授業に参加した生徒の一人は「20年後の社会や技術を想像することは、かなりむずかしかった」と感想を語った。社会に出たことがない高校生にとって、20年後の未来予測はむずかしく、メルカリが提案した「20年後」「価値交換」という2つのキーワードも、生徒たちに一段深い探求を迫った。

大人にとっても、20年後の未来予測はむずかしい。20年前の2000年は、スマートフォンは影も形もなく、インターネットの普及率も4割に届いていなかった。筆者は、ヤフオクを1999年のサービス開始直後から利用しており、2000年には「ヤフオク活用法」を特集した雑誌の取材も受けたが、その後数年でECやブログが普及し、スマートフォンが登場するとSNSや動画コンテンツが成長。スマートフォンにサービスを最適化させたメルカリは、一気にユーザーを獲得した。一方で、多くの既存産業がネットやスマートフォンに収入を吸い取られた。これまでの20年と同様に、今後20年で世界を一変させる技術革新が起こることは想像できるが、どんな技術がどこまで進展するか、説得力のある論拠とともに示すことは容易ではない。

今回のプロジェクトでは、20年後の社会課題と技術に加え、考案したサービスや商品を提供し続けるための「ビジネスモデル」も提示しなければならなかった。これらすべてを4分のプレゼンに盛り込むのも、大変な作業だっただろう。しかし、N高は事前に、メルカリの講師に対し、「生徒を子ども扱いしないでほしい」と要望したという。社会の第一線で活躍するメルカリの講師らが高校生を子ども扱いせず、かつ、適切にサポートしたら、高校生の枠を軽々と超える成果が生み出されることが発表会では示された。私たち大人が、「中学生」「高校生」あるいは「大学生」という枠を取り外して子どもや若者に向きあわなければならないと、気づかされもした。

N高とメルカリの特別授業の価値は、高校生たちに「彼らが社会で中核人材として活躍しているだろう20年後の未来を真剣に考えさせた」ことだとも感じた。思い返してみれば、高校時代の筆者は期末試験、友達との約束、アルバイト、そして大学入試と常に目の前のことに追われていた。それは大学生、社会人になっても変わらなかった。

米国のグーグルやアマゾン、そして中国のアリババ、テンセントといったメガIT企業がいずれも20〜26年前に設立されていることを考えると、これら企業の創業者が、起業時からはるか先の未来を描き、生まれたばかりの技術を武器にして行動したことが分かる。短期的な視点で物事を処理してきた筆者は、自分自身の反省から、高校2年生の息子に対し「英語は大事」「ITは必須」とよく話しているが、こうした助言ですら、自分の過去と今の課題から導き出されており、もっと遠い未来を見ていないことにも、改めて気づかされた。

100年に1度とも言われる公衆衛生の危機に直面しながらも、学びを止めず、その成果を示してくれたN高の生徒とそれをサポートした大人たち。そこから発せられる強いメッセージに、視聴者側も学ぶものが多い特別授業だった。

浦上早苗

経済ジャーナリスト。法政大学イノベーションマネジメント研究科(MBA)兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に小学生の息子を連れて国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。日本語教師と通訳案内士の資格も保有。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。