こどもとIT
公立高と私立高がBYODとG Suite for Educationで取り組んだオンライン授業実践
――「Google for Educationを活用した遠隔学習に関する記者説明会」レポート
2020年6月15日 08:00
コロナ禍の休校期間中、学びを継続するためにオンライン授業に挑戦する学校や教育者が増えた。そのツールとして多く使われたのが、グーグルが提供する教育機関向けクラウドプラットフォーム「G Suite for Education」だ。
実際に学校ではどのように活用されたのか。グーグルは2020年6月11日、「Google for Education を活用した遠隔学習に関する記者説明会」を開催。埼玉県立越谷南高等学校と関西学院千里国際中等部・高等部の「G Suite for Education」を活用したオンライン授業の事例を紹介した。両校の取り組みは、生徒や保護者からも高評価を得たという。両校は短期間でどのようにオンライン授業に取り組んだのか。
Google Classroomの活用がきっかけで、ICTに対する現場の意識が変化!
埼玉県立越谷南高等学校は、「ごく平均的な中堅公立高校」だと教頭の勝部武氏は説明する。全日制の普通科、外国語科の併置校で、1114人の生徒が在籍。ICT化の取り組みについては、埼玉県が進める協調学習「SAITAMAモデル」の実現にむけてICTが必須だと考え、ChromebookをはじめGoogleの教育ソリューションを活用している。
さらに、越谷南高等学校の独自施策として、2017年度には学校の独自予算で全教室に電子黒板を導入。2018年度には試したい教員が自由に授業でチャレンジできる環境を設け、ICTを活用した公開授業にも挑戦した。また、続く2019年度にはタブレットを活用した授業研究や、BYODの実証研究、情報モラルの校内研修、さらには「Google Classroom」や「G Suite for Education」といったICT活用に関する校内研修にも取り組んだ。
しかし、勝部氏によると、全教員がICTを活用した授業に前向きだったかといえば決してそうではなく、「2名の研修担当教員以外は、アプリを開く程度で、率先してICTを活用した授業を行う状況ではなかった」という。
その状況が一変したのが、新型コロナウイルスによる休校措置だ。同期間は、学びを継続しようにもさまざまな制限を余儀なくされたが、同校は新たなチャレンジを試みた。たとえば、4月6日に入学式の延期が決定した後は、Google Classroomを活用して、在校生を対象に新しいクラス紹介を実施。4月13日には、担任が在校生対象にGoogle Classroomを開設し、翌14日からは、教科担当による動画配信を開始した。
「休校による自宅待機が続いたことで、3月後半に教員の意識が大きく変わった。さまざまなトライ&エラーがあり、教員同士の口コミで、『これなら教育現場で使えそうだ!』という声が出てきたことで、それまでICT機器の利用に懐疑的だったベテラン教員も変わっていった。動画撮影を独自で行うケースや、チームを組んで撮影するものなどがあり、現在までに319の自作動画が作られている」(勝部氏)
一方で、ICTが苦手な教員もいる。同校では、そうした教員を対象に特別な研修は実施していないが、職員室で情報共有が行われるようになったという。勝部氏は「自分が苦手だと感じている教員が、得意な教員に相談する光景が見られるようになった」と述べ、自主的にGoogle Classroomを活用する機運が生まれたというのだ。
また、こうしたICT活用は単なる休校中の一時しのぎではなく、今までの授業で抱えてきた課題解決にもつながりそうだと勝部氏は述べる。生徒が深く考える教育や、主体的に学ぶ学習は、今までの授業では効率を優先するあまり実践が難しかったが、ICTの活用でそうした学びへの可能性が見えてきたようだ。そのため登校が再開された6月以降でも、「Google Classroomを活用した学習を継続したいという教師もいる」そうだ。
実際に、同校の教員はどのように「G Suite for Education」を活用しているのか。数学を担当する平原雄太氏がクラス運営、教科指導の事例を紹介した。
オンライン授業は、多くの⽣徒たちが⾃前のスマートフォンを活⽤するBYOD環境で実施。パソコンがない家庭はもちろん、パソコンがある家庭でも、この期間は親も在宅勤務で使用しているケースが多かったという。生徒に身近なスマートフォンを利用するのが、オンライン学習の環境を築くのに一番有効だったようだ。
平原氏が最初に取り組んだのは、自己紹介動画の作成だ。生徒にとってもスマートフォンで簡単に取り組むことができ、平原氏が編集してGoogle Classroomで共有したという。次にGoogle Documentで作成した進路希望調査票を生徒に配信して記入してもらい、Google Meetを使った個人面談も実施した。「進路希望には、志望校や将来の希望だけでなく、生徒の趣味や特技などを記入する欄も設け、パーソナリティを知るきっかけに役立てることができた」(平原氏)
教科指導では、Google Classroomを用いて自宅でも取り組める動画配信に挑戦した。生徒が自分のペースで学習を進められるよう、動画の流れを工夫し、それを見た生徒からは授業に対する理解度や授業評価が送られる仕組みだ。その結果、生徒の状況が見える化され、これまでのリアルな授業にはない成果も得られたという。
離れていても、生徒たちはクラスメートとつながりたい
続いて登壇したのは、関西学院千里国際中等部・高等部(大阪府箕面市)の岡本竜平氏だ。同校はひとつの学校の中に、「SIS」と呼ばれる関西学院千里国際中等部・高等部と、「OIS」と呼ばれる関西学院大阪インターナショナルスクールの2校が併設されており、帰国生と一般生徒が共に学んでいる。両校を総称して「SOIS」の略称で呼んでおり、一部の授業や課外活動などは共同で実施されているという。
SISで理科を担当する岡本氏は、同校のICT担当も務める。同校では自宅待機が始まった3月からGoogle ClassroomとGoogle Meetを活用したDistance Learning(遠隔教育)に試験的に取り組み、4月8日から本格的にスタートさせた。
Distance Learningは自宅での学習ではあるものの、生徒は朝8時から8時30分までの間にチェックインを行う。その後は各クラスでホームルームを実施し、7時間の授業を受けるという流れ。同校では以前よりBYODを実施しているため、生徒が使う端末はそれぞれに異なるが、自分で端末を用意するのがむずかしい生徒に対してはChromebookを学校から貸し出している。
基本的に、授業の進め方は各教員に任されている。岡本氏の場合は、自宅で個別学習に取り組む生徒たちにクラスメートと交流する機会を作りたいという想いから、チャットを使ってグループでスライドを作る課題を出した。「本来は実験をやりたいところだが、そうもいかない。そのためグループに分けて、役割分担して光合成について調べ、絵本を作るという課題となった」(岡本氏)。グループ学習では、それぞれ役割を持つことで、離れていても自分の担当を全うする責任感、使命感が生まれるなどの姿が見られたという。
また、本来は5月に開催予定だった学園祭の中止を受けて、オンライン学園祭「SOIS FILM FESTIVAL 2020」にも挑戦した。授業参観についても、保護者がオンラインで参加できるようにするなど、家族と一緒に学ぶ機会を作っている。また、生徒たちがスクリーンの前にいる時間が長くなりすぎないようにも配慮。同校では「誰一人取り残さない」ことをDistance Learningの目標に掲げ、さまざまなカタチで学びを継続している。
こうした同校の取り組みは、保護者にも好評だ。保護者アンケートで、Distance Learningの取り組みに対する評価を聞いたところ、5点満点中、5点、4点をつけた保護者が79.7%にまで達した。同校では、Distance Learningを今学期中も継続して行うことが決定しているという。
自宅のネットワーク環境、保護者の協力も必要
最後に両校の教諭に対して、記者からの質問も受けつけられた。
生徒がオンライン授業を受ける場合、端末とともに自宅のネットワーク環境が必須になるが、家庭によっては十分ないケースもある。これに対してはどのように対応していたのか。
今回登壇した両校に関しては、オンライン授業開始前に数人の生徒から「利用できないかもしれない」という声があがっていたそうだ。そのため、越谷南高等学校では個別登校し、パソコン教室を開放するといった対応を考えていたが、実際は家庭でWi-Fi環境を整備したという。生徒によってはWi-Fi環境のトラブルで、一時的にオンライン授業に参加できない場合も発生していたようだが、大きな問題には至っていないという。
また生徒たちの多くがスマートフォンでオンライン授業を受けていた環境はどうだったのか。越谷南高等学校の平原教諭は「表示が小さく、スプレッドシートなどの入力は操作がしづらいことや、アプリの不具合が発生してしまうことにむずかしさを感じています。しかし、課題に取り組めないほどの問題ではないと思います」と述べている。
Chromebookを1人1台環境で配備できれば理想ではあるが、平原教諭は「本校では情報科の授業が3年次に行われ、生徒がキーボード入力やPCの操作に慣れていないという現状があります。理想としては1年次から情報科を配置して、さまざまな科目や教育活動で利用していくのが望ましいでしょう」と話す。Chromebookがあればよいということではなく、カリキュラムの見直しなども合わせて進めていく必要があるというのだ。
一方、オンライン学習については、常に教員が見ている環境ではないため、「実はサボっている生徒が出るのでは?」という質問もあった。これに対しては両校ともに、「その点はあまり心配していない。リアルな授業であってもサボる生徒はサボる。オンラインだからサボるということではないのではないか」と教員側は話している。
コロナ禍で急にオンライン授業の対応を迫られた学校は、多くの課題に直面した。6月からは分散登校などで密を避けた形での授業も始まり、学校現場ではオンライン授業よりも、子どもたちの感染対策と日々の安全確保に忙殺されていることだろう。しかし、新型コロナウイルスの第2波、第3波に備えておくことも重要だ。
両校は高等学校で生徒のスマートフォン所持率も高かったこともあり、BYODでのオンライン授業の実施に踏み切れた。今年度はGIGAスクール構想で小中学校には1人1台の端末が整うことになるが、ひとたびオンライン授業となれば、家庭にインターネット接続環境が必要だ。また、端末にしても、必ずしも学校から全員に貸し出せるとは限らないし、予備機も潤沢ではない。学校は児童生徒の学びに責任を負うが、保護者もまた子どもに授業を受けさせる義務があることを忘れてはならない。そういう視点でも、こうした学校の実践を通じて得られた知⾒は、教育関係者のみならず保護者も広く知っておくべきだろう。