こどもとIT
時間と距離を超えてICTが家族をつないだ卒業式と、教員たちの想い
――第11回立命館小学校卒業式 ライブイベント配信レポート
2020年3月24日 08:00
3月14日(土)の朝、立命館小学校には久々に登校する6年生の姿があった。突然の休校以来、11日ぶりに級友と顔を合わせうれしそうな表情だ。今日は卒業式。でも、その様子は例年とは大きく異なる。
教員も児童も全員が深々とマスクをつけ、間隔をあけてポツリポツリと椅子の並んだ講堂に入場する。参列する保護者はいない。送る在校生や来賓もいない。子どもたちによる合唱や呼びかけも無い。「無いもの」だらけだ。
でも、ひとつだけ「これまであり得なかったもの」がプラスされた。今年卒業を迎えた6年生110名(2名は留学中)の卒業式が保護者へ向けてライブ配信されたのだ。
突然の休校要請に、児童の安全を最優先する卒業式を決断
2月27日(木)夕方、内閣総理大臣による全国の学校に対する休校要請を受け、立命館小学校では3月3日(火)からの休校を決め、卒業式は卒業生のみで行うという判断をした。保護者や在校生、来賓の参加はなしで式を実施するのだ。
後藤文男学校長は、「学校を止めるということは非常に重いことです。そこまでの事態に対して、卒業式ありきではなく、児童の安全を第一に考えて判断をしました」と苦渋の決断について語る。
迷いはあった。もちろん保護者には大切な節目の式を見てほしい。状況の推移を見て、3月9日を期限に議論と検討を重ねたものの、京都府内の感染者は増え続けていた。この状況下では「児童の安全を第一に」という当初の決定を変えることはできない。制約だらけの卒業式の形が決定した。
児童から保護者へ感謝の気持ちを伝える卒業式、先生たちは動き続けた
小学校の卒業式は、児童だけでなく保護者にとっても大切な節目だ。特に、児童から保護者へ感謝の気持ちを示すことを大切にしているという立命館小学校は、卒業の日に保護者が参加できないということが誰にとっても重く響く。
せめて保護者に卒業式の様子を伝えようと、いくつかの方法が検討された。業者が動画撮影して後日DVDを配布するという案が出る一方で、代表的なライブ配信サービスをテストするなどの努力を重ねたものの、なかなか安定した配信の見通しが立たずに一旦あきらめかけていたという。
奇しくもその頃、日本マイクロソフト株式会社(以下マイクロソフト)が休校支援対策のひとつとして、Microsoft Teams(以下Teams)によるライブイベントの運営を支援するという発表があった。内容は、Teamsのライブイベント機能を含むOffice 365の有償ライセンスと、プロの撮影スタッフと機材、配信運用を無償で提供するというものだ。保護者なしの卒業式が最終決定した3月9日(月)の夜、立命館小学校はマイクロソフトに卒業式のライブ配信について相談をした。
14日(土)の卒業式当日まで、準備にかけられるのは4日間しかない。非常にタイトなスケジュールの中、調整が進められた。同校は日頃からICT活用を積極的に行っているほか、「Microsoft Showcase Schools」に認定されており、MIEE(マイクロソフト認定教育イノベーター)認定教員も7名在籍している。マイクロソフトと日頃からの協力関係があったことも、短い準備期間でのライブ配信実現をバックアップした。
休校支援の一環として提供された、手厚いライブ配信サポート
一般的には、Teamsはチャットや音声・ビデオ通話、資料共有のためのオンライングループワークツールとして知られている。今回のライブ配信は、そのTeamsのライブイベント機能を利用したものだ。
参加者は、事前に発行されたURLにアクセスすれば、誰でもライブを視聴できる。PCならWebブラウザーで視聴できるほか、スマートフォンは無償のアプリをインストールすればよく、保護者の家庭でも手軽に利用できる。
事前準備にのぞむ学校側の担当教員とマイクロソフトの担当者、撮影スタッフの打ち合わせも、すべてオンラインで調整が進む。機材セッティングのための体育館の下見もTeamsのビデオ通話を利用して、遠隔で手早く行うことができたという。
関係者が直接顔を合わせたのは卒業式前日のリハーサル時のこと。会場の体育館でセッティングと2時間程度のリハーサルを行い、翌朝の卒業式本番を迎えた。
一方、保護者へはどのようにコミュニケーションを進めたのか。同校では保護者への連絡に、日頃から保護者専用の学校ウェブサイトや一斉メールを活用しており、休校中の連絡にも使われている。卒業式のライブ配信についての詳細は、卒業生の保護者にのみ告知されていたそうだ。
ライブ配信は、事前に告知されたURLにアクセスするだけで見られるとはいえ、慣れていなければ当日トラブルが起きかねない。そこで、保護者が事前にライブ配信の視聴練習ができるように、テスト配信も行われた。
テスト配信は大がかりなものではなく、同校の教員が自身のパソコンでTeamsの「ライブイベント」を実施しただけだ。ライブ配信は、撮影のクオリティにこだわらなければ、ウェブカメラで手軽に実現できる。決まったテスト配信時間を2日にわたって設け、保護者の不安を解消することができたという。
児童の安全最優先の中、精一杯の工夫と子どもたちの「顔」が見えるライブ配信を実施
卒業式当日、児童たちは体育館で各クラスほんの10分ずつ式の手順の練習を行っただけで、本番にのぞんだ。
4クラス約110名の卒業生がピアノのBGMの中次々に入場する。マスクで大きく顔を覆われてはいるが、ひとりひとりが堂々とした振る舞いで卒業証書を受け取り、ほどよい緊張感の中で式典がとり行われた。
ウイルス感染対策のために参列者を絞るだけでなく、式次第も細やかな配慮がなされた。学園歌は参列者全員による斉唱を避け、CDが流された。児童がメッセージを唱和する「呼びかけ」も行わない。卒業生の「旅立ちの言葉」などはすべて「先生からのお祝いのことば」にアレンジされ、複数の教員が次々に語りかけた。
形こそ変わったものの、メッセージの原案はすべて6年生が自ら考えたものが生かされている。まだ休校になるなど予期していない頃に、学年の代表者がTeamsで意見交換をして内容を詰めたものだという。
ライブ配信では、会場全体を前方後方からとらえるだけでなく、ステージ側から卒業証書を受け取る児童の姿が映し出される。通常、体育館の後方から小さな子どもの背中を見つめるしかできないシーンも、我が子の名前が呼ばれ、壇上に進み、緊張の面持ちで校長先生から証書を受け取るまでの特別な瞬間一つひとつが、すべての保護者に届けられた。
鮮明な映像が途切れることなくストリームされ、静かな空気ながらもリアルタイムの臨場感が伝わる。ライブ配信されたことで、通常ならば卒業式に参加が叶わない遠方の祖父母や親族も視聴出来たことだろう。
全体に制約だらけの環境ではあったが、その厳しい制約の中で児童や保護者の思いを受け止め、教員が考え行動し、最大限に応えようとした卒業式であったことがわかる。
卒業生だけの卒業式を終えた子どもたちを見て、担任の心に残ったこととは
卒業式を終えた先生方に、子どもたちの様子を聞いた。例年の卒業式の様子と比べると、寂しさや涙があふれるようなしんみりとした雰囲気がありながらも、「とても晴れやかな明るい表情をしていました」と、6年生担任の正頭教諭は話す。
例年ならば卒業式に向けて練習を重ね、6年間のまとめの気持ちを作っていく時間があるが、今回はそれがない。この日は久々に級友と会えたうれしさで笑顔にあふれた。練習も、朝ほんの少し行っただけなので、「失敗してもいいから」という気持ちで皆のぞんだそうだ。
正頭教諭は、あれだけ短い練習時間ながらも、子どもたちが立派な所作で証書を受け取り、式を滞りなく進行できたことを振り返り、「例年卒業式の練習にはたくさんの時間をかけていましたが、見直しても良いのかもしれません。もちろん練習が必要ないという意味ではなく、今回制約が多かったからこそ改めて卒業式のあり方を考えることができました。主役は子どもたちである、ということを再認識しています」と話す。
同校では、休校直前の最終日3月2日(月)をすべて、各クラスごとのホームルームにあてていた。急な休校で小学校生活の最終日を突然迎えた子どもたちは、かろうじてこの日にクラスでまとめと別れの時間を持つことができた。6年生の正頭教諭のクラスでも、凝縮した時間を過ごし、子どもたちから先生へのサプライズ企画もあったそうだ。極めて限られた時間で力を出し切る子どもたちに、正頭教諭は驚かされたという。
教室で過ごした大切な最終日、それからしばらく空いて久々の登校日に行われた晴れやかな明るい卒業式、どちらも今年ならではの新しい形だった。
この日を境に、これからの学校が変わる可能性も
日頃からICTの活用には力を入れている同校だが、今回の突然の休校の事態に際し、むしろICTを使い切れていないというもどかしい思いも抱えているそうだ。同校主幹の六車陽一教諭は「これだけ努力してICT活用を進めてきたのに、こんなにも浸透させられていなかったのかと気づかされました」と話す。
同校では4年生以上はひとり1台のタブレットPC環境を整え、日々の学習に活用しており、一般的に見れば十分活用しているように見える。そんな同校であっても、学校に通えないまま家庭と学校がリアルタイムでつながるような使い方は、まだ十分に浸透していない。さらに、最も使い慣れている6年生は、折しも一斉メンテナンス中で、端末を学校が預かっているタイミングでの休校となってしまい、機動力を生かすことはできなかったという。
こうした思いと経験は、来年度以降の同校でのICTの活用をさらに深めるに違いない。職員間でも、来年度はTeamsを正式な連絡手段に使ったり、保護者との連絡にオンラインフォームを積極活用するなど、より日常的に使う検討がされているところだという。
ライブ配信の経験が今後の可能性を広げる
多くの制約の中で、最大限の代替手段をもって式の様子を保護者へ共有できた今回のライブ配信。この経験は、現場にどのようなインパクトがあったのだろうか。
「ライブイベントをもっと気軽に、普段の行事や授業で活用してみたいと思います」と六車教諭と正頭教諭は声をそろえる。例えば、小さな行事や発表を保護者のためにライブで公開したり、療養など何らかの理由で長く学校に来られない児童がリアルタイムで皆と同じ授業を見たり、といった可能性が見えてくる。
ただし、教員が自力で行う以上、撮影技術や人員には限りがある。今回の卒業式は非常事態における緊急対応であり、企業の支援があったからこそのクオリティだ。日々の教育現場では、PCのウェブカメラや固定カメラ1台で割り切って撮影を行うということでもまったく構わない。プロの撮影クオリティを常時求める必要はないのだ。
今回の経験により、ライブ配信やコミュニケーションなどでTeamsをどんどん「普段使い」することで、立命館小学校のICT活用は今まで以上に深まることだろう。
様々な制約の中で、何があろうとも児童の安全を護りつつ、保護者とともに卒業を祝福したいと願う多くの人の心を、ICTの利活用を日々積み重ね続けた教員たちが支えた卒業式だった。級友との再会を喜びながら晴れやかに巣立ったすべての卒業生たちを心より祝福したい。
[制作協力:日本マイクロソフト株式会社]