こどもとIT
一斉休校で児童と先生をICTが結んだ、学びのライフライン
――千葉大学教育学部附属小学校の臨時休校対策緊急レポート
2020年3月17日 08:00
2月27日(木)夜、SNSのタイムラインで「公立小中高を休校へ 首相表明」の見出しに気づいた。思わず「えっ!」っと声が出る。翌週から学年末まで休校になる可能性を息子に告げると、やはり驚き「えーっ!」と声をあげている。SNS上は、親たちが悲鳴に近い驚きの声を上げながら、休校措置後の子ども達の居場所確保や過ごし方に頭を悩ませる様子であふれた。
同じ頃、学校現場は大激震の真っ只中で対応に追われていた。千葉大学教育学部附属小学校では、春休みまでの休校を決め、短時間であらゆる対応を検討する混乱の中で、ひとつの思い切った決断をした。休校後に児童と学校がつながるコミュニケーション手段を確保するために、全校児童に「Microsoft Teams」(以下、Teams)を利用するためのアカウントを配布することにしたのだ。猶予のないそのタイミングで新たなツールの導入を決めた背景と、休校期間に入ってからの活用について、同校の大木圭副校長と情報系を担当する生活・総合準専科の小池翔太教諭に話を聞いた。
決して準備が整っていたわけではない
Teamsというのは、チームで仕事を進めるために必要なチャットやビデオ通話、資料共有などのコミュニケーション手段が集約されたオンラインツールだ。教育現場でも、協働学習のためのコミュニケーションや教材の共有など非常に利用価値が高い。とはいえ、小学校の現場でこうしたグループワークツールが活用されているケースは、まだ先端的な事例に限られている。
千葉大学教育学部附属小学校のICT機器整備状況は、決して突出しているわけではない。タブレットPCが学校全体で45台、iPadが中学年に40台、高学年に40台の合計80台が整備されているものの、必要なときにクラス持ち回りで活用している状況だ。GIGAスクール構想が示す「1人1台」の環境へはまだ道半ばであり、各教室への固定プロジェクターは2019年度の夏に整備されたばかりだ。
つまり、休校期間にTeamsを活用するといっても、そもそも児童の持ち帰り端末は存在しない。家庭で所有するパソコンやタブレット端末、スマートフォンなどからアクセスするのが前提だ。保護者に事前説明をする時間もなければ全員が家庭からアクセスできる保証はない。この条件下で、大木副校長は、リスクをおそれずにむしろチャンスととらえてチャレンジすることを選んだ。
時間はほとんどない。千葉大学で附属小の児童用にMicrosoft 365アカウントの取得が完了したのが、翌2月28日(金)の朝10時前で、すでに休校前最終日が始まっていた。小池教諭はそこから猛スピードで児童へのアカウント割り当てと連絡用文書を整え、午後一番に、放送室から全教室向けにTeamsの使い方を説明するライブ中継を行った。児童に説明したのは、このほんの20分程度で、あとは、保護者向けのプリント配布と同校ウェブサイトへの掲出で、Teamsの活用がスタートしたのだ。
決断に至った背景
ぎりぎりのタイミングながらも活用に踏み切った背景はいくつかある。ひとつには、同校が特にこの1年で、ICTを活用する環境や教育機会の整備を加速させていたことだ。
情報教育を強化するため、2019年度に小池教諭が生活・総合の準専科という立場で担任とチームティーチングを行える体制を整えた。初年度は、小池教諭が2年生以上の全クラスの生活科/総合的な学習の時間を週1コマ担当し、発達段階に応じたICTの導入となる授業を行なってきた。そのため2年生以上の児童は全員が何らかの形でパソコンやiPadを触った経験があったし、一部の学年では、授業内でTeamsを使う体験もしていたのだ。児童にとって「パソコンの先生」がいる1年間を過ごせた経験は大きい。
また、同校では、感染者が1人でも出たら休校することはすでに決定しており、児童の安全のためにさまざまな策を実施している真っ只中だった。北海道が小中高の休校要請をしたことが報じられた2月26日(水)、休校への対策として、大木副校長と小池教諭はTeamsを使う準備に着手する。児童用アカウントの取得を大学側(※)に要請し、保護者向け説明文書の作成に取り掛かったのだ。奇しくもこれが2月27日(木)夕刻の全国一斉休校要請の前日の出来事であり、その後の全てがぎりぎり滑り込みで間に合った。どこかで判断や動きが遅れていたら実現しなかっただろう。
※同校は千葉大学教育学部の附属小学校のため、大学の決裁が必要となる
家庭で所有する機器を使う前提なので、児童全員が利用できる保証はない。大木副校長は「各家庭には、補習的なものであってアクセスできなくても構いません、と説明して始めました」とその位置付けを説明する。家庭学習のための教材は同校のウェブサイト上で一般公開されており、現在は保護者専用サイトで在籍児童向けの課題スペースが設けられ、日々更新されている。Teamsは学習の補助的な手段と位置づけ、利用しなくても、学習のための情報は等しく提供されているというわけだ。
決して好条件とは言えない中、新しいことを始める不安はなかったのだろうか。大木副校長は、「やってみなければわからないことはたくさんあります。その中で課題を見つけて事例として還元していくことも、大学教育学部の附属校としての役割です」と話す。この「やってみる」という大木副校長の決断を、小池教諭のICTに関する知識と経験が支え、年度末の突然の休校という突発事態の中で、どうにか児童と教員がつながる手段を確保することができた。
さて、休校から数日、Teamsを使い始めた児童と先生たちはどのような様子なのだろうか。
ルールは決めず自由に運用スタート、課題のやりとりで写真や動画が行き交う
スタート時点で、Teamsで何を行うかということは、特に細かく決めていない。学年がひとつの「チーム」でグループチャットの単位だ。使用は休校初日の3月2日(月)からと告知したものの、2月28日(金)には、すでにアクセスや投稿が見られ、学年内で自由なチャットが始まった。休校初日当日、参加が一気に増え、雑談はもちろんのこと、教員から課題を出す手段としても使われ始めた。
各学年の「チーム」には教科ごとの「チャネル」が用意され、チャット上で教員が課題を発信し、児童も課題に取り組んだ成果をチャットで発信している。課題の出し方や児童からの提出方法に何かルールがあるわけではなく、テキスト情報のやりとりが中心だが、自然と画像や動画を使ったやりとりも始まった。
例えば、5年生の家庭科で料理作りが話題になったときは、作った料理の写真や動画を投稿する児童が相次いだ。これを今までのアナログな授業で行おうと思ったら、家で写真を撮ってプリントして持参するしかないが、大きな違いだ。
また、1年生の図画工作科では動画で課題を出す教員も出てきた。テキストだけで説明するよりもはるかに伝わりやすい。児童もモチベーションが上がり、課題の成果を写真や動画で提出することを楽しんでいる様子だ。
もちろん、テキストでのやりとりやWordなどの添付文書でのやりとりもあるし、課題を手書きで完成させてそれを写真に撮って投稿するという手法もたくさん行われている。
突然のTeamsの導入にも関わらず、これらのやりとりがごく自然に行われているのは、すでに私たちの生活の中で、短いテキストや画像、動画を使ったコミュニケーションが当たり前になっているという事実の表れだろう。Teamsという場を得て、学校でも自然とそれらの手段が採用されたのだ。
児童からのアイディアで自然と使い方が広がる
特にルールを設けずに始まった自由なチャットの場では、子どもたちから様々なアイディアが出た。「ホームルームをしようという声は6年生から上がりました」と小池教諭は紹介する。ビデオ通話の「会議」機能を利用して、時刻を決めてホームルームを行ったのだ。このアイディアは他学年にも広がった。任意のメンバーでビデオ通話ができるので、クラスごとにホームルームを実施することもできる。
「会議」はホームルーム以外にも活用されていて、子どもたちが自主的に共同でビデオ通話をしながら課題を解いた例もある。他にも、自主学習の様子を流したままにして各自勉強するとか、昼ご飯を一緒に食べるなどの、ビデオ通話ならではのアイディアも出たそうだ。
チャット機能でも、例えば、卒業式用の合唱曲の伴奏を録音した音声データを投稿して自主練習を呼びかけるなど、先生対児童だけではなく、児童からの提案も行われているという。子どもたちは、現実にはそれぞれの家庭にいても、バーチャルな空間では学校とつながり、クラスで過ごすようにして誰かとつながっているわけだ。
もちろん初めから何も問題がなかったわけではない。児童同士のやりとりが行き過ぎて目に余るときには教員が介入することもあった。ただ、はじめから口を出しすぎるのではなく、まずは自由に使える状況を作り、しばらく様子を見るというのが基本的なスタンスだ。ここでのやりとり自体が大切な学びになる可能性も高い。「ルールの必要性を感じて子どもたち自身が声を上げた学年もあります」と小池教諭は見守っている。
見えてきた課題は受け止めながら進む
導入によるプラス面が明らかになると同時に、課題も見えてきた。学校の授業とは違い、始まりと終わりの区切りをつけづらいのだ。これは子どもたちの生活時間に対する配慮はもちろんのこと、教員の働き方に対しても大きな課題となりうる。Teamsは24時間週末も含めてアクセス可能なので、投稿しようと思えばいつでも投稿ができる。もし教員が常にチェックをして細やかな対応をしようとすれば休まる暇がない。
試行間もない現在は、Teamsのアプリから投稿の通知音が聞こえるたびに子どもたちの様子を気にかけるなどしても、むしろそれが教員のモチベーションになっていると考えているが、これが長期化すれば思わぬ負担になる可能性がある。また、何らかの形でチャットの見守り巡回も必要だ。他の業務やプライベートな時間との境目を明確にする必要があるだろう。大木副校長は「教員の働き方改革が重視される中、新たな課題です」と話す。
また、Teamsの利用は補助的な手段なので、全児童がアクセスして利用しているわけではない。取材の時点でおよそ6割のログインが確認されていて、利用の程度も個人差があるという。いずれ休校が終わり教室に戻ってきたときに、Teamsを利用していた児童と利用していなかった児童の様子に違いが生まれないかという心配もしているそうだ。
使ったからこそ、これらの課題は見えてきた。これから見える課題もあるだろう。「だからやるべきではなかった」のではなく、プラス面も課題も受け止めながら前に進む風土が感じられる。
「場」があれば使い方は自然と創出される
千葉大学教育学部附属小学校の事例は、スタートの条件は不利なことも多く、普段からICT活用に積極的な教員ばかりがそろっていたわけでは決してない。それでも、オンライングループワークの「場」さえあれば、たった数日で教員、児童の双方からさまざまな使い方が創出された。これまでICTに意義を見いだせなかった教員にも、この局面で実際に使うことで、その利便性と簡単さが実感され始めているという。同校のチャレンジは、これからTeamsのようなオンラインコミュニケーションツールを導入しようとする多くの学校の勇気になるだろう。
休校により家庭で子どもが長期間過ごすことになった保護者としての一番の悩みは、子どもの意欲やモチベーションを維持することだ。必要なのは、学習教材よりも気持ちを切り替えるリズムや、やりたいという気持ちを引き出すきっかけだと日々痛感している。Teamsで学校や友人とつながった子ども達は、きっと家庭で過ごしていても心にリズムを持てているはずだ。
同校が「やってみる」という姿勢と決断で得られた世界は大きい。石橋を叩いているうちに失っている機会は何か、使う決断をした同校との違いは何か、GIGAスクール構想で学校のICT環境や学びを大きく変えていこうとする今だからこそ、考えていきたい。
[制作協力:日本マイクロソフト株式会社]