こどもとIT
中学生がリアルなデータに触れ、生徒の知的好奇心をゆさぶる授業へ
~ノーコードでセンサーを扱える「Gravio」による中学理科授業レポート
2020年2月13日 08:00
Society 5.0時代を生き抜く力として、学校教育では情報活用能力の育成が求められている。ゆえに、昨今はプログラミング教育やSTEM/STEAM教育など、テクノロジーを活用した学習への関心も高く、取り組む学校も増え始めた。
そんな中、これまでにないICT機器の活用をした理科授業に挑戦しているのが、愛知県江南市立西部中学校の岩田智文教諭だ。同教諭は、生徒がリアルなデータに触れる学習をめざし、センサーを使って簡単にIoTを実現できるミドルウェア「Gravio(グラヴィオ)」を活用した授業に挑戦した。どのような内容だったのか、その様子をレポートしよう。
データサイエンスの布石になるような授業をつくりたい
「教科書に書いてあるから、なんとなく“こうなるだろう”、“こうなるはずだ”と思いながら、観察や実験を行う。そんな理科の授業を変えていきたい」
そう語るのは、愛知県にある江南市立西部中学校で理科を担当する岩田智文教諭だ。教科書から結果を読み取り、予定調和な実験を行い、“~だと思った”と自分の感覚で考察をまとめてしまう。そんな理科の授業に問題意識をもっているというのだ。
「生徒には、 “~だから、これがいえる”と、根拠に基づいた理由づけができるようになってほしいと考えています。これまでも、そうした観点を大事にしながら授業に取り組んできましたが、今年度からは、さらに質の高い科学的な見方・考え方の育成をめざし、データ活用に挑戦してみようと思いました」と岩田教諭は話す。
一般的に中学理科で、データを活用する授業は少ない。しかし、2021年度から中学校でも始まる新学習指導要領においては、情報活用能力が学習の基盤となる資質・能力のひとつに位置づけられ、どの教科においても、その育成が重視されている。ゆえに、データを活用する理科の授業は、情報の収集、整理、比較といった情報活用能力の育成にもつながる。
さらに、今の中学生が活躍する未来の社会は、AIやIoTが普及したビッグデータの世界。これからはどのような仕事に就こうとも、データを読み解く力が今後ますます重要になる。岩田教諭は「これから生徒は、データサイエンスのアプローチが必ず求められると思います。その布石になるような授業を中学のうちにやれないかと考え、挑戦してみました」と経緯を語ってくれた。
Gravioはセンサーの種類の多さ、通信距離の長さ、ノン・コーディングがメリット
岩田教諭は、理科の授業でデータを扱うにあたり、生徒にとって身近なものを数値化できないかと考えた。そこで選んだ製品が、センサーを用いて簡単なIoT環境を実現できるアステリアの「Gravio(グラヴィオ)」だ。
Gravioは、エッジコンピューティングとAIを活用してIoTを気軽に実現できるミドルウェア。すべてのデータをクラウドに送るのではなく、ネットワークのエッジ(=端っこ)側でデータを処理して、必要なものだけをクラウドに送るエッジコンピューティングの技術を用いている。そのため、Gravioは高いセキュリティとリアルタイム性、さらにはエッジならではの「使いやすさ」を実現。認証済みの無償貸出センサーも用意されており、設定ソフトウェアである「Gravio Studio」は、ノン・コーディングでIoTシステムの構築が可能。Windows、Mac、iPhone、iPadのマルチデバイス上で動作できるのも特長だ。
Gravioを選択した理由について岩田教諭は、「センサーの種類の多さと、通信の距離が長いところにメリットを感じました。4階の教室に居ながら、別校舎の1階の温度や大気圧のデータが取得できるなんて、これまでの教材にはありません。そして、何よりもGravioは数値への信頼度がありました。これは理科の授業ではとても大切なことです」と語る。エッジコンピューティングによりクラウド側の処理が不要になるGravioは、リアルタイムで正しいデータを生徒の手元に届けてくれる。生徒が本物のデータに触れられると考えたのだ。
また、岩田教諭は、センサーを設定する「Gravio Studio」についても、やりたいことをアイコンでつないでいくだけなので、扱いやすいのがメリットだと言及。「Gravioは使い方の動画が用意されており、仕組み自体は単純なので、それを見れば理解するのは簡単です。ノン・プログラミングでできると聞いていましたが、まさにそうだと思いました」と岩田教諭は語る。
校内に仕掛けられたセンサーのデータを読み取り、秘密の場所を探せ!
ここからは、岩田教諭が実施した「Gravio」を活用した理科の授業を紹介しよう。単元は、中学1年生の「空気の圧力」で、学習課題は「場所によって空気の圧力がどう変わるのか調べよう」。岩田教諭は3日前から学校のいたるところに大気圧が測定できるGravioの「クライメートセンサー」を設置。生徒は、それらのセンサーから得られるデータを活用して、学習課題に対する考察を導く。
授業の最初は、前時の振り返りからスタート。圧力とは何だったのか。圧力の単位は何か。1gの分銅を手の平にのせて、1hPa(ヘクトパスカル)の圧力を体験した。その後、岩田教諭は、生徒に「空気に重さはあるか?」と質問を投げかける。約2/3弱の生徒が「ある」、残りは「ない」と答えた。
続いて、岩田教諭はスプレー式の自転車空気入れを取り出し、重さを測定してみせた。65gある。そして、そのスプレー缶の中の空気を数回放出してから、再度、重さを測定する。表示された数値は60g。このことから、スプレー缶から5gの空気が失われたこと、空気には重さがあることを生徒に示した。
これを踏まえて、岩田教諭は本時の学習課題を生徒に問いかける。学校の中で空気の圧力は変わるのか。校舎の4階と2階では、空気の圧力はどのように変化するのか。調べる方法として、3日前から学校内に大気圧センサーを仕掛けたと生徒に伝え、そこから得られるデータを元にグループで分析しようと投げかけた。
生徒は、グループごとに配備されたiPadを使って、センサーから送られてきたデータを閲覧。1階から4階まで同じ時間帯のデータを比較したり、平均値を求めたりと、グループで分析をし始めた。作業が進んでいくと、生徒は「昨日と今日も比べた方がいいよね」「一昨日の天気ってどうだった?」「昨日のデータは値が大きい、一昨日も見てみる?」など、どんどん意見を出し話し合う。データから分かることをホワイトボードに書き出し、考察につなげていく。
そんなグループ活動の最中、奇妙な数値を示すセンサーを見つけ、教室がざわつき始めた。他のセンサーに比べて、異常に数値が低いのだ。生徒は「えっ、これ、本当に学校にあるセンサーかな」と声が挙がり、岩田教諭は、「秘密の場所に隠したセンサーがある」と生徒に打ち明けた。いったい、学校のどこに、こんな低い数値を示す場所があるのか。生徒はわくわくしながらグループで予想し始めた。
その後、グループの考察をホワイトボードにまとめ、発表し合う活動へ。生徒は、発表する人、他のグループに発表を聞きに行く人に分かれ、グループで交流。そして、他のグループで聞いた内容を、自分のグループに持ち帰って情報を共有し、最終的に自分の考察としてノートにまとめた。
ところで、明らかに低い数値を示した「秘密の場所」とはどこだったのか。生徒の予測は「屋上か、それ以上高い場所にある?」と興味津々。
すると、岩田教諭は理科室の奥に隠していた真空容器を生徒に見せ、「この中にセンサーがあるよ」と披露した。容器の中は富士山頂上と同じ大気圧、約640hPaに設定されており、詰められたポテトチップスが膨れ上がっている。生徒からは「え~!」と驚きの声が漏れた。
岩田教諭は容器の中の空気を抜いて教室と同じ大気圧に戻すと、ポテトチップスの袋が萎むと同時に、センサーの値が瞬時に1017hPaに変化する様子を生徒に観察させる。大気圧が高くなるほど空気が重くなることをセンサーの数値によって見せつつ、その圧力によってポテトチップスの袋が縮むと、岩田教諭はわかりやすく説明した。
最後に岩田教諭は、データを視覚化するWebサービスである「Microsoft Power BI」を使って、各センサーのデータをグラフで提示。生徒は、センサーのデータを数値でしか見ていなかったが、今度は時間軸でどのような変化があったのかを視覚的に理解した。
自分たちで考えながらデータを分析し、学習課題を越える学習へ
授業後、岩田教諭に話を聞いた。まず、授業のねらいについては「リアルなデータに触れ、そこから何が読み取れるのか。“教科書に書いてあるからこうなるはず”ではなく、“実測値がこうだからこれがいえる”という、明確な根拠に関連づけて考える学習をめざしました」と語る。
続いて、授業の手応えについて岩田教諭は、「教師が何も言わなくても、生徒の気づきをベースにしながら進められました」と述べた。平均値を出すグループや、同じ日の朝と昼を比較するグループなど、教師の指示がなくても自分たちで考えながらデータ分析に取り組めた点がよかったと話す。
これについては、Gravioの性能が優れていたことも一因にあるようだ。岩田教諭は「2hPaの違いなんて、誤差の範囲で済ませてしまいがち。しかし、Gravioでは、校舎の1階と4階の差、天気による差など、各センサーの数字がリアルタイムできれいに取れるので、生徒にとって身近なデータが使える」と話してくれた。
さらに同教諭は、生徒の方から自発的に天気の話が出たことを評価した。「“昨日は曇っていたから数値が低かったのかな”と、天気に絡めて大気圧の変化を捉えようとしていたグループはとてもよい視点だと思いました。私の方からは、特に天気の話をしませんでしたが、生徒がデータを読み取って、天気まで考察で深められたことは予定していた学習課題を越えました。天気の学習は、実験誤差が大きいが故に扱うには難しく、机上で学習していく分野だと思われているのですが、実は、空気の流れという物理的な視点が関連する分野。その分野につながる体験を、自分たちの力でできたことから、子どもたちの大きな成長を感じました」と岩田教諭は手応えを語ってくれた。
生徒の居る場所のデータを使うことで、実感の伴った授業を
一方で、この授業を受けた生徒は、どのような感想をもったのか。授業後に何名かの生徒に話を聞いた。
「いろいろな場所の数字を比べて、他のグループと交流したのが楽しかった」
「リアルタイムでいろいろな場所の数字が分かったのが面白かった。実際の気圧を数字で見たことは、言葉で説明されるよりもわかりやすかった」
「自分たちの知っている場所のデータだったので面白かった」
という具合に、生徒のコメントからは楽しんで授業に取り組めた様子が伝わってきた。岩田教諭曰く、理科の授業は実体験から得られる学びであることが重要だというが、この授業では、リアルなデータを活用できたことが生徒の実体験につながったといえるだろう。
江南市立西部中学校の栗本周保校長にも話を伺った。栗本校長は、岩田教諭のGravioを使った授業について「理科の授業において、体験できること、身近であることは、生徒に実感を伴った理解をさせるための重要な要素です。今回の学習内容は、実験機器の数や精度の問題から資料に頼りがちになる内容でした。それがGravioを使うことで、生徒にとって体験できること、身近なことになった点が大きなメリットです。限られた授業時間の中で、より正確で多くのデータに触れられるのがICT活用の最大のメリットであり、今後の可能性を広げる一つだと思います」と評価する。
今後の取り組みについて岩田教諭は、「Gravioの他のセンサーを使って実験をしていきたい」と意欲を語ってくれた。物体の通過をセンサーで測定したり、ドローンでセンサーを飛ばしてみたりなど、いろいろなアイデアが湧いてくると話す。同校では2020年10月30日に研究発表会を予定しており、今回の授業に関心を持った教育関係者は足を運んでみてもらいたい。
“理科嫌い、理科離れ”という言葉を聞く機会も多いが、テクノロジーを活用することで、まだまだ理科の授業を変えていける。今回の授業では、生徒が居る学校という場の環境をデータ化したことで、生徒の知的好奇心も揺さぶることができた。目の前にあるセンサーから得た「本物」のデータを扱うからこそ、学びが深まったといえるだろう。
[制作協力:アステリア株式会社]