こどもとIT
コンピュータクラブハウスを、子どもたちが没頭できる「居場所」の一つに!
――「居場所2.0を考えてみる&コンピュータクラブハウス加賀報告会」レポート
2019年12月26日 08:00
石川県加賀市に、日本で初めてアメリカ発祥の「コンピュータクラブハウス」が2019年5月に開設。加賀市とNPO法人みんなのコードが連携し、ふるさと納税のクラウドファンディングで100名を超える人から約1,000万円の寄付を集め誕生した施設だ。
その施設の報告会が12月1日に「居場所2.0を考えてみる&コンピュータクラブハウス加賀報告会」と題して行われた。重きがおかれたのは、「居場所に求められていることの変容を明確に」「居場所同士の連携」について。
報告会には加賀市のプログラミング教育を押し進める、宮元陸 加賀市長も参加。「プログラミング教育に親しむ子どもたちがどんどん増えている。小さい子どもがYouTubeで動画を流すぐらいプログラミングやITに関して精通してきており、これは驚異的なことである。加賀市の将来が楽しみだと言えるぐらい希望を持てるコンピュータクラブハウス、プログラミング教育になってきたと嬉しく思っている。この取り組みを継続することによって結果をどんどん出していけるようにお願いしたい」とコンピュータクラブハウスへの期待を述べた。
報告会のテーマである「居場所2.0」とは、今の居場所をバージョン1.0としたときの「新しい居場所」を意味する。コンピュータクラブハウスに通う子どもから保護者や、自らもモノ作りに関わる大人、宮元市長、加賀市の職員や市議まで、立場の異なる幅広い世代の人たちが、それぞれの居場所について活発なやり取りを行いながら進められた。
コンピュータクラブハウス加賀、半年で見えてきた成果と課題
コンピュータクラブハウス加賀の報告は、コミュニティーマネージャーを務める末廣優太氏から行われた。
全国に先駆けて子どもたちにプログラミング教育を実施してきた加賀市。その取り組みの中で2つの課題が生まれたという。市内に大学がなく、大人とかかわる機会が少ないこと。そしてIT産業や成長産業がないため、具体的なキャリアイメージがわかないことだ。また学校だとプログラミングの時間があまりとれないというのもあった。その解決策として設立されたのがコンピュータクラブハウス加賀だ。
コンピュータクラブハウスは、1993年にアメリカで設立された子どもたちがいつでも安心してテクノロジーに触れることのできる場。現在は、19カ国100カ所以上に広がっている。そのコンピュータクラブハウスを日本で初めて導入したのが加賀市だ。10~18歳程度の子どもたちを対象に、金・土・日曜日の10時~17時に施設を開放。市内外問わず無料で利用可能。動画編集や楽曲制作など、自分が好きなことをしながらテクノロジーを楽しめる。
特徴的なのは、大学生を含む20代の若い個性豊かなスタッフだ。さらに、コミュニティーマネージャー1名とメンター1名は常駐しているという。いろいろなキャリアを持つ若い人たちと子どもたちがふれあう経験ができる場でもあるのだ。
コンピュータクラブハウス加賀で大事にしているのは、「きっかけの提供」と「没頭できる環境の提供」。田舎の方がいろいろな課題があり、良い人材ときっかけがあれば、良いプロジェクトができる可能性が高いが、最新のものに触れるきっかけが特に少ない。だから、コンピュータクラブハウス加賀には、子どもたちの潜在能力を引き出すきっかけを散りばめているという。
その結果、独学でJavaを学んでアプリを制作する小学5年生は、何も言われなくても自宅で参考書を読み没頭している。高校生と開発について議論していることもあるとか。他にもじゃんけんで勝ったら曲が流れるプログラムを作った子や、動画制作に取り組む子も。今の加賀市は、年齢に関係なく高い市場価値を持つ人材が生まれ始めている。コンピュータクラブハウス加賀には、いろいろな「成長の余地」があるのだ。
一方で、半年運営して2つの課題が出てきている。
1つめは、機材のスペック不足だ。より深めていくとそれ相応のスペックが必要になってくる。「今、はまってくれている子どもがいるのなら、そういう子どもたちにきちんと機会を提供し続けたい」と末廣氏は訴える。
2つめの課題は、職業の具体的なイメージがわかないこと。いろいろな才能を発掘し、一度興味を持つが、それが自分にとってどう生きてくるのか全くイメージができない。仕事につながっていくという実感がない。
そこで次年度は「設備の充実」「キャリア構築の機会提供」「全世界的な視点を持ってもらう」といったことに積極的に取り組むという。具体的には、IT企業の業界最先端で活躍している人に来てもらいワークショップをしたり、自分たちの仕事の話をしたりしてもらおうと考えているそう。そしてザ・クラブハウス・ネットワーク本部(ボストン)で開催される「Teens Summit」への参加。国内だけではなく、全世界の子どもたちと交流をはかるのが狙いだ。
2020年度についてもふるさと納税を用いたクラウドファンディングで寄付を募っている。目標金額は2,000万円。「加賀市の取り組みは、田舎に住んでいると機会に恵まれないという社会の常識を根底からひっくり返す可能性を秘めている。まずは加賀市で成功させて全国に広めていきたい」と末廣氏は締めくくった。
子どもの生きづらさを解消できるような場所を目指す、「こどもコドン(仮)」
報告会では、もう一つの「居場所2.0」の発表があった。空き家を活用し、あらゆるものが交流することを目指したコワーキングカフェ「Local Community Cafe 山代コドン」。そのコーディネーターを務める小杉真澄氏が、今年の9月に始めた「こどもコドン(仮)」の取り組みだ。
小杉氏は前職で貧困家庭の子どもたちに無料で学習支援などを行っていた。貧困の連鎖をどうやったら断てるのかを命題にし、高校中退者の居場所作りにも携わっていたとのこと。そんな経験もあり、2018年の夏休み明けに子どもたちの自殺率が過去最高だったというニュースを聞き、何かできないかと始めたのがこどもコドン(仮)の取り組みだという。
「子どもの自殺率が高い原因は分からないが、生きづらさを感じている人がたくさんいることはデータに出ている。目指すところは、緩やかにさまざまな生きづらさを解消できるような場所。そうしたら誰もが生きやすい社会になるのではと思っている。その大きな目指す場所の一つに子どもたちが無料で勉強ができたり、過ごせたりするカフェというのがある」と小杉氏は述べる。
コンピュータクラブハウス立ち上げから運営のポイントを、運営者と行政に聞く
報告会終了後、NPO法人みんなのコード代表理事の利根川裕太氏と、加賀市教育委員会事務局 生涯学習課 地域ICTクラブ担当者を交え、末廣氏にコンピュータクラブハウス加賀の運営について話を聞いた。
オープンに至るまでの苦労
まず、コンピュータクラブハウス加賀のオープンまでに大変だったことを、利根川氏に聞いてみた。
利根川氏は「加賀市の場合は市長の声で始まった。役所内の複数の部署が横断的に関わり、それぞれに事情がある中で賛同が得られたのは大きい」と行政トップの決断の重要性を語る。費用面については「ICT教育には予算がつかない傾向があり、ふるさと納税の仕組みを利用。その、ふるさと納税に共感してくれる人を集めるのが大変だった」と振り返った。
持続性のある運営に必要なもの
では、コンピュータクラブハウス加賀の持続性のある運営に一番必要なものは何だろうか。
それについて、末廣氏は「地域への浸透や理解」であり、「ヒト・モノ・カネはあとからついてくる」と言い切る。地域に受け入れられればお金の部分はどうにかなる可能性がある。しかし、支持されていないものは、いくらお金を集めようとも人が集まらず、必要のないものと判断されてしまう。だから支持を集めることが大事なのだという。運営に欠かせないメンターも、地域の信頼があればサポートしてくれる人は生まれると説明する。
これについては、加賀市教育委員会事務局 生涯学習課 地域ICTクラブ担当者も「親の理解が必要」だと強調する。
総務省は、地域で子ども・学生、社会人、障がい者、高齢者等がモノづくり、デザイン、ロボット操作、ゲーム、音楽等を楽しく学び合う中で、プログラミング等のICTに関し世代を超えて知識・経験を共有する仕組み「地域ICTクラブ」を推進。その取り組みに加賀市も参加している。
地方にはITに関する知識のある大人が少ない。このため大人に「子どもたちに、こうした取り組みをやりませんか」と投げかけてもリアクションがないのだという。1教科5,000円の塾に子どもを通わせる親であっても、プログラミング教室に月1,000円の月謝は高いとなってしまう。要するにプログラミングに対する価値観が伝わっていないのだ。
学校外の活動に対しては、親の理解がないと進まない。地方の場合、送迎の問題もある。だからこそ、親に対してプログラミングをすることで、子どもがどうなるのか、未来がある、将来性がある、ということを伝えていくことが必要だと、行政の担当者も訴える。
想定外だった効果も
一方、コンピュータクラブハウス加賀では、想定していた以上の良かったことが起きている。
末廣氏は、個人の感覚と断わった上で「最初は中高生がコンピュータクラブハウスを利用して、より深めていくのだろうなという感覚があった。しかしふたを開けてみると、小学3年生の子がお祭りのPR動画を作りたい、と言ってくる状況がある」と語る。
その他にも、コンピュータクラブハウス加賀の場からは、タブレットを使ってクオリティの高いアニメキャラクターを書いてはレーザーカッターで作品を作る子や、Javaのプログラムを組む子などが次々と生まれている。この状況を末廣氏は「天才って、たぶん何かきっかけがあって、元々持っているものがポンと出てくる。それが加賀市はこんな空間ができることによって、天才が生まれやすい空間ができたのだと思う」と考察する。
他にも、書くことが難しいという理由で学校に行けなくなった子どもが、施設を訪れ、コンピュータなら文字を入力することができ、「まだ完全ではないものの社会のセーフティネットとして機能できる可能性を感じている」と末廣氏は述べた。
同じような仕組みをやろうとしている地域へのアドバイス
コンピュータクラブハウス加賀の取り組みは、各方面から注目を浴びており、同様の仕組みを自分の街でもやりたいと考えている方もいるだろう。そうした方へ向けて末廣氏に一つアドバイスをもらった。
図書館の空いているスペースにコンピュータクラブハウスを作るといったように、親和性の高いものと連携するのがポイントだという。「自分たちが最初に苦労したのは集客。いろいろな人に来てもらうことに労力をかけるよりも、元々需要がある、常に人が集まっている場所に併設するのがいい」と末廣氏は語る。
NPO法人みんなのコードでは、加賀市でまずは成功させて、そのうえで第2号、第3号と全国に広がっていくといいと考えているそう。
「加賀市では、たまたまデジタルの才能を発掘することができた。同様に全国には金の卵がいっぱいいる。子どもが最初から自分で機会をつかみに行くのは難しい。大人ができるのはきっかけの提供だと思うので、そのきっかけの提供と元々あったものが組み合わさってすごい子どもたちが出てきた」と語り、「コンピュータクラブハウス同窓会のようなコミュニティが10年後、20年後に出てきたら面白いと思っている。今あるような地域間格差をひっくり返せるきっかけになれば」と末廣氏は今後の「居場所2.0」への想いを語る。
末廣氏はオープニングで「コンピュータクラブハウスなどいろいろな場所に行くことによって、新しい居場所、生き方があると言える。学校には人気者がいる。でも本当はそれぞれ活躍できる分野があるはず。みんなの中で活躍できる子もいるし、それぞれの場で活躍できる子がいて、主役をたくさん作っていける場所を作りたい」と語っていた。
今回の報告会に参加していた子どもたちは、安心できる場で、自信を持って、自分の考えを発言しているように筆者の目には見え、末廣氏が目指す形がそんなに遠くない将来に実現されると感じた。コンピュータサイエンスに触れる場には多くの可能性がある。加賀市のような取り組みが、さらに多くの自治体へ広がることを期待している。