こどもとIT
学校のRPA活用は実用段階へ、教員が本来の強みを発揮できる教育現場をめざして
――UiPath 教育改革の展望「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン答申」と「初等中等教育機関の働き方改革答申」セミナーレポート
2019年10月23日 06:00
教師の長時間労働や、膨大な紙ベースの業務が蔓延する、日本の教育現場。働き方改革への対応も喫緊の課題となり、関係者は対応を迫られている。
そんな中、UiPath(ユーアイパス)株式会社は2019年9月12日、教育機関およびその関係者らを対象にした『教育改革の展望「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン答申」と「初等中等教育機関の働き方改革答申」セミナー』を実施した。すでに、一部の教育機関では、RPA(Robotic Process Automation)を活用した業務改善が始まっており、関係者らの注目が増しつつある。本セミナーでは文部科学省の登壇に加え、早稲田大学と茨城県での具体的導入事例が語られた。RPAは教育現場でどのように活用されているのか、詳しくレポートしたい。
ロボットを活用できるデジタル人材の育成をめざす
セミナーの最初は、UiPathの代表取締役CEO 長谷川康一氏が登壇し、教育分野に対する同社の考えや取り組みについて述べた。
長谷川氏は講演の中で、「Society 5.0の時代に向けて、ロボットを活用できるデジタル人材の育成が重要だ」と訴えた。現場のデジタルトランスフォーメーションを加速するため、さらには国際社会で勝負できるイノベーションを創出するため、これからの日本にデジタル人材は欠かせない。
しかし、日本の現状はというと、最も優秀な人材が事務職につき、専門職が170万人も不足しているという。長谷川氏はこうした状況について、RPAを活用することで、業務を効率化し、一人ひとりの労働生産性を向上できると説明。教育分野も同様だと述べた。既に、海外の大学ではRPAを活用した学校実務の効率化は始まっているというのだ。
また長谷川氏は、UiPathが取り組む教育活動についても紹介した。アメリカでは、ホワイトハウスが主導する社会人向けトレーニングプログラム「Pledge to America’s Workers」において、今後5年間で75万人の労働者にRPA教育を提供する。また日本国内においては、大学向けのアカデミックライセンス「UiPath Academic Alliance」や、中高生を対象にした教育プログラム「UiPathネイティブズ」の取り組みを始めており、デジタル人材の育成に貢献していきたいと語った。
UiPathが、デジタル人材の育成に力を入れる理由はなにか。その背景にあるのは、ロボットがより身近になる社会の到来だ。長谷川氏は「今の子どもたちが社会に出たときは、ロボットは使えて当然だ。この世代がもっとデジタルで活躍できるように、今後も教育分野でのサポートを続けていきたい」と想いを語った。
求められる大学の情報公開、データ収集や分析でRPAに期待を寄せる
セミナーの第1部は、大学教育改革と学校における働き方改革について、文部科学省による講演が行われた。またその後には、文部科学省 中央教育審議会 大学分科会の委員でありUiPathの特別顧問でもある益戸正樹氏を交えた対談も用意された。
まずは大学教育改革の講演から取り上げよう。登壇したのは、文部科学省 高等教育局 高等教育企画課 課長 牛尾則文氏だ。同氏は中央教育審議会が2018年11月に発表した「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」をベースに、大学教育改革の主なポイントを説明した。具体的には、学修者が“何を学び、身につけることができたのか”を明確にする「学修者本位の教育への転換」、多様性を受け入れるための「研究教育体制」の確立、「教育の質の保証と情報公表」などを取り上げた。
益戸氏との対談では、大学改革を進めるうえで重要な大学ガバナンスや教学マネジメント(※)について語られた。牛尾氏は、学修者が大学で何を学び、身につけたのかを保証するカリキュラムや成績システム、情報公開など、教育の質向上に向けて組織的に取り組みを進めてほしいと述べた。
※教学マネジメント:各大学が学長のリーダーシップの下で、教育の質向上に向けて、大学教育の適切な点検・評価を通じた不断の改善に取り組みつつ実施すること。
また牛尾氏は、マネジメントに関する話の中で、「大学は現在、膨大なデータを人手で分析している。そこにRPAが活用できないか」との見方を示した。教育研究や財務情報、学生の成績に関するデータなど、大学はさまざまな調査(インスティチューショナル・リサーチ)を実施しているが、手作業で行っているケースが多い。益戸氏もこれに加えて「企業ではシステム課がAIやRPAを活用し、さまざまなデータを用いた資料を作成するようになった。大学の情報公開が求められている今、こうしたRPAの活用も有効だ」と述べた。
牛尾氏は最後に「大学は、社会から人材育成や研究開発など、さまざまな要請が入り、業務の効率化が必須である。大学の先生がより教育研究に集中できる環境を築くためにも、マネジメント改革を進めてほしい」と語った。
子どもたちと向き合ってきた先生が、さらに強みを発揮できる現場に
学校における働き方改革については、文部科学省 初等中等教育局財務課課長 合田哲雄氏が登壇した。同氏は講演の中で、子どもたちの未来は、間違いなく働き方が変わると言及。「自分もRPAの経費精算ロボットを触ってみたが、ホワイトカラーの仕事はなくなることを実感した」と率直な感想を述べた。
学校現場の働き方改革については、「学校が行うべき業務か」「教師が行うべき業務か」「教師の職務だが他のスタッフとの協働で効率化かできないか」という、3つの視点で業務改善を進めていると説明した。加えて、教科担任制の導入や、社会人経験のある者を教師に採用する仕組みなど、制度面からも見直しも進めているという。
益戸氏との対談では、学校現場の働き方改革には“ICTの活用が欠かせない”との議論が繰り広げられた。一例として合田氏は、「統合型校務支援システムを導入している自治体は、年間120時間くらいの削減効果があり、残業も少ない」と紹介。一方で、ICT環境整備が遅れる学校現場の課題点についても語られた。
合田氏は教育現場に求められるICT環境について、ICTが得意ではない先生も使えるシステムが必要だと述べた。「日本の学校は、教師一人ひとりがネタを持ち、さまざまな教授法が積み上がっている。子どもたちと向き合ってきた先生がICTを活用することで業務が改善され、人間の強みを発揮できるような現場にしていくことが重要だ」と語った。
益戸氏も合田氏の発言を受けて、RPAの活用も同様だと共感を示した。「効率化・自動化を実現するRPAを“人減らし”の技術だという人がいるが、そうではない。“あなたにやってほしい仕事は何か”という話ができるようになることが重要だ」と益戸氏。ICTも、RPAの活用においても、現場の業務効率化だけが目的ではない。仕事に対する本質的な問いが変わることが最大の価値であるというのだ。
RPAで130ヶ所に分散した支払い業務を集約し、40,000時間を創出した早稲田大学
第2部は、教育分野におけるRPAの活用事例について、早稲田大学と茨城県の関係者が登壇した。
早稲田大学は、なぜRPAを導入したのか。同大学 人事部 業務構造改革担当副部長 情報企画部 マネージャー 神馬豊彦氏は「大学職員に対して、教育や研究を直接的に支援する役割へのシフトが求められていることがある」と話す。そのためRPAで業務を効率化し、職員らの余力を生み出そうと考えたのだ。
早稲田大学が最初にRPAを導入したのは、学部や大学院など約130ヶ所に分散していた「支払請求伝票」の集約化だ。従来は、紙で起票した支払伝票を、担当者が内容をチェックし、財務システムへデータ登録していたが、RPA導入後は、紙の支払伝票をエクセルでデジタル化し、内容確認やデータ登録を自動化するシステムを構築した。RPA導入前は、1件あたり17分の処理時間を費やしていたが、RPA導入後は6分に削減。全体として、40,000時間を創出した。
神馬氏は、RPAを適用した支払請求ロボットの効果について、時間の短縮もさることながら、現場の職員から“良かった”と喜ばれたことを手応えに挙げた。同氏は「エクセル入力など見た目やインターフェースを変えることなく、システムの裏側だけを変更したのが良かった。RPAのメリットだといえる」と語った。
早稲田大学はその後、本格的な業務改善に着手すべく、全学規模でRPA推進体制を築いた。この取り組みについては株式会社早稲田大学アカデミックソリューションIT推進部 シニアコンサルタント櫻井勝人氏が登壇した。
早稲田大学が構築したRPAの推進体制とは、現場の教職員から業務改善のアイデアを募集したり、教職員がRPAでロボットを開発できるようにするなど、現場のニーズに合わせて自動化ロボットを開発できる体制だ。情報部門がRPAとの親和性や効果などを査定し、承認すれば自動化ロボットの開発に至る。この体制で生まれたRPAロボットは、教員と学生間の個別文書のやり取りや、教員への試験アンケートなど多岐に渡り、業務改善につながっている。
たとえば、国際部に導入した「留学奨学金の在籍確認業務」のロボットを紹介しよう。この業務は、学生が申請した書類の体裁を整えたり、内容を繰り返し確認したりとストレスの感じる作業だ。それがRPAを導入したことで、転記作業とデータ更新の自動化を実現。時間にして200分の転記作業を2分、500分のデータ更新も2分、業務削減効果は88.8%と大幅な時間削減に成功したと櫻井氏は述べた。
早稲田大学ではほかにも、勘定科目の類推にAIを適用するRPAロボットや、OCRを活用した答案整理なども自動化を進めており、今後もRPAを活用した業務改善に取り組んでいく考えだ。
茨城県では、年間500時間を越える業務をRPAに
続いて登壇したのは、茨城県総務部 行政経営課(改革推進担当)係長 佐藤広明氏だ。同県は2018年にUiPath、キャップジェミニ・ジャパン、茨城県の3者で実証実験を行うなどRPAの活用に積極的だ。
茨城県がRPAの取り組みで最初に行ったのは、職員に対する研修だ。そもそもRPAで何ができるのか。職員たちが理解する場を設け、RPAによる業務改善を募集した。その結果、64業務の提案が集まり、うち4業務を選定して実証実験を実施。佐藤氏は「職員の労働時間で約8割の時間を削減することができた」と実証実験の成果を述べた。
その後、茨城県は2019年度から20業務でRPAを本格導入、教育分野においては2業務で活用を開始した。そのひとつが、県立学校教員旅費申請代理登録と呼ばれる業務だ。教師が申請した出張費のデータ入力であるが、各学校の職員が代行で作業を行っていた。この業務を自動化するために、教師がエクセルで出張伺い・復命書を作成するようにし、それを元にRPAで自動入力するシステムを構築。佐藤氏は「県立学校全121校で、年間20,000時間の削減効果が得られる見込み。1校あたりの時間削減数は少ないが、全体として莫大な時間削減につながる」と話す。
もうひとつのRPA導入事例は、教育庁財務課から各学校に配布される予算の令達業務だ。学校予算は電気代や印刷代など品目を指定して配布されるが、茨城県の財務会計システムはエクセルにまとめられた予算一覧を自動的に読み込むことができずに、職員が手入力で行っていた。この手作業をRPAで自動化したのだ。佐藤氏によると「1所属につき、約250時間の労働時間削減につながる見込み」という。
このようにRPAを活用した業務改善に取り組む茨城県であるが、RPAの導入については基準を設けている。佐藤氏は「必ずしもこれが正しいわけではないが」と前置きをしたうえで、「年間500時間を越える業務はRPA化してしまっても良い」との考えを示した。ほかにも、ヒューマンエラーが多い業務や残業の多い職種にRPA導入の基準を設けているという。
佐藤氏によると、自治体の仕事の幅は広く“少量多品種”であると語る。一方、RPAは“多量少品種”に強いが、似たような業務を組み合わせるなどして多量少品種の業務を見つけることで、RPAを活かせるとの考えも述べた。教育分野での活用については、学校職員の業務をRPAで効率化し、新たに生まれた余力で教師の校務を手伝うような動きを考えているという。
子どもたちのために、今こそ“教員の働き方改革”を
経済社会における“働き方改革”は生産性向上や人手不足解消が叫ばれがちなため、教育関係者の中には「教育は生産性を追求しない」「ロボットに教育を任せられない」と考え「教員の働き方改革は必要だが、教育の本質とは無関係だ」という見方をしている方もいるのではないだろうか。だが、時間がなにより大切な教育現場が効率化によって余力が生まれるということは、教員が子どもたちに向かい合う時間と心に余力が生まれるということだ。
紙ベースで手作業が多い教育分野は、あらゆる業務がデジタル化とRPAで効率化できる可能性を秘めている。“教員の働き方改革”で恩恵を受けるのは他ならぬ子どもたちではないのか、そのことを教育関係者には改めて真剣に考えていただきたい。
[制作協力・登壇者写真提供:UiPath株式会社]