こどもとIT
釜石の復興の姿を子どもたち自らが取材し、マインクラフトで形に
――「Minecraftカップ 釜石ワークショップ」レポート
2019年8月29日 08:10
「ラグビーの街」として知られ、東日本大震災からの復興に励む岩手県釜石市で、「Minecraftカップ 釜石ワークショップ」が7月13日に開催された。震災の被害にあった鵜住居(うのすまい)地区に新設された「釜石鵜住居復興スタジアム」をマインクラフトで建設するという課題に対して、実際に取材し製作する子どもたちの目には、どんな復興の形が見えただろうか。
子どもたち自らスタジアムに出向き、現地を取材
今回のワークショップには、小学校1年生から中学校1年生まで21人の子どもたちが参加した。参加した子どもたちは、すでにマインクラフトで遊んでいる子もいれば、初めてマインクラフトをプレイする子も。様々なレベルの子どもたちが参加することを想定し、ワークショップでは、「マインクラフトとはなにか?」という基本から紹介された。
プレイしている間に「想像・調査・試行・修正・発信」が行われていることから、教育現場でプログラミング学習の際に利用されているというマインクラフト。なるほど、操作を説明するそばから、すぐに思い思いに遊びはじめ、何かを見つけては掘り、早々に爆弾機能を使って爆破を始めてしまうような子もいるのも頷ける。
そんな子どもたちが、このワークショップで取り組むのは、釜石に新しく作られた「釜石鵜住居復興スタジアム」をマインクラフト上に建設することだ。
このスタジアムは、「ラグビーワールドカップ2019日本大会」のために新しく作られ、9月25日開催予定の「フィジー対ウルグアイ戦」、10月13日開催予定の「ナミビア対カナダ戦」が行われる。釜石市にあった新日本製鐵釜石製鉄所(現・日本製鉄釜石製鉄所)ラグビー部は、1979年から1985年まで、日本ラグビーフットボール選手権大会で7連覇と圧倒的な強さを誇り、「釜石市はラグビーのまち」として全国に知られることになった。釜石の駅を降りるとすぐに目に入る日本製鉄釜石製鉄所の社屋の壁面、現在でも「ようこそ!!鉄と魚とラグビーの街 釜石へ」と書かれている。釜石で暮らす人々にとっては、ラグビーは最も馴染みあるスポーツなのだ。
スタジアムを作成するにあたっては、「グローバル・ティーチャー賞」最終候補トップ10にノミネートされた立命館小学校での授業で用いられた手法が採用された。これは、机上でプログラミングするだけにとどまらず、実際に現地に出向き、子どもたち自身が取材を行う。そこで得た知識をスタジアム作りに取り込んでいくという方法だ(詳しくは「マインクラフトを活用した英語授業に世界も注目、立命館小学校 正頭氏による模擬授業」を参照)。
この授業スタイルによって、子どもたちは他の機会とは全く異なる視点でスタジアムを見ることになる。実際にスタジアムそのものを目にして、自分が担当する箇所はどんな形状になっているのか、色はどんな色か、触った感触はどんなものだったのかなど、子どもたちの経験がマインクラフトに活かされることになる。
そのため、子どもたちが最初に集まったのは、実際にマインクラフトを使って製作を行う釜石PITではなく、スタジアムの最寄り駅である鵜住居駅だった。スタジアムは大きな施設なので、ラグビーをプレイするフィールド製作を行うグループ、会場の座席を作るグループ、競技場の外観を作成するグループの3つに分けられた。駅で受付を行った際に、自分が担当する部分が振り分けられる。そして自分が担当する部分を観察することになった。
この日は試合が行われているわけではないので、通常では入ることが難しいグランドに立つことが特別に許された。広いグランドに喜んで駆け出す子もいたが、そんな姿を見ているスタッフからは、「グランド担当の人!グランドがどんな具合に出来ているのかよく、見ておいて!」と声がかかる。
スタジアム内の椅子は、プラスチック製のもの、木製のものと異なる部材が使われているのだが、実はプラスチック製の椅子は様々なスタジアムで使われていたものを再活用したもの。この日、取材を行っていた記者からは、「この椅子は東京ドームで使われていたものじゃないか。東京ドームにあるものと同じだ」という声もがあがった。木製の椅子は2017年に釜石市尾崎半島の林野火災で焼け残った木材が使われている。表面は真っ黒になったものの、皮を剥ぐと十分に活用できるものなのだが、販売では敬遠されることも多いことから、スタジアムで活用されることになったのだという。
鵜住居スタジアムで子どもたちを前に挨拶を行った、野田武則 釜石市長は、「釜石にスタジアムができるとは思ってもいなかった。ワールドカップの試合が開催されるとは思ってもいなかった。皆さんの支援もあって、スタジアムをオープンし、ワールドカップで試合を開催することができることになった」と感謝のことばを述べた。
プログラミング教育と“釜石の奇跡”に共通する「自主的に考え、判断する力」
この鵜住居復興スタジアムは、釜石市の中でも象徴的な場所だ。東日本大震災の際、釜石市が津波被害にあったことは読者の皆さんもご存知のことだろう。実は地震が起こった時点では、スタジアムがあった場所には鵜住居小学校、釜石東中学校があった。現在、小学校、中学校ともに、スタジアムと駅を挟んで反対側に移転しているが、震災時には海に近いこの地域にも津波が押し寄せた。
震災当日、鵜住居小学校・釜石東中学校にいた子どもたちは、自分たちの判断で高いところへ逃げた。東日本大震災が起こる以前にも津波被害を受けた経験がある釜石市では、大きな地震が起きれば津波が起こる、それを見越して高いところへ逃げなければいけないと繰り返し授業で教えられていたためだ。大人の判断ではなく、子どもたちが自分たちの判断で高い場所に避難し、被害を免れたことは、“釜石の奇跡”と呼ばれ、全国的なニュースになった。
野田市長に2020年のプログラミング教育について質問したところ、「私はプログラミング教育ということはよくわからないが、子どもたちが自主的に考え、判断する力を持つことは大変重要なことだ。このスタジアムはまさに子どもたちが自分で考え、行動する象徴的な場所でもある」と話してくれた。これを聞いて“釜石の奇跡”は決して奇跡ではなく、津波の脅威とともに生きる釜石の子たちは、生きるために必要な行動を自ら考える訓練がされていたのだと感じる。釜石の子どもたちが課題意識からイメージを広げるという点で、スタジアムはまさに象徴的な場所だといえるだろう。
また、釜石市でのワークショップ開催に協力した@リアスNPOサポートセンターでは、市長が今回のイベントに登壇することが「釜石市でのプログラミング教育準備の一助になれば」という狙いもあったという。2020年に小学校で必修授業として始まるプログラミング教育に対しては、自治体によって準備状況に大きな差が出ている。釜石市に学校でも利用できるプログラミング教育のひとつとして、今回、日本マイクロソフトの協力も得て、マインクラフトワークショップを開催しているという。
3時間をかけて、マインクラフト上にスタジアムが完成!
さて、再び子どもたちによる釜石PITでのマインクラフトを使った釜石鵜住居復興スタジアム作りに話を戻そう。先に紹介したように、ワークショップは基本操作を覚えるところから始まって、のべ3時間以上かけて行われた。
子どもたちを指導にあたったタツナミシュウイチ氏は「Minecraftカップ 2019」アドバイザーの一人で、マインクラフト公式プロマインクラフターだ。今回のワークショップには、タツナミ氏がスタジアムから同行し、子どもたちにアドバイスをしながらスタジアム作りが進められた。3時間かけてできあがったマインクラフト上の釜石鵜住居復興スタジアムを見たタツナミ氏からは、「子供たちの集中力が大人顔負けで、普通の小学生レベルではない作品になった」という評価の声があがった。
参加した子どもたちは、夏の日差しが照りつける中、復興スタジアムに足を運び、3時間を超えるマインクラフトの作業に没頭した一日だった。釜石市にも大きな被害をもたらした東日本大震災からすでに8年が経過し、子どもたちの中には震災後に誕生している子もいる。今回のワークショップは、マインクラフトを通じて震災に再び向き合う良い機会となったのではないだろうか。
Minecraftカップ 2019は8月19日に応募を締め切り、いよいよその発表を待つばかりとなった。9月上旬には一次審査結果が発表され、9月23日に最終審査会と結果発表が行なわれる。釜石の子どもたちはもちろん、全国各地の子どもたちがマインクラフト上に想い描く「スポーツ施設のある僕・私の街」どのようなものになるのか、今から発表会が楽しみだ。