こどもとIT
新世界基準DQ(デジタルインテリジェンス)、学校・保護者・子どもとの共通言語へ!
――日本初のDQカンファレンス「第1回DQ Summit Tokyo」レポート
2019年3月25日 08:00
2018年9月26日、「情報リテラシー」「情報モラル」「デジタルスキル」の新しい世界基準として、DQ(デジタルインテリジェンス)のフレームワークが発表されたことをご存知だろうか?
World Economic Forum/OECD/IEEE/DQ Instituteとの共同宣言で世界基準となったDQは、OECDのEducation 2030ビジョンにも含まれている。世界中で#DQEveryChildムーブメントが巻き起こる中、日本でも3000人近くの子ども達にリーチしてきた。
そして2019年3月9日、東京都千代田区立麹町中学校で、日本でのDQローンチイベント「第1回DQ Summit Tokyo」を開催。DQに関する基調講演、パネルディスカッションのほか、ハンズオンを交えてDQを高めるソリューションが紹介された。
本稿では、私がDQ Instituteの研究員そしてDQアンバサダーとして行なった基調講演の内容と、続くパネルディスカッションについてレポートしていきたい。
フィルターのないデジタル世界に入る前に、私たち自身がフィルターを持つということ
基調講演の冒頭では、DQが情報リテラシー・情報モラル・デジタルスキルにおける世界基準となった歩みを紹介。第四次産業革命時代において、私たち人類が直面している問題は国境を越えて類似している。だが、アメリカ政府と日本政府の情報リテラシーは異なり、Googleとトヨタ自動車のデジタルスキルもまた異なる定義になっている。そこで、私たちには「共通言語」が必要だったのだ。
まず、教育とテクノロジー業界における課題を共有したうえで、次世代のインテリジェンスとしてDQが大切にしている理念を紹介したい。
最初に、「子ども達にとってテクノロジーは必ずしも安全ではない」という課題を中心に話を進めよう。DQ Instituteが2017年秋に世界29ヵ国で行った調査では、56%の子ども達が少なくとも一つ以上のネット上のリスクに直面していることが判明したという。
こういった懸念や不安に対する解決策として、皆さんは口をそろえて教育という。では、“真”の教育とは何だろうか?
“真”の教育としてDQ Instituteが挙げたのは、すべての子ども達は「Master of Technology(テクノロジーマスター)」になり得るということを思い起こさせ、人間としての価値観や倫理観を大切にする教育だ。
Master of Technology(テクノロジーマスター)になるということは、子ども達はテクノロジーの奴隷でもマシーンの代替でもないということだ。これはDQ InstituteがDQを考える上で最も大切にしたことの一つだ。
私たち人間は走ることにおいて馬と競争しても勝つことはできない。私たちは、馬を「競争する対象」と捉えるのではなく、「どのように馬を乗りこなすか」を考えるべきだ。同様に、子ども達には「AIへの乗り方」を教えないといけない。AIと競争してもそこに豊かさはないはずだ。そして、馬に乗りこなすことは単なるスキルであり、それだけでは十分ではない。そこに、知識・姿勢・価値観などが必要なのだ。
だからこそ、単にICTスキル、コンピュータースキル、分析スキルだけではなく、クリティカルシンキングで情報の見極め、セルフコントロールでスクリーンタイムやスマホ中毒に対処することが重要となる。
さらに、そのような認知能力だけでなく、フェイクニュースなどの問題における倫理感も大切だ。デジタル世界はフィルターがないからこそ、子ども達自身がフィルターにならないといけないのだ。
私たち人類は、産業とテクノロジーの進化に沿って、その時々に大切にしている価値観や知性(インテリジェンス)を持ってきた。DQはまさに、時代のニーズを受けて誕生した新しいインテリジェンスであり、単にデジタルスキルといったものではなく、第四次産業革命のための知性(インテリジェンス)なのである。
デジタル世界に入る前に大事なのは「デジタルシティズンシップ」
DQ Instituteによると、DQは3つのレベルに分かれている。
- レベル1:Digital citizenship(デジタルシティズンシップ)
デジタルテクノロジーやデジタルメディアを、安全に、責任をもって、効果的な方法で使う能力 - レベル2:Digital creativity(デジタルクリエイティビティ)
デジタルツールを用いて新しいコンテンツを創ったりアイデアを形にしたりすることによって、デジタルエコシステムの一部となる能力 - レベル3:Digital entrepreneurship(デジタルアントレプレナーシップ)
グローバルな視野での問題解決や新たな価値の創出のために、デジタルテクノロジーやデジタルメディアを使う能力
DQの3つのレベルの中でも、プログラミング教室の増加や起業家育成の流れが大きくなっていることもあり、デジタルクリエイティビティやデジタルアントレプレナーシップについて学ぶ機会は増えている。しかし、DQの第一歩であるデジタルシティズンシップに関しては、今までずっと軽視されがちだった。
DQ教育プログラムの第一段階は、子ども達にデジタルシティズンシップスキルを備えてもらうことにフォーカスしている。子ども達が活発にデジタルメディアやデジタル端末を使い始めたとき、彼らにはデジタル世界に飛び込むための準備が必要だからである。
今の子ども達は、交通ルールがわからないまま自動車を与えられ、自由にドライブできるのと同じ状況だ。自動車に乗ることによって、子ども達の行動範囲は格段に広がり、好きなことに出会える可能性も広がる。一方で、交通ルールを知らないがために不慮の事故に巻き込まれるリスクもある。健全に安全で楽しい旅をするために必要なのが、自動車(スマホ)であり、交通ルールを知ることや運転の倫理観を養うこと(DQを高めること)であると言えるのではないか。
デジタルシティズンシップスキルを学ぶプラットフォーム「DQ World」
また基調講演では、各個人が自分のDQを把握し、DQを高めるためのソリューションについても語った。DQ Instituteは、自分のDQを20分足らずで把握できる「DQ Test」と、8時間程度で自分のDQを10%高めることができる「DQ World」を提供している。
DQ Summit Tokyoでは、今年の2月にローンチされたばかりのDQ World日本語版を主に紹介。来場者にもアカウントを配布してDQ Worldを体験してもらった。
教育者や保護者がやることは、子ども達の学習状況の進捗を管理するのみであり、子ども達はゲーミフィケーションで自律的に学習を進められるように設計されている。
DQ TestとDQ Worldの日本語版は既に公開されており、誰でも自由に無料で使用することができる。
DQ学習実践校によるパネルディスカッションも開催
続いて行われたパネルディスカッションは、日本における#DQEveryChildムーブメントを主導している6人の先生が登壇した。
まず中学高校部門では、「情報モラルの新たな共通言語DQ~学校と保護者と子どもをつなぐ~」と題して、各校で実施したDQ Testの様子や効果を紹介しながら、現在の情報モラル教育の問題点やDQの今後の可能性について議論を展開した。
和光高等学校の小池氏は「DQ Testは、回答が終わるとリアルタイムでスコアが出るようになっている。見える化によって、なんとなく思っていたことを自分で理解できるというのはDQ Testのようなツールがあってできる。自分ごとにできるというのが今までの情報モラルとは全く違う部分だ」とDQ Testの効果について語った。
それに対して、モデレーターの堀口氏も、「テストで数値として出ることによって、生徒自身も『当事者意識』を持てるし、保護者も自分の子どもの現状がわかる。DQが生徒と学校と保護者の共通言語になり、情報モラルやリテラシーのディスカッションや話し合いができると感じた」と返した。
湘南学園中学校高等学校の小林氏は、現在の情報モラル教育について、「情報モラルやリテラシーは、保護者もどう教育して良いか分かりにくいので、学校側に任せている部分がある。ただ、私たち教員もこれが正解だという方法はまだわかっていない」と打ち明ける。学校や子どもだけでは無理だが、保護者も一緒にやれるきっかけとして、グローバルスタンダードであるDQには大きな意味がある、と述べた。
麹町中学校の加藤氏は、「DQ Worldも含めて、生徒たちがDQスコアを上げたいと自発的に思うための仕掛けが必要だと考えている。DQをキャリア教育や生き方教育とつなげて取り組むと、さらに効果が高まるのではないか」と締めくくった。
次に、「DQ学習で自分自身にフィルターを~フィルターなしのデジタル世界へ入る小学生へ~」と題して、小学校部門のパネルディスカッションが行われた。こちらもDQ Test後の子ども達の変化や、教育におけるDQの役割についてディスカッションした。
精華小学校の向井氏は、DQ Test後に子ども達が8つのスキルについて思ったことを書いてもらったエピソードを披露。「印象に残ったのが『変な写真は撮らない』と書いている子がいたこと。『送らない』の前に『撮らない』という、モラルに一歩踏み込めた気がした。そこに気付く子が1人でも2人でも増えて、それを共有することができればDQ Testをやった意味があると思っている。もはやDQは道徳教育だ」と、生徒の変化について述べた。
その後、議論の中心になったのが小学校における情報リテラシー・情報モラル教育だ。モデレーターの高橋氏から、本来は学校と家庭が協力して適切な情報モラルを育んでいくべきところだが、現状はコントロールやブロックをするといった発想が多く、根本的なアプローチになっていない、と問題提起した。
これについて、相模女子大学小学部の川原田氏は、DQがこれから重要な位置づけになると指摘する。「小さい子どもが両親の携帯やスマートフォンを触っているのが現状。物心ついて少しでも早い時期から、スキルや倫理観を身につけていくことが、子ども達を守ることになる」と語った。
また、戸田第二小学校の小高氏は、DQは短期的にはメタ認知を促して、情報モラルを高めるためのツールとして非常に有効だ、と述べる。「次の中長期的な役割として、教員同士でも情報モラルに対する基準が曖昧だが、DQによってそこが明確になる。そして、家庭とも同じ共通基準ができる。そういう意味で教員、学校、地域をつなぐプラットフォームになる。全ての教育活動の中のツールとして、自律を育む教育のツールとして、DQは非常に有効だ」と語り、パネルディスカッションを締めくくった。
学校・保護者・子どもの3者をつなぐ共通言語DQ
#DQEveryChildムーブメントは2017年に生まれ、今日までに104ヵ国に広まっている。サービスを提供している子ども達の数は、のべ60万人にのぼる。
2年前から日本でも始まった#DQEveryChildムーブメントは、これまでの2年間で3000人以上の子ども達にリーチしてきた。
パネルディスカッションで、DQは道徳のツールと向井氏が述べたように、今後DQが果たすべき役割は非常に大きい。前述の小高氏は、「今や学校は、様々な教育課題を全て請け負い、まるでカスタマーセンターのようになっている。しかし、子ども達とデジタル世界との向き合い方というトピックは、学校・保護者・子ども達の3者が一体となって取り組んでいく必要があるのではないか」と付け加えた。
DQは、単に情報モラルや情報リテラシーのツールになるだけでなく、学校・保護者・子どもの「共通言語」になる。さらに、日本の子ども達が将来世界に出ていく際、他国の人と協働するための「共通言語」となるだろう。
日本ではDQ Instituteを戦略的パートナーとする、株式会社CyberFelixを設立。今後、子ども達のネット上のリスクを最小化しつつ、デジタル世界でのチャンスの最大化するために、国や地方自治体、ICT企業などと協力し、子どもにとって安全な倫理的デジタルエコシステムの構築を目指す。
スポーツで例えると、プログラミング教育が「野球」だとしたら、DQは「体力作り」のようなものだ。野球をやるにしても他のスポーツをやるにしても、DQという基礎体力は子ども達に欠かせない。今後もテクノロジーは絶えず進化するが、人格形成期に身に着けたDQは一生の基礎となる。プログラミング教育と同時に進めるべきは、すべての子ども達にDQを身に着けさせることだ。