こどもとIT

帝塚山小学校とCA Tech Kidsによる、プログラミング学習の成果を可視化する取り組みとは

――オンラインプログラミング学習教材「QUREO」の導入とその効果

奈良県の私立帝塚山小学校で、プログラミングの授業が1年間行われた。授業をサポートしたのは、小学生向けのプログラミングスクールTech Kids Schoolを運営する株式会社CA Tech Kidsだ。私立学校と民間のプログラミングスクールの組み合わせで、どんな授業が展開されたのだろうか。2月の半ばに行われた授業の最終日に教室を訪れた。

帝塚山小学校正面。最寄り駅の目の前に広がる帝塚山学園は小、中、高、大学の一部が同じ敷地にある

CA Tech Kidsのプログラミング学習ツールを徹底活用

CA Tech Kidsのサポートで授業が行われたのは、同校の4年生。サポートといっても、通常のTech Kids Schoolで行うコース授業が行われたわけではない。CA Tech Kids監修のオンラインプログラミング学習教材「QUREO」(キュレオ)が、年間を通して活用されたのである。QUREOは、レッスンを順にクリアしていくと、プログラミングの基礎が順を追って学べるようになっている。2018年2月以来、全国の認定教室や個人のオンラインコースで活用され、子どもが取り組みやすいよう、キャラクターによる説明や操作動画などでていねいにナビゲートしてくれるのが特徴だ。

QUREOは動画を多用した操作説明が豊富で、子どもでも取り組みやすい

QUREOのプログラミング学習は、ゲームを作るというコンセプトで進行する。ゲームというのは、プログラミング的にはいくつもの要素が含まれるため複雑になりがちだ。QUREOでは、最初の方はゲームの最低限の構成要素を細かく分けた上で、一部の機能がひとつのレッスンに仕立てられているので、小さなステップで進むことができる。さらに、順次実行、繰り返し、条件分岐などといった、プログラミングの基礎概念が細かく分類されている。順序よく徐々に学べるように設計されているため、知識として積み上げている安心感がある。

概念別にいくつものチャプターが分かれ、それぞれがさらに小さなレッスンに分かれている

1年生から「情報科」の授業がある帝塚山小学校

帝塚山小学校には1年生~6年生まで全ての学年に「情報科」の授業枠が設定されている。成績がつく教科ではないが、専科の先生が教える「情報科」として明確に位置付けているのは小学校としては大変珍しいケースだ。情報活用能力を高めるために独自にカリキュラムが組まれ、情報リテラシー、情報モラル、機器操作の習熟などを発達段階に合わせて体系的に学べるようになっている。

プログラミングはこの「情報科」の時間を中心に1年生~6年生まで全ての学年で行われており、高学年では一部を音楽の教科内でも扱う。また、より深く学びたい子ども達のために、任意参加の課外活動の機会が数多く設けられている。

コンピュータ室で行われる情報科の授業

今回QUREOに取り組んだ4年生は、児童ひとりひとりがQUREOのアカウントを持ち、学習自体は自宅学習や時間外のコンピュータ室利用を中心に各自で進めてきた。「情報科」の授業時には、疑問点の解消や進度の確認など積極的なフォローをしたという。

昨秋からはQUREO内でオリジナルのゲーム作品を作るプロジェクトに取り組み、最終日のこの日は発表会。児童同士で自由にゲーム作品を試す体験会のあと、数人の児童による作品発表が行われた。

体験会では皆楽しそうに次から次へとゲームを試した

一見、似ているようで個性がはっきり出る子ども達の作品

各自の作品には「作品紹介シート」が用意されていて、ゲームの概要やこだわりポイントだけでなく、「操作方法」を記載するようになっている。例えば「主人公」はマウスについて動くのか、スペースキーで動くのか、また、「ゲームクリア」や「ゲームオーバー」はどんな条件で起きるのか、という説明はゲームのプログラム設計にかかわる重要なポイントだ。

作品紹介シートは自分なりの言葉で説明されている

児童たちの作品は、QUREOのレッスンで出てきたゲームパターンのいずれかに似ているものが多いし、背景シーンやキャラクターなどの素材はQUREO内にあらかじめ用意されたものに限られるので、一見似通った作品が多いようにも感じられる。でも、個別によく見ていくと、それぞれに個性がある。

独自のストーリー設定が凝っていてメッセージ性が高いものもあれば、ストーリーよりも敵キャラをたくさん登場させることにこだわりが感じられる作品もある。また、機能的にはほぼ同じプログラムでも、主人公をゴールに導くストーリー設定や素材が違えば、全く違う作品に仕上がる。

マウスで動かし障害を避けてゴールに誘導するという同じ機能のゲームでも、演出次第でイルカの宝探し、バスケットボール、バナナの皮を避けるなど、全く違う作品になる

しかし、素材のおかげで整って見えるものの、作品を細かく見ていくと完成度は様々。特に、ゲームの開始時に主人公キャラクターを定位置に配置する処理をしているかどうかが、地味なポイントながら作品の完成度に影響を与えていた。体験会の際にも、子ども達から時おり聞こえた「やり方が分からない」という声の多くは、主人公の配置がリセットされていないことが原因のように見て取れる。こうした差はどこからくるのだろうか?

情報科担当の佐藤葉子先生は、「キャラクターの位置を初期化するかどうかは、『どうしたら使いやすくなるか』についての気付きの差が影響しています」と話す。ゲームが好きだから気付くというものでも、教員が教えるというものでもなく、「他の作品を見て気付く」ということが大切だという。同じく情報科担当の津田文子先生は、本年度は時間が取れなかったと前置きした上で「発表会のあとに作品の改良をするステップを設けられると、新たな気付きを形にできますね」と見通した。

また、1年間授業をサポートしたCA Tech Kidsの土岐絵理氏は「『QUREO』での学習も自由制作も、私たちが教えてしまうのではなく、子ども自身が気付くのを待つ、ということを一貫して意識してきました」と語る。

QUREOを使ったプログラミング学習は、自主的な家庭学習を中心に進められてきたわけだが、先生が単に教材を与えたままにしているのではなく、各児童の気付きに寄り添い、情報科の専門的な視点で細かく作品を見てきたことが分かる。

発表時には、先生がプログラミング上のポイントについてコメントした

進行ペースのばらつきとモチベーションアップにはアナログな対策も

先生方によると、QUREOを導入して間もなく壁にぶつかったそうだ。それは、進度のばらつきが大きくなってしまったこと。授業で技術的フォローはするものの、くっきりと進度を区切った反転授業スタイルではなく、学習ペースは個人に委ねていたため差が出てしまったのだ。

確かにこうしたツールは、子ども側の慣れや相性もある。どんどん興味を持って先に進む子どももいれば、最初の方で足踏みしてしまい、なかなか進まない子どももいるだろう。また、回答を見ながら先に進むばかりで内容の理解が伴わなければ意味がない。

そこで先生方は、アナログな方法で到達度を可視化することにした。紙で目標達成シートを作り、クリアしたレッスンにはシールを貼ることにしたのだ。また、回答を見ながらクリアしたのか、回答を見ずにクリアできたのかをQUREOは判定しているので、回答を見ないでクリアすることも目標にかかげた。あわせて、夏休みや冬休みに学校のコンピュータ室を開放するなどの環境作りもした。

目標達成シートには「クリア」と「パーフェクト」を分けて到達度を可視化した
QUREOは、答えを見てクリアすると黒い★、答えを見ずにクリアすると黄色の☆がつく

このシール方式を始めてから明らかに雰囲気が変わり、皆が積極的に取り組むようになったという。実際話を聞いた子ども達の中には、「分かりやすかったし簡単にできた」という子がいる一方で「プログラミングはやったことがなかったので、最初は全然分からなかった」という子もいた。分からなく苦手意識を持ちかけていたという子が「シールを貼るようになって、がんばろうと決めてやっていたら分かるようになってきて、そのあたりから楽しくなった」と話してくれたのが印象的だった。

ツールを与えるだけで解決するのではなく、モチベーションの維持や動機付け、ペース配分のサポートや、専門知識に基づいたフォローなど、先生の重要な役割がいくつもある。リアルな人から受ける働きかけの力は大きい。

QUREOはプログラミングのゴールではない

QUREOは、Scratchでおなじみのブロックタイプのプログラミング方式だが、プログラミングの手法を学ぶためのツールとして設計されているところに、Scratchとは大きな違いがある。プログラムのブロックの数や機能はScratchよりもあえて少なく絞り込んであるし、素材はQUREO側に用意されているものを使い、自分でキャラクターを描いたり好きな画像を取り込んだりすることはできない。

QUREOはブロックタイプのビジュアルプログラミングを採用し、素材はあらかじめ用意されているものを使う

これらは制約と捉えることもできるが、佐藤先生によれば、描くという選択肢がないので、プログラミングにすぐに取りかかることができ、限られた時間枠を有効に活用するにはプラスに働いたそうだ。自由度が高いツールで作品作りをすると、キャラクターを描くことに熱中してしまい、なかなかプログラミングに至らない、ということが起きるというのだ。

また、自由度の高いツールを使うと、児童の作品はここまでの完成度にはならないという。ゲームというのはシンプルなアニメーションに比べるとプログラムの要素が多いので、簡単なものでも形にするのはハードルが高い。ほどんどの児童がオリジナルのゲーム作品を作れたというのは、それだけですごいことだろう。QUREOは見本になるサンプルが豊富なため、模倣から形にすることができるし、素材のアートワークが凝ったものが多いので見栄えもよく仕上がる。

多少粗いところや詰めの甘いところがあっても、「ゲームを作った」という最初の達成感は重要で、これを個人指導ではなくクラス単位で実現するのはとても難しいことだ。先生にとって大きな助けとなるツールになったことが分かる。

とはいえ、プログラミングというのは自由にクリエイティブなもの作りをしてこそ価値があるのに……と思う人もいるだろう。その点について、CA Tech Kidsの上野朝大社長は「QUREOは決してプログラミングのゴールではありません」という。

「プログラミングにおいて自由度の高いクリエイティビティを発揮することは重要ですが、そのためにはトレーニングの段階もある程度必要だと感じています」と語る上野社長は、QUREOで基本的なプログラミング手法を身につけることで、クリエイティビティをより発揮しやすくなると考えているという。Scratchなど自由度の高いツールは、QUREOと併用したり、次のステップとして使ったりと、それぞれの良さを補完し合うような関係で使ってもらいたいと、その位置付けを語った。

また、先生とツールとの関係について、どんなに整ったシステムがあっても、子どもがひとりで取り組むのはなかなか難しいとした上で、「QUREOは先生がいる中で使うことを前提に、場における学びを最適化するツールとして進化させてきました」と話す。専門知識の少ない先生でも安心して使えるよう、さらに発展させていきたいと考えているそうだ。

先生のための機能として、児童の進度や達成度を一覧できるようになっている。また、この1年間の利用中にも、現場の声を元に随時機能追加してきた。

QUREOの先生向け管理画面上では児童一人ひとりの進捗とレベルが一覧で確認できる(画像提供:CA Teck Kids)
管理画面からCSV形式で出力しグラフ化したもの。今後こうしたレポーティング機能も強化する予定だという(画像提供:CA Teck Kids)

今回の取り組みでは「座標」まで進めることを目標としたところ、61%(78名中48名)の児童が到達した。自主的に目標以上に進む児童も多く、全体の56%(78名中44名)は、目標よりも先までどんどん学習を進めていた。

このように成果を可視化できることに関して先生からは、情報科では数値化した成績をつけないので評価の参考にすることはないものの、今後グループ学習をする時に、メンバー構成の参考にできそう、という声を聞くことができた。先生の印象や児童個人のアピール度に左右されずに成果を測る値があることは、参考値のひとつとして様々に役立てられそうだ。

帝塚山小の取り組みから学べること

今回、帝塚山小学校での学びを見て、「情報科」のような体系的な学びの重要性を改めて感じた。帝塚山小では「情報科」としてICT活用の力を総合的に身につける中で、プログラミング「も」学んでいる。「情報科」のバックボーンがあるため、プログラミングの位置づけに迷いがなく、学習計画は明瞭だ。専科の先生がいることによる安定感も大きい。

公立小学校においても、新学習指導要領の全面実施を2020年に控え、現在プログラミングの学びについて模索が続いている。プログラミングの位置付けは学校ごとのカリキュラムに委ねられている側面が強いので、実現方法も様々なのが現状だ。市区町村や学校単位でカリキュラムを組むにあたっては、これまでの授業にプログラミング「だけ」を付け加えるのではなく、「情報科」のような枠組みをイメージして、ICT活用に必要な学びの要素を整理し、総合的に組み立てる必要があるだろう。

また、小学校の新学習指導要領では、プログラミングのどの概念を何年生で学ぶというような、知識として達成すべき項目の整理はされていない。学び方に正解はないが、QUREOのような教材を活用して、楽しく学びながらプログラミングに必要な概念を知識として積み上げる手法を取り入れるのも選択肢のひとつだろう。

帝塚山小学校の池田節校長は、今回の取り組みについてこう語る。「変化のスピードが速い今の世の中で、学校だけでその流れについていくのは大変なことです。新学習指導要領で『社会に開かれた教育課程』といわれているように、学校外の専門家と学校内の専門家が連携・協業して質の高い学びを作り出し、子ども達にとってプラスとなる環境を作りたいと考えています。子ども達の様子を見ていると、学校外の人が来て授業に参加したり、話をしたりといったこと自体が、新鮮で良い刺激になっているのが分かります」。

池田校長の話からは、学校が自ら社会に向かって目を向け門戸を開いていることが伝わってきた。

右から、帝塚山小学校 池田校長、佐藤先生、津田先生、CA Tech Kids 土岐氏、上野社長

今回紹介した帝塚山小学校の事例には、公立の小学校でも真似できることやアプローチのヒントがたくさんある。「私立だからできること」とあきらめ、遠巻きに眺めるのではなく、ここからヒントを見つけて、ぜひ各市区町村、小学校での実践に役立てて欲しいと思う。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。