教員のICT活用 - こどもとIT
世界で存在感を失いつつある日本で、2040年に生きる子どもたちに必要な教育とは?
──Microsoft Education Day 2019レポート(前編)
2019年3月11日 08:00
マイクロソフト認定教育イノベータ(MIEE)による体験型教育カンファレンス「Microsoft Education Day 2019」(主催:マイクロソフト認定教育イノベータ、企画:MIEE Talks@Admin、共催:日本マイクロソフト)が、2019年2月16日に日本マイクロソフト本社で開催された。
今年のテーマは「2040年に生きる子どものための学びのニューモデル」。昨年同様、多くのワークショップやMIEEによる実践紹介などが設けられ、当日は教育関係者や一般参加者など合わせて約400名が集まった。教育分野におけるテクノロジーの可能性をさらに広げるイベントとなった。
子どもたちは「妄想力」と「妄想を具現化する力」が必要!
「Microsoft Education Day 2019」で特別講演に登壇したのは、17歳以下のクリエータ人材育成を担う一般社団法人未踏ジュニア代表の鵜飼佑氏だ。同氏は元マイクロソフトで「Minecraft: Education Edition」などのPMを務めたほか、小学校のプログラミング教育普及にも尽力している。講演では「2040年に社会や世界で活躍する子どもたちに必要な教育とは?」と題して、同氏が考える人材育成やプログラミング教育の在り方などを語った。
鵜飼氏はまず、今後2040年に向けて社会がどのように変わるのか、自身の見解を述べた。
アメリカと日本のGDPが世界トップクラスであった2000年代初め。中国はまだ今のような発展を遂げていなかった。しかし、2019年の今、同国の経済は飛躍的に成長し、その一方で日本経済は停滞している。今の小学生が活躍する2040年の世界は、中国がさらに発展し、インドネシア、インド、アフリカなどの国も人口増を背景にさらに発展していくだろう。そうした時代が来れば、日本の存在感はますます失われ、産業構造も大きく変化すると鵜飼氏は述べた。実際に1990年代の世界時価総額ランキングトップ20には多くの日本企業が名を連ねていたが、2017年は1社もない。
このような時代の到来は何を意味するのか。鵜飼氏は「今の子どもたちは世界と仕事をするのが当たり前になる」と述べた。同氏は韓国を例にあげ、人口が少なくなれば一部の大企業を除いて、世界市場で勝負しなければならないというのだ。加えて、AIがさらに進化すれば職業自体も変化する。鵜飼氏はGoogle Chinaの前社長Kai-Fu Lee氏の著書『AI Super-powers China, Silicon Valley, and the New World Order』を取り上げて、“約50%近く(の職業)が技術的にはAIに飲み込まれる可能性があるが、法制度等が要因で10-25%程度になるのではないか”という著者の見解を紹介した。
こうした未来の社会を生きる今の子どもたち。鵜飼氏は「これからの教育に必要なのは、妄想力と妄想を具現化する力、その両方が必要だ」と述べた。同氏のいう“妄想力”というのは、単に“あんなものがあったらいいな”と思い描くだけではなく、身の回り人を幸せにしたい、身の回りの困りごとを解決したいと、課題感に裏打ちされたビジョンや夢を持つことだという。そして、それを具現するためには、技術(プログラミング)、デザイン、グローバルに人を巻き込む力がこれからの時代は必要だと述べた。鵜飼氏は「決して大層なことを求めているのではなく、自分で考えたアイデアを形にし、周りに自慢したり、使ってもらったりしながら実現していく、その経験が大切だ」と語った。こうした取り組みを通して、日本全体がクリエータになる社会をつくりたいと述べた。
鵜飼氏は、自身がクリエータ育成のひとつとして取り組んでいる未踏ジュニアから、ロールモデルになる2人の10代クリエータを紹介した。講演では、彼らが登壇し、未踏ジュニアで制作したプロダクトを紹介した。
鵜飼氏は最後に、小学校のプログラミング教育についても触れた。現在、学校現場ではプログラミング教育に関してさまざまな課題があるが、「一番大切なことは、“プログラミングが楽しい”、“自分のアイデアを形にしたい”と思う気持ちであり、教育関係者らはその部分を伸ばしてほしい」と語った。一方で、プログラミング教育は学校内で完結しないとも主張。水泳と同じように、学校外に学べる場があることが重要であり、プログラミングを好きになった子どもたちが、さらに学ぶことができるよう、学校外、授業外で学びの場を作っていきたいと述べた。
プログラミング教育、教師が全てを教えるという発想は捨てる
鵜飼氏の特別講演では、後半に会場からの質問に答えるパネルディスカッションが行われた。パネラーには鵜飼氏ほか、佐野日本大学中等教育・高等学校の安藤昇教諭、明治大学サービス創新研究所・プロスタキッズのタツナミシュウイチ氏、 そして特別ゲストとして教育ICTの分野で先進的な佐賀県多久市の横尾俊彦市長も登壇した。
会場の教育者らからは「プログラミング教育は首都圏と地方で格差がある。地方ではどのように進めていけばいいか」と質問があがった。多久市の横尾市長は「自分が市長になったときも同じ危機感を感じた」と述べ、多久市の場合は、民間会社と協力したり、総務省の実証事業などを利用して取り組みを広げてきたと経験を語った。
また「プログラミング教育を進めるにあたって参考になる海外の取り組みはどれか?」という質問について鵜飼氏は、「どこの国が成功しているといえる国はない。どこの国も課題を抱えながら進めているのが現状だ」と述べた。アメリカにしても、イングランドにしてもコンピュータ・サイエンスに取り組んでいるが、一方で教師不足、受験とのバランスなど日本とよく似た課題を抱えているという。安藤氏は「プログラミングを得意になるような生徒は、いずれ自分で学んでいく。学校はきっかけを与える場所になればいいのではないか」と語った。
会場からは鵜飼氏の講演を受けて、「クリエータ育成という視点でプログラミング教育を取り入れるのはどうすればいいか?」という質問も出た。同氏は「全員が同じゴールに辿り着くようなパズル型のプログラミングではなく、子どもたちが作りたいものをサポートする学習が望ましい」と述べた。もちろん、最初のステップとしてパズル型のプログラミングは教室の中で教えやすいことも理解できるが、そもそもプログラミング教育については先生が全てを教えるという発想を捨ててほしいと鵜飼氏は語った。
横尾市長は「プログラミングを教える1回目、2回目の授業が重要になるのではないか」と語った。プログラミングが社会の何に活用されているのか、社会の何を変えたのか、何のために自分たちはプログラミングを学ぶのか、そうしたことを子ども達に教えていくことが重要だというのだ。なぜなら、それがプログラミングを学ぶモチベーションにつながるというのが同氏の個人的な考えだ。安藤氏は、「プログラミング教育では、知識があることを教員の優位性にするのではなく、知識に裏付けられた学び合いを大事にすることが大事だ」と語った。それにはまず、教師が子ども達にクリエイティブなものを求めていることを伝えることが重要だというのだ。
会場からは多くの質問が投げかけられ、どの教育者も子ども達により良いプログラミング教育を与えていきたいという思いが伝わってきた。今後さらにプログラミング教育を広げていくためには、このように教育者同士がカジュアルに意見を交わす場も求められるだろう。
実践者と企業をつなぐ、多様なワークショップと企業ブース
「Microsoft Education Day 2019」には多くの教育関連企業が協賛し、ワークショップや出展ブースが設けられた。教育者や一般参加者が実際にソリューションを手に取って動かしてみたり、ワークショップで体験したりと、新しい教育やテクノロジーの可能性に触れた。ワークショップの一番人気はマインクラフトであるが、それは後編で詳しくレポートするとして、ここではその他のワークショップや協賛企業の製品を紹介しよう。
株式会社島津理化は、同社が開発したプログラミングボードIO-27とソニーの新規事業創出プログラムから生まれたプログラミングツール「MESH」を組み合わせて、理科のプログラミングワークショップを行った。参加者たちは、自分がためた電気を用いて、明るいときはスイッチがオフ、暗い時はスイッチをオンになるプログラムづくりに挑戦。MESHの明るさタグを活用しながら、どうすれば電気が有効に使えるかを考えた。
NTTドコモは同社が開発したプログラミング教育用ロボット「embot」のワークショップを実施した。embotはダンボールと電子回路でつくるプログラミングロボットで、タブレットの専用アプリで制御できる。シンプルなうえに、子ども達がカラフルなデコレーションをして楽しめるのが特徴だ。
プログラミングスクール「プロスタキッズ」のワークショップでは、プロの花火師が使用する打ち上げ花火のシミュレーションソフトを活用し、自分だけの花火ショーを作成した。最初は、秒数が書かれた紙に設計図を書いてイメージを膨らませ、次に、ソフトを使って、さまざまな花火の種類を選びながら試行錯誤を重ねた。最後はワークショップの全員で発表し、工夫した点や見どころなどについて語り合った。
また教育用の小型コンピュータボード「micro:bit」を活用したワークショップでは、基礎的な操作説明や、LEDを光らせるといった簡単なプログラミングから始まり、最終的には磁石とセンサーとの距離を測って計測の方法を工夫しようというテーマに挑んだ。
このように、「Microsoft Education Day 2019」には多くの教育関連企業が協賛し、さまざまなソリューションに触れられる機会が設けられた。後編では、マインクラフト教育版を活用したワークショップやMIEEの教育者らによる実践発表を紹介する。