こどもとIT

玉川学園とSASによる小学校のプログラミング教育へのチャレンジ

――「プログラミング・チャレンジ with SAS CodeSnaps」レポート

2018年の学校生活もそろそろ一区切りとなる12月20日、学校法人玉川学園小学部において、同校5~6年生を対象としたプログラミングワークショップ「プログラミング・チャレンジ with SAS CodeSnaps」が、SAS Institute Japan(以下、SAS)の協力のもと開催された。SASといえば、米国に本社があるデータ解析の世界では歴史ある企業だ。そのSASの協力によるワークショップとはどのようなものだったのか、当日の様子を中心にレポートをお届けする。

玉川学園の恵まれた学びの環境

今回おじゃましたのは学校法人玉川学園の小学部(小学校)。玉川学園は、幼稚部(幼稚園)から大学・大学院までそろった一貫校として、その独自の環境やカリキュラムで知られる歴史のある学校だ。

首都圏郊外の広大な敷地に幼稚園から大学院までが揃った玉川学園キャンパス内、校舎の他に植物工場など多くの施設がある。正門とすぐそばに見えるのは大学の施設

当日は、小田急線玉川学園前駅に広がるキャンパスの正門に集合。ここから会場となる小学部5~6年生と中学部1~2年生が通う中学年校舎まで、なんと徒歩約10分。

快晴だったこともあり、キャンパス内の説明を玉川学園広報の方にしてもらいながら移動は、ちょっとしたピクニック気分となった。キャンパス全体の面積は、東京ディズニーランドより広く、東京都町田市、神奈川県川崎市、横浜市の3市にまたがっているのだそうだ。

会場となった中学年校舎、小学部5~6年生と中学部1~2年生の学ぶ場所である
キャンパス内には野菜工場のプラントまであった

玉川学園では、小学校から高校までの12年間(いわゆるK-12)を、4学年ごとに区切る独自のシステムをとっており、今回のワークショップに参加する小学部5~6年生達は、普段は中学部1~2年生と同じ校舎で学んでいるそうだ。

お話の中で、印象に残ったのは、児童達が取り組む「自由研究」という活動。子ども達は思い思いのテーマに取り組んでおり、その探求を徹底的に先生達や学校がサポートしているという。中学・高校はスーパーサイエンスハイスクールにも指定されており、身近にそのような環境で学ぶ先輩達がいる小学生は正直羨ましいと思った。学校生活の中で自然と「主体的で対話的な深い学び」を支える体制が整っているのである。

パソコンの操作については、プレゼンテーションからAdobe製品の利用まで行っており、児童達のリテラシーは高いようだ。ただプログラミングについては、これからの課題だという。

ボール型ロボットと紙のコーディングブロックを使ったプログラミングワークショップ

それでは、児童達が参加したワークショップの様子に話を移そう。今回は、玉川学園小学部の5~6年生から希望者15名の参加となった。あらかじめ3人1組のチーム分けがされており、会場となった教室に児童達が集まってきた。床には、今回のワークショップで利用するシートが既に設置されており、児童達ははやくも興味津々の様子である。

冒頭では、SASの紹介とワークショップの内容説明が行われた。この「SAS」という社名を聞いてピンと来る方は、読者の中にもそう多くはないかもしれない。コンピューターを使ったデータ解析の世界では、逆に知らない人の方が珍しい会社だ。SASのシステムは、大学でもよく利用されており、教育機関との関係も深い。実は玉川学園の大学部(玉川大学)とのつながりもあり、それが縁で、今回のワークショップ開催の運びとなったそうだ。

説明の中では、プログラミングやAIについての紹介に加え、ワークショップの中で期待される3人のチームワーク、取り組みに当たって試行錯誤することの大切さなども伝えられていた。

今回のプログラミングワークショップでは、STEM教材として広く知られる球体ロボット「Sphero SPRK+」(スフィロ スパークプラス)を使用。Spheroシリーズには、純正のアプリも用意されているが、今回はSASが開発した「CodeSnaps」(コードスナップス)を利用する。各チームにロボットとCodeSnapsがインストール済みのiPadが一組ずつ用意されていた。

会場に用意されたSPRK+を動かすコース
CodeSnapsによるプログラミングの説明

CodeSnapsは、印刷済みの紙のコーディングブロックを組み合わせてプログラムをあらかじめ作成し、それをiPadのアプリで撮影して取り込めるのが特徴。もちろん、アプリ上でもブロックを組み立て編集することもできる。見やすく大きいコーディングブロックを利用することで、チーム内でディスカッションしながらプログラミングを行い、内容を検討する作業が容易にできるわけだ。

実際に、CodeSnapsを使った簡単な例でSPRK+を動かしてみせると、児童達は熱心にその様子を注目していた。様子がわかると、使い方をイメージできたのだろう。SPRK+にどの程度の指示ができるのか質問の声もあがっていた。

CodeSnaps用の印刷されたコーディングブロック、組み合わせたプログラムをアプリに取り込むことができる
実際のSPRK+の動きに注目する児童達

試行錯誤して課題をクリアする方法を見つけよう

児童達が、このワークショップで取り組む課題を説明しておこう。設置されたコースのスタートからゴール地点までSPRK+をプログラミングして動かし、その移動時間を4回までのチャレンジで計測する、5チームの中で最も短い時間を競いあう。
ただし、移動には2つの条件が必要だ。1つは、コース上の青と緑の円内に必ず止まること。もう1つは、逆に赤とオレンジの円を通らないように避けること。これが守れないと失格になってしまう。

今回のコースクリアの課題、2つの条件があるため意外と難しい

この条件でSPRK+を動かすにはどうしたらよいのだろう。別に1つのルートに決まるわけではなく、いくつものルートが考えられる。また、実際にプログラミングして実行できるかも肝心だ。スタートからゴールまでにかかる時間も短くなるように考える必要がある。児童達は、実際に距離や角度を測って、コースをイメージしながらコーディングブロックを組み合わせている。

コースを計測し、コーディングブロックでプログラミングの内容を検討する児童達

コーディングブロックでプログラムを作ってみた児童達は、CodeSnapsに取り込んでSPRK+をコースに置き、動作確認をはじめていく。

iPadでコーディングブロックを取り込む様子

はじめて見るロボットとプログラミングのツールということもあって、少々おっかなびっくりな様子の児童達。しかし、SPRK+が実際に転がる様子を見ると、歓声、驚きの声があがり、明らかに目の輝きが違ってくる。ただ、実際に動かしてみるとどうやら課題には苦戦している様子。

理由はいくつかある。1つは、まずSPRK+は、そこまで細かい精度で動かせるわけではないということ。ロボットの個体差もあるし、床もそこまで精密に平らなわけではない。もう1つ、CodeSnapsの仕様上、指示できる距離が、0.1m(10cm)単位なのだ。この幅が、ちょうどいい具合に課題を難しくしているのである。

実際、最初のチャレンジでは、おしくも失格となるチームが続出。輪の配置も結構考えられているのである。

児童達の表情は真剣そのものに、そしてチームごとに取り組み方の個性もあるようだ。まず、慎重に課題を確実にクリアできるプログラミングを考えるチーム。計測をなんども繰り返して、ルートを考えるチーム、プログラミングでなにかスピードをあげる方法がないか検討するチームとさまざまだ。それぞれが、自然な流れで試行錯誤をはじめている。

試行錯誤をしながらプログラムを確認していく児童達

チーム対決で盛り上がるタイムトライアルは意外な結果に

ワークショップの時間も、はや後半となり、児童達の取り組みはさらに熱を帯びてきた。タイムアタックの結果は、スライドにまとめられプロジェクターで表示されており、現在どのチームが1位で、結果がどうなっているかが一目瞭然なのだ。

プログラムの内容も、コーディングブロックでの検討からより細かい数字の調整になってきたようだ。もともとリテラシーの高い児童達、iPadでどんどん操作を進めていく。ルートがある程度決まれば、あとはどう無駄な動きを削っていくか、児童達は検討しさらに試行錯誤していく。ただ、タイムを計れるチャンスは計4回、どのタイミングでチャレンジするか駆け引きも必要になってくる。

座り込んで、熱心に調整を進める各チームの様子、気合いの入り方がすごい

この中で、頭1つ抜けたのが、今回参加した5組の中でただ1つの女子チームだ。落ち着いた様子で相談しながら着実にタイムを縮めていく様子は、とても大人びて見えた。

実際、彼女たちのチームは一度も失敗することなく、チャレンジの度に時間を縮めていく。最初は16秒台だった数字を最後の4回目を10.06秒にまで短縮し、いち早く全てのチャレンジを終えて、他のチームの結果待ちという状態になった。

ところが、勝負事というのは難しいものである。結局最短のタイムを叩き出したのは、なかなかうまく攻略できず、かなり苦労していた男子のAチーム、かえってその試行錯誤がよかったのか、最後の最後で1位のタイムを叩き出して、周囲がどよめいていた。

タイムトライアルの最終結果、どのチームも自分たちなりの取り組みをしていた

最終的には、このAチームが1位、惜しくも女子のCチームは2位となった。1位と2位のそれぞれのチームには、表彰状が送られ、笑顔で受け取っていた。ちなみに、大人1人の特別チームも参加していたのだが、惨敗の結果である。筆者も参加してみたかったが、今回はかなわずであった。

2位の女子のCチームと1位のAチームにはそれぞれ表彰状が送られた

プログラミングが広げる教育の可能性へ

締めくくりとして、玉川学園の伊部敏之先生より総括のコメントがあった。伊部先生は、玉川学園の中学部長と教育部長(5~8年生担当)をされている。児童達の主体的に取り組んだ様子やチームの中だけでなくチーム同士の間で生まれた多くの気づきについて触れられ、先生ご自身もかなり手応えを感じていたようだ。

実は、ワークショップの冒頭、コースをはみだしてSPRK+が、コロコロと転がって行ってしまう一幕があった。どうやら、プログラムで桁を間違えた数字を入れてしまったらしい。ロボット系のワークショップで、この手の事件(?)をよくやらかしている筆者、胸のなかで喝采をあげていたのだが、様子を見守っていた伊部先生のなんとも優しい笑顔に気がついた。筆者には「よくぞやった」と言っているようにも見えた。熱心に取り組んだ結果の失敗を賞賛している様子に、ここにいる子ども達は、なんという暖かい環境で学んでいることかと改めて感じた。

総括のコメントを述べる玉川学園の伊部敏之先生

今回のワークショップは、1つのテーマに集中して時間をかけたことや、3人一組のチーム分け、タイムトライアルによるゲーム的な要素の導入などよく練られていたように思う。利用したCodeSnapsとSphere球体ロボットの組み合わせは、印刷されたコーディングブロックを使うことでアンプラグド的な要素もあり、かなり幅広い年代で利用できるのではないだろうか。今回のワークショップの手応えを見る限り、低学年でも課題の内容を変えることでグループ活動のひとつとしても成立しそうだ。

実は、SASとしてのワークショップの開催は今回が日本で初めて、ただ米国SAS社では、STEMワークショプの実施やカリキュラムのオンラインでの提供もしており、今後の日本での活動にも期待したい。興味がある学校関係者の方はSAS Institute Japan株式会社 アカデミア推進室(JPNAcademicTeam@sas.com)にコンタクトをとってみてはどうだろうか。

玉川学園としても2020年度からの新学習指導要領に向けて、各学年ごとの具体的なプログラミング教育の検討はこれからだという。児童達の学びをさらに広げるプログラミング体験が随所に導入されていくのではないだろうか。引き続き注目していきたい。

【お詫びと訂正】会場を「小学部1~4年生が通う低学年校舎」としていましたが、「小学部5~6年生と中学部1~2年生が通う中学年校舎」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。

新妻正夫

ライター/ITコンサルタント、サイボウズ公認kintoneエバンジェリスト。2012年よりCoderDojoひばりヶ丘を主催。自らが運営する首都圏ベッドタウンの一軒家型コワーキングスペースを拠点として、幅広い分野で活動中。 他にコワーキング協同組合理事、ペライチ公式埼玉県代表サポーターも勤める。