こどもとIT
大幅な校務時間の短縮と学力向上で実証した、愛媛県西条市の教育クラウド
――「第19回テレワーク推進賞表彰式」レポート
2019年2月25日 08:00
一般社団法人日本テレワーク協会は2月21日、優れたテレワーク制度を導入する企業や団体を表彰する「第19回テレワーク推進賞表彰式」を開催した。最高賞である「会長賞」には、教育クラウドを構築し、教師の働き方改革を推進した愛媛県西条市が受賞。テレワーク推進賞において教育分野の取り組みが評価されるのは、同市が初めての事例となった。
愛媛県西条市が構築した教育クラウドとはどのようなものか。表彰式当日にインタビューした内容をレポートする。
夜8時に学校へ戻る教師もいるような、教育現場の働き方を変えたい
言葉は悪いかもしれないが、昨今、学校現場はブラックだと言われることが多い。紙ベースの膨大な校務、多様化する児童生徒への個別対応、部活動の指導、プログラミング教育や英語教科化といった新学習指導要領への対応など、現場の教師たちの負担は増え続けている。本来は、子供と向き合う時間を取りたいと思う教師たちであるが、現実はそうした環境にはない。
愛媛県西条市も同様の課題を抱えていた。職員室で処理しきれない校務をUSBで自宅に持ち帰る教師も多く、そのUSBを紛失するトラブルも後を絶たない。また育児や介護のために、夕方5時に一旦自宅へ戻り、夜8時に再び学校へ戻る教師らもいて、現場の多忙感は限界にきていた。
西条市教育委員会 学校教育課 副課長兼スマートスクール推進係長兼教育CIO補佐官の渡部誉氏は、「介護や育児のために教師を続けるのが困難な者もいて、教師の働き方をなんとかしたいと考えていた。決して、持ち帰り仕事を勧めているのではなく、自宅でも仕事ができる環境を整備することで、教師の負担軽減につなげたかった」と語る。
一方で、同市は小学校の統廃合の問題も抱えていた。少子化の影響で子供数が減少し、小学校の維持がむずかしいのだ。他の自治体では、小学校を統廃合する動きもあるが、西条市では学校は地域コミュニティの中心的な存在であることから、統廃合しない方針を選んだ。そのため、教育の質を維持するための遠隔授業やICT活用が求められるようになった。こうした教育現場の課題解決と、西条市がめざす「スマートシティ西条」の実現に向けて、教育クラウドの構築が進められた。
校務をデジタル化し、Microsoft Azureでテレワークを実現
教師の働き方改革のひとつとして西条市が取り組んだのが、新しい校務支援システムの導入だ。セキュリティと堅牢性に優れたMicrosoft AzureとMicrosoft Office 365 Educationを活用し、校務支援システムを構築。それまで紙ベースで処理していた児童生徒の名簿管理や成績処理など、校務をデジタル化したのだ。また、テレワークシステムも構築し、時間や場所に縛られない働き方を実現した。2016年度4月から本格実施したテレワークであるが、2019年2月現在、59.2%の教師が利用しているという。
渡部氏は、教師の安全な持ち帰り校務を実現するために、パブリッククラウドはMicrosoft Azureを選択したという。その理由について「安全性や堅牢性、信頼度という点で、Microsoft Azureは導入実績も豊富であり、国内のクラウド環境では安心感がある」と同氏は話した
テレワークの具体的な利用方法は、教師のメールアドレスを事前に登録しておくことが条件だ。教師が自宅のPCやスマートフォンからアクセスすると、メールアドレスにワンタイムパスワードが送られる二要素認証を採用し、安全性を高めている。またハードディスクにデータが保存されない仮想デスクトップ環境なので、教師も安心して使用できるのがメリットだ。日常的にテレワークを活用する教師もいれば、週末のみ、成績処理のみという具合に限定的に使う教師もいる。それぞれ好きな形で活用し、テレワークの利用時間帯は夜9時〜10時、朝6〜7時が一番多いという。
ちなみに、教育現場におけるテレワークやクラウド化で、教師たちが不安に感じることは、生徒の個人情報を扱う校務用データと、学習コンテンツや教材を扱う学習用データが完全に分離されているかどうかだ。西条市ではこうした点にも配慮し、Microsoft Azure内で4種類のネットワークを構築した。
具体的には、校務支援システム用の「校務NW」、グループウェアやコンテンツ用の「教員NW」、パソコン教室用の「生徒NW」、デジタル教科書や資産管理用の「共通NW」の4種類で、いずれも完全分離されている。教師はどのデバイスからアクセスしても、安心してデータを扱える環境が整備されているのが特徴だ。
一人あたりの校務時間を大幅に削減し、子供と対面できる時間が増えた
西条市では教育クラウドやテレワークを活用して、どのような効果が得られたのだろうか。
渡部氏の説明によると、校務にかかる時間を教師一人あたり年162.6時間削減することに成功した。さらには、教職員が児童生徒と向き合う時間が増えたことで、全国学力・学習状況調査の結果が11.0ポイントも上昇したという。教師からは、「介護のために休職をしようと考えていたが、テレワークのおかげで救われた」「子育て中で残業しづらく、家で好きな時間に仕事ができて助かっている」「重要なデータを持ち出すことなく、安心して家で仕事できるのが良い」といった好意的な声が届いているという。
日本マイクロソフト 執行役員常務 クラウド&ソリューション事業本部長兼最高ワークスタイル変革責任者の手島主税氏は、西条市の取り組みについて、テクノロジーを用いて教師の働き方改革を実現し、子供たちと教師の対面時間が増えたことを評価した。同氏は「これからは子供たちの創造性や、教師の創造性を高めることが重要であるが、そのためには子供と教師が対面できる時間が重要だ。テクノロジーのメリットは、今までできなかったことができることであり、西条市のような自治体が全国に広がってほしい」と述べた。
西条市副市長 出口岳人氏は、今回の受賞について「テクノロジーを用いることで、地方でも質の高い教育環境を実現できたことが評価されたと思う。個人的な意見ではあるが、テレワークをさらに推進していけば、産休などの間に週2で働くといった働き方も可能ではないかと考える。長く教師を続けられるよう、多様な働き方を広げていきたい」と語った。
教師の働き方改革は、今や教育現場において喫緊の課題であるといって良い。今後はベテラン教師の大量退職時期も迎えるうえ、教師を希望する学生も減少しているので、深刻な人材不足に陥る可能性もある。教師たちが多様な働き方を選択し、教育の質を維持できるよう、働き方改革に向き合うことが重要だ。