こどもとIT
「SAITAMAモデルを日本へ」~Google for Education活用で学びを変える埼玉県の取り組み
2018年12月4日 08:00
11月28日、東京六本木のグーグル合同会社にて、Googleの教育機関向けプログラム『Google for Education』を活用した埼玉県の事例を紹介するメディア説明会が開催された。
埼玉県では、2020年から適用される次期学習指導要領に先駆けて、「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指す「学びの改革」に取り組んでおり、その一環として、ICT活用を積極的に推進している。埼玉県の公立高等学校全校で『G Suite for Education』が採用されており、2018年度は県立高校の35校にChromebookが導入される。説明会では実際に授業を行っている埼玉県立高校の教員による事例紹介のほか、ICT導入による学習効果の具体例も紹介され、非常に興味深い内容となった。
『Google for Education』が支持される3つの理由
まず、『Google for Education』アジア太平洋地域のマーケティング統括部長であるグーグル合同会社のスチュアート・ミラー氏から、『Google for Education』の概要と導入による効果などが紹介された。
『Google for Education』は、Googleが開発した「Google Chrome OS」を搭載したノートPC『Chromebook』、クラウドベースで管理ができる無料の教育向けツールキット『G Suite for Education』などを含む、同社の教育プログラムの総称だ。ミラー氏は、「Google for Educationは、日本の教育が目指す『主体的・対話的な深い学び』に適したツール」として、その代表的なソリューションに以下の3つを挙げた。
まず1つめが、2012年に登場したChromebook。日本では2014年からASUSやAcerなどから発売されている低価格と軽量コンパクト、手軽な操作性を特徴としたノートPCだ。
「この5年間でChromebookは驚異的に売れており、アメリカやカナダ、スウェーデン、ニュージーランドでは教育用PCとしてシェア1位を獲得している」とし、全世界に3000万人ものユーザーがいるという。ファイルやデータが共有可能であること、管理やセキュリティーがしっかりしていることなどから、教育に合ったデバイスとして教師や生徒などに高い評価を受けているという。
2つめが、リアルタイムで教員と生徒が共同利用できるツールキット『G Suite for Education』だ。ミラー氏は「アンケートや試験の処理、テストの自動的な採点のほか、プレゼンテーション向きの『スライド』、音声入力や議事録にも役立つ『ドキュメント』などのツールを備え、どれを使っても教育機関には無料であることも、支持されている理由のひとつだ」と話す。
そして3つめが、『Google Classroom』。クラス管理や整理ができるポータルサイトを簡単に作成し、コミュニケーションをスムーズにすることができる。「たとえば、生徒が質問をしたり宿題を提出したりすることができるだけでなく、教師にとっては作業時間が短縮できる。Google Classroomは、働き方改革に活用できるツールとして活躍している」という。
『Google for Education』で教師の作業が1/10に
アメリカでの調査結果によると、Google for Educationを使っている学校では、教師のサポート的な作業が、なんと1/10まで減らすことができたという。また、端末管理作業については、平均で68%の削減となった。これらは教師の年間勤務時間の約52時間に相当する。ミラー氏によると、アメリカ以外の国でも同様の結果が出ているということだ。
「Chromebookの需要が伸びている理由の1つが、コストの良い点だ。Chromebookを採用している小金井市の小学校においても、教育委員会から『6割コストが削減された』という話を聞いており、アメリカだけでなく日本でも同様の効果が表れていると言える」とミラー氏は語った。
そして、教育的にも高い効果が出ていることが明らかになったという。「例えば、アメリカのノースカロライナ州では、4年間で、決められている成長期待値をほとんどの学校が超えることができた。またニュージーランドでは、1年間で1.5~2年分の成長ができたという成功事例があった」
そのほかの強みとして、実際にGoogle for Educationを使っている教育者のコミュニティが多数あることもミラー氏は挙げた。現在、日本にはすでに12のコミュニティがあり、これからもどんどん増えていく予定だという。
「学びの改革」を実践する埼玉県
次に、埼玉県教育局県立学校部高校教育指導課学びの改革担当の髙井潤氏と平尾勇樹氏から、埼玉県で取り組んでいる「学びの改革」の概要が紹介された。
高井氏は、「『埼玉オリジナルをジャパンスタンダードへ』を目指し、10年後を見据えて、新しいものを取り入れることが難しい教育界において『SAITAMAモデル』を推進してきた」として、埼玉県での取り組みと現時点での結果を交えて熱く語った。
「SAITAMAモデル」とは、埼玉県教員委員会が2010年から研究を行っている学習モデルで、「生徒が潜在的に持っている『学ぶ力』を有効に引き出すことができる学び『協調学習』を取り入れた授業改善」を目指し、認知科学者の三宅なほみ氏が考案した「知識構成型ジグソー法」を共通言語にしている。
学びの改革の取り組みは教科や学校の枠組みを超えて行われており、現在は埼玉県の139校中133校まで実施されている。これまでにのべ人数にして、高校教員の30%弱が取り組んでいるという実に大規模な試みだ。
学びの改革のベースとなっている知識構成型ジグソー法は、「生徒に課題を提示し、課題解決の手がかりとして知識をいくつか与え、ジグソーパズルのように知識や自分の考えや他者の意見を組み合わせることによって答を導き出すという手法をとっており、協働学習に最適」だと高井氏は話す。
しかし、学校の現場からの「教材作成に時間と手間がかかってしまう」との意見や、協働学習の時間を確保することの難しさから、実現のためにはICT活用が最善の方法であるという結論になった。そのため、まず一部の県立高校でICTを導入し検証を行ってきた。その結果として、「タブレットを使うことで、意欲的に勉強に取り組める、わかりやすい」と感じた生徒が7割を占めたことが明らかになった。さらに、検証を行った先生と意見交換会を行い、エビデンスを集めた。その中で出た意見には、「30分で行っていた授業内容が、20分でできた(数学)」といった授業内容の充実や、「生徒同士で話し合う姿が、以前より多くなった(国語)」、「わからないことについて、自分から調べて学習できるようになった(数学)」などの学習意欲の向上が感じられるものもあったという。
ICT活用で記述力もあがる!?
高井氏は、ICTを導入した学校での検証結果として、学力の向上についても紹介したが、その中に1つとても興味深い項目があった。
それは、Chromebookを導入した高校で、「ICTの活用によって、生徒の記述力も向上した」というものだ。調査によると、「平均で、記述式の解答が15.7文字から33.9文字に増えた。10校すべてではないけれど、効果が見られた」という。高井氏はこの結果に対し「生徒によっては書いたことを見せたがらない子もいるし、間違っているかもしれないと恥ずかしがる子もある。しかし、パソコンなら気兼ねなく打てるようだ。今の子ども達は、書くことよりも、タイピングのほうが表現しやすいのかもしれない」と話した。デジタルな端末に慣れ親しんでいる世代においては、ICT機器の導入によって、より自分の意見を言いやすくなるのではと考察できるひとつの材料になりそうだ。
2年間の検証を経て「タブレット端末によって、定量的な教育効果が見られた」ことが確認できたという高井氏は、「ICT導入の成功理由として、適切なコンテンツあったことだ。ICT導入が先行するとうまくいかないだろう」と、「学びの改革」についての話を締めくくった。
次に、「学びの改革」においてデータ管理や調達を担当する埼玉県教育局県立学校部高校教育指導課学びの改革担当 主事の平尾氏から、Chromebook導入の経緯について語られた。
「検証はグーグルの協力のもと、Chromebookで行われましたが、整備に入る前の段階で、Chromebookでよいのかという議論になりました」と、平尾氏は当時について話す。悩んだ結果、Chromebookに決まった理由は、管理のしやすさだった。「サーバーレスで、クラウドベースでできる導入のしやすさだけでなく、『頻繁に端末のアップデート管理などはできない』という先生からのヒアリングに基づいた現場レベルの管理のしやすさが決めてとなりました」と語る。
当時はクラウドで一括管理することに対して不安の声もあったが、「メールサーバーを持つリスクや導入コストなどの観点から、そうした声に対して説得をしていった」という。今後の計画として、埼玉県立の普通高校139校すべてに、Chromebook、アクセスポイント、プロジェクターを、3年間をめどに順次導入していきたいとしている。
協働学習から教員の作業削減まで活用されるChromebook
最後に、埼玉県立川越南高等学校の春日井優教諭より、実際に行われている授業事例が紹介された。
同校では、平成27年度から、埼玉県の「未来を拓く『学び』プロジェクト」の研究指定校となっており、平成28年度から埼玉県の新規事業である「近未来学校教員創造プロジェクト」のモデル校として、2年間にわたってChromebookが導入された。
「Chromebookが導入された当初は、ジグソー法でChromebookをどう活用できるかわかりませんでしたが、実際に自分で使ってみて、意見集約や協働学習の場面などで使えると思いました」と、春日井教諭は話す。自分の情報科の授業では、Chromebookで動画を見ながらグループで考えて文章を打ち込み、さらに発表でも活用するといった使い方を行っている。そうした活用方法が広がり、他の教科でもChromebookを使った授業が活発化していったという。
協働学習の例としては、情報科で待ち行列の乱数データを取得するために、グループごとに実験し、それぞれの結果を1つの表にデータ入力を行った。「1グループでは大量の実験できませんが、複数で実験を行うことで沢山のデータ集めることができる」と、春日井教諭は話す。
また、作業時間の削減にもChromebookが活躍した。「自分で授業に使う動画を作成することは時間的にも難しかったため、YouTubeなどにある優良コンテンツを活用することを考えました。すきま時間を使って、授業に最適な動画を探すことができました」
「今回の『近未来学校教員創造プロジェクト』は期間が限定されていましたが、今後、本格的にChromebookやアクセスポイントなどのICTが整備されれば、もっと使う機会も増え、生徒が使う頻度が上がることで学習成果が蓄積されるでしょう」と、春日井教諭は期待を語った。
これからの学びは“聞く”と“待つ”が大切
説明会の最後に、高井氏は「これからの学びとかけて、盆栽の基本と解く」となぞかけをし、その答は「“きく”と“まつ”にある」と話して、参加者の笑いを誘った。これは、教員や生徒らの現場の声に耳を傾け、根気よく試行錯誤を繰り返し、効果が出ることを待ってきた埼玉県の姿勢そのものと言えるだろう。埼玉県では、これらの事例をもとに「埼玉の学びが、日本の学びを変えていく」という心構えで、今後も「学びの改革」を進めていくとしている。
Google Classroomは当初教育機関向けに公開されていたが、2017年4月からは一般にも無料で公開された。それにより学校以外の現場でも、民間のプログラミング教室などで指導者と生徒のコミュニケーションツールとして使われたり、PTAの連絡ツールとして利用されたりと、様々な使い方が広がっている。
2020年に向けてICT活用を進めている学校や自治体が増えているが、その実際の活用法については未だ模索しているところが多く、端末だけ揃えたものの中身が伴わない例も少なくない。埼玉県のように自治体が主導で進めていく事例が数多く登場すれば、導入コストと教員側の作業負担という2つの大きな問題を解決する有効的な方法として、「Google for Education」の活用はさらに広がっていきそうだ。