こどもとIT

Scratch開発者ミッチェル・レズニック氏、子ども達の創造的な学びと最新のScratch 3.0を語る!

――日本初のカンファレンス「Scratch 2018 Tokyo」基調講演レポート

2018年10月20日、東京の六本木アカデミーヒルズで、日本では初開催となるScratchカンファレンス「Scratch 2018 Tokyo」が開催された。Scratchの開発者であるMITメディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏の講演、パネルディスカッションのほか、展示やワークショップによるScratchの様々な取り組みが紹介された。

Scratch 2018 Tokyoのトップを飾ったのは、ミッチェル・レズニック氏の基調講演「AI時代の創造性と学び」だ。レズニック氏は、Scratchの開発チームのリーダーを務め、MITメディアラボのラーニング・リサーチの教授として教育版レゴ マインドストームをはじめとしたプロジェクトにも携わっている。朝9時台から始まった基調講演は教育関係者や学生などで満席となり、レズニック氏の話に熱心に聞き入っていた。

Scratch 2018 Tokyo 基調講演の様子

講演の冒頭では、Scratch 2018 Tokyoの主催者でもあり、Scratchの日本語翻訳を手掛けた青山学院大学客員教授の阿部和広氏が、日本におけるScratchの歩みを紹介。2006年に最初のバージョンが開発されたScratchは、2007年に日本語版が登場、2008年には国内でのワークショップが開催された。現在の日本の登録者数は33万人超で世界のユーザー総数の1.09%にすぎないが、この1年間で日本のユーザー数は1.7倍に増加し、今後もますます増えていくことが予想される。

日本におけるScratchの歴史

AI時代に備えるために必要な「創造的な学び」

今回の来日で、日本の子どもたちによる「Scratcher Meetup」に参加したというレズニック氏は、「Meetupで発表されたプロジェクトは、自分の趣味である地下鉄をテーマにしたシミュレーション、編み物好きの母のために作ったという編み図作成ツールなど、非常に多様性があり、とても感銘を受けた」と話した。さらに、「発表後に子ども同士で『どんな風に作ったのか』『こういう方法は考えた?』といった素晴らしいディスカッションも活発に行われていた」という。

MITメディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏

レズニック氏は、「かつてのプログラミングでは、他の人と協力するということは無縁だったが、この急速に変化する時代において、他の人と協力することは学習経験において非常に重要だ」として、「Scratchでは個人で作るだけでなく、オンラインコミュニティでの協働作業を重要としている。今回のMeetupのように、おたがいのアイデアをベースにして話していくのはとてもよいことだ」と話した。さらに実際の例として、Scratchを学んでいた女の子が自分でコミュニティを作り、年少の子どもたちに教えるといったケースも紹介された。

そもそもScratchは、コンピュータサイエンスやプログラミングスキルだけを学ぶものではない、とレズニック氏は話す。「子どもたちがAI時代に備えるために、どのように助けたらよいのか。急速に変わる時代だからこそ、その変化に適応できるような創造的な考えと行動ができることが、これまでになく重要になってきた。子どもたちの将来の幸福や成功は、クリエイティブ(創造的)であることにかかっている」と力強く語った。そして、Scratchはまさに、創造的な学びを養うために作られたツールであるのだ。

創造的な学びに大事なのは4つの「P」

レズニック氏によると、この創造的な学びに大切なのは、下記に示す4つの「P」だという。

・Projects(プロジェクト)
・Passion(情熱)
・Peers(仲間)
・Play(遊び)

4つの「P」

1つめのPは「プロジェクト」だ。レズニック氏は、「学校で教わったことと、現実の社会は異なる。そのため、日常生活などの様々なシチュエーションでプロジェクトを作り、慣れていくことが大事。たとえば日常の生活の中で、友達のためにパーティを開くこともプロジェクトのひとつだ」だと話す。そのうえで、アイデアを生かし、プロジェクトをより良いものにする方法を学ぶことも必要だと語った。

2つめの「パッション」は情熱、つまりやりたいと思う気持ちだ。「何かを強くやりたいと思うと力が出て、長い時間真剣に取り組むことができる」という。

3つめは「仲間」だ。レズニック氏は、「プログラミングはコンピュータと取り組むものという概念はもはや昔のことで、現在は“社会的な体験”でなくてはいけない」と強調する。「1人だけで考えることも、時には重要だが、クリエイティブな仕事こそ他者と協力・共有して進めていくことが大切だ」と話した。

最後が「プレイ」、つまり遊び心をもつということだ。遊び心があるからこそ、「新しいことやってみよう」と、境界に挑むことができるようになる。レズニック氏は、幼稚園での子どもたちの様子を見て、「遊びながら学んでいく幼稚園のような環境でこそ、クリエイティブな考え方が育つ」と感じたという。「その後の学校で行われている座学中心の授業では、クリエイティブになりようがない」と考えるレズニック氏は、MITメディアラボで自らが率いる研究グループを「ライフロング・キンダーガーデン(生涯幼稚園)」と命名し、「遊び心のある学び」の精神を大切にしている。

より遊びと創造性が広がる「Scratch 3.0」

基調講演では、2019年にリリースされるScratch 3.0の仕様についても語られた。

3.0の大きな変更点としては、ライブラリーの拡張や音声機能の強化、「micro:bit」サポートなどが挙げられる。教授は実際にデモを行いながら、新機能をピックアップして解説した。

拡張されたライブラリー。「ダイナソー(恐竜)」をはじめとしたキャラクターや背景などが新たに追加された
音声の新しいブロック「Speech」

そのなかでも反響が大きかったのは、3.0から正式対応となったmicro:bitを使った実演だ。micro:bitは、イギリス発のプログラミング教育向けのマイコンボードで、導入コストの低さと手軽さが特徴だ。

デモでは、自転車のハンドルに見立てたmicro:bitをつけた筒を両手で持ち、左右に筒をふると、画面の自転車が連動して動き、風船を次々と割っていくゲームが紹介された。リアルの動きとゲーム画面が融合した一例に、会場からも感心の声が挙がった。海外で開催されたワークショップでは、子どもたちが紙などを使って工作をした作品にmicro:bitを取り付け、Scratchでプログラミングを行ったという。

micro:bitを用いたゲームのデモ。「子どもたちがおもしろくなるような要素を追加した」という

Scratch 3.0のプロトタイプはすでに公開されており、誰でも自由にテストすることが可能。正式なリリースは、2019年1月となっている。

また、子どもたちをサポートしていくためにも、教育者をはじめとした大人たちも自らデザインし探索できるようにしなければいけないとし、アイデアを拡散するためのオンライン講座「Learning Creative Learning」を2018年10月よりスタートさせている。「創造的な学びの考え方を世界に広めていきたいが、ひとつの学校や企業で成しえることではない。ぜひ参加して、一緒に学んでほしい」と、レズニック氏は講演の最後に会場へアピールした。

村井純氏、鵜飼佑氏によるパネルディスカッションも開催

続いての講演では、慶応義塾大学教授である村井純氏が登壇。村井氏は日本におけるインターネットの構築に貢献し、“インターネットの父”としても知られている。

講演では「インターネット文明時代のプログラミング学習」として、インターネットの歴史を紐解きながら、インターネットによって世界中とつながる環境に子どもたちが置かれているという現在の状況を解説した。さらに「昔は『コンピュータは計算機』というイメージだったが、現在は『人とコミュニケーションして学べる道具』としてのコンピュータが生まれた時から存在している」として、「他者と力を合わせて、どんなクリエイティブなゴールを成就できるか、大きな期待を持っている」と主張した。

インターネットの歴史と構造を解説する村井純氏

午前中の最後には、一般社団法人未踏プログラミング教育WG/未踏ジュニア代表の鵜飼佑氏がモデレーターを務め、レズニック氏と村井氏によるパネルディスカッションが行われた。

村井氏からScratch 3.0の開発に対するコミュニティの関わりについての質問が出ると、レズニック氏は「オープンな開発環境のため、開発中にも世界中のあらゆる人からコメントが寄せられ、それらの意見を元に修正や追加した部分もある」と話した。

鵜飼氏、レズニック氏、村井氏によるパネルディスカッション

会場からの質疑応答では、学校関係者や教育委員会、民間でプログラミング教育を行っている指導者などから多くの質問が挙がった。その中で、「コンピュータサイエンスとScratchとの関係性」という質問に対してレズニック氏は、「Scratchを開発したそもそもの目的は、コーディングを通じて自分たちを表現できればということだったので、コンピュータサイエンスの概念を注力しているわけではない」と回答。

また、「Scratch 3.0で入れられなかった機能」については、「次に加えたいものとして、非常に長いリストがある。たとえば、リアルタイムでScratchとコラボできる機能は安全性やセキュリティの問題もあり、実現化しなかった。Scratchのコミュニティでは、プライベートにならないように心がけているが、リアルタイムはプライベートになってしまう懸念がある」と話した。

最後にレズニック氏は、「Scratchは、国やジェンダーや家庭環境といった壁を越えて、あらゆる人が利用できるようになってほしい。未経験の子どもがサイトにアクセスしてもわかるためにはサポートが必要だ。そのためには学校でもっと使ってほしいと思う。もし、私が新しい学校をつくるとしたら、プログラミングを読み書きと同じように教える。プログラミングは、読み書きと同様に、自らを表現するための方法だ。表現する能力を持てば、ほかの授業に使うことができる」と話した。

さらにレズニック氏は、「学校や教育に変革もたらすのは難しいが、長期的には楽観的だ。時間はかかるかもしれないが、努力していけば世界中の子どもがチャンスを得られる。クリエイティブシンキングは、子どもたちの将来の幸せにつながる」と語り、講演を締めくくった。

「先生は子どもたちと一緒に学んでいけばよい」

講演の後、メディア向けにレズニック氏の合同インタビューも行われた。その中でレズニック氏は、「アメリカの学校でのプログラミング教育がすべて成功しているわけではない」としながら、学校での授業に取り入れる2つのコツを紹介した。

1つめは、「先生はすべてを知っている必要はない」ということだ。プログラミングの分野においては、先生も子どもたちと一緒に学んでいけばよいとレズニック氏は話す。

2つめは、「よい先生は、新しいことを子どもたちに紹介する方法をよく知っている」ということだ。子どもたちが興味を惹かれる例を紹介したり、子どもたちがうまくいかない時に辛抱強く対応し、何が問題かを認識させたりすることが大切だという。また、プログラミングをよく知っている子どもがいても、友達にどう教えればいいのかわからない場合、先生が間に入って二者が教え合う環境をつくることも大切だと話した。

メディアからの質問に答えるレズニック氏

また、現在感じている問題点としては、学校における指導方法を挙げた。

「とある授業でのScratch作品を見た際、40個の同じような作品がずらりと並んでいたことがある。その教室では、先生が1つのプロジェクトについて、手順を追って生徒に同じことを一斉に体験させていた。おそらく、その授業を受けた生徒は、プログラミングのちょっとしたスキルは学んだかもしれないが、生徒自身のクリエイティブな思考は育っていなかったと思う。このような指導が、世界中の学校で起こっている」という。

そのうえで、創造的な学びに合った指導例やサポート素材、教材を作って、世界中の先生や子どもたちに示していきたいと話した。先生向けのオンライン講座の教材やワークショップガイドも用意しており、3.0に対応したものも制作中だという。

2020年からの次期学習指導要領に先駆けて、2019年にリリースされるScratch 3.0は、日本のプログラミング教育においても、大きな変革をもたらすことが期待できそうだ。

相川いずみ

教育ライター/編集者。ICT教育から中学受験まで、教育関連の取材・執筆を担当し、親子向けのプログラミング教室などのワークショップなども手掛けている。プライベートでは、小学生の母としてデジタル教育やスマートトイ育児、ICTを活用したPTA活動の時短術を実践している。